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第一話 歩く教会

 十一月の深夜にもなれば、冷え込むのは当然だ。

 彼はあの後、いろいろなことについて考えを巡らせていたが、それよりも先に空腹であることを思い出し、近所のコンビニに駆け込んだのである。

 コンビニは仕出し前だったからか、弁当もまばらで、どちらかというと惣菜パンの方が目立っていた。この時間から弁当を食べるのもどうかと思ったが、しかし彼の空腹を満たしてくれるのは弁当しか無い、とスタミナ弁当四百五十円とウインナードッグ百七十円を手に取ってレジへと向かった。


「六百二十円になりまーす」


 財布から小銭を取り出し、ちょうどの額を支払う。

 レシートは受け取ること無く、そのまま外へ出て行った。

 ちなみに温めを拒否したのは、ここから家まで少し歩くからだ。冷めてしまう弁当を食べるぐらいなら、家の電子レンジで温めた方が良い。そう判断したためだ。


「うーっ、寒い。雪でも降ってくるんじゃないか、って思うぐらいだ」


 これならホットのコーヒー缶でも買っておくべきだったんじゃないか、と思ってしまうぐらいだ。いや、いかんいかん。幾らお金を貰っているからといって無駄遣いはしてはならない。節制節制だ。節制しないと世の中何が起こるか分かった物では無い。そう例えば急に大病を患ってしまったりとか……。

 家に近づいていくと、自分の家のベランダに、白い毛布がかかっているのが目に見えた。


「不味い! 毛布干しっぱなしだったか! 寒くなるじゃないか!」


 急いで玄関の扉を開けて五階に急ぐ。五階の玄関を開けて、ベランダに入ると――。

 そこに居たのは、毛布ではなく、人間が毛布のように寄りかかっている姿だった。


「…………は?」


 白いローブに身を包んだ少女が、ベランダにくの字に折れ曲がっている。

 いったい全体何が起きているのかさっぱり分からなかった。

 いや、寧ろ分かるなら誰か教えて欲しいぐらいだった。


「う、ううん……」


 声が聞こえて、俺はそちらに視線を集中させる。

 ところどころ傷ついているようだったが、どうやらまだ意識はあるようだった。


「おい、いったい誰にやられたんだ! 教えてくれ! ……いや、それよりも先に救急車か……?」

「救急車を呼んだところで、私の怪我の具合は分からないよ。……だって、私の怪我は魔法によるものなんだもの」


 魔法? 魔術ではなく?

 意味が分からない。分かろうとしない。分からせてくれる物では無い。

 いったい全体、彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。

 魔法によって攻撃された。つまり魔術を進化させた科学による攻撃では無い、ということだ。

 魔法の文化を知らない訳ではない。魔法はイギリスを中心として発達した分野だ。今でもイギリスでは科学技術よりも魔法のほうが発達していると言われているぐらいだし、同じ世界とは思えないぐらいの技術進歩だと言えるだろう。

 そんな、イギリスから彼女がやってきた、とでも言うのだろうか?

 いや、或いは日本に隠れていた魔術の一派が彼女をここまで傷つけた?


「み、水をいただけませんか……」


 ベランダに崩れ落ちていた彼女は、そんなことを言っていた。

 それよりも先に安全な場所に下ろさねばならない。そう思った彼は、彼女の腰に手を当てるも――。


「この重さはいったいなんだ……?」

「それは、私が持つ『歩く教会』という聖遺物によるものでしょう」

「歩く教会?」

「その服を身に纏っただけで、教会という同じような聖なるオーラを受けることが出来る、不思議な聖遺物です。誰が生み出したのか、誰が開発したのかは今でもはっきりとしていません。けれど、今の目の前にある『歩く教会』はホンモノであることは確かです。ちょっとした魔法なら跳ね返すことだって出来るはずです」

