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番外編~スターリン領、頑張る~

久しぶりの番外編です。

なぜお米やマンガがあるのか、そんなスターリン家についての回です。






 馬車を見て、どうして車が走っていないのだろうと思ったの。それが最初だった。


(車……?)


 聞いたことがないのに、なぜか馴染みある単語が浮かんだ。

 途端に排気ガスを出し、道路を走る様々な車を思い出した。軽、普通、バス、トラック……。

 そこれをきっかけにエクサム・スターリンは、自分の前世はこの世界とは全く違う、魔法のない科学が発達した世界だったと思い出した。彼が十歳の話である。


◇◇◇◇◇


「そうか、お前は『前世持ち』か……」

「前世持ち?」


 最近ふさぎこむことが多い息子を心配する父に正直に打ち明けると、特に驚かれることはなかった。


「来なさい」


 広い本邸の廊下を歩きながら、前世の記憶を持って生を受ける者がいることを説明された。そういう者たちを『前世持ち』と呼んでいることも。


「我がスターリン家は、前世持ちが産まれることが多い。そういう家系なのだろう。そして彼らの知識を用い、スターリン領、そして国の発展に貢献してきた。それがスターリン公爵家だ」


 案内されたのは地下室だった。

 そこへの入口は当主である父親の部屋にあり、本棚の裏に隠されていた。

 代々当主と前世持ちにしか存在は教えられない、秘密の扉。

 その向こうは暗闇が広がり、父親が魔法で出した明かりをもとに階段を下りると、着いた先には魔法陣が描かれている部屋に出た。


「この魔法陣は何代も前の先祖が描いたものだ。彼の前世もこの世界とは違う世界だったが、そこでも魔法が存在していた。その世界では世界が幾つも存在するとの考えが当たり前で、世界を渡る魔法もあったそうだ」


 魔法の明かりに照らされた魔法陣には、見たことのない文字や記号が描かれている。文字はどことなくアラビア文字のようにも見えるが、そもそもアラビア文字を読めないので、なにが書かれているのか分からない。


「その者は世界を渡ろうと試みたが、失敗した。理由は不明だが、異世界へ渡る魔法は、この世界では発動しない。だが異世界から物品を召喚する魔法陣を完成させることができた。それがこの魔法陣だ」

「物品を召喚……?」

「毎回成功する訳ではない。それでも前世持ちが利用すれば、成功率が高い。そして召喚された物品を用い、我々は発展を続けてきた」


 各家、秘匿としている魔法があるとは言われているが、自分の家にこのような魔法陣があったとは……。エクサムは驚いた。


「ただし召喚するモノは限られており、科学というのか? 私には分からないが、機械という品は召喚できない。この世界には存在しないからだというのが、我が家では通説となっている」


 ということは、スマホやパソコン、家電製品は無理ということを、エクサムはすぐ理解する。


「父上、魔法陣の使い方は?」

「己の召喚したいモノを思い浮かべ、魔法陣に魔力を流す。それだけだ。私は成功したことがないがね。おそらく異世界にあるモノがどんなモノなのか分からないので、思い浮かべないのが原因だろう」


