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番外編~レゾンのため息~

 レゾン・パトリオはある書類に目を通していた。

 そこに記されている内容は、何十年ぶりに王都でドラゴンが暴れた先日の件である。


 本来ドラゴンは遠く離れた地で生息しており、めったに王都で見かけることはない。また人間と寿命が大きく開きがあるため、価値観等に差がある知的生命体だ。現在では協定を結び、互いの生活や生命を脅かさないように定められている。


 かつてドラゴンは人間にとって、その肉は食糧となり、鱗や牙、爪等は武器や装飾品等に使用できるため、狩りの対象だった。だが人間より強い魔力を有するドラゴンに勝てるケースは稀で、だからこそ高嶺で取引され、大金目当てに命をかけ彼らの生息域に侵入する者が後を絶たなかった。

 正面から挑んでは負けるからと目をつけられたのが、子どものドラゴン。幼くまだ上手く魔法を使えないので、命を奪われた子は多い。そして子を殺された親が報復だと人里を襲う。その悪い循環から脱出のため、協定は結ばれた。


 ドラゴンにも人間同様、暮らしがある。そこにはルールがあり、それを破る者がいる。だから現在ドラゴンは、罪を犯した仲間を処刑すると、生息域の外に捨てる。それを人間が回収し、利用することも協定に組みこまれている。だが……。



「生きているドラゴンを見てみたい!」



 そう願う人間が案外多くいる。そこでドラゴンは観光客として、人間を受け入れた。ただしドラゴンを傷つける真似をすれば、その人間を彼らは容赦なく切り裂く。事前にそのことを記した念書にサインした上での観光であるが、希望する者は多い。なにしろ普通に観光するだけなら、無事なのだから。

 ドラゴンの生息域に近い国々は、そんな観光客が行き来の途中で落とす金を主として、経済を回している。

 レゾンの住むこの国はその恩恵に与れないが、彼自身は何度か観光としてドラゴンの生息域へ足を運んだことがある。


 逆にドラゴンも観光として、人間の生息域を訪れることがある。主には空を飛びながら見下ろすだけだが、時々広場へ着地し、興味深そうに町の様子を眺め、また去って行く。

 ドラゴン側にも人間の生活圏へ入るには事前に申請し、問題を起こせば殺されても文句はないと念書を書かせる制度がある。だが殺害前に揉め事に発展しないよう、互いに殺害処分を下す場合、状況になれば許可を求めることが暗黙の了解ごととなっている。


 ドラゴンにも精霊と同じく特有の言語があるが、人語を扱えるドラゴンは多く、意志疎通が可能のため、近年問題は発生していない。

 それでも大人の決めたルールへの反抗だと、やんちゃを犯すドラゴンもいる。先日この王都へ現れたのも、そんなドラゴンだった。



「あ、ドラゴンだ」



 人々は最初、ドラゴンが人間社会の観光のため、空を飛んでいると思った。だが王都へ近づくその存在が、魔法を放とうとしていると察知した者がいた。



「レゾン様! ドラゴンです!」



 それはフォルデングと庭園を歩いていたメーテルだった。彼女は叫びを呪文とし、全力で魔法を展開させる。それは彼女の得意とする防御魔法。王都を守るべく大きく展開させた直後、上空から炎が広範囲に放たれた。それはメーテルでなければ防げなかっただろう。空中で塞がれ霧散する光景に、レゾンは驚愕した。

 メーテルは全魔力を放出したため、身をふらつかせる。


「メーテル!」


 慌ててフォルデングが支え、すぐに横たえる。


「も、申し訳……。相手が……。ドラゴンで……。しばらく休めば……。あのドラゴンは……、きっと……、観光ではなく……」


 途切れ途切れに話すメーテルの言葉に、レゾンは王都へ配置されている兵にすぐさま伝達を送る。


「各自、先ほどの通り王都はドラゴンの襲撃を受けた! 次に備えよ! 情報班、各部隊へドラゴンの映像を送れ! またドラゴン直下の民をすぐ避難させ、付近を立入禁止にせよ!」

「映像を送ります! ドラゴンの再攻撃態勢、確認!」


 遠視魔法を使って送られてきた映像には喉を反るように顔を上げ、口を開いているドラゴンの姿があった。口の中へ魔力を集中させ、それを火という形で放とうとしているのだろう。防がなくては、王都が燃える。


