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その14

最終話の一つ前です。

最終話の更新は、16日以降の予定です。

「メーテル様の武勇伝、聞きましたわ」

「はあ……」


 髪の毛を、引っ張られるように編みこまれている私は、痛いと思いながらも、返事をする。


「メーテル様は入学前、なぜか塞ぎこみ、家にこもられた時もありましたが……。入学し、たった数か月でご立派になられ、国の将来も明るそうで、国民として喜ばしいことですわね」

「そう、ですね」


 人の手により頭を揺らしながら、スターリン公爵夫人の言葉に同意する。

 きっとメーテルが入学前に塞ぎこんでいたのは、前世を思い出した直後のことだろう。

 その頃、間もなく入学し、王子が他の女性を愛する姿を目の当たりにするのだと、悲観していたと本人から聞いている。


 例のフェアーラの一件により、普段は大人しいメーテルも、立ち向かう時は立ち向かい、ただ王子に守られる女ではないと認識されるようになった。それは同時に、王妃としての品格を、着実に身に着けているとも言える。うん、確かに喜ばしいことだわ。


「それにキティア様。真っ先にフェアーラの悪癖を、面と向かって指摘されたとか……。豪胆ですわよね、お父様に似たのかしら。その時のフェアーラの顔、見たかったものだわ」


 そう言うと、ほほほほほ。と手の甲を口に当て笑う、公爵夫人。

 キティアはあの一件以来、一年生ながら、他の学年を含む多くの女子生徒に、『お姉様』と呼ばれ、慕われている。毅然とフェアーラに立ち向かったことで、支持を集めたようだ。本人は呼び方に、困惑しているけれど。


 さて学校祭、最終日のダンスパーティーは、毎年昼過ぎから開催される。午前中は各々、身支度を整える時間として設けられている。

 パーティー会場の準備は、開始時間直前に、教師が魔法を使い、パッと終わらせる。

 それはまるで、某イギリス小説の、額に傷がある男の子が原作の、ファンタジー映画の一場面さながら。事前に準備した食べ物は現れるし、飾りつけも、あっという間。

 こういう時、本当に魔法は便利だと思う。前世のように人海戦術で、折りたたみ椅子を運ぶようなことがない。あれ、面倒だったなあ……。


 今朝は早くから迎えに来たスターリン家の馬車に揺られ、本邸に到着するなり、公爵夫人立会のもと、身支度を整えてもらっている。今はその真っ最中。

 人に化粧をしてもらうなんて、前世の成人式の前撮り以来だわ。

 いつも適当……。いや、ナチュナルな薄化粧を心掛けているので、べったりと下地を塗られ、ファンデーションも厚く塗られ、皮膚呼吸ができるのか、不安になる。


 ようやく支度が終わり、時計を見れば、ちょうど学校へ向かうのに良い時間。

 いざ学校へ! そう思い、立ち上がって歩き出した早々、慣れないヒールと、苦しいコルセットに苦しめられる。重く豪華な首飾りは、首を絞めているようだし。高価な借り物のドレスも、汚せない重圧からか、とても重たく感じる。耳元で揺れるイヤリングは、正直煩わしい。


 ……うん、帰りたい。


 ああっ。私はなんてシンデレラに不向きな女なの。今すぐドレスを脱いで、首飾りもイヤリングも外して、コルセットも取りたい! ローヒールの靴が、早くも懐かしくて……。ダメ、挫けそう……。


「先生。同じ敷地から出るのだから、息子と一緒に行かれるといいわ」


 これぞ妙案! と言わんばかりに、自分の提案に頷く公爵夫人。


「そこまでしていかなくとも、魔法で飛んで行こうかと……」

「ドレス姿で飛ぶなんて、不作法ですよ。エクサムに連絡するから、待っていて下さい。どうせあの子のことだもの、まだ出発していないでしょう」


 ……そういえば、ドレス姿で空を飛んでいる女性なんて、見たことがない。そうか、不作法なのか。知らなかった。


 じゃなくて!


