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番外編~校長と室長~

今回の番外編は、予想外と思われるかと……。

校長と室長のお話です。


なお出産に関する記述は、偏見などあってのことではありません。

こういう(フィクション)もあるということで、お許し下さい。




「喜んで、エクサム」


 エクサムの手を取ったマジェスの言葉に校長、クリーク・セリオースは驚いた。

 周りの反応など気にもせず、踊りだす二人を見つめる。


(なにがどうなって、上手くいったのだか)


 エクサム・スターリンが学生の頃から、教師であるマジェス・イサーラを慕っていることには気がついていた。

 それはエクサムが教師になってからも変わることなく、校内ではマジェス本人以外、知らぬ者はいないほど有名だった。


(喜ばしいことではあるが……)


 勝手に仲間だと思っていただけに、裏切られた気分も少し感じる。

 羨ましさから恨めしい目となり、エクサムを見つめる。


(てっきり君も、私と同じ目に合うと思っていたのだがな……。長い年月の間に、恋なのか愛なのか分からなくなり……。大切には違いないが、それがどういう感情なのか考えることもなくなり……。まるで出口のない迷路から抜け出せない気分……。それを味わうとばかり……)


「おう、クリーク」


 先ほどまでコーネリア・ヴァーロングと会話していたシェルール・サントリッグが片手を上げ、気さくにクリークに話しかけてきた。


「なんだ、シェルール」

「つれないのう、長年の友人に向かって。とにかく聞いてくれ。マジェス・イサーラがストールを浮かべ、そこに乗って飛ぶという魔法を使ってな。面白そうなので研究したら、やっと先日、ワシもその魔法が使えるようになったんじゃ」


 胸元まで伸びた白いヒゲを撫でながら、嬉しそうにシェルールは語る。


「なにかに乗って飛ぶのは、なかなか面白いぞ。今度お前も乗せてやろう」


 変わらない男だと思いながら、クリークは手に持っているグラスの中身を飲みこむ。


「ただなあ……。スピードを出せば、その分風を受けてな。髪やヒゲもぼさぼさになるし、まだ完璧とは言えん」

「興味はあるが、髪が乱れるのは勘弁してほしいな」

「そうだろう? だからな今、風を受けないようにするにはどうすればいいのか、研究室の職員たちと考えている最中だ」


 考えることに、また楽しさを見出しているのだろう。そういう男だ。現に目が輝いている。


「本当お前は昔から変わらんな。いつも魔法ばかり考えて」

「魔法の研究こそが、ワシの全てだ」

「だから結婚できんのだ」

「お前も結婚しとらんではないか」


 気分を害した訳ではないが、自分を棚に上げてなにを言うと、シェルールは思う。


「私はしないのではない。できなかったのだ」

「なぜ結婚すれば子どもを産まなくてはならないという考えなのだろうなあ。そうだ、今なら子を産めんで当然の年齢だ。今でも遅くない。結婚したければ、すればいいじゃないか」

「子を産むということは、子孫を残すこと。別段おかしな考えではないだろう。それから私は、今さら結婚する気はない。相手もいないしな」


 それにしてもなと、シェルールは渋い顔を作る。

 この話題になると、シェルールはいつもこんな顔になる。そして毎回同じことを口にするのだが、今回も例に洩れず言い出した。


「今もワシには分からん。お前が子どもを産めん体でも、お前自身のなにが失われたわけではない。それなのに……」

「飽きもせず、何十年も前の話を……。いい加減その話題は止してくれ」


 そう、クリークは子どもの産めない体だった。

 別になにか病気を患った結果という訳ではない。ただ生まれながら、そういう体質の女性だった。


 六十年近く生きてきた中で、唯一交際した男性は、子を産めない体だと知るなり、別れを切り出してきた。男は子どもが欲しく、子を産めない女性とは結婚できないというのが理由だ。

 脈が無い男を忘れようと交際を始めた男だったので、別れることに未練はなかった。悔しくもなかった。


 悲しかったのは、万が一自分の思いが実った時、その相手の子どもを産むことができないということだった。

 愛している男に子を望まれても応えられない。だから気持ちを封印し、思いを告げたことはない。そして今に至る。


「お互い独り身だが……。ワシは寂しくない」

「お前には魔法があるからだろ」


 クリークとシェルールが出会ったのは、二人が学生としてこの学校に入学してからのこと。

 同じクラスになり、席も前後で、自然と話す機会が多かった。その頃からシェルールは魔法に夢中で、こういう研究をしたい、こういう魔法を使えるようになりたいと、いつも目を輝かせて語っていた。

 夢に向かって目を輝かせ頑張るシェルールが、クリークは好きだった。

 ところがシェルールは本当に魔法馬鹿で、恋愛に欠片も興味を抱かない。性欲すら持ち合わせていないに違いないと、彼の知り合いは口を揃える。


 二十歳になった頃、踏ん切りをつけ、報われない思いを捨てようと、クリークは言い寄ってきた男と交際を始めたのだが……。

 結末は先ほど述べた通り。程なく体質が判明し、相手から関係の解消を申し込まれた。


「お前には生徒がいるじゃないか。寂しくないだろう?」

「まあな」


 だがもうすぐ定年を迎える。その日が訪れれば教職を離れ、生徒と接する日々を送れなくなる。


「シェルール。お前は定年を迎えたら、どうする?」

「ワシか? 研究室に在籍せんでも、研究は行えるからな。研究者として、生涯現役じゃ」


 そう言うと、愉快そうに笑う。研究者として生きることに迷いがなく、学生の頃と同じ輝く目をしながら。


 ああ、そうだ。その目に惹かれたと思い出す。


 そんな気持ちを隠しながら、いつもの調子で答える。


「お前が羨ましいよ。私は学校という場所がないと働けないからな」

「ずっと働いてきたんだ。いい機会だ、休め」

「お前には言われたくない」


 髭を撫でていたシェルールは、妙案が浮かんだと声を上げる。


「そうじゃ。ならば定年後はワシと魔法の研究をすればいい。お前となら研究が捗りそうじゃ。きっと楽しいぞ。学生の頃を思い出すのう。研究場所はワシの家を使えばいい」


 まだ返事を聞いていないのに、すっかりシェルールはその気になっている。


「それにな、お前とは死ぬまでこうしてずっと傍にいる気がするのだよ」


 深い意味はなく、思いついたことを言っているのだろう。

 分かっている。いつもそうだ。人の気を知らず、まるで期待を持たせるようなことを口にして……。


 ふと笑顔で踊るエクサムが視界に入る。

 それを見て羨ましくなったのか、懐かしくなったのか。学生の頃の気分に戻る。

 特に隣に立つ男は年齢こそ重ねたものの、なにも変わっていない。目を輝かせ、魔法について語るのは、あの頃と全く同じ。

 なんだか自分まで若返った気になってきた。

 クリークはふっと、笑みを漏らす。


「私もそんな気がするよ、シェルール。お前とはいつまでも一緒だろうな。お前と研究の日々か。楽しそうだな。その時はよろしく頼むよ」

「ああ、約束じゃ」


 二人は改めて顔を見合わせると、あの頃のように笑いあった。

お読み下さり、ありがとうございます。


二人が同級生と決めたのは、本編の終盤でした。

二人が独身というのは、ぼんやりと考えていましたが、恋人ではないけれど特別な関係というのも、有りかなと。


校長も自分の気持ちが分からなくなっていますが、仲間だと思っていたエクサムを見ていると、様々な感情がよみがえるかなと……。


二人は二人なりに楽しく、時にケンカしながら、研究する余生を送るかと思います。

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