「総員、防御展開!」


 レゾンは叫び、自信も防御魔法を放とうとする。王都に在中する全員が束になってもメーテルほどの防御ができるとは思えないが、被害を減らすために防御は必須だった。

 だがそんな中、一人の新米隊員が空へ向かい高速で移動を始めた。その映像を見るなり、レゾンは叫ぶ。


「コーネリア・ヴァーロング! 命令を無視するな!」

「だって、魔法を吐く前に倒せばいいじゃないですか!」


 考えるより動くタイプだと分かっていたが、なんという……。呆れ言葉が出なかった。その間にもコーネリアはドラゴンへ向かって、魔法を放つ。



「水でもかぶってなさい‼」



 空中の中、ドラゴンと向き合う位置まで飛ぶと腕を振り下ろすと、滝のような水量がドラゴンの開いた口へと流れた。

 魔法で生み出した水が口の中で固まりつつあった魔力とぶつかり合い、火花を散らす。互いの魔力値が高いため、余計に強く弾ける。


「がっ、あ……っ」


 たまらずドラゴンが口を閉じ、攻撃態勢を解いた瞬間、そこだとコーネリアはさらに魔法を放つ。



「捕えろ、氷柱!」



 何本もの巨大な氷柱がドラゴンの体をまとい、氷柱に密着した部分に霜が降りる。体温が下がるドラゴンの翼は固まり、その巨体を落下させた。



「あ」



 しまったとばかりに、コーネリアの呟き声が漏れた。

 落下することを考えていなかったに違いない。レゾンは両手で顔を覆い俯く。

 降ってきたドラゴンの巨体により、幾つもの建物が崩壊。幸い怪我人はいない模様と連絡が入り、その点は安堵する。すでにドラゴンの真下に位置していた住人たちの避難は、無事に終えていた。


「……誰が弁償すると……」


 それでも愚痴らずにはいられなかった。だがまだ油断はできない。すぐに頭を切り替え、顔を上げると指示を出す。

 このドラゴンは、王都の広範囲へ被害を及ぼすほどの魔力を有している。そのためメーテルは、王都全体へ防御を張る必要があると判断した。そんな相手だからこそ、気が抜けない。


「第五部隊、このまま都民の避難誘導を! 他の隊員はドラゴン捕獲へ! 情報班、ドラゴン帝国へ連絡を! この付近の観光を申請したドラゴンがいないか、確認と現状を伝えろ!」


 普段は人事を主とした事務方で働いているレゾンだが、今日は軍上層部の主たる面子が訓練へ出かけ王都を留守にしており、不幸なことに手薄状態だ。だから彼は魔力感知に長けたメーテルの側に仕え、彼女がなにかを察した際に、王都を守れるよう命令を下す手はずを整えていた。

 だがドラゴンによる奇襲など、想定外だった。

 最初の攻撃もメーテルが防御しなければ、この王都はどうなっていたか。想像し、レゾンはぞっと身を震わせた。


「レゾン様! 子どもがドラゴンへ!」


 見れば一人の少年が興味津々といった面持ちで、ドラゴンへ向かって走っている。普段間近で見られないドラゴンに興味を持つのは理解できるが、付近を立入禁止にさせたのに、どうやって来られたのかと驚く。見逃された住民がいたということだろうか。


「少年を保護せよ!」


 それより先に落下の衝撃で気を失っていたドラゴンが覚醒し、ゆっくりと目を開けていく。その視界には、向かってくる少年の姿があった。

 人がドラゴンの区別がつかないよう、ドラゴンも人の区別がつきにくい。加えてそのドラゴンは頭を打った衝撃もあり、視界がぼやけていた。だから『人』の姿をした者が、今も自分を凍えさせている氷柱を生み出した魔法使いだと誤解した。


(強い魔力の保持者を何人か感じていたので面白そうな地だと思ったが……。それでもいくら魔力があろうと、たかが人間。ドラゴンには及ばず、協定など無意味だと……。人間なんかには我らドラゴン、本気を出せば負けるはずなど……! それを……。邪魔しやがって……! ……そんなに蓄えられぬが、人間一人至近距離なら……!)


