序章 『始まりの日』
……最初に認識出来たのは朧気な光だった。まるで寝起きのようなぼんやりとした意識を、なんとか覚醒させる。
………そこは見覚えのない家だった。
いや、正確には『先ほどまでの自分』は知っている家だった。混乱した頭を落ち着かせるように深呼吸をする。
……状況を整理しよう。
(俺は緋月ユウ。成人した男性でそこそこの企業に勤めるごく普通のサラリーマン。よし、覚えてる。……で、あの日も普通に出社して、働いて………そして、その帰り道で通り魔に刺されて死んだ。)
そして現在に至る。
(これって所謂…………異世界転生って奴か?)
そして、嬉しいことに転生後の身体の記憶もはっきりしてきた。名前は『フィニア・ドレッド』。母にエルフ、父にデーモンを持つ混血児。現在10歳の女の子。
(………………………女の子。)
あまりに飲み込みづらい状況に頭を抱える。死んだってのすら信じたくないのに。
「とりあえず、こういうときは目標を持って行動しよう。焦っても良いことはない。」
………記憶が戻って初めて声を出したが、完全に女の子の声だ。ベッドの正面にある鏡には、肩まで伸びた美しいプラチナの髪を持つ色白の少女が映っている。これはもう疑いようがない。
「よし、当分の目標は平和で安定した生活。寿命分しっかり生き抜くことにしよう。なにせ、前世は刺されて死んだんだから……。」
そう決心していると不意に部屋の扉が開く。そこにいたのは……。
「あら?フィニア、起きてたの?」
「あ、お母さん。おはよう。」
記憶によれば、母のアリシアだ。この時間に家にいるのは珍しいな……。
「おはよう、フィニア。」
「お母さん、仕事は?」
「今日は少し早めに切り上げてきたの。フィニアが心配だったから。」
「ありがとう、お母さん。」
俺の覚えている限りでは、フィニアは少し身体が弱かった。
そのうえ、この辺りの国では魔族……つまりデーモンなどの混血は禁忌だった。
だから、アリシアが心配するのも無理はない。
「今から食事の用意をするから、少しだけ待っててね?」
「うん。」
アリシアが部屋から出て行く。
……時間が掛かるみたいだし、考え事を済ませてしまおう。
まず、記憶通りに喋れるように思い出しておこう。
「……………?」
……そこで気づいた。
記憶を探る限り、フィニアの喋り方は前世の俺と変わらないものだった。
どころか一人称が『俺』である。
「これはあまり気を使わなくて良さそうだな。」
そう結論付けて、アリシアを待つこと20分。
「フィニア、出来たわよ~。」
「うん、今行く。」
扉を開け、自室から出る。隣の部屋では良い香りの料理が机に置かれていた。
「……フィニア。」
「ん?」
「………ん、やっぱり何でもない。さぁ、お食べ。」
「うん、いただきます。」
………アリシアの料理は前世、一人で食べていたものより、美味しく感じた……。