番外編~マジェス、愛の神殿へ行く~
ブクマ、評価、感想、ありがとうございます。
まさか私が、ここを訪れる日が来ようとは……。
外壁がピンクと赤をメインに彩られた神殿を見上げる。
大小異なるハートマークも異常なほど描かれているここは、『愛の精霊』が集う神殿。その名も『愛の神殿』!
名前の通り、知の神殿で知の精霊に会えるように、愛を司る愛の精霊に会える場所。
愛の精霊は、なんて言うのかしら。前世で言う、産婦人科医に近い。精霊たちに会えば妊娠しているか分かるし、子宮や卵巣系の病気も診断してくれる。子が授かりにくい体質とかさえ、診断も可能。
さらに逆子かの診断も可能で、逆子になっていれば精霊の持つ力で、お腹の中の子の頭を、きちんと下にしてくれることも可能で……。
うん、前世の産婦人科より凄いわね。
ただし産まれてくる子の性別は、答えてくれない。産まれてからの楽しみにしなさいと、断る。精霊曰く、分からないから答えないのではない、ということらしいけれど……。なにか彼らなりのルールがあるらしい。
前世の産婦人科だと、男の先生は大丈夫だの嫌だの意見が割れる所だけれど、この世界ではその役割が精霊で、人間ですらない。だから医師に関する悩みを抱くことがない点は、ありがたい。
そっとお腹に手を当てる。
……やっぱり未婚でこの神殿を訪れるのは、なんだか抵抗あるというか……。もし誰かに見られたらと思うと……。
キョロキョロ辺りを見回し、知り合いがいないことを確認すると、神殿へと足を踏み入れた。
「嘘だぁ! その子が俺の子じゃないだなんて!」
途端に男性の泣き叫ぶ声が聞こえ、びくりと体を震わす。
「嘘じゃないわよ! あたしたち精霊は、誰と誰の間に産まれた子なのか分かるんだから! 神様からそういう力を授かっているの!」
「現実を受け入れろよ! その子の父親は、お前じゃない!」
背中から半透明の羽を生やし、空を飛ぶピンク色の髪をした精霊二人が腰に手を当て、泣き叫ぶ男性に向け、怒ったように言っている。
……あれが愛の精霊?
前世でよく見かけた、まさにフェアリーな見た目。知の精霊よりさらに小さく、可愛らしい見た目だが、気は強そうだ。
「う……っ。うう……っ」
廊下に座りこみ泣く男性の近くには、子どもを抱いた女性が一人。顔色を無くし、震えている。事情が分からない子どもは、どこか怯えた顔で泣く男性を見つめている。
「……誰との子だ……」
まるで地の底から響くような、暗い声が男の口から放たれた。
「いや、そんなことはどうでもいい! お前とは離婚だ! 家から出て行け! お前が出て行かないのなら、俺が出て行く! 俺の子じゃないんだ! 養育費は払わないからな! 逆に慰謝料を請求してやるから、覚悟しろ!」
「ま、待って! ち、違うのよ! あの、えっと……」
まごうことない、修羅場である。
なるほど、愛の精霊はDNA鑑定のような力も持っているのね。
どういう理由で親子がこの神殿を訪れ、子どもが夫婦の子かを調べることになったのかは知らないけれど、男性にとっても子どもにとっても、最悪の結果のようで、なんともかわいそう……。
「本日はどのようなご用件で?」
親子を見ていると、一人の老婆の精霊が、私の顔面に立つように飛んでくる。
「あ、あの……。妊娠しているか、知りたくて……」
見知らぬ男性が叫ぶ中、小声で答える。
そう、生理が二週間も遅れており、妊娠の可能性を考えた私は、愛の神殿を訪れることを決めた。
「分かりました。これは番号札だから、呼ばれたら部屋に入って下さいね」
番号が書かれた紙を渡される。この辺りのシステムは、知の神殿と同じらしい。
「浮気は一度しかしていないの! だから本当に私は、この子があなたとの子だと信じていたのよ!」
「一度だけ……? 一度だけで妊娠できるか‼ 正直に言えよ! 本当は一度じゃないだろう⁉」
人目を気にせず、修羅場は続いている。両親の終わらぬ喧嘩に、ついに子どもが泣き出した。
いや、一度だけでも妊娠する時はすると思いますよ? というか、皆、ほったらかしなの? そう言う私も、知らん顔しかできないけれど……。
「じゃあ約束通り、慰謝料を請求しますね」
今度は別の女性が部屋から出てくると、後ろを追いかけてくる男性に向かって、顔を向けることなく言う。
「待ってくれ! 悪かった! 君を信じなかったことを謝るから! どうか許してくれ!」
「浮気を疑われて離婚されたのよ⁉ 愛の神殿で調べれば、経験した相手の人数が分かることくらい、有名な話じゃない! それなのに確認もせず浮気だと決めつけ、離婚されて……。慰謝料まで請求されて、許せるものですか! 逆にあなたが払ってくださいね、契約書通りに!」
嘘……。そんなことまで分かるの……?