 スターリンと一緒に学校へ行ったら、生徒たちのあらぬ誤解が、深まるではありませんか! それはご免こうむりたい!

 しかし止める間もなく、公爵夫人は、スターリンに連絡を取る。


「エクサム? そう、私よ。本邸に寄って、イサーラ先生を、学校までエスコートなさい。よろしくお願いね」


 一方的にそれだけ告げると、連絡を終える公爵夫人。


 ……今、スターリン、返事をする間もありませんでしたよね? 親子の力関係を見た気がする。どこの世界も、母は強いのね……。

 結局公爵夫人と、エントランスホールに置かれた皮製のソファーに腰かけ、スターリンの到着を待つことに。公爵夫人に逆らえないのは、私も同じか。


 ホールに置かれた時計の時を刻む音が、やけに大きく聞こえる。それより大きな音をたてているのが、私の心臓。どっ、どっ、どっ、どっ。大きく脈打っている。公爵夫人にも聞こえているのでは?

 ドレス姿を人に見せる機会なんて、これまでなかった。いや、一年生の時はパーティーに出席したから、一応着たか。でもあんな昔、ノーカウントよね。


 ああっ、やっぱり不安。私がドレス姿なんて、おかしくない? この恰好で、本当に大丈夫? へんじゃない? 化粧がいつもより濃くて、引かれない?

 ダメだわ、悪い方向にばかり考えてしまう。

 がっかりされたら、どうしよう……。


「先生、よくお似合いですわ」


 そんな緊張している私に優しい声で話しかけてきたのは、元侯爵令嬢で、スターリンの弟と結婚したマリーだった。もちろん彼女も、我が校の元生徒だ。


「ありがとう、マリー。でも、ドレスやネックレスが素敵すぎて、着ているより、着られている気がしてね……。不安で落ちつかないのよ」

「不安になることは、ありませんわ。濃いドレスの色が、色の白い先生の肌を引き立て、本当にお綺麗です」


 女性の『似合っている』や『可愛い』というセリフ。

 よくよく聞けば、社交辞令であったり、本人ではなく、ドレスや装飾品を褒めている場合がある。そして後で、似合っていなかったよねー。なんて陰口を叩く人が、いることも……。

 そう考えると、本人の前といない時で、言うことが違う人というのは、さして珍しい存在ではない。


 しかも前世の記憶を、しっかりと思い出していなかったので混乱し、すっかり自分が言われていた気になっていたが……。

 あの『お前みたいなブス、好きになるヤツがいるかよ』と言われたのは、私ではなかった。偶然見知らぬ子がそう言われていた所を見かけ、自分が言われている気になり、前世を思い出したばかりだったせいか、自分の記憶だと誤解していた。

 そう考えると、前世の記憶なんて、実に頼りない。今世の記憶でさえ、都合よく書き変えられることもあるし。私は、なににこだわっていたのかしら……。


 さて、マリーが本心から私を褒めてくれているのかは分からない。だから今は穿った見方をせず、彼女を信じよう。


「そのドレス、踊れば裾がふわりと揺れ、散りばめられたストーンが輝き、それは美しいのですよ。それに困った男性も寄りつかず、実に心強いドレスですの」


 マリーの言う、困った男性が寄りつかないとは、どういう意味かしら。魔法でもかけられているの? 魔力なんて、ドレスから感じないけれど……。


 そうやって会話をしていると、モーニングコートに身を包んだスターリンが、ついに現れた。


 今日の彼のネクタイは、あの時、私が視線を送ったワインレッドのネクタイ。自分が似合うと言った物を身に付けられ、なんだか恥ずかしいような、くすぐったい気分になる。

 いつもは下ろしている前髪を後ろに撫でているだけで、別人のよう。モーニングコート姿は様になっており、色気も増しているが、気品も忘れていない。

 女性が本気で迫るのも納得だわ、うん。


 今まで何回も学校のダンスパーティーで、こんなスターリンの恰好を見ていたはずなのに……。なんで? なんで今日は、別人のように見えるの?

