その4
令和元年10月21日(月)
加筆訂正を行いましたが、内容に変更はありません。
もしコーネリアが前世の記憶を持っていたとして、その世界が私の前世と同じで、彼女も例のマンガを読んでいたとしたら?
自分が王子と結ばれるヒロインだと信じていても不思議ではない。
しかもよくあった悪役令嬢に転生ではなく、ハッピーエンドを迎えるヒロイン。私でも、よっしゃぁ! イケメン王子とラブラブ人生が待っている! なんて喜んだかもしれない。
しかし王子とハッピーエンドを迎えるということは、将来王妃になるということ。王子とのロマンスには憧れるけれど、その代償が王妃ならお断り。
彼女は今の自分が、王妃たる器に足りていないと分かっていないのかもしれない。分かっていれば、あんな生活態度を送らないもの。
……もしかして、そもそも王妃という立場を分かっていない? ただ創作話のように王子に愛され豪華な暮らしを送り、キャッキャッ、ウフフな生活ができるだけだと勘違いしている?
前世の私は二十代中ばまで生きており、働いてもいた。だから大人としての知識や思考を持った上で、マンガやアニメといった二次元を楽しんでいた。
しかしコーネリアが私より若くして亡くなり、転生しているとすれば?
創作話と現実の違いや国を統治する責任、義務、重圧、困難……。そういったことを理解していないとしたら? それならあの困った言動の数々も説明がつくのではないかしら。
「次の方どうぞ」
コーネリアのことを考えていたら、あっという間に待ち時間が過ぎた。
呼ばれた私は待合室を出ると廊下を歩き、案内された部屋へ入る。
そこで待っていたのは背丈が三十センチほどしかない、老若男女の精霊が十人。
背丈こそかなり小さいが、それ以外は人間とほとんど変わらない。服装も一人一人、自由に好みの服装を選び着ている。
「おお! マジェス・イサーラか! お主の担当になれるとは、今日は善き日じゃ!」
まるでサンタクロースのようにふさふさとした白いヒゲを撫でながら、小さな老人が喜びの声を上げる。
彼ら精霊が待機している部屋は、ここ以外にも神殿内にいくつもある。どの部屋に通されるのかは、部屋が空いた順なので分からない。ただ部屋にいる精霊の顔ぶれが違うだけど、どの部屋も差異はない。
この神殿に住まう精霊は、『知識』を司る『知の精霊』。私の姿を見て登場に喜んでいるのには訳がある。
「あなたがここに来るなんて久しぶりじゃない。今日はなにを知りたいの?」
気が強そうな吊り目の前髪パッツン、黒髪の若い精霊が足元に来ると、腰に両手を当てて見上げながら尋ねてくる。
私はしゃがみ、一冊の本を差し出した。
「なんじゃ、この本か。お前さん、この本の作者については、以前一度調べたじゃろ。あれ以上の答えは、『知識の泉』にはないぞ」
「作者が亡くなっていること。著作物として発行されたのは、この本しかないこと。作者が個人的に書いていた未発表の作品たちは、遺族が処分したこと。ええ、もちろん覚えているわ。今日はね、この本に似た本がないかを知りたくて来たの」
適当なページを開いて、初めてこの本を見る精霊たちに見せる。
「ふーん、不思議な本だね。一つのページに絵や言葉が詰まっている。いろんな大きさの区切りもあるし。……この『とぅんく』って、なに? 聞いたことがない言葉だ」
「バカねぇ、この女の子の胸のときめきを表現している擬態語に決まっているわ。背景や登場人物の表情が言葉と合わせて描かれているから分かりやすく、詳しい説明文が必要ない作りなのね。挿絵がある本……。絵本が進化した感じね」
「なんか頭使わなくていい、楽ちんな本って感じで僕は嫌い」
「そう? 私は嫌いじゃないわね。絵も可愛いし面白いと思う」
精霊は怪力で、人間の大人一人くらい片手で易々持ち上げることができる。ただ悲しいかな、背丈が低いことに変わりはない。だから人間の本を楽々に持てても、体に対し大きなそれを、めくり読むのは大変そうだ。
精霊たちが読んでいる私が持ってきた本は、数年前、亡くなった祖母の遺品を整理している時に見つけたもの。奥付を見ると、約五十年前に発行された本だと分かった。
発見した当時はそれまで見たことがない形式の本に夢中となり、譲り受けたいと親族にお願いした。そして他に同著作品がないか調べるために、この『知識の神殿』を訪れた。その結果は前述の通りで、ガッカリしたけれど。
『知識の神殿』とは、全知全能なる神の知識で溢れる泉……。『知識の泉』に神以外で唯一触れることができる、『知の精霊』が暮らしている神殿のこと。私たち人間はなにか知りたいことがある時、彼らを頼ることが多い。
なにしろ全知全能なる神の知識を前にすれば、謎などないのだから。
だが、全ての謎を教えてくれる訳ではない。
基準は精霊も知らないそうだが、質問内容によっては答えを得られない場合がある。そういった内容の代表格なのは、寿命や恋が叶うかなど。
「なるほど。それなら大丈夫そうじゃな。似た本っちゅうのは曖昧な表現じゃが、なんとかなるじゃろ。調べる範囲はどうする? 世界中か? この国だけか? お前さんの魔力なら世界中でも大丈夫じゃと思うが……」
精霊たちが知識の泉に触れるためには、魔力を必要とする。彼ら自身にも魔力はあるがそれだけでは足りないので、情報を得たい人間がその分の魔力を魔法にして精霊に与える。
そして人間の魔力を知の精霊が食らい糧にして、知識の泉にアクセスする。