 仲間への数々の暴力行為により、裁判が下されようとしていたそのドラゴンは、帝国から脱走してきていた。どうせ処分されるのなら、なにかを無茶苦茶に破壊し名を残したい。それで適当にこの都を襲うつもりだったが、まさか最初の一撃を広範囲で防がれるとは思いもしなかった。

 怒りを含め、魔力を口内へ集中させる。

 それが放たれようとした時、少年の体は驚きで固まった。ドラゴンを間近で見たくて周囲の言葉を無視し、ここへ来たことをやっと後悔した。



「水よ‼」



 そんな少年の前に一人の軍服を着た若い女が降り立ち、腕を振るとドラゴンの口内から放たれた炎と水がぶつかり合う。


「くうぅ……!」


 ぺたん。尻餅をついた少年は、目の前の背中を呆然と見つめる。そして彼女の保有する膨大な魔力に気がついた。だがその魔力も、ぐんぐん減ってきている。比べドラゴンは頭が冴え始め、実力を取り戻しつつあった。その証拠に本来コーネリアより高い魔力を有しいるので、攻撃しつつ魔法で氷柱を解かした。今ではドラゴンを縛っているものは、ない。


「第一部隊、コーネリア・ヴァーロングの補佐と少年の保護を! 残りの部隊はドラゴンを攻撃せよ!」


 こうなれば仕方なしと作戦を変更するレゾンへ、メーテルは告げる。



「……レゾン様、加勢ですわ」



 ようやく自力で立ち上がれるようになったメーテルは、勝利を確信している。そんな顔だった。



「赤き炎よ、我が声に応え、その姿を現せ!」



 一人の魔法使いの呪文により、炎で作られた龍が姿を現すと尽きかけたコーネリアの魔法に代わり、ドラゴンの魔法とぶつかり合う。

 炎の魔法を得意とする自分に向け、炎の魔法を使い抵抗するとは……! ますますドラゴンは怒りで燃えた。負けぬと魔力を放出するが、相手は互角の力を見せる。先ほどと違い、洗練された魔法使いだとドラゴンは気がついた。


「コーネリア、あとどれくらいで回復できる?」


 ドラゴンと対峙し、涼しい顔のまま尋ねてきたのは、コーネリアの恩師、マジェス・イサーラだった。


「……数分、数分下さい先生。そうすれば加勢できます」


 その会話を少年は信じられない思いで聞いた。

 ドラゴンと張り合う魔法を放っておきながら、数分で回復? 信じられない速さだった。


「それなら持ちこたえられるわね」


 今後を考え、魔力を調整しつつマジェスは答える。


「レゾン様、先生が……。イサーラ先生が……。駆けつけてくれました」

「マジェス・イサーラが?」


 彼女の勤める勤務先である学校は、現場からそう遠くはない。王都の住民を……。いや、校内の生徒を守るため、駆けつけてくれたのかと考える。

 本来であれば民を守るべき自分たちが、逆に民に守られるのは恥ずべきことである。だが保有する魔力が桁違いの彼女、そしてドラゴンが相手であるのなら、事情は変わる。マジェスという強い味方を得られたと、鼓舞する。


「全部隊、作戦変更! コーネリア・ヴァーロングと加勢している民間人へ回復魔法を! この二人ならドラゴンに勝てる‼」

「レゾン様、ドラゴン帝国と連絡が取れました。件のドラゴンは裁判待ちの脱走者。処刑の許可が出ました!」


 報告にレゾンは頷く。


「分かった。コーネリア・ヴァーロング、ドラゴン殺害の許可を与える。そしてマジェス・イサーラ、加勢に感謝する」

「イサーラ先生、コーネリアさん、ドラゴン周囲に防御を張ります。遠慮なく魔法を使って下さい」


 これ以上の被害が出ないよう、メーテルも魔法を展開させる準備を取る。もちろん彼女にも魔力を回復させるため、城に駐在している隊員が駆けつけた。


 レゾンとメーテルの発言から、加勢した民間人が誰なのか隊員は理解した。隊員たちにとって、マジェスは有名である。魔法を学生へ教えていることもあり、滑らかに魔法を駆使し、力の調整にも長けている優秀な魔法使い。密かに憧れている隊員も多い。


 三人に魔力回復の魔法がかけられる。回復魔法には専門の呪文があり、それを唱え、相手に自分の魔力を流す。受けた者は自身の回復速度が速いほど、流されてきた魔力が加算され速度を速める。つまりもともと回復速度の速い三人は、一気に魔力がほぼ全回復した。


 ゆらり。


 同時に周囲の空気が変わった。いや、正確には魔法で半円を描くように防壁が作られたと、ドラゴンは気がついた。それを破壊し逃げるか、二人の忌々しい魔法使いに勝つか考える。


(……逃げた所でこの二人、追いかけてくるだろう。そう、私を殺すまで……。運よく逃げ延びても、帝国から追手が来るだろう。ならばこの二人を殺し、防御魔法使いも殺し、死ぬまで暴れてやろう……‼)


 この震えは強敵に会えた歓喜か、恐怖なのか。ドラゴンには分からない。それでもどこか自分は楽しんでいる自覚はあった。


(それにしても、こいつらの異常な回復速度はなんだ? 一人は魔法を一発防いだだけで、すぐ魔力を尽かしたはずなのに、そいつも回復している……。……そうか、こいつら異世界からの……!)