 ……あれかしら。私自身着飾り、豪華なエントランスホールの中にいて……。まるで別世界に迷いこんだ気になっているとか? ふわふわ、ふわふわ、夢のような、ぼんやりした感じだし……。


 そんな状態で、ゆっくり立ち上がった私を見ると、ほう……。息をつく、スターリン。

 ……その反応は、どういう意味でしょう。似合っていませんか? 似合っていないなら、正直に言って下さい!


「イサーラ先生、行きましょうか」


 すっと腕を出され、首を傾げる。


「先生、手を添えないと」


 マリーが慌てて私の手を、スターリンの腕に添える。あ、そういうこと。


「ダンスパーティー、楽しんで来てくださいね」

「エクサム、しっかりとエスコートなさいね」


 公爵夫人とマリーたちに見送られ、馬車に乗りこむ。

 私たち二人だけを乗せた馬車は、ゆっくりと走り出した。


◇◇◇◇◇


 スターリンと二人きりになるのは、スターリン邸を二度目に訪れた時以来。最近は学校でも以前のように、教師としての会話はあるけれど、それ以上深い話をするわけでもなく……。

 いや、正直に言おう。お姫様抱っこ以来、恥ずかしくて、私が避けている。

 世の女性はすごいわ。結婚式とかで、男性にあんな抱き方をされて、それからもその人と普通に接しているのだから。皆この気持ちと、どう折り合いをつけているの?

 自慢ではありませんが私、半世紀も男日照り生活を送ってますからね。あんなことをされたら、どうしていいのか分かりません。

 だから逃げるのは仕方ないと思う! ……多分。


「慣れませんか? 疲れているようですが」


 急に尋ねられ、心臓が急速に動き出すが、なんとか平静を装って答える。


「そうですね。ドレスなんて着る機会がないので、窮屈に感じて……。スターリン先生は、慣れていらっしゃるようですね」

「以前にも言いましたが、これでも公爵家の一員ですから。今もたまに、夜会などに出席する機会があるので」

「そうですよね」


 会話が途切れ、車内は静まる。

 この隙にと、窓の外を眺める。早く学校に着いてくれと祈るが、馬車は揺れを抑えるためか、ゆっくりゆっくり進んでいる。もう少しスピードを上げてくれないかしら。間が辛いわ。


 そうしていると視線を感じたので、横を向けば、スターリンがじっと、こちらを見つめている。その目は、どこか不満そうにも見える。


「……なんでしょう。どこかおかしな所でも、ありますか?」


 やっぱりこの恰好、似合っていませんか? がっかりされましたか?


「いいえ、似合っていますよ。ただ最近……。先生、僕のことを避けているなと思って」

「い、いえ。それは、気のせいではありませんか?」


 上擦った声で否定したせいか、目の色は変わってくれない。

 あ、あら? もしかして、避けていることが、ご不満ですか?


「ひょっとして、コーネリア・ヴァーロングの話を気にしています?」


 うん? コーネリアの話? 一瞬なんのことか分からず、きょとんとする。それから彼の言うことに心当たると、顔が熱くなる。

 それを見ていたスターリンは、顔をくしゃくしゃにして、幸せそうな笑顔になる。幼く見えるその表情は、初めて見るもので、思わず目を奪われる。


「やっと意識をしてくれた」

「え?」


 なにか小声で言われるが、車輪の音に消され、聞き取れなかった。

 それから余裕ある大人の顔に戻ると、真っ直ぐ見つめ、今度は聞こえる声で言ってきた。


「いいえ、よく似合っていると思って」


 口で弧を描き、私の右手を取ると、あろうことか口づけをしてきた。


 はいい⁉


 口をパクパク金魚のように動かしていると、少し上目づかいに視線を送ってくる。


「本当に美しい。見惚れるほどに」


 見惚れ⁉


「母が見立てたのでしょうが、首飾りも、イヤリングも……」


 離れた手が伸ばされ、揺れるドロップ型のイヤリングに触れる。それから、そのまま流れるように、右頬に手を添えてきた。

 ちょ……っ。手、手! 手ぇ!


