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エピローグ

本編最終話です。

 目を覚ませば、またもスターリンにお姫様抱っこをされ、保健室へ向かっているところだった。


「お、起きました! 目が覚めましたから、降ろして下さい!」

「先生、気づかれましたか。本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だから、とにかく降ろして下さいぃ!」


 じたばた暴れたせいか、あっさりその場で降ろしてもらえた。

 すぐにスターリンから距離を取ると、胸の辺りを掴み、呼吸を整える。くうっ、この男、心臓に悪いっ。


 ここは薄暗い、人気のない学校の廊下。すでにダンスパーティーは始まっているらしく、会場からだろう。かすかに音楽や笑い声が聴こえてくる。あちらには多くの人がいるのに、ここでは彼と私の二人だけ。そう、馬車の中と同じように。

 しかしここは馬車の中と違い、逃げ場がある。そのことに気が強くなると、スターリンを指さし……。


「いいですか、スターリン先生! 私は前世も今世も、誰かとお付き合いしたことがなくてですね! つまり、半世紀、ああいうことの経験がないのです! ですから、馬車の中みたいなことをされたら、困るのです!」


 恥も外聞もなく本音を叫べば、あっさりと反論される。


「直接的に表現しないと、あなたには通じないし、意味を曲解して、逃げるではありませんか」


 うっ、否定できないっ。痛いところを突きおってっ。

 返事ができないでいると、隙ありと言わんばかりに距離を詰められ、そのまま腰に手を回され、抱きしめられる。


「あ……」

「愛していますよ、先生」


 耳元で囁くように、愛の告白を受ける。


 言葉にならない悲鳴が、脳内を駆け巡る。

 お、落ちつけ! コーネリアから噂を聞いて、ずっといろいろ考えていたじゃない! そうよ、いろいろと。いろいろ……。


 ………………。


 ダメだ! ちっとも浮かばない! 一体あの頃からなにを考え結論を出したのか、忘れた! また限界が近づいている。これ以上迫られると、また気絶してしまうから、勘弁して、スターリン!

 そんな私の心の叫びは届いておらず、背中から頭に回された手と、腰に回された手に力がこもる。さらに強く抱きしめられ、呼吸の仕方さえ忘れそうになる。心臓は早鐘のように、うるさく音をたてる。

 そっと彼の胸板に手を当て、なんとか声を出す。


「スターリン先生! 私は……っ。私はっ」


 私は馬車の中で、なんて言おうとした? 今もなにを言うつもり?


 クッキーを食べてもらった時。パウンドケーキの材料を買おうとした時。嬉しくなかった? 楽しんでいなかった?

 それは推しを愛でるのとは違う、初めての楽しさで……。気に入ってもらえなかったらと思うと、怖くて……。この恰好だって、他の誰でもない、あなたに否定されたらと考えたら、怖くて……。

 推しを愛でる時は、一方的に好きだと言っていれば、それで良くて楽だった。だけど対人になると、一方的に思いを押しつけることなどできない。そこには互いに、様々な感情が生まれる。


 人に思慕を寄せる。

 思慕。それは、愛。

 愛があるから、幸せで苦しい。愛があるから、優しく残酷にもなれる。


 ……くそうっ。なんで男の人に抱きしめられて、心地よいと思うんだっ。まったく私らしくないっ。


「い、いつから?」


 ぷるぷる震えながら、腕の中、彼を上目づかいに見上げながら尋ねる。

 ちょっとでも答えを引き延ばそうと、つい悪あがきをする。


「……一年生の時……」


 言いにくそうにも、答えてくれるが、思った以上に長くて驚く。


「イサーラ先生が、一年生の時」


 予想外! え、私⁉ 私が一年生の時⁉ その頃に平民の私と貴族のあなたが、どこで知り合ったと? 覚えがないわ!


「その年の学校祭で、先生のクラスは出し物で、校庭に雪国を作りましたよね」

「ええ」


 一年生の時。確かにクラスの出し物で、校庭の一部にクラスメイト全員で、魔法を使い雪原を作った。そこに雪像を置いたり、雪を降らせたりし、『雪国』というタイトルで、学校祭に来た皆に、一足早い冬を届けた。

 学校祭には、生徒や学校関係者が招待した人たちも参加できるので、その家族や友人が訪れることが多い。そんな招待客の中でも、特に子どもに雪国は好評で、時季外れの雪合戦を楽しむ子が多かった。


「そこで先生が魔法を使う姿を見ました。一瞬で大きな雪の滑り台を出現させ……。惚れました」


 あれか! 覚えたばかりの造形魔法を使いたくて、出現させたわ!

