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その12

修正内容:誤字を修正しました

 休暇も終わり、再開した学校での生活を、我ながら驚くほど、普通に送っている。

 たまにコーネリアがなにか言いたげに、やたらチラチラ私を見てくるので、なにか用事かと声をかけては、逃げられているけれど。

 しかもコーネリアだけでなく、メーテルの友人であるアリスの視線も、度々感じる。


 なぜ? なぜアリス?


 彼女に見られる覚えはないので、視線を感じてはトイレへ駆け込み、身だしなみを確認する。毎回見た目におかしなことはなく、一体なぜアリスが気にかけてくるのか、全く分からない。


 スターリンとはマンガを読ませてもらう前の状態に、戻っただけ。お互い教師として挨拶や会話は交わすけれど、深く話さない。

 あの時、私はマジェス・イサーラというより、鈴木海音として会話をしていた。きっと向こうも、山田くんとして話していただろう。

 改めてあの時の話を蒸し返すのもどうかと思い、私から話題には出していない。

 それはきっと、スターリンも同じに違いない。


◇◇◇◇◇


「先生! 大変です!」


 昼休憩、生徒の多くが昼食を食堂でとる頃。私は他の科の先生に用事があり、そちらの教員室に行っていた。

 用事を済ませ、食堂に向かおうとすると、珍しく廊下を走っていたサンティーとアリスに気がつく。注意しようとすると、二人はなぜか私に向かってくる。


「どうしたの、二人とも」

「それが! 食堂にフェアーラ・アヴァル侯爵令嬢が来られ、コーネリアさんと揉め始め……」

「え?」


 フェアーラが食堂に来ている? コーネリアと揉めている? ちょっと意味が分からないんだけど。


「コーネリアさん、今日が誕生日らしく」


 そう言えば、朝から男子生徒に花を贈られていたわね。小さく可愛いブーケだったわ。ピンクのリボンもついていて、今も教室の棚の上に、置かれているはず。


「それでコーネリアさんと親しい男子生徒の皆さんが、昼食時、誕生日を祝ってあげていまして」


 コーネリア、ハーレムかい。


「それを見たフェアーラ様が、ご自分を棚にあげ、コーネリアさんに苦情を申し……」

「学校は学業を優先する場であり、男子生徒を侍るなんて、みっともないと」


 お前がそれを言うか! そう思ったのは絶対、私だけじゃないはず。


「フェアーラ様をご存知でないコーネリアさんが、言い返して……」

「大体分かったわ。フェアーラのことだから、言い返してきたコーネリアに腹をたて、彼女を攻撃したのね。それでメーテルが仲裁しようとしたけれど、無理だったって、ところかしら?」

「は、はい!」

「メーテル様が、揉め事を起こす方はお帰り下さいと、毅然ある態度で言われましたのに、無視をされ……」

「悪いけれど、スターリン先生を呼んできてくれる?」

「分かりました!」


 二人は社会科教員室へ向かい、私は食堂へ急ぐことにする。

 食道に着くと、コーネリアがスカートの裾を掴み顔を赤くし、ぶるぶる震えていた。

 周りに教師が数名もいるのに、実家が貴族界の者だからか、爵位が上のフェアーラに躊躇し、動けずにいる。まったく、情けない!