「す、すすす、スターリン先生……⁉」


 親指が、そっと頬を撫でる。


「とても似合っている」


 ひいいいいいいいい!


 掠れた声で褒められても、慣れない私は声も出ず、震えるだけ。


 今世のお父さん、お母さん! 前世のお父さん、お母さん! こういう場合は一体、どうしたらいいのですか⁉ 娘、貞操の危機を迎えている気がします!

 いや、この年齢でなに言ってんだって感じだけど、何度でも繰り返そう。私は前世も今世も、恋愛をしてこなかった! だからこういう事態には慣れていない! どうすればいいのか全く分からない! 誰でもいいから、助けてぇ!


 あ、あら? なんか薄暗く……。

 え? どうしてカーテンを閉めるの? 閉める理由なんて、ありませんよね?

 あああ、お母さんたち、ごめんなさい。ちゃんと忠告を受けて、現実に目を向け、彼氏の一人でも作っていればこんな……。どうしていいか分からず、困ることもなかっただろうに。あわわわわ。


「先生」


 両側のカーテンを器用に下ろすと、左頬にも手を添えられ、びくりと震える。


「僕には時間が無くなりました」

「じ、時間?」


 あまりに真剣な目なので、逸らすことができず、私も怯えながらも見つめ返す。


「はい、フォルデング殿下が卒業するまでに……。先生と特別な関係になれなければ、王命で他の女性と結婚することになりました」

「はい⁉」


 特別な関係⁉ 王命で結婚⁉ なにがなんだか分からない! 一体なんの話⁉


「だから、二年と数か月。攻めさせてもらいます」

「せ、攻める?」

「ええ。今、この時も……」


 今度は親指で、そっと唇を撫でられる。

 驚いて体を震わせ、未知の感覚から逃げるよう、両目をぎゅっと閉じる。


「ふふっ」


 その反応に嬉しそうに笑うスターリン。


 いやいや、ちょっと待って。なんか慣れていませんか? ふふっ、じゃないわよ! あなた本当に、女性から誘われても、断っているの⁉ あの噂、嘘じゃない⁉


 恐る恐る目を開ければ、彼は熱を帯びた眼差しで、私を見つめていた。その目を見て、私が目を開けるのを待っていたのだと、分かった。


 馬車という密室。逃げ場がなく、私は気絶しそうになるも堪え、声を裏返しながらも、手を顔から離してもらおうと頑張る。


「す、スターリン先生。あのですね。私は、こういう浮ついたことから、ずっと身を離していまして。こ、こんな風に、人に触られるのはですね、慣れておらず……」

「ああ、やっぱり。意味を分かってくれていますね。コーネリア・ヴァーロングも、困った生徒なだけと思っていましたが、良いことをしてくれた」


 待って、待って! そういえば、なぜこの人が、コーネリアの噂話ポロリ事件を知っているの? どうやって知ったの?

 なおも近寄ってくるスターリンの胸板に手を当て、押し止めようとしながら、必死に声を上げる。

 これ以上近寄られたら、本当、気絶しちゃう!


「だからですね! 私自身、恋愛ごとに興味がなく、こんな私に好意を向ける人などいないと、そう思いこんでいたので! 今だって、頭が混乱して……」

「それで?」


 力で勝てる訳もなく、あっさり接近され、耳元で囁かれる。

 いや、あの、近い。近いですから! 離れて! なにを言っているのか、分からなくなってくる!


「でも、あの……。クッキーを美味しそうに食べてくれた時とか……。あの、嬉しくて幸せな気分に……。ひゃあ! なにをするんですか⁉」


 急に耳たぶを甘噛みされ、叫ぶが、スターリンは動じない。


「……先生、続けて」

「いや、だから! あの! これまで感じたことのない思いがですね……」


 すり。と、今度は首元に顔を寄らされ、叫びたくなる。首筋に彼の熱い息がかかり……。柔らかいものが首に触れ……。


 ダメ! もう限界!


「うーん……」


「先生⁉」


 スターリンの腕の中で、私は二度目の気絶をするのであった。

お読み頂き、ありがとうございます。


次回、ついに最終話です。

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