番外編~その後のフェアーラ~
※ 必ず前書きをお読み下さい ※
今回は、その後のフェアーラです。
事前に告知した通り、バッドエンドです。救いはありません。
ホラーというか、胸くそというか、暗いというか、不快というか……。
とにかくそんな話なので、そういう話が苦手な方は、お読みにならないよう、ご注意下さい。
甘いチョコレートに合わせ、渋みのあるストレートの紅茶を選んで、正解だったわね。
カップをソーサーに戻し、息をつく。
「……退屈だわ」
領地にある屋敷で暮らし始め、一か月が過ぎた。ここは田舎で娯楽がなく、退屈ばかり。
最初の三日は休養で訪れたと思い、大人しく屋敷で過ごした。
四日目には我慢できず、近くの村へ足を運ぶ。そこで見た目が良い、楽しめそうな男の子たちに声をかけ、遊んだ。
それを一週間続けると、王都からお兄様が、怒りの形相でやって来た。
使用人から私の遊びについて報告を受け、飛んできたと言い、お父様より厳しいお兄様は、私を叱った。
「陛下は反省しろと言われたのだぞ⁉ それなのに、村でなにをやっているんだ!」
「だってお兄様、ここは退屈なのよ。学校に乗りこんだことは、反省しているわ。事前に時間と場所を確認してから、イサーラ先生にお会いすべきだったわ」
「根本的なことを、お前は反省していない!」
お兄様がなにを言いたいのか、分からなかった。
そんなことを思い出しながら、両腕、それぞれに付けられた、二本の腕輪を見る。この腕輪と同じ足輪も、両足に付けられている。つまり私の手足には、合計八本の輪が付いている。
金色の腕輪は、叔父である国王陛下に付けられた腕輪。
私が魔法を使うと、その魔力を腕輪と足輪が吸い、重たくなる道具。一度試してみたら、腕が千切れそうなほど重くなり、堪らずその場に座りこんだ。
時間が経てばもとの重さに戻るけれど、これを付けている間は、二度と魔法を使うものかと決めている。
「外出したい時は連絡を入れろ」
そう言ってお兄様に付けられたのが、銀色の腕輪。
屋敷の敷地を出ると電流が流れる仕掛けで、これのせいで、村へ遊びに出かけられなくなった。
連絡を入れれば外出を許されるけれど、必ずお目付け役がついて来る。男の子たちに声をかけ、遊ぶことはできなくなった。
そこで私は、屋敷に配達に来た男たちに声をかけ、こっそり招き入れ遊んだ。
使用人に知られないように気を使い、スリルもあって、なかなか楽しめたが、すぐにお兄様たちの耳に届く。
招き入れるようになり一週間も経たぬうちに、今度は上のお姉様が顔を真っ赤にし、屋敷を訪れた。
「あなたには恥じらいというものがないの⁉ そんなに男性と体を重ねることが好きなら、娼屋敷に連れて行きましょうか⁉」
「嫌よ! そんな場所に行きたくないわ!」
私は愛されることが好きなだけ、退屈が嫌いなだけ。そういう商売をする女性になりたい訳ではない。
お姉様により、銀の腕輪へ追加の制約が加えられた。それが窓に触れたら、電流が流れるというもの。
これで窓を開け、配達に来た男たちに声をかけることが、できなくなった。
そこで私は一計を案ずる。
紙に文字を書き、それを読ませて屋敷に招き入れるようにした。
これも最初の三日は成功したのに、四日目には下のお姉様が屋敷にやって来た。
「信じられない……! このアヴァル家の恥さらしが!」
会うなり怒鳴られ、平手打ちを食らう。
私は打たれた頬に手を当てながら、涙目で訴える。
「だってお姉様、退屈なのよ。お姉様もこの屋敷で、ずっと暮らしてごらんなさい。私の気持ちが分かるから」
下のお姉様もまた、銀の腕輪へ新たな制約を加えた。今度は屋敷中のカーテンに触れれば、電流が流れるようにと。
おかげで部屋に一人でいる時は、ずっとカーテンが閉じられている。
誰かと一緒に部屋にいる時だけ、その人がカーテンを開けてくれ、外の様子を眺めることはできる。だけど、配達の男たちと連絡を取ることは、できなくなった。
遊ぶ手段がなくなった。退屈だ。
この屋敷の使用人は、半数以上が女性。
男性もいるけれど、誰も私の好みではない、見た目が悪い男ばかり。きっとお兄様が、わざとそういう男性を選んだに違いない。
我慢して彼らと遊ぼうかとも思ったけれど、生理的に無理なものは無理なので、諦めた。
