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番外編~アリス・エンティアの秘密~

今回はメーテルの友人、アリスがメインです。

なぜエンティア家が、情報収集に長けているのか、お披露目回です。





 アリス・エンティア伯爵令嬢は、人気のなくなった放課後の廊下を走っていた。

 廊下を走ることはよろしくないと分かってはいるが、事情あってのことなので仕方がないと、己に言い聞かせている。


(早く『アレ』を回収しなければ!)


 この時期、校内の壁には学校祭の宣伝ポスターが多く貼られている。その内の一枚の下に仕込んだ『アレ』を回収するため、わざわざ人が少なくなる時間まで、図書室で待っていた。


 廊下の壁には均等に、明かりを灯すランプのような道具が備え付けられている。それは魔法の道具で、それに魔力を注げば明かりが灯る作りになっている。継続時間は注いだ魔力に比例し、多ければ多いほど、長く明かりを灯してくれる。

 毎朝教師が分担して魔力を注いでいるが、たまに失敗することがあり、授業が終わる前に明かりが消えることもある。


 階段を駆け下り、あの角を曲がれば目的の場所。

 たんたん、たんたん。

 リズミカルに階段を下りつつ、辺りに誰もいないことの確認も怠らない。

 エンティア家に関わる重要なアレは、その存在を絶対に一族の者以外に知られてはならない。


 階段を下り曲がり角を進もうとした時、ポスターの前に一人の男性教師が立っていることに気がつき、慌てて立ち止まり、見つからないように壁を背に隠れる。教師はなにごとか顎に手を当て、難しそうな顔をしてポスターを眺めている。


(スターリン先生⁉ よりにもよって、なぜそのポスターの前に⁉)


 幸いスターリンに気づかれていない。そっと顔を覗かせ、様子を窺うアリス。


「どうされました、スターリン先生」

(イサーラ先生まで⁉)


 アリスのいる反対側から現れたのは、彼女の担任教師であるマジェス・イサーラだった。


「いや……。ここの明かりが昼頃、切れまして」


 彼が見ていたのはポスターではなく、その真横に備え付けられた魔法の道具だったのか。それが分かり、アリスは安堵する。


「珍しい話ではないと思いますが? 失敗することは、誰にでもありますし」


 二人の会話を盗み聞きしながら、それにしてもと思う。

 昨年この二人は確かに学校祭のダンスパーティーで、互いの名を親しそうに呼んでいた。しかし校内でそれを聞いたのは、その一度きり。あれからは以前と同じように、互いを『先生』と呼んでいる。

 スターリン家のドレスといい、あの時の会話、雰囲気といい、二人が特別な関係になったことで間違いないだろう。だが職場である校内では、そんな様子を感じさせないので、確証を得られていない。実際今の会話も、特別親しい様子とは思えない。

 本当に二人は特別な関係になったのか。その答えをアリスは知りたがっていた。


「はい、消えることは珍しくありませんが……。消えるということは、注いだ魔力が枯渇したということですよね?」

「そうですね。注いだ魔力を消費することで、明かりが灯る道具ですから」

「そうですよね。それなのに、微力ですが魔力を感じたんです」


 ぎくりとアリスは体を強張らせる。

 なにしろポスターの下に仕込んだアレは、魔力を要するモノで、発動中はそれこそ微力ながら魔力を放出しているのだから。

 だから明かりを灯す道具の近くに仕込んだのは、その微力な魔力に誰も気づかれないと計算してのことだったのに……。まさか明かりが消え、微力な魔力をスターリンが感知するとは予想外だった。


「魔力を?」


 しばらくイサーラが明かりの消えた道具を見ているのか、無言になる。


「……なにも感じませんけれど」

「今はそうですが……。あの時、確かに感じたんですよ。しかも明かりを灯す魔力とも違う、なにか別の魔法だったように思えて」

「別の魔法? それは気になりますね」


 魔力の属性を敏感に感知する者は、珍しくない。エクサム・スターリンもその一人だった。

 この力は特別な力でもないので、有していると人に言いふらしはしていない。だがその力があるだけに、昼からずっと気になっていたのだ。


「はい、まるでなにか探られているような……」

「探る魔法? 遠方を覗く魔法みたいな?」

「それとも違うような……。どちらかというと、監視されているような……」

「監視、ですか?」


 まずい、まずい。これは大変なことになってきたと、アリスは戦慄する。

 エンティア家が情報収集に長けているのは、一族が秘匿する魔法に理由がある。



 その魔法とは、『録音』である。



 もちろんテレビのように映像を記録したり、配信したりする水晶玉がこの世界にはあるが、エンティア家が発明したのは水晶玉ではない。紙に魔法陣を描き、それに魔力を注ぐことで録音を可能にした代物だった。つまり録音に特化したカセットテープや、ウォークマンのようなもの。

 紙のサイズは決まっておらず、小さな紙を人気の多い場所に貼り、魔力が枯渇するまで録音させ、後に回収して録音された音声を聞くことで、あらゆる情報を得ていた。



 そう、言うなれば『盗聴』である。



 その昔エンティア家に前世持ちが生まれ、その人物が発明した代物なのだが、その利用価値に気がついた当時の当主が、この技術を一族の秘匿とし、利用して地位をより強固なものとすることに決めた。

 盗聴に関する法律は定められていないとはいえ、こんなことが知られれば、非難を受けることは目に見えている。だからこそ、一族は今もその技術を秘匿している。


「ええ、監視カメラに見られているような感じですね」

「でも防犯のため、水晶玉を設置している場所もありますよね」

「この辺りには設置していないでしょう?」

「ああ、そうですね」


 二人は難無く会話を交わしているが、アリスは首を傾げた。


(監視カメラ? カメラって、なにかしら)