 それならば前世を思い出した自分は、確かに成功する可能性が高い。

 さっそくエクサムは試してみる。

 前世を思い出してからずっと、食べたいものがあった。そう、おにぎりだ。



「おにぎり!」



 三角形で海苔がついた、さして珍しくない形のおにぎりを思い浮かべ、魔力を流す。

 すると魔法陣が光り、ぽん! という音とともに、煙が魔法陣の中心に生まれたと思うとすぐに晴れ、そこには皿に乗ったおにぎりが……。


「おにぎり!」


 エクサムはすぐに飛びつくと、かじった。

 具はないが、それが余計に米を引き立て、思わず嬉し泣きする。


「なんだ、そんなにその食べ物は泣くほど美味しいのか? なんという名の料理なのだ?」


 興味を隠すことなく問う父親に、エクサムは答える。


「おにぎりです」

「おにぎり……? 白いのはなんだ?」

「お米です」

「お米?」


 どうやらこの世界には米が存在していないらしい。聞いたことがないのか、父親は首を傾げた。


「小麦のような穂になる植物で、前世では当たり前の食べ物でした」


 おにぎりを少し父親に分けると、不思議そうな顔で食す。


「うーむ……。確かに小麦と違うな。どことなく甘みがあるような……。この黒いのは海藻か? 合うな」


 どうやら気に入ってくれたらしい。

 それを見て、四季のあるこの国では稲作が可能なのではとエクサムは思いついた。早速父親に提案すると……。


「新しい農作物か……。悪くない。しかしどうやって栽培するのだ? 誰も知らぬので、お前に指揮してもらうことになるぞ」

「お米は田んぼで……」


 そこまで答え、エクサムは気がついた。

 田んぼに生えている稲を見たことはあるが、稲作に係わったことがない。だから水田の作り方も分からない。泥のような畑に、苗を植えることは知っている。

 苗? そういえば苗は、どうやって出来る?

 あれだけ米が当たり前の日本に住んでいながら、全く栽培方法が分からない。

 そこで稲作に係わるモノを召喚することにした。



「稲作の苗!」



 現れたのは、種籾だった。それからなぜか、塩。


「葉が生えていないじゃないか……」


 肩を落とすが、きっとこれは種で、ここから葉が生えるのだと思い至る。しかし塩も一緒に出現した理由が分からない。

 そこで領内の、代々秘密裏に前世持ちについて聞かされている、農業を生業とする民に協力を願い出ると……。


「ひょっとしたらそいつは、塩水で厳選するのではありませんかね。ほれ、魔法を使わず海に入れば、人は浮かぶでしょう? でも人より重い石は沈む。それと同じで、中身の詰まった種を……。それ、浮かぶのと沈むのに分かれた。この沈んだ方が、中身が詰まった良い種ってことでしょうよ」


 それから民は、沈んだ種籾を水で洗う。塩を付けたままでは良くないはずだと言って。

 これで種の選別はできた。さて、ここからが問題だとエクサムは考える。

 米はジャガイモのように自然に芽が出るのか。ネギのように水に浸ければ成長するのか。全く分からない。

 そこで助けを求めて新たに召喚して現れたのは、ただの土だった。どこか色濃く、肥料のせいかひどく臭い。

 それを見た農家の者は、単純に種は土に蒔くものだと理解し、どれくらいの深さで埋めるのがベストなのか、様々な深さで試した。

 そして二週間ほど経つと、前世のニュースで田植えが始まるたび見かけたように、本葉が伸びた種が出てきた。もちろんこの間、田んぼを作ることも忘れてはいない。


「農作物と土が密接な関係なのは、どの世界も共通でしょうて。聞いた限りですと、泥状にした土に肥料を加えるのが一番ですかなあ」


 魔法を使い、土を耕す。硬い土を細かく砕き、水と肥料を混ぜた泥を作っていく。

 機械のない頃の日本では、これらは鍬を用い行う重労働だった。それをいとも簡単に魔法でこなす光景を見れば、さぞ驚き羨ましがられただろう。

 そんなことを知らない彼らはエクサムから田んぼの形を聞き、泥の部分を掘り下げる。田んぼを取り囲む部分は強化するよう、魔法を使う。


「どうして強化するんだ?」

「水を張るので、漏れないようにするためですよ。それに土を掘る動物が穴を開ければ、そこから水が漏れるので、強化させ防御するのが一番かと」


 なるほどと納得する。確かに見かけた田んぼは常に水が張っており、大雨でも降らない限り漏れる光景が想像できない。


 エクサムから田んぼは凸凹していないと聞き、農民は平らにならす。昔の日本では、牛馬を使い行っていた。牛馬がより土を踏み砕いてくれる効果があったのだが、それを知らないので、ただ平らにならし、それで良しとした。実はさらに細かく砕くことで発育を良くするとは、この時は誰も考えもしなかった。

 稲作に使用される肥料は緑肥と呼ばれ、植物を枯らしたり腐らしたりせず土壌に混ぜていた。それを知らないので、この世界にある肥料を用いたが、それは主に牛馬の糞尿を利用しており、図らずとも近い物になっていた。