「ふうん」


 ぺたり、と。

 彼が触っただけだった。

 刹那、その信仰力を失った歩く教会はバラバラに崩れ落ちてしまった。

 ふんと胸を張っているが、その姿があられもない姿になっているなど気づくはずが無い。

 いや、言ったところで何か文句を言われるのは間違い無い。

 だから彼は目を瞑ったまま、何も言わずに居たのだが……。


「どうしました? 私の『歩く教会』に少し怖じ気づきましたか? それならそれで構いませんが」

「いや、違う。そうじゃない……」

「そうじゃない?」


 そこで漸く彼女は違和感に気づいた。

 彼女が羽織っているはずのローブ『歩く教会』がバラバラになってしまっていること。

 その中かからピンクの肌着があられもない姿で目の当たりになってしまっていること。


「きゃああああああああああああああああああ!!??」

「だから言っただろう! そうじゃない、って!!」

「だから、って。もっと言うべきことがあるでしょう?!」

「何がだ! 言ってみろ!」

「それは……」

「ほら。お前だって言えやしないじゃないか! 結局、俺が辱めを受けただけに過ぎない、ってことだけだぞ!!」

「何を言っているんですか、辱めを受けたのは私の方ですよ!!」


 ……これ以上、話が進まないことを理解したのは、少女の方だった。


「まあ、仕方がありません。あなたが私の下着姿を見たところで、何かが変わる訳ではありませんし。そこについては割り切って考えるしかありません」

「シスターの割りは随分と俗物的な考えを持ち合わせているんだな」

「え? 私、シスターっていつ言いましたっけ?」

「格好からしてシスターじゃなかったらただのコスプレだ」

「コスプレ……。聞いたことがあります。好きな格好を好きに遊んでいることを指すのですよね。日本独自の文化であると聞いています。いつかは参加してみたい物ですが」

「物ですが?」

「残念なことに、先客が来てしまったようです」


 先客。

 その言葉を聞いて、俺は背筋が凍り付いた。

 先客とはいったいどういうことなのだろうか。彼女を狙っていた存在なのか。それとも彼女が情報を聞きすぎた俺を消すための存在なのか?

 背後を振り返ると、そこに立っていたのは、黒いコートを羽織った男だ。

 別に時期的に何の問題もない。冬だから、それぐらい厚いコートを着たところで何の問題もない、はずだ。


「メイザース、まさかこんなところに居るとは思いもしなかったよ。歩く教会を盗んで、我々イギリス清教の目を掻い潜ればなんとかなるとでも思ったのか? まあ、残念ながらそれは失敗に終わってしまったようだがね」


 にじり、と歩く教会だった白い布を踏み潰しながら、彼は一歩一歩前に出る。


「で? 彼は誰かね。君の知り合いには思えないが」

「彼はただの一般人よ。ああ、でもこの『都市』において一般人なんて一人も居ないか」

「魔術を人工的に作り上げることの出来る技術、か。はっきり言って胡散臭いと言ったらありゃしない、研究の一つだね。それが成功したのか失敗したのか」

「少なくとも、そこに居る彼は『成功』の部類に入るのでは無くて? 私の歩く教会を、仕組みすら分からなかったくせに完膚なきまでに破壊したのだから」

「ほう。歩く教会を」


 男は踵を返し、窓の方に向かっていく。


「あら? 裁きを与えないつもりかしら?」

「ちょっと面白くなってきたものでね。何なら、彼に全てを託してみるのも面白いとは思わないかね? 『裏切り者』」

「裏切ったのはあなたのくせに……。ふうん、それで、どんな条件?」

「一週間だ」


 一本だけ指を出した彼は、さらに話を続けた。


「一週間で、歩く教会を修理して僕の元に届けてくれるなら、今回の案件はチャラにしようじゃないか」

「もし、駄目だったら?」

「イギリス清教の全力を持って、この都市を破壊する。何千何百と居る魔術師が科学勢力に襲いかかってくる。それがどれ程の血を生み出すか……分かった物では無いだろうね?」



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