「一体どうしたの! フェアーラ、なぜあなたがここに⁉」

「まあ、先生。私は卒業生ですもの。恩師に会いに来てはダメかしら?」


 閉じた扇を口元に当て、にこりと微笑むフェアーラ。

 私はコーネリアをかばうよう、彼女の前に立つ。


「だったら、その先生の所へ行きなさい」

「この時間なら、食堂にいると思いましたの」

「その先生には会えたの? 用事を終えたら、すぐに帰りなさい」

「ひどいわ。そんな追い出すような言い方」


 拗ねたような言い方だが、私は無視すると、振り向きコーネリアの両肩を掴む。


「コーネリア、大丈夫? 震えているじゃない。なにかされたの?」

「フェアーラ様が、卑劣な……っ」


 コーネリアの後ろに立っている真面目なキティアが、憎々しげに答える。そんなキティアの隣に立つメーテルも、珍しく目を吊り上げている。


「筆頭侯爵家の娘とはいえ、なんて言い様かしら。それではまるで、私が悪者みたいじゃない。私はただ、身の程知らずの貧乏人に、正直に言っただけ」

「お、お父さんと、お母さんを……。謝れ! 二人に謝れ!」

「コーネリア!」


 怒ったコーネリアがフェアーラに向かおうとするので、必死に三人で止める。


「一体なにを言われたの?」

「どこで知ったのか、コーネリアさんのお父様の勤め先をご存知で、いつでも解雇できるとフェアーラ様が……っ」


 キティアの返事に、思わず声を無くす。


「お父さんは関係ないじゃない!」

「娘の不始末を詫びるのは、ご両親の努めでしょう? あなたのせいで、どれだけの女性が傷ついたと思うの。男子生徒とばかり、仲がいいそうじゃない。その罪を、父親の解雇という形で償ってもらうのが一番かなと、思っただけよ」

「友だちと仲良くして、なにが悪いのよ!」

「まあ! そんな妄言、誰が信じるの? 食堂に入るなり、多くの令息に囲まれたあなたは、目立っていましたわよ。本当、みっともないこと。ご両親の教育の賜物ね」


 侮辱されたコーネリアが、さらに顔を赤くし体を震わせる。


「フェアーラ様、コーネリアさんはそういうお方ではありません! 特定の方と特別親しい訳ではなく、ただ異性のご友人が多いだけです!」


 メーテル。それ、フォローになっていない。


「それが問題だと、教えて差し上げているのです」

「フェアーラ様。失礼ですが、それはご自分を顧みての発言ですか?」


 キティアの言葉に、小さいが、おおっ。と周りから声が上がる。やっぱり皆、そう思っていたのね。

 対するフェアーラの口は、引きつる。


「……どういう意味かしら?」

「分別なく男性をとっかえひっかえされているフェアーラ様こそ、問題がおありではないかと、言っているのです」


 キティアは普段から、とても真面目で冷静なのに……。

 実家の身分だけで考えれば、同じ侯爵家でも、筆頭侯爵家であるキティアの方が上位。だけど国王の姪という立場が、それを曖昧にさせている。それを理解していて、こんなことを言うなんて……。


「キティア様。そのお言葉、私にケンカを売っていらっしゃるの?」

「そう受け止めていただいても構いません」

「フェアーラ様もキティアも落ちついて! フェアーラ様、イサーラ先生も仰ったでしょう? 用事を済ませ、早くお帰り下さい!」

「そうね。用事を済ませなくてはね……。貧乏人なんて、いつでもどうこうできますもの」


 貴族ではない生徒が、怒りでざわつく。コーネリアだけではなく、自分たちにも向けられた言葉だと感じたようだ。


「フェアーラ、いい加減にしなさい。本校の生徒を貶める発言、これ以上は許しません」


 コーネリアを二人に託し、一歩前に出る。


「たかが一介の教師の分際で、私になにができると言うの?」

「正式にアヴァル侯爵家に、抗議を行います」

「はっ。そんなことっ。笑っちゃうわ」


 扇を広げひとしきり、くすくすと笑う。それから扇を閉じると、その先を私に向けてくる。


「あなたなんかに抗議されて、それがなに? ちょっとエクサムお兄様に気に入られているからって、図に乗らないことね!」


 向けていた扇の先で、突然私の顔を叩いてきた。

 痛みを感じつつ、私はもう一歩、前に出る。


「あなたの用事があるのは、私なのね。ならコーネリアは関係ないでしょう? ここは人目がありすぎる。大切な話のようだから、場所を移動しましょう」


 じんじんとした痛みに我慢しながら、目を逸らさずに言う。


「いいえ、ダメよ」

「なぜ?」

「この大勢の人の前で、宣言してほしいからよ! これだけの人数の証言者がいれば、十分だもの!」

「宣言?」


 なにかを私に言わせ、それを周りに聞かせたいから、わざと食堂に来たの? 一体私に、なにを言わせたいの?


「ええ。エクサムお兄様と特別な関係にならないという、宣言をね!」


 一瞬、場が静まる。


 は? え?


 扇の先を突き付け、いかにも決まった! とフェアーラは思っているだろうが、まさかの展開に私が挙動不審になる。

 ごめん、誰か通訳して!

