担任は少しキザで大分鬱陶しいので正直殴りたいです
今回はちょっと長め
兎にも角にも、入学式は無事終わりお嬢様方生徒はもう一度教室に戻されるはこびとなった。
勿論我々使用人も付き添うが、入学式の時とは違い使用人専用のスペースが教室の端に用意され、そこで待機するスタイルになっている。
まぁ流石に勉強中の視界にチラチラ使用人が入り込んできたら邪魔だからだろう。
私に用意された場所はちょうどお嬢様の席がある列の後ろにあたる。斜め前が翡翠であることを考えると、状況を把握しやすい場所で助かった。使用人じゃんけんで見事勝ち取ったこの場所は大切にしよう。
どうか何も起きませんようにと注意深く様子を伺っていたのだが、意外にも翡翠に朝の猪突猛進な勢いはなく、お嬢様に話しかける様子もない。
今は、後ろの席の男子に明るく話しかけている姿が見えた。相手の子息は嬉しそうに顔を赤らめて居るところを見ると、ヒロインは伊達ではないと言ったところか…。
思い直したのか雅になにか言われたのかはわからないが、お嬢様に関わらないで居てくれるのはこちらとしては好都合だ。
当のお嬢様は斜め前の安住様となにやら楽しげにおはなししてらっしゃるので、とても微笑ましい。拝んでおこう。
…勿論心の中でな?
そうそう、担任もクラス同様一年から三年まで変わることはない為、お嬢様の明るい学生生活はこの担任にかかっているといっても良いだろう。
尤も生活が暗くなど私がさせないのだが、それは置いておく。
一つ懸念点があるとすれば、私の知り合いが確かこの学園で教師をしていたような…気が…する…。
そしてすごく嫌な予感…というか調べたところA組の担任欄の名前がそいつの名前に見えるのだ。気のせいであって欲しいという気持ちでいっぱいなのだが…。
ガラッと入ってくる担任が優しげなおじいさんであったりしないかな…と思っていたその時
タイムリーにも担任が教室にやってきた。
その担任はコツコツと靴を鳴らし教卓の前に移動して明るい声で生徒に挨拶を投げかけたのだった。
「はい!みなさんこんにちは!」
近くの席のクラスメイトと各々話しざわついていた教室内が一気にシーンと静まり返って、皆その担任に注目している。
あぁ、最悪だ。
やっぱり、あいつが担任だったのか…。
「今日から3年間君たちのクラスを担当する佐伯涼です。よろしくね!」
…おいやめろ!こっちに向かってウィンクをするな!
被弾して隣のメイドが真っ赤になってるじゃないか。
というか、全体的に女生徒達の顔が赤い気がするのはおそらく気のせいではないだろう。
こいつは昔から見た目だけは良いからな。見た目だけは。
襟足を少し伸ばし、首元を少し開けたシャツ。タレ目でおまけに泣きぼくろ。一見すると遊んでいそうに見える容姿だが、さわやかな笑顔と物腰で一気に好青年らしさが出ている。
私と同い年の26歳でもうそこまで若くはないのに、この元気で爽やかな雰囲気…真似出来ん。
「よし、じゃあ早速出欠を取るよ。元気に返事をしてね?」
教室を見回しながらニコッと笑う涼に女生徒達の黄色い声が返される。
「はい、みんな元気でよろしい!まずは安住さん……_」
涼は次々と点呼を取っていくが、お嬢様の番になった時に、僅かだが値踏みをするような視線を送ったことを私は見逃さなかった。
私のお嬢様に対して随分な態度を取ってくれるな?
思わずジト目で涼を睨むが、当の本人は何処吹く風で。
さてはお前わざと目を合わせずに点呼をとっているな…?