 そうしている間に苗の長さも十五センチほどまでに成長し、そろそろ植えてみようという話になる。

 等間隔で植えられていたと記憶していたが、正確な間隔が分からないので、またも魔法陣に頼ると、見たことがない農具が出現した。

 それは型付けと呼ばれる道具で、盾と横との間隔が二十から二十五センチある、奇妙な円形の筒状の道具だった。

 転がせば跡が付き、これを基に、等間隔に植えようと決まる。


 前世では腰を曲げて付いた目印に合わせ田植えを行っていたが、ここは魔法が使える世界。

 成長した苗を宙に浮かし、一気に目印に合わせ四本ずつ植えていく。

 水を流し込むのも、もちろん魔法で可能だが、水量が分からない。そこで初年の今年は幾つかの田んぼで水量を変え、どれが最適かを調べることにした。


「水を入れる理由はなんでしょうかねえ」

「さあ?」


 問われるが、水が張ってあるのが当たり前なので、理由など考えたこともない。実は寒さから守るためで、水が稲を保温するからなのだが、理由は分からないがそういうものだと言い、とにかく水を張ったまま成長を見守ることとなった。


(米を食べるのは当たり前だったのに、僕は米についてなにも知らないなあ……)


 前世では考えもしなかったことを、生まれ変わって考えるようになるとは。水田で米を作ることは常識で、その理由を説明する機会さえなかった。

 苦笑いを浮かべる。その目には、苗が生えた水田が映っていた。


◇◇◇◇◇


 暑さが増し夏になってくると、さらに草丈が伸び、茎の根本から新しい茎が現れた。

 夏は水が乾きやすいので、水の量を増やすことにする。また水量も田により変えてみて、どの量が一番取れ高がいいのか調べる実験も行った。


 魔法があるこの世界では基本、水不足で悩むことはない。雨が長く続かなければ、水魔法で水を出現させれば大事にならないからだ。そういった点は科学より、魔法が発達した世界の方がいいなとエクサムは思う。

 大雨が降り、川が氾濫しそうになれば、川水を吸収して蓄える魔法も存在している。そして吸収した水は、日照りで困っている地域へ与えられる。

 自然災害に対応できるのは科学ではなく、魔法かもしれない。だからこそ向こうの世界では、もし魔法が使えたらと、願いを叶える、魔法使いが登場する創作物が作られたのかもしれない。エクサムはそう考える。


「坊ちゃん、雑草はどうします?」


 問われ、エクサムは腕を組んで考える。

 写真などで見た田んぼは本当に稲だけで、雑草はなかったように思う。春にはレンゲが咲いていることはあるが、少なくとも稲が生えている時は、なかったはずだ。


「抜くべきだと思う」

「そうでしょうなあ。雑草が栄養分を吸い取り、肝心の作物に栄養が行き届かなくなっちまいますから。それじゃあ……」


 農家は農家で、より効率的に収穫できるよう、魔法を編みだしている。

 その一つが、雑草抜きだ。

 呪文を唱え、すぽすぽと雑草を抜いていく。これにより成長した稲に触れることなく、目や肌を刺されず、楽に雑草を除去できる。そして抜いた雑草は宙に浮かせたまま、別の者が火の魔法で燃やす。

 彼らは知らなかった。除草された草は土をかき混ぜるように取り、根に酸素を送りこむことを。

 稲作が初めての彼らは無知ながらも、自分たちの知識を使い頑張った。その結果……。


「育ちましたなあ。これは最初の肥料だけでは足りますまい。足しましょう」


 この辺りの判断は、本業である彼らにエクサムは信用して任せている。

 稲をぐんぐん生長させるには、施肥は必須である。

 昔の日本では人糞や家畜の糞、かまどの灰に米のとぎ汁、干し魚などさまざまな肥料が使われた。

 とにかく農業と肥料が密接なのは、どの世界でも共通ということだ。


 もちろんこの世界でも家畜の糞は肥料と使われており、また秋冬に集めた山の落ち葉を使用することもある。たまたまどちらの世界もその方法を見出したのか、前世持ちがどちらかの世界にその情報を取り入れたのかは謎だが、肥料について大きな差異はほぼ無い。

 この世界ではいまだに人糞も有効活用されている。そのため肥溜めがあるのは珍しい光景ではないが、前世を思い出した頃から、それまで気にならなかった臭いや見た目に、エクサムは引くようになった。世界に誇れるトイレ事情の日本に住んでいた彼にとって、とてもではないが、耐えられない光景だった。


