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番外編~エクサム邸の使用人~

今回はエクサム邸の使用人の話です。

まさに本編に関係なく、これぞ番外編かなと。

厳しく真面目に働いていますが、日々、楽しんでいる面もある使用人さんたちです。





 使用人頭のセンヴェルさんにこってり絞られ、やっと解放された。

 廊下に出るなり、イナンが非難めいた物言いで口を尖らせる。


「エインが余計なことを言うから……」

「な……っ。二人だって、同意がなければ重罪とか言ったじゃない! 私のせいにしないでよ!」

「だってエインが……っ」


「お前たち」



 きい……。



 先ほどまでいた部屋の扉が開いていき、私たちを解放したばかりのセンヴェルさんが、にこやかな笑顔で顔をのぞかせる。

 その笑顔が逆に怖くて、私たち三人はびくりと震える。


「……まだお説教が足りないのかな?」

「お、お休みなさいませ、センヴェル様!」


 私たちは声を揃えて挨拶すると、逃げるように、与えられている使用人部屋へ帰った。


◇◇◇◇◇


 私の名はエイン。このエクサム邸で一緒に働いている、アン、イナンとは同じ村の出身。年も近く、昔から仲のいい三人組だ。


 スターリン領の一角にある村で暮らしていた春の頃、首都にあるスターリン邸で働く使用人を探していると、領主様の使いが訪れた。

 なんでも急に使用人が辞めたので、三人ほど人手が必要との説明だった。


 村での生活に不満はない。だけど都会への憧れはある。

 住む場所も邸内に用意してくれ、賄も出る。制服も支給され、衣食住に困ることはないと思われる求人に、私は興味を示した。提示された給金も高く、家族へ仕送りもできるので、皆も助かる。こんなに素晴らしいチャンスは、二度と訪れないだろう。

 すぐに仲良しのアン、イナンと一緒に申し込むと、見事採用。こうして私たちは、王都での生活をスタートさせた。


 実際はスターリン邸ではなく、領主様のご子息、エクサム様が暮らす館での仕事だったが、本邸より小さいので、仕事量は向こうより少ない。初めて使用人として働く私たちには、何から何までありがたい環境だった。


◇◇◇◇◇


 働き始め、一か月過ぎた頃。先輩使用人が教えてくれた。


「大きな声では言えないけれどね……」


 なんとエクサム様の従妹に金を積まれ、転送防御を破壊した使用人が解雇されたので、新しい使用人……。つまり私たちを雇ったという話を!


「転送防御が破棄されたら、誰もが魔法で館内に転送可能になりますよね?」


 どんな田舎だろうと、身の安全と生活のため、必ず一軒毎に転送防御は設置される。その設置場所は門外不出扱いで、各家口を閉ざすというのに……。


「そうなのよ。それでその従妹がね、転送魔法を使って、この館に自由に出入りしていたのよ」


 不幸中の幸い、他の者が転送魔法を使って家に入りこむことはなかった。だけど一歩間違えれば、大きな事件が発生しただろう。

 都会の金持ちの考えることは分からないとアンが言えば、その従妹が異常だと先輩たちに言われた。


 先輩たちは、他にもいろいろ教えてくれる。

 その中に、エクサム様が長く片思いをしているという話もあった。


 もちろん私たち三人組も、恋話は大好物! 仕事を終え、夜中に使用人仲間と、部屋でいつも盛り上がるのは愚痴と恋話。

 今夜も酒を用意した先輩が、一気飲みすると、ぷはー! と大きく息を吐く。


「一途な男は、いい!」


 アンも細いプリッツエルを食べながら頷く。


「いやー……。それ、エクサム様のことですよね? 逆に気持ち悪くないですか?」

「はあ⁉ エインは分かっていない! 浮気性の男に比べれば、一途の、なんて素晴らしいことか!」


 手ずから酒を注ぐ先輩は、以前、彼氏の浮気で嫌な目に合ったそうだ。だからか一途なエクサム様に、とかく肩入れする発言が多い。

 ブランデーを垂らした紅茶を飲むと、私はなおも反論する。


「だってエクサム様、見ているだけですよね? 何年もずっと、見ているんですよね? いつも見ているだけで、誘いも告白もせず、動こうとしないんですよね? やっぱり気持ち悪くないですか? 振り向けば、いつも見ているんですよ⁉ ただ見ているだけですよ⁉」


 この件に関して、いつも先輩と私とで意見が割れる。


 もちろん私も浮気性な男より、一途な男がいい。特に結婚するなら、一途な男に決まっている。だけどね、何事も限度ってものがある。それをエクサム様は、私の中で軽く飛び越えている。

 言っておくけれど、主人としてのエクサム様は、尊敬している。ただ彼の恋愛観が私の恋愛観と合わないだけ。


◇◇◇◇◇


 そんな私が、眠っているイサーラ様を抱え、エクサム様が書斎から出てきた時は、ついにこの人、やっちまったか⁉ と震えてもおかしな話ではない。


 なんで眠っているの? なんで自分で抱えているの? なんで魔法を使って運ばないの? 理由をつけてイサーラ様に触れて、喜んでいない?