仕方なく王都で暮らす友人とおしゃべりしようと、連絡を入れてみるものの……。
「申し訳ございません、現在外出中で留守にしております」
「仕事中で手が離せず……」
「お嬢様は接客中でして」
「本日は体調が悪く、床に臥せておいでです」
なぜか本人ではなく、どの家も、友人たちの使用人に断られる。
手慰みに編み物を始めても、すぐに嫌になる。もともと裁縫は好きではない。読書も好きではないから、数行読むと閉じ、テーブルの上に放る。
「……退屈だわ」
気がつけば一日の楽しみは、食だけになった。
三食しっかり食べ、それ以外の時間も口が寂しいと、なにかしら飲み食いする。
そんな生活を半年ほど送った頃、珍しく友人の一人から、連絡が入った。
「お久しぶりね。てっきり避けられていると思っていたから、連絡があって嬉しいわ」
「お久しぶりね、フェアーラ。別に避けていたわけではないの。私も婚約が決まって、式の準備などで追われ、いろいろ忙しくて」
「あら、結婚が決まったの。あなたなんかと結婚してくれる奇特者、二人目なんて見つからないだろうから、その人を逃しては駄目よ?」
「心配してくれてありがとう。そうそう、あなたなんかと結婚してくれる、奇特者は見つかった? ああ、そんな田舎では見つからないわよね。でもフェアーラは、なんといっても陛下の姪だもの。それだけで、そのうちなんとかなるでしょうよ。本当、羨ましいわぁ」
羨ましいと思っていないくせに、この女!
水晶玉を挟み、私たちは火花を散らす。
結婚が決まったくらいで、なんなのかしら、この上からの物言い。アヴァル家より地位が低い家の女のくせして、生意気な。
「ところで今日は、結婚が決まった報告のため、連絡を頂けたのかしら?」
口の端を引きつらせながら尋ねると、にんまりと、友人は底意地が悪い笑みを浮かべる。
「ええ。私だけでなく、他の皆様の近況も、あなたに知らせてあげようと思って」
それから彼女は、私がこれまで付き合ってきた男性の誰が婚約したかなど、細かに伝えてくれた。
王都を出る直前まで、何度もデートをした伯爵家の子息も、婚約したそうだ。
会話を終え、薄暗い部屋の中で一人きりの私は、目の前の丸いテーブルを、力任せにひっくり返す。
音をたて、テーブルの上に乗っていた菓子も食器も、床に散らばる。
悔しい! 私はこんな生活を強いられているのに、なんで王都の連中は幸せになっているの⁉ 不条理よ! なんで私だけ!
「……そうだわ」
ある考えが閃き、私はすぐ手紙をしたため始めた。
送り先は調べずとも、友人が詳しく話してくれたので分かっている。
何日もかけ、全ての手紙を書き終えると、お兄様に連絡を入れる。
「お兄様。手紙を出したいから、外出したいわ」
「誰に手紙を送るつもりだ?」
「友人よ。たまには手紙で連絡を取るのもいいと思って。書いている間、ちっとも退屈ではなかったわ」
しばらく悩んだお兄様は、最終的に外出の許可を出してくれた。
遠隔操作が行われ、敷地を出ても電流が流れない。
私は堂々と歩いて、お目付け役と近くの村の郵便局へ向かうと、手紙を出す。その間、遊んだことがある男の子たちが、驚いた顔で私を見ていた。
なに? まだ私が屋敷で暮らしていると思っていなくて、驚いているの?
笑顔で手を振るが、さっと視線を逸らされる。皆、お兄様になにか言われたのかもしれない。例えば、私と接するなとか……。お兄様には困ったものだわ。
帰宅すると、また退屈に襲われる。
しばらくは食べることを忘れていたお菓子に、また手を伸ばす日々が始まった。
もぐもぐ。もぐもぐ、もぐもぐもぐ。
カーテンが閉められた薄暗い部屋の中に、甘い菓子の匂いが漂っている。部屋に響く音は、私の咀嚼する音。たまに椅子が軋む音。
丸みを帯びた両手で、巨大なクッキーを持ち、私はかじりついている。
あの手紙は、伯爵家子息をはじめ、これまで私を『一生愛す』と言った男たちの新しい恋人や婚約者に、無事届けられた。
内容は彼らの閨での癖を書き、二人への祝辞を述べたもの。
もちろん彼らが私を『一生愛す』と言ったことも記し、ご愁傷様と締めくくったけれど、本当のことだもの。それのなにが駄目だったの?