 そして害虫対策も世界を越え、共通問題だった。

 日本ではその昔、菜種油などを注ぎ、油が広がるのを待ち稲の葉を長い棒などで払うと虫は落ちるという対策が取られていたが、この世界は違う。


 魔法による結界である。


 広くこの世界で使われている方法で、その昔ある魔法使いが、虫が寄りつかない結界を張る魔法を作り出した。これを田んぼの周囲に張り巡らせれば他の農作物と同様、虫に困ることはない。

 ただし有効なのは虫に限り、動物は平気で入りこめる。だから収穫前に野生の動物にせっかく育った農作物を食われることがある。

 今の世界では、さして害虫問題はない訳だが、受粉の頃は別だ。虫が受粉に欠かせない存在であることはこの世界も同じで、花が咲くと一旦、結界は解除される。この期間だけ、どの農家も害虫駆除に対応を追われる。


「この米とやらには、どんな虫がつくやら……。ご存知ですか?」


 尋ねられてもエクサムには分からなかった。

 稲作は初めてだし、自分で作らずとも店へ行けばなんでも買えたから考えたこともない。

 さらに美味しくなければ平気で残して捨て、それがもったいないとも思っていなかった。しかしこうやって稲作に係わっていると、なんと贅沢でもったいないことをしていたのだろうと、後悔することが増えた。


 この頃、新たに稲作について召喚魔法を使うと、なぜか乾いた土が召喚された。

 どういう意味かと皆で考えていると、誰かが、水を求めてより根を張り巡らせるのが関係しているのではと閃いた。トマトなど一部の農作物に、わざと水を与えないことでより栄養が凝縮される特徴があるからだ。

 ということで、一度水を抜いてみると、穂が出てきて開花した。


「結界魔法を解くぞ!」


 受粉により籾の中で杯ができれば日ごとに大きくなり、それがお米となる。

 小さく、けれど大切な大量の花が午前中だけ開花する。初めて見る光景に、エクサムは感心した。


 前世、住宅街で育った彼には米は身近な存在だったが、田んぼは遠い存在だった。

 まさか生まれ変わってから、米に触れる機会が増えるとは思いもしなかった。こんなに小さな花が……。間近で見ると、なんだか不思議だった。


 そして穂が出て約一か月半が過ぎた頃、稲穂が垂れ下がってきた。写真やニュース映像等で流れる、あの光景だ。


「どれくらい垂れ下がれば刈って良いのでしょうかねえ」


 それも分からない。

 だから田んぼにより収穫時期をずらし、その差を比較することにした。

 結果としては早く刈ると収穫量が少なく、遅すぎると収穫量は増えるが米の色つやが悪くなった。程よいタイミングの見極めは難しいが、あまり早くも遅くも刈ることは避けようと結論が出された。


 さて、前世では機械を使い収穫していたが、この世界に機械は存在しない。では昔のように鎌を持ち、腰を屈めて刈るかと言えば、もちろんそれも違う。

 そう、これまた魔法頼りである。

 根本ぎりぎりで刈っていないことも、前世のおぼろげな写真などから覚えており伝える。だから一度に土から少し上辺りを目安に、一斉に風魔法を使い刈る。

 刈った稲もそのまま空中を漂わせながら移動させ、魔法陣で現れた稲架に掛けていく。


「稲を掛けるとは思いますが……。なんの意味があるんでしょうかね?」

「乾燥?」

「やはりそれが一番妥当な考えでしょうが、なぜ乾燥させるのでしょうか。どれくらい乾燥させれば良いのやら……」


 米について知っているのはエクサムだけだが、彼に農作業の知識がないということは、この数か月で農家の者たちも理解していた。

 これまた時期を変え、どれくらいが適切なのか見極められることとなった。

 結果、乾燥期間が長いと籾摺りの時に砕けにくく、米粒として残るものが多かった。二週間程度が一番適切のようだとなったが、後年魔法を使い、乾燥時期を早めることに彼らは成功する。だが魔法で手早く乾燥させるより、自然に乾燥させた方が美味しい気がし、結局どちらが良いのかと、農家は頭を悩ませることになるのは、また別の話である。