 会話の内容から、防犯用に設置する映像記録用の水晶玉と似た物のようだが、聞いたことがない単語だった。


「先生、それはポスターですよ?」

「いや、この下になにか隠されているのかと思って。それが魔力を発していたのかと……」


 見ればスターリンがポスターをめくっており、悲鳴を上げそうになる。


 なにしろポスターの下にこそ、魔法陣を描いた紙を仕込んでいるのだから。今の時間だと注いだ魔力は枯渇しており、魔力は感知されない。しかも紙の上には、壁と同化するよう細工を施しており、そう簡単に見つかるはずはないのだが、生きた心地もしない。

 盗聴にまつわる技術を身につける教育を、エンティア家では行っている。誰にも言えないスキルだが、自信はある。だが万一もあり得るので、どうか気づかないでくれと必死に祈る。


「なにもないか……。たまに校内で感じるんですよね、奇妙な魔力を」

「先ほど言われた、監視されているような?」

「はい」


 とりあえず魔法陣に気づかれなかったと安堵するが、まだ油断ならない状態は続く。


「やっぱり僕の気のせいか」


 結局は、そういうことにしたようだ。アリスは両手を掲げ、神に感謝した。


「そういえば聞きましたよ。コーネリア・ヴァーロングが、シンデレラの劇を提案したそうですね」

「ええ。だけど、ほら。魔法使いのおばあさんの力が、いろいろおかしいからと却下されて。ガラスの靴だけ残るのは、あり得ないとか言われて……。その後で白雪姫を提案しようとしたようですが、キティアを王子にするには、出番がない作品でしょう?」

「確かに。王子は最後に少しだけの登場ですからね。目立つ場面もないし」


 二人は自分の立ち位置とは逆方向へ行っているようで、声が小さくなっていく。



「……シンデレラ? 白雪姫?」



 曲がり角から顔を覗かせ、二人の後ろ姿を見つめながら首を傾げる。これまた聞いたことがない言葉だった。

 カメラという言葉と一緒に、すぐにメモを取る。


 情報収集に長けている、エンティア家の一員である自分が知らない言葉があるなんて! 知らないのであれば、調べなければ!

 こんな時は、知の精霊に頼るのが一番。

 彼らなら知識を授けてくれるし、自分が質問した内容を人間に漏らすことはないから、口が固く安心だ。



「シンデレラと白雪姫と監視カメラ? なんじゃ、そりゃ」



 やはり聞き覚えのない言葉に、精霊も首を傾げる。


「だから知りたいのです! それがなにかを、ぜひとも教えて頂きたいのです! どうぞよろしくお願いします!」


 ありったけの魔力を放ち、知の精霊の返答を期待しつつ待つ。


「あー……。まず監視カメラ。これは映像を記録する水晶玉と同じ性質を持つ物で、別称と言ってよし。水晶玉と形状は異なっているようじゃが、詳細は不明。次にシンデレラと白雪姫じゃが、遠い国のおとぎ話で、禁書にでもなったのか、内容など詳しいことは知識の泉は教えてくれんかった」

「禁書?」


 禁書とはいえ、歴史教師のスターリンや、読書好きのイサーラが存在を知っているのは不思議でない。

 だがコーネリアはどうだ? 彼女は別に読書好きでも歴史好きでもない。いたって普通の少女。そんな少女がどうして、禁書扱いの本を知っている?

 知識の神殿からの帰り道、アリスは頭を働かせていた。


「庶民だから……?」


 貴族にはない知識を庶民が持っていることは、多々ある。案外庶民の間では、有名なおとぎ話なのかもしれない。

 いや、それだと知識の泉が詳しく教えてくれない説明がつかない。人に知れ渡っている内容なら、知識の泉が拒む理由はない。ということは、やはり話の内容を知っている者は限られているのだろう。


「分からない……」


 どうしてコーネリアは知っている?

 答えを得られなければ、余計に気になる。

 ずばりコーネリアに聞いてみれば、昔読んだと答えられた。どこで読んだかと尋ねれば、目を泳がせながら、覚えていないと言われた。

 絶対に覚えていると分かるが、教えてくれないのは禁書だからだろう。となれば、これ以上問い詰めれば、彼女の命に係わるかもしれないので自制した。


 とにかくどこかで読んだということは、その本が存在していることに間違いない。

 アリスは古書店や、怪しげな物、珍しい物を扱う店を渡り歩いた。だがどこを探しても、シンデレラも白雪姫も見つからない。監視カメラという名の道具さえもだ。


「分からないままなんて、エンティア家の名にかけて許されることではないわ! 絶対に見つけてみせるのだから!」


 それらは全て異界の物だから、見つかるはずがない。

 そのことを知らずにアリスは、今日もひたすら様々な店を巡る。

お読み下さり、ありがとうございます。


エンティア家が盗聴している設定は、『side裏話~その3~』を書いた時に決めていました。

同じくスターリン邸でお米が登場したのも、設定を決めていますが、それに関する調べ事が終わっていないので、まだ書けない状態です。


書けないといえば、コーネリア。

彼女の番外編を書く気は、もちろんあります。

ただコーネリアは庶民だからこそ、将来の道や相手の選択肢が豊富で……。豊富すぎるからこそ、なかなか話が決まりません。

コーネリアが幸せになる内容にしたいので、これだ!と自分の中でならない限り、着手できないので、コーネリア番外編を期待されている皆さま、もうしばらくお待ちください。

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