 お城の形をした滑り台で、今思えば、どこかの地方の雪まつりで見たようなヤツだったけど。あれも好評を得て、当時、大満足したと覚えている。

 まさかあの滑り台が、惚れられた理由だなんて……。


「そしてその年、陛下とダンスを踊られましたよね」

「ええ。滑り台で興味を持たれ陛下に、ダンスを申し込まれたわ」


 当時王子だった現在の国王は、その時四年生で、『偉大なる魔法使いと踊る名誉を、私に』と言って、ダンスを申し込んできた。断れない相手だったので、頑張って一曲踊ったものの……。

 踊り終わり、フロアから下がっていると、大勢のお姉様たちに睨まれていると気がついた。あの並んだ目は、今思い出しても恐ろしい。

 そして、まだエスコート中の私に構わず、何人も王子に突撃してきたので、吹き飛ばされた私は尻餅をつき……。

 恐怖で顔を引きつらせ、カサカサ四つん這いに、その場を逃げたことも、覚えている。

 この出来事がきっかけで、裏方に回ろうと決め、翌年以降先生方に頼みこんだ。


「這いながら逃げるあなたを見て……」


 その姿は忘れてください。


「守れない自分の無力さが悔しかった。翌年、祖父だった当時の国王に頼み、招待状を入手し、ダンスパーティーに行ってみれば。あなたは制服を着て、裏方に回っている。頑張って話しかければ、ダンスをする気はないと言われ……」

「え⁉ 話しかけられました⁉」

「二年生と三年生の時です。毎年話しかけましたが、そのたび、どこの子? と聞かれました」


 私の魔法に興味を持った子どもが、話しかけてくることはあったから、その誰かとは思うけれど……。ごめんなさい、覚えていません……。


「四年生になった時は、卒業して教師を目指すと知らなかったので、このままでは縁が切れると焦り、デートの定番である、星流れの祭に勇気を出して誘えば……。あー、はいはい。機会があったらねと、軽くあしらわれました」

「あ、あれ! あなただったの⁉」


 ダンスパーティーで星流れの祭に誘われたことは、覚えている。まさかあの男の子が、スターリンだったなんて!


「食堂で話題にした時、言ってくれれば良かったじゃない!」

「僕の顔を忘れていたのに?」


 うっ。また痛いところを……っ。


「翌年入学すれば、教師見習いとしてあなたが学校にいる。その時、どれだけ僕が喜んだか、分かりますか?

 だけどあなたは、教師として一生を捧げる。恋をする気も、結婚する気もないと言い。それを聞いた僕が、どれだけショックだったか、分かりますか?

 やがて公爵家を継ぐのだからと、両親に結婚を考えるようにと強く言われるようになり……。だから前世持ちを利用し、スターリン家の後継を辞退したのです。あなた以外の人と結婚なんて、考えられない!」


 ……本当に長い間、私を慕っていたのね……。全然気がつかなかったわ。ここまでくると私、鈍いというより、ヤバいわね。自分で自分に大丈夫かと、問いたくなる。


「これまで、何度も食事やデートにも誘いましたが、いつも曲解されるし」

「あ」


 そう言われると、心当たりがある。聞けば聞くほど、彼にひどいことをしてきたと分かり、違う意味で逃げたくなってきた。


「改めて言います。マジェス・イサーラ、愛しています。どうか私の恋人になってほしい」


 腕の中、真剣な目を向けられ言われる。彼の本気が伝わってくる。


「わ、私……」


 ずるいわ……。こんな直接的に思いを告げられたら、答えを出さなければならないじゃない……。逃げることなんて、できないじゃない……。私の性格を知っていて、ひどい人……。

 俯くと、スターリンの胸元に当てている手から、彼の心臓も早鐘を打っていると伝わり、彼も緊張しつつ怯えているのだと分かる。


「ふふっ」


 私と同じね。そう思うと、つい笑みを零してしまう。

 そして顔を上げる。


 ドレスが似合わないと、あなたにガッカリされたくなかった。本当はパウンドケーキだって、あなたと一緒に食べたかった。

 ならもう、答えは出ているじゃない。


◇◇◇◇◇


「ぷはー! あ、先生。もう大丈夫?」


 疲れた顔で飲み物を一気飲みしたコーネリアが、遅れて会場入りした私に気がつくと、空いたグラスを片手に声をかけてきた。


「もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。多分、慣れないコルセットで、気分が悪くなったのだと思うわ。それよりどうしたの、コーネリア。もう疲れた顔をして」

「ずっとダンスに誘われて踊っていたら、疲れて……。喉も乾いたし、休憩中……」

「コーネリア、果物を持ってきたよ」

「ありがとう」

「ケーキだよ」

「はい、新しい飲み物」


 きっとメーテルが話していた、クジで踊る順番を決めた顔ぶれなのだろう。各々飲食物を持って来ては、コーネリアに差し出しているが、あまりの量に、コーネリアも困り顔だ。

 どうせなら、クジで世話役も決めたら良かったんじゃない?