「ねえ、あれってさあ……。ああやって触ることで、エクサム様のこれまでの我慢が、解き放たれないかな?」


 こそりとイナンに言うと、彼女は吹き出した。


「まっさかぁ! 寝込みを襲うってこと? エクサム様は理性が働く方だし、そんなことないって」

「そうかなあ……」


 だってほら、ご自分の隣の部屋に運んだわよ。絶対狙っているって。

 しかもあの部屋、この館で晩年を過ごした、先代公爵夫婦の部屋でしょ。それも夫人が使用していた部屋。隣の今はエクサム様の私室の、前公爵の部屋と中で繋がっていて、二つで一つと言われている、あの部屋じゃない。狙っているって。


 イサーラ様が運ばれた部屋は、不思議なことに、ムーランを生けるという決まりがある。

 ムーランは良い香りで私も嫌いではないけれど、どうしてあの部屋にだけ必ず生けるのかは、センヴェルさんに尋ねても分からないと言う。ただエクサム様の指示だと言われたが……。


「ひょっとして、イサーラ様がお好きな花がムーラン……?」


 じっとりとした目で部屋に寝かしつけられる姿を見届け、なにか異変があれば、すぐに駆けつけようと決める。主人の過ちを正すのも、使用人の務めだもの!


 その晩、イサーラ様の悲鳴が聞こえてきたので、慌てて近くにいたアンとイナンと一緒に、部屋へ飛びこんだ。


「まさかエクサム様が、イサーラ様の裸をご覧に⁉」


 イナンの勘違いが伝染し、私も叫ぶ。


「だから止めたじゃない! これまでの我慢が解き放たれると!」


 これらのやり取りはセンヴェルさんに知られ、私たち三人はこってり絞られた。


 スターリン家使用人足る者、冷静を失うな。主人を陥れる発言は許さない、等々。延々と続く深夜の説教に、私たちは何度も謝罪の言葉を口にするのだった。

 翌朝、アンたちが帰ろうとするイサーラ様を引き止めようとするが、失敗。センヴェルさんに怒られはしなかったが……。


「いや、凄かったのよ。人ってあんなに速いスピードで飛べるのね、って思うほど、とにかく凄かったのよ。あんなに速いの、誰も追いつけないって。本当、皆にも見てもらいたかった」


 と、アンは一日中興奮していた。


◇◇◇◇◇


 学校祭が終わると、頻繁にイサーラ様がエクサム邸を訪れるようになった。


「どう思う?」


 本日の賄、『おにぎり』を食べながら、私たち使用人仲間は顔を突き合わせる。

 このおにぎりはサンドイッチのように、片手で持ちながら食べられる料理。しかもサンドイッチ同様、具材を変えて様々な味を楽しむことができる、興味深い料理だ。

 スターリン領の一部の村で、『米』という新種の農作物の栽培が始まったと聞いてはいたけれど、こんなに美味しい食べ物だなんて、この館に来るまで知らなかった。


「どう、とは……?」


 イナンが分かっていながら質問返しをする。


「エクサム様とイサーラ様よ」

「そうですねえ……。ここまで頻繁に通われるのだから……。そりゃあ、ね?」

「ね?」


 アンとイナンが『ね?』と言い合う。

 私たち三人は、上手く言葉にできないけれど、意味は分かるでしょう? と言いたい時に、互いによく『ね?』と言い合う。長年の付き合いから、それで通じ合えるのだ。


「エクサム様に遅咲きの春が訪れたってこと?」

「言ったよ! エイン、面白くない!」


 皆がよく分からないテンションで、『あー』と残念そうに言いながら、突き合わせていた頭を離していく。


「やっとエクサム様も……。これでご主人様も奥様も、安心されることでしょう」


 年配の先輩は、そっとハンカチを目元に当てる。もちろん涙は出ておらず、ただのパフォーマンス。


「いつ結婚すると思う?」

「待って待って。別れるかもしれないわよ」

「賭ける?」

「賭けちゃう?」


 いやいや。主人を賭けの対象にするのは、ダメじゃないですかね? ところが私以外、全員乗り気だ。


「私はエクサムお坊ちゃんを、小さな頃から知っていますからね。もちろん応援していますとも。結婚に一票」

「私もー。ずっと一途に思っていたから、結婚に一票ー!」


 酒好きの先輩はいつの間にか飲み出しており、赤らんだ顔で手を挙げる。


「賭けはギャンブルよ! 結婚せず別れる! これで私の一人勝ち!」


 イナンが大勝負に出るので、歓声が上がる。


「交際までこんなに時間がかかったもの! 私は結婚せず、今の状態が続くに一票!」

「なにそれ。結局、結婚しないってこと?」

「結婚という枠に囚われず、新しい恋愛のスタイルを築かれるのよ!」


 アンがなにを言いたいのかよく分からない。見れば彼女の手にも、お酒の入ったグラスが……。なんだ、酔っ払いか。


「それで? エインは?」


 そもそもこんな賭け事に参加したくないけれど、ここで断ったら、円滑な職場の人間関係に亀裂が入るかもしれない。どうせなら皆と、楽しく仕事したい。だから仕方なく……。


「………………アンと同じで」


 その瞬間、ばん! と大きな音をたて、扉が開かれた。

 にこりと笑みを浮かべているセンヴェルさんが立っており、全員おにぎり片手に、かたかた震え始める。

 また私たちは、彼にこってり絞られた。


◇◇◇◇◇


 賭けは流れたけれど……。

 イサーラ様が訪れるたび、エクサム様との間に流れる雰囲気が変わってきている。

 長年ただ一途に思うことが正解なのか、不正解なのか、私には分からない。

 だけど最近、二人から互いを大切に思っている空気を感じ、羨ましく思う。


 私も結婚するなら……。





お読み下さり、ありがとうございます。


私にとってお話の中も、多種多様な考えを持つ人が存在していると思います。

エインもその一人で、少し皆と違っています。


今回の使用人サイドの話は、あくまで勤務外。しかも酒が入っている人もおり、妙に盛り上がっているから、騒いでいますが、勤務中は、公爵家の使用人にふさわしく、ビシッ。と決めています。


酒好きの先輩とも考えをぶつけ合えるので、使用人の仲は悪くありません。

仲良しとはいえ、円滑に……。と考えた時、どこか我慢したりすることがあるよなと思いながら、賭けのシーンを書きました。

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