中には妊娠が分かり幸せそうなご夫婦もいるが、あちらこちらで修羅場が発生している。
そんな中、座って順番待ちしている人たちは特に驚いた様子を見せず、平然としている
……これが普通なの? 異常じゃないの? それとも皆、平然を装っているの?
愛の神殿には一生縁がないと思っていた私にとっては、驚きの連続なんですけれど?
そして番号を呼ばれ入った部屋には、男女の精霊が待っていたが、なぜか肩を落とされた。
「なんだぁ、一人かぁ。がっかり」
「そう言うなよ。一人で来るんだから、ほら、アレだよ。不倫に決まっている」
「不倫じゃないわよ!」
思わず突っ込んだけれど、疑わしい目を向けられる。
「えー? 本当にぃ?」
「お互い仕事をしているから、まだ不確かなことを、彼に伝えたくないだけよ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわよ」
軽くあしらわれるけれど、本当にそうですからね⁉
「ねえ、なんで一人だとがっかりするの?」
「あなた、愛の神殿について知らないの? 妊娠したか調べたい時とかカップルで訪れた場合は、私たちの前でキスをしてもらうのよ。それも濃厚なヤツを。それが愛を司る私たち精霊には、いい目の保養になるのよね」
「そのカップルの愛の度合いも、計れるしね」
………………。
どう突っ込めばいいのか、分からない。
「目の保養になれば、知の精霊と違って魔力は頂かないわ。愛の力が糧になるからね。けれどあなたは一人だから、魔力を私たちに浴びせてちょうだい。その辺りは知の精霊と同じだから」
「じゃあ、強い魔力ほどいいの?」
「妊娠の調査なら、そこまで強くなくていいわよ」
「ちなみに僕たちは風魔法が好みなので、それでお願いする」
あ、そこも知の精霊と同じで、食らう魔法に好みがあるのね。
私は人差し指を立て、そこから小さな竜巻を発生させる。これでいいのかしら?
「おやおや、これは上質な魔力じゃないか。呪文なしで、素晴らしいな」
「濃厚ラブシーンが見られなかったのは残念だけど、これはこれで、悪くないわね」
……お気に召してくれて良かったけれど、竜巻の威力をあげたい気分になったわ。
だけど知の精霊と同じく、どうせどんな攻撃も効かないのだろうから、殺傷力を上げても意味ないだろうけれど。
精霊に向け指を振れば、竜巻が向かう。風に巻き込まれた二人の体内へ、やがて魔力は吸収され、答えを述べられた。
「妊娠はしていない」
「え? でも私、二週間も遅れるなんて、今までなくて……」
「あなた、どれだけ周期がリズミカルなのよ。安心して、明後日から生理が始まるから」
え? そこまで分かるの? 便利な力を持っているのね。
「じゃあ次はお相手と来て、濃厚ラブシーンとその美味しい魔力をちょうだいねー」
ご機嫌に手を振られたので振り返すが、濃厚ラブシーンなど精霊とはいえ、他人に見せる気はありませんから!
神殿を出て、大きく息を吐く。
そうか……。ただの遅れか……。安心したような、残念なような……。
うん? 残念?
思わず笑いを漏らす。
まさか私がそんなことを思うようになるなんてね。ずい分と私も変わってしまったわね。だけど嫌な変化じゃない。
もし本当に妊娠していたら……。
彼との子だもの。産むしか考えられない。
◇◇◇◇◇
翌日、私はエクサムの家を訪れていた。彼の部屋でマンガを読みながら、ちらちらと窺う。
どうしよう、一応昨日のことを話しておいた方がいいかしら。でも結局は妊娠ではなかった訳だし、それなのに話したら、まるで結婚をせがんでいる重い女だと思われないかしら。こういう場合、なにが正解なの?
ああっ、大好きなマンガを読んでいるのに、内容が頭に入らない!