なぜか手紙の内容はお兄様たちにも伝わり、今度は三人揃って屋敷を訪れてきた。
おかげで三人に一晩中、説教される羽目に……。
がちゃん!
あの夜を思い出し、乱暴にカップをソーサーに戻す。おかわりを注ごうとポットを持ち上げれば、空だと気がつき舌打ちする。
「ちょっと! 紅茶が切れたわよ! 早く持って来てちょうだい! クッキーだけだと、喉が渇くわ!」
廊下に向かって叫べば、使用人が慌てて新しいポットを持って来る。
「切れる前に持って来なさいよね!」
「申し訳ございません、お嬢様」
手紙を書くことも禁止された。兄たちが屋敷から、便箋を持ち去ったので、もう書くことはできない。
もぐもぐもぐもぐ。ごっくん。
食べても食べても、満たされない。口が寂しい。満足しない。なにが足りないの? もっと食べればいいの?
一枚食べ終われば新しいクッキーに手を伸ばし、また食べる。その繰り返し。
だって私に残されたのは、食だけだから。
「フェアーラ、元気にしている?」
定期的に屋敷を訪れてくれるのは、母だけ。今日も母がやって来た。口周りに食べかすをつけたまま、私は喜び駆け寄る。
「お母様、会いたかったわ! ねえ、私、いつまた王都で暮らせるの? ここは退屈で死にそうなの」
私が王都を離れる前に比べ、痩せたお母様が自分の口元を指す。
「お菓子がついているわよ」
「あっ」
慌ててごしごしと、柔らかい手の甲で拭う。
お兄様は、お前のせいで損害賠償を払うことになり、アヴァル家の名声も地に落ちたと怒っていたけれど、お母様の着ているドレスは昔と同じ高価なもの。
お兄様は名声だけでなく、我が家は火の車だと言っているけれど、どこが? 信じられない。
それに我が家は、由緒あるアヴァル家よ? 現国王の親戚筋なのよ? 絶対あり得ない!
私が八つ当たりをしたせいで、屋敷の使用人の多くが辞めたけれど、それでもちゃんと使用人を雇えているし、言えばお菓子も料理も出てくる。
本当にお金がなければ、使用人も雇えないし、食べるものにも困るでしょう?
きっとお兄様は大げさなのよ。お父様から無理やり家督を奪い、やりたい放題だし。おかげで心労が重なったお父様は、家と病院を往復する日々。
きっとお兄様は、家族を思いやる優しさを持っていないのね。
「フェアーラ、不都合はある?」
「洗濯が下手な使用人ばかりで困っているわ。すぐに縮んで着られなくなるの。この前は袖だけでなく、背中も破れたのよ。まだ数回しか着ていなかったのに。お母様、洗濯上手の使用人を雇って下さいな」
「……使用人の腕のせいかしらね……」
ぽつりとなにかをお母様が言われるが、聞き取れなかった。
「そうだわ、フェアーラ。近々王都の屋敷を売り払い、引っ越しをすることになったの」
「引っ越し? なぜ? どこに?」
理由は教えてもらえなかったが、引っ越し先の地名を聞き、顔をしかめる。
「それって、すぐ隣が庶民の暮らす地域ではありませんか」
「いろいろとね、都合がいいのよ」
「ねえお母様。私、いつ王都に戻れますの? 叔父様は、いつお許しになってくれるのかしら。あれ以来、年に一度の食事会も、参加を許してくれませんし……。早く皆に会いたいわ」
「スターリン家の怒りが、まだ治まっていないのよ。当分、無理よ」
「エクサムお兄様もしつこいわね」
母を見送り一人になると、しばらく前の出来事を思い出す。
エクサムお兄様やイサーラ先生と話し合いたくて、学校へ連絡すると、なぜかセリオース校長に対応された。
「なんの用だ」
「今日はお二人に、謝罪とお願いがあって……。校長先生、お兄様かイサーラ先生に代わって下さい」
「君が手紙を使って、多くの人を傷つけた話は聞いている。とても信用できる言葉ではないな。それでは……」
けんもほろろに通信を切られそうになり、私は慌てた。
「本当に謝りたいのです! だって二人に許してもらえたら、王都へ戻れるはずだもの! お願いです、校長先生。ここは退屈なの。早く王都へ帰りたいの」
ふう……。セリオース校長が、大きなため息をつく。それから聞こえてきたのは、呆れた調子の声だった。
「反省の色が見られないな。二人には、君から連絡が入ったことだけは伝えておこう」
「先生!」
そして一方的に通信を切られた。
もぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。
謝ると言っているのに。なぜなの? なぜ校長先生はつれない態度なの?
もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐもぐ。
謝るということは、反省しているという意味でしょう? なんで私は許してもらえないの?
ぶつっ。
「また……」
洋服のどこかが破れた音だ。
縮むのも問題だけど、この辺りの服屋の質が悪いことも問題だわ。こうやって、すぐ破れるもの。本当、嫌になる。ここでの生活も、洋服も、なにもかも。
「お手洗い、行こう……」
一人で過ごす時間が増え、それに比例して独り言も増えてきた。
油で汚れた手をドレスで拭き、椅子から立ち上がる。
歩くとたまに、ぎしっ。と床が大きな音をたてる。
「……屋敷も古くなったわよね。最近床が、よく軋むし」
今度お母様が屋敷に来たら、床のことを伝えないと。
ゆっくり体を左右に揺らしながら、お手洗いへ向かう。
ここ最近、手洗い場の中が窮屈に感じる。ここでの生活が窮屈だから、そんな風に感じるのだろうけれど。
「はあ、退屈……」
用を足し、また部屋に戻ると、お菓子に手を伸ばす。
退屈を紛らわすには、食べるしかない。
薄暗い部屋の中、お客が来ない屋敷で、一人、食べるだけ……。
もぐもぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ……。
使用人が一人減り、二人減り……。
それでも私は、食べることを止めない。他にやることがないから。
最近食べ物の質が落ちたけれど、量があるもの。問題ない。
もぐもぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ………………。
「あら?」
ある朝、目覚めて起き上がろうとするが、自力で体を起こすことができない。
困ったので魔法を使い、起き上がろうとすると、重たくなった腕輪がお腹にめりこんだ。
「ぐふぅっ」
忘れていたわ。魔法を使えば、腕輪が重たくなるのだった。
不運は重なるもので、ベッドに亀裂の走る音が聞こえる。
「え?」
成す術もなく、ばきばきと音をたて、ベッドは壊れる。
そして私は壊れたベッドの破片の中、身動きが取れなくなった。体を打ち、破片が体の至る所を刺し、全身に痛みが走る。
「い、痛い……」
「どうされましたかね、お嬢様」
残った数少ない使用人の一人である老婆が、物音に気がついたのか、のんびり部屋に入って来る。
「あれまあ。ベッドが壊れたのですね。いつかは壊れると思っておりましたよ」
「なんで報告しないの!」
「言っても信用しませんでしょう。なにしろお嬢様……。いえ、もうお嬢様と呼ぶにも若くありませんがね。とにかくフェアーラ様、あなたはあまりに太られたのに、自覚がありませんから」
魔法で壊れたベッドの欠片を部屋の片隅に集める老婆の言葉に、私は鼻で笑う。
多くの男性を虜にした私が、太った? あり得ないわ。
「ほら、信じられない。毎日鏡を見ているはずなのに、なんで分かりませんかね。世間ではあなた様の今の体型を、太っていると言うのですよ」
「あなた、目が悪いんじゃないの? それより早く、朝食を持って来て! お腹が空いたのよ!」
「そうやって食べることで、逃げてばかり……。アヴァル家もご自分のせいで落ちぶれたのに、何年経っても反省せず、現実を見ようとなさらない。だから王都へ戻れないのに……。かわいそうな方ですよ、本当」
自力で起き上がれない私は、ぎりぎりと哀れみの目を向ける老婆を、睨むしかできない。
「はいはい、朝食ですね。持ってまいりましょう」
老婆は魔法で私の体を起こし、部屋を出て行く。
それから運ばれて来た朝食を私は、床に座ったまま食べる。
もぐもぐ。もぐもぐもぐ。
私にはもう、食べるしか残っていない。
家族は屋敷をほとんど訪れない。定期的に訪れていたお母様も、病に伏せることが増え、もう何ヶ月も会っていない。
もぐもぐもぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。
薄暗い部屋の中、私の咀嚼する音だけが響く。
………………あれから一体、何年経ったのかしら。
お読み下さり、ありがとうございます。
はい、救いのない話となりました。
お読みの通り、フェアーラの兄と姉たちは、常識人です。
フェアーラだけが甘やかされ、困った子どもになりました。
兄は家の名声を守るため、父から当主の座を奪い、再興に奮起しています。
しかし一度落ちた名声を取り戻すのは難しく、妹は足を引っ張るしで、頭痛に悩まされる苦労人でもあります。