 次に魔法陣で出現したのは、千歯扱きだった。


「⁉」


 見たことがない道具に、エクサムは目を丸くした。

 櫛のように歯が並ぶ、鉄製の道具。櫛のように……。櫛は髪の毛を梳く。つまり……。


「あ」


 思い浮かび、ぽんと、手を打つ。

 きっと脱穀に使うに違いない。早速乾燥した稲を歯の隙間に入れ引き抜くと、籾が落ちた。


「おおー」


 それを見ていた農家の皆から声が上がる。


「これは楽ですなあ。だけど、全部が綺麗に落ちる訳ではないのが難点ですな」


 籾が残った小さな穂先を手に、農家の皆は頭を悩ます。せっかくなら全ての籾を落としたい。かといって、手で一粒ずつ取るのは面倒だ。

 そこでさらに歯の隙間を狭くした道具を自分たちで作り、せっせと籾を落とした。

 もちろん手を使って自力では引き抜かず、魔法を使い次々と穂先を入れては引き抜く。魔力を使うが体力は使わない。魔力が尽きそうになれば別の者に交代し、脱穀は素早く終わらせることができた。


 そんな脱穀した籾には、もちろんだが稲の葉や藁くずが混じっている。葉や藁くずは必要ない。そこでふるいを使うことにした。

 米粒だけが落ちるようにと、極力篩の目は小さくさせ、根気よく振る。


「くそ! 難しいな!」


 角度を誤れば葉がすき間を通る。

 角度を変えたりし、皆で試行錯誤しながら籾の選別を頑張った。これだけはどの魔法を使えばいいのか分からず、手作業となった。

 なにか便利なやり方はないか……。誰もがそう思っていた時、風が吹き、葉や藁が飛んだ。


「風だ!」


 誰かが叫び、風量を調節し、葉や籾だけを飛ばすようにする。これは風魔法を得意とする者が微調整を繰り返し、やっとこれだという風量を見つけることができた。これにより手作業の手間はなくなったが、他の者は風魔法の訓練が必須となった。

 ここまでくれば、あと少しで米が食べられるに違いない。期待に胸を膨らませると、次に魔法陣で出現したのは、臼だった。


「……臼?」


 それは木摺臼と呼ばれ、上臼と下臼に分かれている。上臼は一本の横棒があり、掴むと回せ、籾摺りが行われる。

 臼という存在は知っていても、利用する現代人がどれほどいたことか。少年スターリンも前世で臼など使ったことも、実物を見たこともない。


 ここで籾の乾燥も関係した。乾燥が不十分だった籾は、臼でひいている途中で砕けることが多かったのだ。籾を乾燥させるのには、様々な意味がある。一つ一つ作業を重ねることで、なぜそれが必要なのかを、彼らも考え理解しようとした。

 さて現れた臼に籾を入れ回せば、摩擦により籾殻が取り除かれる。ぽろぽろと回転させれば脇から玄米がこぼれてくる。


「これもなにか良い魔法、ないかなあ……」


 臼を回しながら、一人の年輩の男が呟く。

 回すのは重労働で、魔法を使い手軽にできないだろうかと、皆が頭を悩ませる。

 結局有効な魔法が浮かばず、自力で臼を回し続けた。それは数年経っても変わらず、毎年この作業になると、誰もが早く効果的な魔法を考えろと叫ぶことになる。

 次に待っているのが、精米だ。現れたのは、一升瓶と棒が一本。


「え?」


 しばらく二つの道具を手に持ち、エクサムは必死に考える。

 ……そういえば昔、原爆投下前後の広島を描いた名作マンガを読んでいた時、瓶の中に入っていた米を、棒で突く絵があったような……。

 まさかなと思いつつ玄米を入れ、棒でつくと精米できた。


 実はこれだけで籾摺りと精米ができるのだが、彼らがそれに気がついたのは、数年後、子どもたちによりだった。

 臼を回すのが嫌になっている大人の横で、まだ作業を手伝うには幼いえない子どもたちが、勝手に脱穀した米を瓶に入れ、とんとんついて遊び出した。順番に『とんとんとん、とんとんとん』と歌いながら、この後の親たちの真似をする。

 やがて臼を回していた女性が交代だと休息を取っている時、瓶の中の米に気がついた。


「ちょ、ちょっと! それ、見せなさい!」


 怒られる。そう思った子どもたちは、おずおずと素直に瓶を女性に渡す。


「ちっと皆、これを見てよ! 子ども達が脱穀した米を入れて、ついて遊んでいたら……」

「精米できているじゃないか‼」


 それを知り、関係者全員が肩や膝を落とし打ちひしがれた。


「……これまでの苦労は、なんだったんだ……」

「棒でつくだけなら、魔法でなんとでもなるじゃない……」


 そんな未来があるとは知らず、完成したお米を少年エクサムが炊き、食べると苦労した甲斐もあってか、余計に美味しく感じた。そのままだけでも良いが、塩をつけて握って食べても美味い。