「先生、お加減は大丈夫ですか?」


 心配そうに話しかけてきたキティアが、私のドレスを見るなり、驚きの声をあげる。


「まあ……。倒れられ運ばれたと聞いた時、あのドレスを着用しているようだとも聞きましたが、本当とは……」

「本当、あのドレスですわね」

「あのドレスね」


 キティアと一緒にいるサンティーとアリスも、意味ありげに頷く。


「もう大丈夫よ、心配かけてごめんなさいね。それより、このドレスがどうかした? スターリン公爵夫人に、お借りしたのだけど」

「先生。そのドレスについて、説明を受けなかったのですか?」

「公爵夫人の持ち物って話?」


 三人は顔を見合わせる。なに? 実は公爵夫人ではなく、マリーの持ち物だったの? それともこのドレス、私の年齢に合っていないとか?


「本当にお聞きになっていませんか? それは公爵夫人個人の持ち物ではなく、スターリン公爵家のドレスだと。つまり、スターリン家の女性が着用するドレスで、昔から夫人や娘、嫁入りした女性が着るものなのです」

「うそ⁉」


 キティアの説明を聞くなり叫び、裾を広げると、散らばったストーンが照明を受け、きらきら輝いた。

 うわぁ、綺麗ねー。じゃなくて、なんですって⁉


「社交界では有名な話です。マリー様も婚約が決まって以来、今でもよく着用されています。もちろんスターリン公爵夫人も」

「そのドレスを着用した女性は、スターリン家の男性の相手だから、手を出すなという意味もありますのよ」


 アリスの止めに、ぐらりと目まいを起こす。

 公爵夫人! あなた、なんてドレスを貸してくれたのですか!


「それは我が家が作ったドレス。時代に合わせリメイクもしておりますが、この夜空を思わせるドレス、間違いありません。スターリン家の、あのドレスです。つまりイサーラ先生は、スターリン先生のお相手だとスターリン家が認め、この会場でそれをお披露目しているも同然なのです」


 さらにキティアの説明を受け、額に手を当てながら、ふらふらと数歩よろめく。

 ちょっと待って。本当にそんな意味をこめて、公爵夫人は貸してくれたの?


 いやいや。それよりも、なによりも! ちょっと、スターリン‼ あなたドレスの意味を知っていながら、黙っていたわね⁉

 攻めると言っても、度が過ぎていると思っていたのよ! こんな意味のあるドレスを着ている私が、『スターリン先生とは、ただの同僚です』なんて答えないよう、謀ったわね⁉

 ぎろりと、他の人と挨拶しているスターリンの背中を強く睨む。


 あ、待って。マリーがこのドレスについて語ったことって……。


 ………………。


 マリー! 言ってほしかった! ちゃんと教えてよ! 困った男性も寄りつかないって、そりゃあスターリン家の女性に手を出す男なんて、いませんよね⁉


「先生、そのドレス」


 一曲踊り下がってきた王子も、ドレスを見るなり、驚きの声をあげる。メーテルも口に手を当て、あらあら。と言わんばかり。

 待って! 本当に会場にいるほとんどの人が、ドレスの意味を知っているじゃない! あああ、いろんな人が見てくると思ったのよ! てっきり遅れて登場したからかと思ったけれど!

 このドレスを着てスターリンと会場に来たら、そりゃあ、そう思っちゃいますよね!

 帰りたい! 今すぐ帰りたい! 恥ずかしすぎる! あのまま気絶していれば良かった!