 辺りを見回すと、視線の合ったメーテルが察してくれたのか、小声で教えてくれる。


「スターリン先生と恋人になったり、結婚したりしないと宣言するよう、言っているのです!」


 え? そんな理由で乗りこんできて、コーネリアに暴言を吐いたの?


「大体、あなたのようなブス……。じゃなくて、年増が図々しいのよ! スターリン公爵家に身の丈があっていると、本気でお思い⁉ 身の程をわきまえなさい!」


 南沢くんの時のよう、勝手に言ってくれるわね。

 あの時は突然のことに驚き、傷ついて、もう恋なんて嫌だと思った。だけど、怯えて逃げるだけの自分を変えないと! それにここで逃げては、コーネリアたちを守れない!

 私は震えながらも、冷静を装いながら答える。


「なんの話か分からないけれど、妙な言いがかりは止めてくれるかしら」

「とぼけないでちょうだい! エクサムお兄様と、デートまでしておきながら!」

「誤解です。あなたが妙なちょっかいを出すから、スターリン先生がついた嘘です」


 一瞬周りが、デートという単語に、喜色の色で反応する。あなたたち、今それどころではないから、静かにしてちょうだい。


「それに聞いたのよ! あなたが休日に二度も、エクサムお兄様の邸宅を訪れたと!」

「珍しい本があるので、見に行かせてもらっただけです。それ以上のことはなにもありません」

「嘘言わないで! 聞いたと言ったでしょう⁉ 一晩泊まったそうじゃない!」


 周りの空気が、さらに一変する。


「誤解するようなことを言わないでちょうだい! スターリン先生は、気絶した私に、一晩ベッドを貸してくれただけです!」


 誰だ、こいつに余計なことを言ったのは!

 ああ、周りの生徒の目に、明らかに好奇の色が宿りだした!


「気絶するなんて、そんな虫のいい話を信じろと⁉」

「事実です!」


 しかし詳細を語ることはできない。スターリンの裸を見たから気絶したと言えば、さらに誤解は深まってしまう!


「年増がいつまでもお兄様の周りをうろついて、迷惑なのよ! 思いに応える気がないのなら、さっさとお兄様を解放してよ!」

「応えるもなにも、なにも言われたことがありませんから!」

「冗談でしょう⁉ 誰もが知っていることなのに、いつまで気がついていないふりをするの!」


「そこまでにしろ!」


 つかつかと大股で私たちの間に入ってきたのは、アリスたちが呼んだスターリンだった。見れば王子も慌てた様子で、メーテルに駆け寄っている。


「先生、なにを騒いでいるのですか。教師ともあろう者が」

「な……っ」


 こちらを見ることなく、背中越しにそんなことを言われる。

 コーネリアの紅茶事件の時のように、ろくに話も聞かずに……。私は腹をたてた。対するフェアーラは、勝ち誇ったような顔をして、悔しくもある。


「と言いたいところだが、サンティーとアリスから話を聞いた。突然押しかけてきたと思ったら、本校の生徒やその両親に、危害を加えようとしたそうだな」

「私はただ、女性としての嗜みを注意しただけで……」

「スターリン先生! フェアーラ様は、イサーラ先生に暴力を振るったのです!」


 キティアが言うと、しまったというように、フェアーラの視線が泳ぐ。

 私に背を向けていたスターリンは驚いたように振り向くと、赤くなっているだろう頬を見て、大きく両目を開く。


「いえ、ちょっと当たっただけです。ひどいケガでは……」

「先生、正直に言えばいいじゃない! 扇子で叩かれたって!」


 コーネリア、火に油を注ぐような発言は、止めてちょうだい!