「みんな居るみたいだね!良かった良かった。
今日からみんなはクラスメイトです。助け合って学園生活を楽しんでいってね?何か困ったことがあったら直ぐに先生に言うこと。わかったかな?」
まるで敵意を感じさせない態度に、色めき立っていた女生徒だけではなく男生徒達も警戒を解き涼の問いかけに元気に応じている。
真面目なお嬢様も素直に涼の問いかけに小さな声で返事をされており、とても可愛らしい。
その後なんの滞りもなく、HRは終了。下校の時間となった。
中等部は初等部の持ち上がりである為にもちろん友人グループもそれなりに出来上がっている。お嬢様は人付き合いを全くしないわけではなく友人は多々存在はするが、大変な人見知りであるため実は殆ど安住様にべったりだ。
そんなお嬢様を知ってか知らずか、他のご令嬢達も必要以上に強く交友を迫ったりはせず各々グループを作り歓談している。
適度な距離感を把握できるのは優秀な人間には必要なスキル。ご令嬢達もまるきりの馬鹿ではないと言うことだな。
漏れ聞こえてくる会話から、やはり涼についての話題が多いようだ。女性は特に心の成長が早いと言う。中学一年生の彼女達にとって格好の良い担任という存在は重大なニュースなのだろう。
早速担任を囲っている行動力のあるご令嬢達も居り、年齢や恋人の有無、好みのタイプなどを矢継ぎ早に質問している。
笑顔でそれをいなしている涼にせいぜい頑張ってくれと冷めた目線を送っていたら、急にバチっと視線が合ってしまった。
「あぁ、そうだ。そこの執事くん。話があるんだ、少し時間とれるかな?」
面倒なことにまっすぐにこちらを指差して、さわやかな笑顔を向けてきた。
…まったく嬉しくないご指名が入ってしまった。
涼の周りにいた女生徒達や、その他の生徒もつられてこちらを見やっている。
そして揃って、この平凡顔になんの用があるのだろう?という顔を向けてくるのだ。
「………私ですか?」
「そう、キミだよ。」
「…少々お待ちください。
樹、ちょっと来い。」
こう、大勢の前で呼び出されては逃げ場がない。一介の執事が教師に逆らえるわけがないのだ。
そこら辺も踏まえてやっているのが分かって余計に憎たらしい。
「はいはい〜!桜子様もしっかりお守りしとくっスよ!」
「すまんが、頼む。」
私の頼みを察してくれた樹が、ヘラっと敬礼をし応じてくれた。
こういう時は付き合いが長いと便利である。
「お嬢様、申し訳ございません。こちらの先生に呼ばれた為少し席を外させて頂きます。何かございましたら、遠慮なくガンガン上田にお申し付け下さい。」
ご歓談中に申し訳ないが、取り急ぎお嬢様にも一言断りをいれる。後ろの方で樹が「マジっすか〜」などと嘆いているが無視だ。
「えぇ、私は大丈夫よ。いってらっしゃい。」
「恐れ入ります。失礼致します。」
私達がやりとりをしている間、涼が周りにいる女生徒達に別れの挨拶をしていた。
「じゃあみんな、気をつけて帰るんだよ?俺はこれで失礼するね。」
え〜、という名残惜しそうな生徒達を後にした涼に目配せをされ、私も教室を出る。
そして案内されたのは英語科準備室。涼は英語教室である為、一番私的に利用しやすいのだろう。
「話とはなんでしょうか。佐伯先生。」
「修くん!佐伯先生だなんて、他人行儀はやめて欲しいな。それに敬語も!寂しいじゃないか!」
準備室が閉まるや否や、抱きつこうとしてくる涼をいなす。相変わらず鬱陶しい。
「…ここはお嬢様の通われる学園ですので。」
「この部屋には俺たちしか居ないんだ。いつも通りでいいじゃないか。」
「ハァ…わかった。涼、これでいいか?」
「うんうん。
その冷めきった目!実に修くんらしい。たまらないね!」
まったくもって褒められている気がしない。それにウザいし気色が悪い。
「それで、用件はなんなんだ。」
「いや別に?俺が修くんと久し振りに喋りたかっただけ。」
「なんだそれは…。そんなんだったら私は帰る。」
そんな予感は少ししていたが、一応お嬢様の担任だから念のため来たというのに…。
まったくしょうもない。だからこいつは嫌なんだ。
「おっと、怒ったのかい?