 これは新しいスターリン領の名物になるかもしれないと、毎年改良が行われ、初めてマジェスが食す頃には立派な田んぼが幾つも出来ていた。それにはこのように、エクサムだけではなく、多くの者の協力と頑張りがあったからである。


◇◇◇◇◇


「……よし」


 魔法陣を前に、エクサムは気合いを入れる。

 前世で読んでいた小説やマンガ。最終回を迎える前に亡くなり、結末が気になっていた作品が何作もある。どうやら書物は召喚させることが可能らしく、別邸の地下に沢山の異世界の書物が隠されていたのだ。


「出て来い!」


 そして現れたのは、一冊のマンガ。

 だが自分の望んだ作品ではなかった。


「な、なんだこれ?」


 タイトルや絵は有名なので、見かけたことはある。だがこれまで一度も読んだことがないマンガ。

 顔に傷のある天才外科医を描いた、マンガ界のレジェンド作品。アニメ化や実写化もされ、タイトルを知らぬ者は少ないだろう。


「僕が読みたいのは、これじゃない……」


 がっくりと肩を落とす。

 それでも久しぶりのマンガ。目を通すと面白く、夢中になった。

 もちろん描かれた当時の医療技術なので、エクサムの知識と差異はあるものの、ただ金にがめつい主人公ではない。主人公がなぜ顔に傷があるのか、彼の人生、生き様。もちろん他の登場人物の人情も描かれ、時に病に患う苦しみや悲しみ、治癒できた喜びも描かれ、ただの医療マンガではなかった。

 病気だけではない。患者の人生も詰まった作品。天才と呼ばれながらも医師として悩み、命とはなにか。考えさせられる内容も多かった。


 それから書物を呼び出し続けると、結局そのマンガの文庫版が全巻揃った。

 後にそれをマジェスが夢中になり読むことになると、その時が訪れるまで、エクサムは知るよしもない。

お読み下さり、ありがとうございます。


また本作を書くにあたり、サイトの参考、及び引用をありがたくもご許可下さった株式会社クボタ様。並びに関係各位の皆様に厚く御礼申し上げます。


魔法陣により異世界の物品を取り寄せているというのは、初期から決めていました。

ただそれを描くには、本編と絡むストーリーが浮かばず、今回の形での発表となりました。


そこで私の中で問題になったのが、機械を使わず米を作る方法が分からない。という点でした。


現代の栽培方法は調べると簡単に分かりますが、機械を使わない頃の方法が分かりませんでした。

いろいろネットで検索し、辿りついたのが、株式会社クボタ様の『くぼたのたんぼ 田んぼの総合情報サイト』でした。

そちらに『むかしから伝わる農具と稲作』があり、私の求めていた情報が掲載されており喜びましたが、参考だけでなく引用にも繋がる内容で、使用していいものかと悩みました。

そこで分からないのなら、尋ねて許可を得よう! と思い問い合わせをした所、引用のご許可を頂け、今作の完成へと繋がりました。


原爆投下直後のマンガの一コマは、読んだ当時、一体なにをやっているのか謎で、それで余計に頭に残っていました。何年も経ち、ようやく答えを得ることができた訳ですが……。

初めて読んだのは小学生だったので、脱穀から精米という流れがあると知らず、それで余計に不思議なことをしているなと、印象的なコマでした。

タイトルは控えさせて頂きますが、子どもに読ませるには賛否ある作品とは承知しております。

原爆が投下された時、どのようなことが起きたのか。

絵という形で客観的に投下後の様子を知るには、良い作品ではないかと、個人的には思っております。

ただ投下後を知らずに読めば子どもさんにはショックが大きく、ある程度の年齢に達しなければ、辛く怖い目に合わせるかもしれません。ですから様々な年代の方が今作を読まれていると思うので、タイトルは控えさせて頂きます。ご了承ください。


◇◇◇◇◇


参考引用サイト

くぼたのたんぼ 田んぼの総合情報サイト

http://www.tanbo-kubota.co.jp/active_learning/




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