「どうかした?」
「な、なんでもないわ!」
あまりに何度も視線を送っていたので、さすがに気がつかれてしまった。
「最近、学校でも様子がおかしいじゃないか」
エクサムは読んでいた本を閉じ、私を真っ直ぐ見つめてくる。
真剣な様子に私もマンガを閉じ、机の上に置く。
「なにか悩みがあるんだろう?」
ええ、ありました。ありましたけれど、解決しました。しかも思いこみでした。とは言えないので、どう誤魔化そうか考える。
「えっと……」
「言いにくいとは、分かっている」
立ち上がると正面に座っていたエクサムは、私の隣に移動し、手を握ってくる。
「だけど、二人の問題だろう?」
うん?
「トイレから出てくるたび、思いつめた様子でお腹を撫で……。妊娠したんだろう?」
なんと! 校内の私の様子から、よく私の悩みが分かったわね⁉ さすが長年私を見続けていただけはあるわね!
「不安なら愛の神殿へ行こう。そこならちゃんと分かるし、出産予定日も調べられるから」
「あ、あのね。そのことなんだけど……。実は昨日、愛の神殿に行ってね」
「なんで一人で⁉ 二人の子なんだから、僕も一緒に……!」
「落ちついてちょうだい、エクサム。妊娠はしていなかったの。私、今まで生理はほとんど定期的な周期で訪れていて、二週間も遅れたことがなかったの……。それで妊娠を疑ったんだけど、明日には生理が始まると言われたわ」
「……へ?」
ぽかんとされ、握られた手の力が弱まる。
「なんだ、違うのか……。なんだろう、複雑だ……」
それから頭を抱える彼を見て、気持ちは分かるわと言いたくなる。
「……ごめんなさい、不安にさせて」
謝れば勢いよく、顔を上げてきた。
「いや、不安なんて! 君の方が不安だっただろう⁉ ただ君のことだから、妊娠すれば仕事への影響を考えたりして、思いつめるかと……」
私を心配してくれていたと分かり、嬉しくて今度は私から彼の手を握る。
「次は真っ先に相談するわ。そうよね、二人の問題だもの。私が妊娠すれば、あなたの子でもあるものね」
「マジェス……」
抱きしめられそうになるが、手で制し伝える。
「あ、でも神殿には一人で行かせてちょうだい。精霊に言われたのよ。カップルで訪れたら……」
「ああ、キスのこと?」
え? そんなに有名な話なの?
「気にする必要ないだろう? 二人で行けばいいじゃないか」
「私は気にするわよ! 精霊相手とはいえ、どうして人前でキスしなければならないの⁉ 恥ずかしいから、絶対に嫌!」
顔を真っ赤にさせ反対すると、やれやれとエクサムは肩をすくめる。
「でも慣れてもらわないと」
それはキスをすることに? そりゃあいまだに恥ずかしくて、たまに拒むように騒いだり、気絶したりすることがあるけれど。
エクサムは立ち上がると、机の引き出しから箱を取り出し、その蓋を開け私に差し出してきた。
その小さな箱の中には、指輪が……。
それを私の左手薬指にはめながら、彼は言う。
「別に妊娠がきっかけじゃない。そろそろ頃合かと思って、用意していた。やはり僕は結婚するなら、あなた以外考えられない。マジェス。どうか僕と結婚してほしい」
震えながら指輪を見ていると、じわりと視界が揺らぐ。
目が潤んでいるのが分かる。
「……はい、喜んで」
私は彼の首に両手を回し、頷いた。
「だから結婚式での誓いのキスをするため、慣れてもらわないと」
嫌な予感がし両手を離すが、すでに彼の腕は私の腰に回されており、逃げられない。
「そろそろ恥ずかしがって拒んだり、気絶したりすることから卒業してもらわないと」
にこりと微笑まれる。
あら? これって、あれかしら? ひょっとして今から……。
って、やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!
だから! 私は半世紀以上、恋愛と縁がなかった女なんだってば!
むーむー言い、今日も私は途中で気絶した。
お読み下さりありがとうございます。
まず、気絶したマジェスにですが、エクサムは手出ししません。
気絶した段階で、またかとガックリ。
そして愛の神殿ですが、実は当初、本編に登場予定でした。
エクサム邸で一晩泊まるというのが、実は最初は違うストーリーでした。その内容が……。
友人と酒を飲み酔っぱらった帰宅途中、出会ったエクサムに絡んで寝だすマジェス。
仕方なく自宅に連れ、同じベッドでエクサムも爆睡。
翌朝目覚めたマジェスが大騒ぎ。
愛の神殿でなにもなかったと診断してもらい、エクサムに平謝りする。
という内容でした。
が、どうも酔っぱらいになるマジェスがしっくりこず、本屋で会って……。
という話に変更とし、愛の神殿の登場が消滅しました。
こんな感じで、実はわりと初期設定から変わった部分がある作品だったりします。