 怒りに目を吊り上げるスターリンの顔を見て、どうすればいいのか分からなくなった私を、どうか誰も責めないでくれ。


「ほう。卒業生の来校は、本来歓迎するべきことだが……。在校生や教師に暴力を振るうとなると、歓迎など無理な相談だな」

「校長!」

「校長先生!」


 誰かが呼んだのか、食堂に滅多に姿を見せない校長までも姿を現した。


「フェアーラ・アヴァル。この学校を管理する立場の者として告げよう。即刻、この場から去れ。二度と我が校に立入ることを禁ず。拒むのであれば、不当に校内へ入りこんだ者として、処罰を行うまで」


 校長が本気だと分かったのか、悔しそうに顔を歪めたフェアーラは、無言で立ち去ろうとする。しかしそれを引き止めたのは、意外にもメーテルだった。


「フェアーラ・アヴァル様。私は何度もあなたに、お帰りになるようお願いしました」


 それがなんだという視線を向けるが、メーテルは視線をそらすことなく、真っ直ぐ見据え伝える。

 そんな彼女の手は殿下ではなく、コーネリアの肩を抱いたまま。


「それをあなたは、無視をした。つまりアヴァル家は、公爵家である、我がリヴィーリオ家を軽んじていらっしゃる。リヴィーリオ家当主に、このことは報告いたします」

「私も父……。いえ、筆頭に立ち、侯爵家をまとめるコンツァ家当主に、報告いたします」

「私も国王陛下に報告をしよう。現場である学校を管理しているのは私だが、フェアーラ。君も知っているだろう? 私にも上司がいてね、彼らに不審者の報告を行う義務がある」


 メーテルに次いで、キティア、校長までもが声を上げる。


「フェアーラ、念書を忘れたようで残念だ。これは教師としてではない、スターリン家の一員として伝える。私もスターリン家当主に、この出来事を伝える」


 スターリンの言葉が止めとなり、フェアーラが崩れた。

 さすがに国王、二つの公爵家、筆頭侯爵家を怒らせるというのがどういうことなのかは、分かったらしい。


◇◇◇◇◇


 あれから本当にメーテルたちは有言実行と動き、正式に各家や王家から、アヴァル家に申立てが行われた。

 アヴァル家より格上の家々を怒らせ、やっとアヴァル侯爵も目が覚めたらしいが……。全てはあとの祭り。


「結局フェアーラは領地へ逃げたけど、何十年も首都に来るなって、王様が怒ったらしいの。だけど私、あの女に謝ってもらってない!」


 悔しそうに、どん! と机を叩くコーネリア。


「散々な誕生日だったわね。せっかくお祝いしてもらっていたのに」

「それはいいの。また別の日に、皆がお祝いしてくれたから」


 最近のコーネリアは、メーテルたちともよく話し、その効果か、他の女子生徒と会話している姿もよく見かける。

 つい数日前も、メーテルから誕生日プレゼントをもらったと、嬉しそうにレースのリボンを見せてくれた。


「……先生、ごめんなさい」

「なにが?」

「あの時、私が言い返さなかったら……」

「気にしないで。どのみちフェアーラは、私に用事があったみたいだし」


 領地に引っ込んだフェアーラは、首都に来られない以上、身分ある男性との結婚は無理だろう。それはきっと彼女にとって、とても我慢ならない重い罰。

 結局フェアーラが本当に好きだった人って、誰かいるのかしら。今となっては知る由もないわね。


「あの人、変だったけど……。後から噂を聞いて、私もあの人のようになっていたかもと分かって、怖かった……」

「正直に言うとね、あなた、二代目フェアーラかと恐れられていたのよ」

「私、あんなまで! 私が欲しいのは、マンガに出て来るような彼氏だし!」


 ……それで見た目のいい、人のよさそうな男子生徒に声をかけ、授業をサボっていたのかしらね。完全にアプローチの方法、間違っているわよ。


「あんなに男友達がいるのに、それじゃあダメなの?」

「ダメ! 私が欲しいのは、マンガのような彼氏! 見た目も良くて、声も良くて、頭も良くて、運動も出来て、性格も良い、パーフェクトな彼氏が欲しいの!」


 コーネリア。それ、彼氏ができない人の理想像だから。妥協を覚えなさい。

 そう突っ込もうと思い口を開きかけると、突然コーネリアが、にやりと笑う。

 なにか企んでいるような、なんとも嫌な笑いだ。


「な、なによ」

「ふっふーん。あの時のこと、思い出しちゃった。顔を叩かれただけなのに、スターリン先生ってば、イサーラ先生をお姫様抱っこして、保健室に行ったなーって」

「あ、あれは!」


 大勢の生徒が集まり、注目されていた中の出来事を思い出し、私は顔を真っ赤にした。

お読み下さり、ありがとうございます。

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