 ドラゴンの間にも前世持ちがいる。そして人間同様、彼らの大半が膨大な魔力を持っていたり、魔力の回復スピードが桁違いに速かったり、様々な恩恵を受けている。だからそういう人間には気をつけるよう、ドラゴンの間では有名な話となっている。協定が結ばれる前、大人のドラゴンが倒された時は、その者たちが関与していたケースばかりだったからだと。


「先生、待たせました。いけます」

「そう、ならやってみて。私の魔力を感じるの。そこに自分の魔力を乗せ、混ぜ一つにし、さらに掛け合わせ爆発させるの。大丈夫、あなたなら出来るわ」

「魔力を感じて……」


 言われたことが本当に自分に出来るのか。以前メーテルへの共闘では、師であるマジェスがそれをやってのけた。だけど今回は自分にそれをやれと言う。


(そんなこと出来る訳が……。ううん、きっと先生は私にも出来ると思っているから……! だから大丈夫って言ってくれた! その期待に応えたい!)


 難しいことだが仮に失敗しても、マジェスなら臨機に動いてくれる。その安心感も手伝い、コーネリアは魔法を放つ。



「炎よ! 龍となれ‼」



 師を真似、炎を龍の形に模して突撃させる。もちろんマジェスの言う通り、彼女の魔法と融合させ、爆発的になるよう掛け合わせ……。

 龍と龍が重なり一つになる。けれど、それだけでは駄目だ。掛け合わせる。合体ではない。二つの力が合わさり、膨らませるイメージをコーネリアは作る。そう、自分の龍はマジェスの炎に対し、ガソリンだ。ガソリンを注ぐことで、さらに火力を上げるようにと。


 一体となった炎の龍がドラゴンの魔法をかわし前進させる。直後メーテルが魔法を展開させ、コーネリアたちを防御する。それでも二人は魔法を放つことを止めない。龍を動かし、ドラゴンを締め上げる。


「ぐ……っ。ぐあ……っ」


 ドラゴンは防御に振ろうとするが、慌て切り替えができない。

 もたついている間に、体が燃えていく。

 巨大な咆哮のような叫び声はやがて小さくなり、ドラゴンは息絶えた。


「や、やった! 出来た! 勝った‼」


 コーネリアはぴょんぴょんとその場で両腕を上げて跳ね、喜んだ。


 が、彼女を待っていたのは頭に降ろされたゲンコツ、命令無視の反省書の提出、今回の件についての報告書作成だった。


「まったく、命令を無視しおって! 己の力を過信するな! もしあそこで別部隊やお前の師が駆けつけていなかったら、どうなっていたと思う! あの少年と一緒に死んでいた所だぞ!」


 ゲンコツを降ろされた後は、さらにこめかみを拳でグリグリされ、コーネリアは痛い痛いと叫んだ。


 あれから壊れた建物は魔法で修復したが、細かな日常品など修復が難しい物については軍と国が見舞金として金を支払うことになった。ドラゴンが絡んでいると思えば、安いと思えるかもしれないが……。


「困った新人だ」


 サンドリックが馬鹿だからいらぬと言った訳をつくづく実感し、レゾンは顔をしかめる。

 そして現在、そのコーネリアの書いた報告書と反省書に目を通しているが……。


「字が汚いな……」


 コーネリアの字の汚さは、学生時代から変わっていなかった。

 そして反省文は書き慣れているかのように、薄っぺらく感じる。

 一見真面目な文章だが、『どーも、さーせんっした』という言葉に変換されるのはなぜなのか……。


 レゾンは深く息を吐いた。






お読み下さり、ありがとうございます。


コーネリア番外編は長くなるので、数話に分けて投稿します。

今回はその初回となります。


本来命令無視はダメですが、コーネリアなら有りかなと。

そういう所がダメな子というのは、卒業してすぐ変わらないと思うので。


今回のドラゴンは、実はマジェスとエクサムの出会いで使う候補話でした。

ボツにしましたが、ここで使うかと。


もともとハイファンタジーで投稿を開始した作品なので、実はドラゴンも存在していると決めていたのですが、本編では登場させることなく、やっと出番となりました。

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