そんな修くんも良いね。」
悪びれもせずケラケラと笑う涼に苛つきが隠せない。
「相変わらずお前は腹がたつな。私を怒らせて何が楽しいんだ。」
「だって西園寺さんの家に就職して以来、キミってば全然俺たちの集まりに参加しないじゃないか。前に会ったのは…そうだもう二年も前になる。久々に会えた友を前にしてはしゃがないわけがないさ!」
「私の優先の最上位はお嬢様だ。他の事がおろそかになるのは仕方がない。
そりゃあ多少は申し訳ないとは思っているが…。」
「ふぅん…面白くないね。キミは面倒見は良いけど、どこか他人から一線を引いている姿が格好良かったのに。」
先程までの明るい雰囲気を一気に消し去り、こちらを見つめてくる涼の瞳はどこか冷めていて背中を嫌な汗が流れた。
「お嬢様になにかしてみろ。私の全力を持ってお前を潰す。」
「おぉ恐い。もちろんそんな事はしない。西園寺さんはキミの大切なお嬢様で、俺の大事な生徒だから。
ただ、無条件で彼女の事を信用するのはまた別だという話さ。」
この佐伯涼といういけ好かない態度の男は、執事学校時代の友人であるのだがこいつは「超身内主義者」。自分の懐に入れたものを支持して、その他の人間のことはどうでもよいと思ってしまう性格で、それが災いしてちょっとした事件になった事も何度か。その度に巻き込まれるこっちの身になってくれ…。本人はまったく反省をしておらず、隣でニコニコ笑っていたのがまた腹立たしい。
涼は友人である分には全く問題はないが、お嬢様の担任になるのが嫌だった理由がこれだ。身内としてお嬢様が受け入れられてもられなくても、もれなく面倒な事になる。ただでさえ翡翠や雅の事で頭が痛いのに、さらに面倒ごとを増やされては叶わない。
少しは教師になって丸くなったかとも思ったが、相変わらず鬱陶しいままであった。
「お前がお嬢様を気に入ろうがなんだろうが、あのお方を私が一生お慕いしていく事実は変わらない。お嬢様は私が守る。」
「…本当に変わっちゃったんだね。そんなに西園寺さんが好きなんだ。」
「ハァ…お前は普通にしてれば、ただの気のいい友人なんだ。頼むから大人しくしていてくれ。」
「はは、酷いな?ま、いいや!修くんにしては珍しく褒めてくれた事だし、なんだか新しい修くんも面白そうだし、俺はしばらく様子を見させてもらう事にしようかな。」
「少し引っかかる物言いだが…まぁそうしてくれ。」
腹の立つ笑顔でこちらを眺めている涼に呆れながら答えていたら、準備室のドアがノックされ開けると樹の姿があった。
「先輩達〜?お話終わったっスか?そろそろ下校しないとうちのお嬢の門限がキビシ〜感じなんスけど…」
「あぁ、すまないな。すぐ戻る。」
少し話していただけだと思っていたのだが、時計を見ると結構時間が経ってしまっていた。樹や安住様、それにお嬢様に大変申し訳ない事をしてしまった。自分も使用人としてまだまだだと実感させられるな。
「はいっス!お嬢達も近くにもう来てて、ちゃんと安全な場所に居るんで、迎えに行きましょ!
そういう事でいいスかね、佐伯先輩。」
「なんだ、君だったのかい?ごめんね、名前は思い出せないけど君の顔は見覚えがあるよ。修くんの周りをうろちょろとしている子だよね。いいよ、もう話は済んだしね。」
「あ…相変わらず辛辣っスね…佐伯先輩…。さっきも普通に自分も教室に居たっス。上田樹って名前、そんなに覚え辛いっスか…?!」
「本当に申し訳ないと思っているんだけど、興味のない人間は覚えない主義でね。」
「……修先輩、俺泣いていいっスか?」
「涼、それくらいにしておけ。仮にも樹はお前の後輩で、これから付き合いもある。いい加減覚えろ。敵を作るやり方は辞めろって何度言ったら分かるんだ。」
「はは、久しぶりに修くんに怒られてしまった。気をつけるよ、多分ね。」
…絶対直す気がないな。
何故こう私の周りのやつは飄々としている奴が多いんだ。
コイツに構っている暇はもうない。さっさと此処を離れてお嬢様のところへ戻ろう。
…嗚呼、今はとにかくお嬢様という癒しが欲しい。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
またまた新キャラの登場です。
残す新キャラは攻略対象のみになってます!
また次回、お会い出来たら嬉しいです。