「公爵夫人も本気だな」


 ぼそりと校長が妙なことを言いながら、私の後ろを通り過ぎる。

 それを合図に、周りから奇妙な会話も聞こえてくる。


「外堀から埋める算段ですかね?」

「家族総出で、ご子息の応援でしょうかな? いや、決まったのでしょう。なにしろご一緒に遅れての登場だ。そういうことに決まっています」

「ようやくエクサム様も報われましたのね。おめでたいことだわ。これでご両親も、肩の荷が下りたことでしょう」

「うむ。結婚式でのケーキは、ぜひ当家へ注文してもらいたいものだな」


 いやあ! なんて会話なの‼ 今すぐ止めて下さい‼


「ああっ。裏方を生徒で分担すると父上に訴え、本当に良かった。ようやく私も、エクサム兄上の力になれた」

「私たち生徒も魔法の披露ができますし、一石二鳥でしたわね、フォルデング様」


 王子、感動しているところ悪いですが、裏方の件は、あなたが犯人ですか!

 それから、いつ王子を名前で呼ぶようになったのか知らないけれど、メーテル! あなたも一枚噛んでいたようね⁉

 ……うん? 今気がついたけれど、この二人、お揃いのブローチをつけているわね。真ん中の石は……。あの時のビックジュエルだわ。


「ほうほう。ということは小娘、その魔力暴走が、紫の星のいう不幸だったかもしれんな」


 いつの間にかコーネリアの側らには、サントリッグ室長が。どうやら紫の星を当てたことにより、本当にコーネリアに不幸が起きたのか、確認しているようだ。


「えー。でもその後、フェアーラにケンカ売られたし。それも不幸じゃない?」

「そんなもの、不幸なわけあるかい。フェアーラが馬鹿だったという話じゃろ」


 不幸の定義なんて分からないけれど、確かに最近のコーネリアは、あまり運がいいとは言えなかったわね。紫の星……。恐るべし。

 って、あら? そういえばあの時、私もスターリンも、ピンクの星が当たったわね。


「そうだ! テストで赤点を取ったから、夏季休暇の宿題を増やされたのよ。こっちの方が不幸じゃない?」

「それこそ不幸と違うわい。そんなの自業自得じゃろ。勉強せんかった小娘が悪い」


 うん、サントリッグ室長の言う通りね。だけどコーネリアは、不満そうに口を尖らせる。

 ……次の休暇前のテストは頑張りなさい、コーネリア。


「フォルデング様、そろそろ準備をしませんと」

「そうだな。イサーラ先生、見ていてくれ。私たちも先生に負けないよう、会場を盛り上げてみせる」

「ええ、楽しみにしているわ。頑張ってね」


 そして王子とメーテルは、裏方の番の務めに向かう。

 幸せそうな二人の後ろ姿を見ていると、自然と顔が綻ぶ。


 前世を思い出し、ここが前世で読んだマンガの世界だと分かり……。でも結局、ここはマンガと同じ人物が存在しているだけで、違う世界だった。

 人生折り返しを過ぎて、なんで前世を思い出したのだろう。今さら思い出しても、なんの意味もないと思っていたけれど……。


「マジェス」


 新たな曲が始まると、スターリンに名を呼ばれ、手を差し出される。


「一曲踊っていただけませんか?」


 少し前の私なら、ダンスを申し込まれても理由をつけ、断っただろう。

 人生、もう折り返し過ぎたと思っていたけれど……。

 間違っていたわ、まだ半分も残っている。私の人生、まだ先は長いじゃない。出会いや出来事だって、これから幾つも待っている。

 私の中に生まれた感情だって、その出来事の一つ。


 私は微笑み、彼の手を取る。


「喜んで、エクサム」


 彼も微笑みを返してくれ、二人でフロアに向かう。


 これまで作っていた『自分』を壊すのは、怖いけれど……。

 あなたと一緒なら、きっと頑張れる。






   ― 完 ―

無事に本編の最終話を公開することができました。


本作をお読み下さった皆様に、感謝申し上げます。

読んで下さる方がいる。

これがなによりも、大きな支えとなり、完結まで書ききることができました。


そして連載中に評価をして下さった皆様、感想を下さった皆様、改めて感謝申し上げます。


本編はこれで完結なので、完結済に設定を行います。


ただ以前も述べたよう、番外編をたまに公開しようと考えています。

その後のフェアーラも書くつもりで、ほぼどう書くかは決まってますが、先に言います。バッドエンドです。

作風もかなり変わると思いますので、バッドエンドやホラー系が苦手な方は、お気をつけ下さい。


さて主人公のマジェスですが、私は教職に就いていないので、逆に理想の教師像として書くことができました。

教職に就いていたら現実を知りすぎて、書けなかったことでしょう。


最後になりますが、改めて皆々様に感謝申し上げます。


お読み下さり、本当にありがとうございます。

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