エピソード二つ目~2~
令和元年9月10日(火)
加筆訂正を行いました。ストーリーに変更はありません。
「君たち、なにを騒いでいるんだい? 皆、驚いているよ」
オストール先生、やはり策士? 騒ぎの内容を知っているくせに、そ知らぬふりで尋ねるとは……。
「オストール先生ぇ……」
急に目をうるませ拳を口に当てると、肩をすぼめるコーネリア。さっきまでと態度違うわね⁉ 分かっていたけれど、露骨すぎでしょ!
これには周囲の女子生徒、怒りや軽蔑の眼差しを向け、ますます空気が悪くなる。というか、怖い。
「歩いていたらメーテル様に、わざと紅茶をかけられたんですぅ……」
さっきまで大声でやり取りしていて、なんでか弱く演じようと思ったの? どうしよう。やっぱりこの子、困ったさんね。こんな人が王妃になるのは、絶対に嫌! 阻止しなければ!
「違います! コーネリアさんが急にぶつかって来られたのです!」
「なんで私がぶつかりに行かなきゃならないのよ⁉」
メーテルの友人が応戦するなり、すぐ化けの皮がはがれる。
……やるなら徹底的にやりなさいよ。なんでこんな中途半端な……。見ればオストール先生も苦笑いを浮かべている。
「メーテル様を陥れようとされているのではなくて⁉」
「はあ⁉ 被害妄想は止めてよね! あることないことでっち上げてこうやって平民を陥れるのが、お偉い貴族様なの⁉」
顔を真っ赤にさせ反論し、友人たちとの間で火花を散らすコーネリア。メーテルはまたも双方に落ち着くよう、呼びかける。
「皆さん、落ちついて。コーネリアさん、制服なら先生に言えば替えを貸していただけるわ。そのままだと染みついて汚れが落ちなくなってしまうもの。早くお洗濯をしなくては。ね? だから着替えませんか?」
優しい声色でメーテルが提案する。
少し首を傾げ、柔らかいウェーブのある金色の髪がさらりと肩から落ちる。うーん、どっちがヒロインなんだか……。どう見てもメーテルの方がヒロインよね……。
……はっ。違う! 仲裁という名の片付けに来たのだった! 本来の目的を忘れてはならないわ!
「そうね。時間が経てば経つほど汚れは染みて、落ちにくくなるものね」
コーネリアがなにか反論する前に私はしゃがみ、彼女のスカートを持つ。そして集中する。
魔力を這わせながらスカートについた紅茶が、布から浮かぶイメージを作る。それを魔力に伝え、実行させる。
前世の洗濯用洗剤のコマーシャルを思い出せたので、最近はこのイメージが容易に行える。前世の記憶、本当にありがとう。
「浮け」
その声を合図にスカートについた紅茶が布から離れ、空中にぷかりと浮かぶ。その様子はまるで、宇宙空間での液体のよう。
すぐに浮かんだ紅茶を魔法で移動させ、テーブルに置かれている空のカップの中へと落とす。
「おおおおおおおおお!」
事を見守っていた周囲の人々から歓声があがる。
良かった、成功した……。私は大きく深呼吸すると立ち上がる。
「まああ! スカートから紅茶が浮き出て……っ。すっかりシミがありませんわ!」
「先生、今の魔法は⁉ 私にも使えます⁉」
「そうね……。練習すれば誰でも使えると思うわ。スカートの布と、紅茶を分けるイメージを作ることが重要よ。布と紅茶、二つを引き離すようにイメージするの」
「その引き離すイメージが難しいですね。この魔法が使えたら子どもが服を汚した時、奥さん喜ぶだろうから使えるようになりたいなあ」
腕を組み呟くオストール先生、奥様と子どものために……! なんていい旦那様なの!
「……革命だわ。これは洗濯業界の革命よ! 新しい風よ!」
感動したように商人の娘である一人の女子生徒が叫ぶと、また歓声が沸き起こる。革命とはまた、大げさな……。
「教師が二人もいながらこの騒ぎはなんだ。ここは食堂で騒ぐ場ではない。全員静かにしなさい」
二年生を引率していたスターリンが食堂へ姿を現すなり、理由も聞かず嫌味をこめ叱ってきた。
盛り上がっていた生徒たちは、しゅんと静まる。あ、駄目だわ。イラッときた。理由も聞かず頭ごなしに叱るのは、教育者としてどうかと思いますよ⁉
「いやあ、今イサーラ先生が素晴らしい魔法を披露しましてね。それでつい僕も生徒も興奮してしまって。本当、洗濯業界の革命でしたよ! スターリン先生も見ていたら、これほどの騒ぎになったのも納得しますよ」
スターリンの肩に手を回し、そっと場から離れるオストール先生。
ナイスよ、ファブラ! 危うく生徒の前で、スターリンをぶっ飛ばすところだったわ!
「そんなに素晴らしい魔法だったのか? メーテル、君も見たのか?」
「殿下! ええ、ええ。それは素晴らしい魔法でしたわ。初めて見る魔法で、私も驚きました」
スターリンと一緒に戻ってきた王子が、メーテルに話しかける。
ほんのり顔を赤らめたメーテルが、嬉しそうに王子に答える姿を見ていると……。
やっぱこっちがヒロインと王子じゃない? そう思わせるものがある。
それに比べて……。
ぎりぎり歯ぎしりしながらメーテルを見つめる姿は、完全に悪役なコーネリア。なんて残念な子なの……。
「コーネリア。シミがなくなったから、とりあえず問題はありませんね?」
話しかけづらいが無視はできない。そうやって声をかけてきた私を睨むと、ぼそりと呟く。
「……余計なマネを……」
どこの悪役ですか⁉ あなたマンガではヒロインでしたよね⁉ とてもヒロインのセリフとは思えませんよ⁉
固まる私を置いて、不機嫌そうにコーネリアは大股で食堂を後にした。
私の魔法について再び盛り上がり始めた食堂には、もう誰も彼女を気にする者はいない。それはそれで、なんだか寂しい光景でもあるが……。
自業自得だからなあ……。
あら? そう言えばぶつかっただの、わざと紅茶をかけられただの問題は解決していないような……。
うやむやになったけれど、まあいいか。どうせコーネリアがわざとぶつかったんでしょ。日ごろの振る舞いから、そう思わずにいられない。
でもそうなるとコーネリア、マンガ通りになるよう行動していない?
そうだとしたら彼女も私と同じ転生者? 自分がマンガのヒロインだと分かっていて行動しているの?
その可能性に私は寒気がした。
お読み下さりありがとうございます。