番外編~メーテルのストラップ~
主演『キティア・コンツァ』。
劇場入り口横に掲げられている、大きな看板に描かれているのは、主演を務めるキティアをメインとした舞台の出演者たち。今日は新作初日ということもあり、劇場前は早くもこれまでの劇団の活躍から、喝采に溢れている。
「前作も素敵でしたが、今回はどのようなヒーローを演じられるのかしら」
「キティア様こそ、理想の王子だわ」
パンフレットを抱え、うっとりとしている女性があちらこちらにいる。今やキティアの人気は盤石となっており、この劇団のみならず、国を代表する役者とまで評価を得ている。
「むう、ライバルが増えた」
入学した頃より伸びた髪をハーフアップにし、おめかしをしているコーネリアが不満そうに口を尖らせる。
「地方公演も始めたから、その影響かもしれないわね」
確かにこれまでの常連客だけでなく、あまり見かけない顔も多いわね。
劇のチケットは子どものお小遣いで買うにしては、なかなか高い。働いている者でも、そう頻繁に通える金額ではない。だから裕福な層が客になることが多く、同じ顔触れで観劇しているような感じになってしまう。
今日はキティアから招待され、こうしてコーネリアと一緒に会場に来たのだけれど。
「本当にいいの? メーテルがビップ席を利用するから、一緒にと誘ってくれたのに」
「いいの、いいの。だってビップ席って、静かにお行儀よく観劇するのがマナーでしょう? それより私は、皆と一緒にライトを振りたい! 叫びたい! 騒ぎたい!」
……コーネリア、これは観劇であって、音楽のライブ会場ではありませんよ?
とは言っても、あの文化祭が発端となり、キティアが出演する舞台にはペンライト。もとい、光る棒が必須アイテムのようになっている。
――――客も楽しめる舞台。
それを劇団は目指し、そのせいで他の劇団のとかなり趣が異なっているので、賛否は分かれているけれど、私はいいと思う。それにしても、どこの世界でも新しい文化って、最初はなかなか受け入れられないものなのねえ。この劇団が特殊とも言えるけれど。
コーネリアと別れ、招待客用通路でチケットを見せ名乗れば、メーテルが待っているビップ席へと案内される。
「先生、お久しぶりです」
「メーテル殿下、ご無沙汰しております」
キティアの舞台を観劇する時、何度かこうしてメーテルと一緒にボックス席で楽しんでいる。だけどメーテルの立場上、常に側に護衛が控えているので、確かにコーネリアの言う通り、他の皆のように棒を振ったりして楽しめないのよね。
『本当は私も棒を振って応援したいのですが……』
メーテル本人も一度だけ、そんな本音を漏らしたことがある。
王子妃という立場になると、不自由な面も増えて大変よね。
だけど、フォルデング殿下との仲は良好で、それだけで色々耐えられるとたまにメーテルはノロける。
この二人、喧嘩とかしないのかしら。
たまにそんな疑問を抱いてしまうけれど、殿下もメーテルに惚れこんでいるし。もとはマンガのヒーローだと思えば、殿下の一途な点にも納得かもしれない。喧嘩もマンガなら、主役二人を盛り上げるスパイス。過ぎれば、またラブラブに戻り……。
……それにしても、おかしいわね……。メーテルも前世、私と同じく恋愛面は疎かったと語っていたのに、この恋愛に対する差はなんなのかしら。若さ? 若いころから殿下と親しいメーテルと、三十代スタートで前世を思い出した私とでは、やはり年齢がモノを言っているの?
分からない。あいからわず恋愛について、自分がどう動けばいいのか分からないし、慣れなくて困っている。それなのにメーテルは落ちつき、色香にも磨きがかかりと、ますます美しくなっている。
だけど、だけど、私だって……っ。
キ、キ、キスだってできるようになったし……っ。
だ、だけど、あんな、あんな! あんな‼ 破廉恥な! 知識はあったけれど、世のカップルは破廉恥だわ! なにゆえ神は人間をあのような行為をするよう、お創りになられたのか!
「先生?」
気がつけば両手で頭を抱え、ぶんぶんと振っていた。
残念なことにこの問題を考えだすと、このような奇行に走ってしまう。最近は護衛の皆さんたちも、知らんふりをしてくれている。だけどその優しさが辛い……。
「申し訳ありません、少し考えごとをしていました。難しい問題で、なかなか答えが出なくて」
「そうですか。解決が難しい問題は、尽きませんものね。そうでした、先生、こちらを」
渡されたのは手に収まるほど、小さな鏡だった。縁に紐がつけられ、ストラップのようにな作りになっている。
「これは……?」
「最近、王都で奇妙な魔力を感知することが増えています。一瞬発生しては消え……。実は先日のドラゴンを退治した時も、同じ魔力を微力ですが感じました。これまで感じたことがなく、得体が知れない感じがします。その魔力、いえ魔法がどのようなものかは分かりませんが、道具でその魔法を反射できるように、作ってみました。いつどこで、その魔法が発生し、危険が及ぶのか分かりませんので。今は試作品なので、限られた方にしかお配りしていませんので、ご内密に」
「奇妙な魔力?」
防御に強いメーテルは、即座に相手の魔法を見抜き、それに適した防御魔法を展開できる。そんな彼女が見抜けない魔法って、なにかしら。
「サントリッグ室長に相談されましたか?」
「はい、興味は持たれたのですが……。伝えようにも上手く表現できなく、室長にも分からないと言われました」
あの室長なら、上手く表現できなくてもなにか答えを出しそうなのに……。あのドラゴンの日、私はそんな魔力を感じなかった。つまりそれは、メーテルだから感じた微細な魔法に違いない。
となると、大がかりな魔法でなく……。規模が小さいとはいえ、得体が知れないということは、稀有な魔法に違いない。それか魔法大好きサンドリック室長にさえ、答えが出せないということは、新しい魔法が密かに生み出されたとか?
新しい魔法だとすると、それはそれで室長が興奮して喜び、研究したがる光景しか浮かばないわね……。
「おかげで室長から毎日のように、今日はその魔法が発生していないかと問い合わせが入り……」
そっと指先を頬に当て、困り顔となるメーテル。
あの人なら、そうでしょうね。未知の魔法について、貪欲だから。それはもう、しつこいほどに。メーテル、諦めて日々受け入れなさい……。
「とりあえず、この道具は室長と協力し作りましたが、効果は分かりません。それでもお守り代わりとして、持っていて下さい」
舞台を終え、キティアに会うため楽屋へ向かい、そこでもメーテルはコーネリアとキティアにその道具を渡していた。
「へー、魔法道具なんだ。でも可愛い! 気軽に持ち歩けるサイズだし、いい! メーテル様、ありがとう!」
コーネリアはさっそくカバンにつけるが、その様子をキティアは不思議そうに眺めていた。
「そういう風につけることができるなんて、思いませんでした。確かに輪の中に通せば……。てっきり紐だけなので、どこかに掛けるものだとばかり。コーネリアさん、器用な発想ですね」
キティアの発言を聞き、前世持ちの私たちは笑うだけに留めた。
そういえばこの国には、ストラップが存在しなかったわね。
お読み下さり、ありがとうございます。
約1年ぶりの更新となり、すみません。
基本的に番外編は、1話完結となるように決めていたのですが、今回はある程度キリのいいと思える話まで、一時的に連載中とさせていただきます。
令和3年5月24日(月)




