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エピソード二つ目~1~

加筆修正を行いました、内容に変更はありません。

(2019年8月8日(木))





 昼食時、食堂で声をかけてきたのはオストール先生だった。


「ご一緒してもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」


 飲み会でのことは根に持っているが、それを理由に断るほど心は狭くない。

 オストール先生は二人席の空いていた方……。私の正面に座ると、さっそくお弁当の包みを開いていく。

 弁当箱の中はサンドイッチに揚げ物。サンドイッチも具の種類が豊富。さらにデザート用なのか、焼き菓子も幾つか取り出した。


「今日も奥様の手料理? 見た目も良いし、あいかわらず美味しそうね。そのお菓子も手作りかしら」

「そうですよ、奥さん料理もお菓子も作るのが好きだし、美味いからね。そんな所にも惚れたんだけど。本当、俺にはもったいないほど、いい奥さんだよ」


 砂を吐いてしまいそう。よくこんな恥ずかしいこと、さらりと言えるな。きっと奥さん自身にも毎日、甘い言葉を言っているに違いない。オストール先生はそういう人だ。だけどオストール先生が特別という話ではない。この世界では、こういう男性が多いのだ。

 美味しそうにサンドイッチを食べている姿を見ていると、男をゲットするには胃袋を掴め! というのは、世界が違っていても共通なんだなとしみじみ思う。



「そういえば先生。この前の飲み会なんですけど、また途中から記憶がなくて……。なんか失礼なこと、言いませんでしたか?」



 言ってくれましたよ! 私の恥を皆に公開してくれましたよ!

 思い出しても忌々しい! あれ以来、スターリンの笑い顔と『幼稚』という声がつきまとう。

 それに重なって前世の母からよく、『いい加減、現実を見なさい!』と言われていた記憶も蘇っている。

 いいじゃない、私の人生なんだから。なにを好きだろうと関係ないじゃない。男なんかいなくても、推しがいれば楽しいし。それのなにが悪いのよ!



「先生? やっぱりなにかありました?」



 心配そうなオストール先生の声に、我に返る。


「なにかって……。そうねぇ……。急に昔の話をされて、ちょっと恥ずかしかったかしら」


 本音は殺意を覚えるほど恥ずかしかったが、かなりオブラートに包んで……。少し困ったような顔を作り、そう告げる。


「そうでしたか……。ああ、すみません。飲み会のたび、なんかやらかしますね。本当、申し訳ない」


 こうやって素直に謝ってくるから、なんか憎めないのよね。これが計算だとしたら、とんだ策士だわ。


「お酒の席だもの、気にしないで」

「いや、でも……」

「そんなに気にされるのなら、お詫びに焼き菓子を一つ譲ってくださる?」

「こんな物でいいんですか?」

「その焼き菓子、実は狙っていたんですよ、美味しそうだなって。ほら、以前いただいたお菓子がとても美味しかったから。また奥様の手作りお菓子、食べたいと思っていたのよ」

「そういえば、以前おすそ分けしたら美味しいと褒めてくれましたね。じゃあとりあえず、今日はこれで……。でもまた妻に頼んで、別のお菓子を作ってもらいますね」

「まあ、ありがとう。楽しみにしているわ」


 やった! 棚から牡丹餅! オストール先生の奥様が作ったお菓子、本当に美味しいんだもの。その味は、推しを公開されたことと引き換えにできる絶品。

 もらったお菓子はいつ食べよう。食後のデザート? 放課後、小腹が空いた時? それとも家でリラックスしている時? ああ、いつにしようか悩んじゃう。



「やだ! 紅茶がかかったじゃない! メーテル様、どうしてくれるんです⁉」



 食堂に大きな声が響いたのは、そんな時だった。

 私は声のした方向。オストール先生の後ろを見ようと、少し体を傾ける。オストール先生も背もたれに腕を置き、振り返る。

 見ればコーネリアが紅茶のかかったスカートの裾を広げ、王子の婚約者である公爵令嬢、メーテル・リヴィーリオに絡んでいた。


 紅茶……。スカートが汚れる……。

 ……これ、もしかしてマンガにあった、二つ目のエピソード?


 二つ目のエピソードとは、前回の騒動でヒロインに王子が興味を持ったことが気に入らない婚約者、メーテルが嫌がらせでヒロインのスカートに、わざと紅茶をこぼす。それを偶然目撃した王子がメーテルを叱責し、ヒロインは王子に慰められる。という、内容なのだが……。

 今日王子たち二年生は午前中、校外学習。二年生の姿が誰も食堂にいないことから、まだ学校に戻っていないと分かる。


「なんて酷い言いがかりを!」

「そうです! あなたがぶつかって来られたので、メーテル様は紅茶をこぼされただけです!」

「そう、事故でしょう⁉」


 メーテルと昼食をともにしていたご友人たちが立ち上がり、コーネリアに応戦する。


「皆さん、落ちついて。コーネリアさん、火傷や怪我はされなかった?」


 メーテルが皆を宥めようとするが、コーネリアの興奮は治まらない。


「していないけど、見てよ! これ! シミになっちゃうじゃない!」

「お体がご無事で良かったわ。制服はお預かりして、洗濯してからお返しします」


 それを聞くなりコーネリアは腕を組み、鼻で笑う。


「私、替えのスカートなんて持っていないの。お金持ちのお嬢様と違って、これ一着しかないの。午後の授業、どうやって授業を受けろって言うの?」

「あちゃー。またコーネリア・ヴァーロングか。なにかと騒ぎを起こす奴だな」


 前髪をかきむしるオストール先生。


「放ってはおけませんね、仲裁しなくては」

「付き合いますよ。彼女、教師でも男相手だと態度が変わりますからね。俺がいた方が都合いいと思います」

「ありがとう、先生」


 さらりとオストール先生は毒を吐くが悲しいかな、事実である。そしてそれを否定しない私も、ひどい女かもしれない。


 とりあえず王子が戻ってくる前に、この騒動を片付けるとしますか!

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