魔力が大きく洗練された魔法ほど精霊は上質だと喜ぶ。その方が、より知識の泉から情報を得やすくもあるそうで……。だから魔力が多く、魔法を得意としている私は彼らに好かれている。
「そうね……。私が入手できる範囲にあるかでお願いします」
これで世界中と答えて『似ている本はないよ』と答えられたら、大ダメージを食らう。それを避けたいので、わざと範囲を狭める。ようは私が小心者なだけ。
「場所を変えた方がいいのう。確実に答えを得るため、お前さんのことじゃ。かなりの魔法を展開させるじゃろう。そんなことをされたら、この部屋に収まりきらんで。部屋だけでなく、下手したら神殿が壊されるからのう」
それから全員で部屋の奥にあるドアをくぐり、中庭へ向かう。
私の前をちょこちょこと歩く精霊の後ろ姿は、可愛いものがある。
中庭は芝生が生えているだけの丸い空間。精霊が運動するためのスペースだと、以前教わったことがある。そして私みたいに魔力が多い者を案内し、ここで魔法を発動させる用途があることも。
「混ぜてくれ」
サンタクロースのような最年長の老人が、十本の紐を渡してきた。
それを受け取ると背中を向け、よく混ぜてから……。片方の先端を手の中に隠し、もう片方の手から垂れた先端を精霊たちに差し出す。
「恨みっこなしじゃからな」
年功序列という決まりでもあるらしくいつものように、年上から順に選んだ紐の先を握っていく。
「せーの!」
全員が紐を引っ張ると同時に、私は手を離す。
「よっしゃあ! オレだぁ!」
私の手の中に隠れていた先端。そこが一つだけ赤く染まった紐を引いたのは、中年の男性精霊だった。彼は紐を持ったまま、その場で小躍りを披露する。
精霊いわく、人間に料理の味付けへの好みがあるように、知の精霊にも食らうからこそ、好きな魔法、嫌いな魔法があるそうだ。十人一組の彼らは、どの魔法を展開させ食らうのか、くじ引きで当たった人の好みで決めている。
「オレは水魔法が好みだ。とにかく大きくて、美しい水魔法を頼むぞ」
「分かりました」
庭の中央に立ち、私は目を閉じる。
ここならどれだけの規模の魔法を展開しようと、それを全て食らう知の精霊がいるので遠慮はいらない。たまには全力を出さないと、力もさびついて上手に使えなくなるからちょうどいい。
「水よ……。すべて清めし水よ……」
この世界で魔法を使用する際、定められている呪文はない。術者が魔力を魔法という形に変換しやすいよう、好きな言葉を唱えている。
私は大きく複雑に具現化させる時ほど、イメージしやすいように呪文を長くしている。言い換えれば単純な具現化の魔法は、短い呪文でもいいし、呪文がなくても行使できる。
最初の呪文により体に流れている魔力が小川のように、さぁっ……。と、音を立てながら私の全身を循環する。うん、いい傾向。
「命を救い、慈しむ力よ……」
魔力は青白い光を帯び空へ向かって伸びて行くのを感じる。
イメージは穏やかな川。それが荒ぶり洪水や海が渦巻くようにイメージを変化させる。
「美しきその姿を現せ! 水の女神!」
目を開け両手を空に向かって掲げ一気に大量の魔力を空へ向ける。やがてそれらは集束すると一つの姿を具現化させた。
それは一枚の衣をまとい、両手で抱えている壺から水が流れる女神の姿。巨大化させすぎたけど、かなり上空で具現化させたので、見上げれば全体像を見ることは可能。
「女神様だ! 水の女神様! これは堪らんぜ!」
「……わしゃ、どうせなら裸体が……」
「この魔力はなんだ! なんと、マジェス・イサーラじゃないか⁉」
魔力を感知し、他の部屋から精霊たちが飛び出して来た。
「ずるい! 私たちもマジェス・イサーラを担当したかった!」
「残念でしたわね、今回は私たちのモノですわ」
「次からマジェス・イサーラの時はクジで決めようよぉ!」
「異議なーし! それに賛成だ!」
「運も実力のうちと言うよね……」
精霊たちの会話を聞きながら、さらに魔力を注ぐ。それにしても知の精霊はクジ引きが好きなのかしら……。なにを決めるにしてもクジを持ち出してくる。
精霊たちが騒いでいる中、閉じられていた女神の瞳が開き、口が優しく弧を描く。
掲げた両手をワクワクと輝いた瞳で待っている精霊たちに向ければ、女神は壺から流れる水を精霊に注ぐ。
まるで滝に打たれているような光景だけど、精霊たちは魔法を浴び嬉しそう。
それから女神が姿を消すと、最年長の精霊以外の足元が光りだし全身を包む。光に包まれた精霊たちは今、知識の泉にアクセスしている。最年長の精霊が、私の分からない言葉で他の精霊に質問を始める。光に包まれたまま他の精霊は答えているが、その言葉もやはり私には分からない。
この時に使用されている言葉は知の精霊独自のもので、理解できる人間はいない。精霊自身、人間に教える気もないそうだ。
精霊たちから光が消えると、ヒゲをなでながら最年長の精霊は教えてくれた。
「答えが出たぞ。この都にその本と似た本を持つ者が、二名おる」
意外と多く驚いた。
「その二名とは、メーテル・リヴィーリオと、エクサム・スターリンじゃ。メーテルはもちろん王子の婚約者で、今年お前さんの生徒になったろ? エクサムもお前さんと同じ学校に勤めとる男じゃし。本を持っているのが知人で良かったのう」
いやいやいや、生徒と苦手な同僚なんて、ちっとも良くないですよ⁉
なんで『マンガ』を持っているのが、その二人なんですか⁉
お読み下さりありがとうございます。