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その10

訂正内容:「侯爵子息」→「伯爵子息」


◇◇◇◇◇


変更内容:語尾など言い回し、及び文章追加。内容に変更はありません。

 パウンドケーキは、薄力粉を加えたら、練らずに切るよう、さっくりと混ぜて……。

 型に流したら、さあオーブンへ! キレイに美味しく焼けてちょうだいな!


 オーブンをじっと見つめながら、昨日のコーネリアの発言を思い出す。

 あの後、魂が抜けたようになりながらも、なんとかコーネリアを自宅まで送り届け、どこを歩いたか分からないけれど帰宅し、ぼけー。としたまま、用意したご飯を食べ、お風呂に入って寝た。


「……うん。ないない! 絶対ないわ! 噂は噂よ!」


 そうよ。大体今年の入学式が終わった後なんて、こいつ、私を嫌っているのか? という態度を、散々とられたもの。あれで私を好き? そんなバカな。鼻で笑っちゃうわね。


「ないない! やっぱりないわよ! そんな素振りなかったし。コーネリアったら、私を動揺させてどうしたいのかしら?」


 あはは、と部屋で一人笑う。一人暮らしって嫌ね、どうしても独り言が増えていく。


 スターリンとは、彼が学生として入学した時に出会った。

 この国で正式な教師になるには、三年の見習い期間を経てからになる。しかも見習い期間中、正式な教師陣から、教師として認める旨のサインを、一定以上の人数からもらえないとダメなので、三年間、とにかく頑張るしかない。

 そんな見習い期間の頃、彼は入学してきた。

 貴族の子どもが多く通う学校なので、公爵家の子息とはいえ、それ自体は珍しい話でない。

 彼の場合、見た目よし。当時は公爵家を継ぐと言われていたので、将来性も抜群。頭も良く、魔法もできて、体育系も普通にこなし……。


「マンガのヒーローかってのよ! アイツに弱点はないの⁉」


 思わず叫ぶ私の鼻を、ケーキの焼ける匂いがくすぐる。それにより、少し落ちつく。


 まあとにかく、様々な理由から目立ち、女性にもてていた。

 そんな選り取り見取りな状態で、そうよ! 私のようなモブおばさんを、慕うわけがないわ!

 慕っているとしても、アレよ! きっと先輩教師としてとか、魔法使いとして慕っているのよ。そうそう、女性として慕っているわけではなくて……。


 そんなことを考えながらケーキを焼いていると、気がつけば夕方になり、翌朝を迎え……。スターリン邸にお邪魔する日になっていた。


◇◇◇◇◇


 今日は前回偶然会った本屋の前で待ち合わせし、それからお宅へお邪魔する予定。早めに家を出ると、待ち合わせ時間までの間、本屋を覘くことにする。


「あら、追悼コーナーができたのね」


 店内には、シャジャーコの作者の追悼コーナーが、設けられていた。

 結局あの後、「呪う女」を別の本屋で買った。ビデオテープが水晶玉になり、かなりこの世界に合わせてアレンジしてあったけれど、懐かしさもあり十分楽しめた。だけど本家に比べたら、怖さが足りない気がして残念だった。

 コーナーを眺めていると、他の作品も読んでみようかなという気になる。


「見た目は子どもか、名探偵の孫の活躍にするか……」


 前者の作品は、私が前世で亡くなるまでに完結しなかった。ひょっとしたらシャジャーコの作者が、結末を書いてくれているかも! なんて期待したが、未完作品だと帯に書かれていた。……うん、なら完結している、名探偵の孫が活躍する推理モノにしよう。

 原作マンガもかなりの巻数があるので、こちらもシリーズになっており、どの話にしようか悩む。

 結局、主人公の平行線な敵役が初めて登場する話に決めた。この世界には存在しない、列車がトリックに使われているので、その辺りがどう描かれているのか、楽しみだ。

 会計に向かっていると、店員の会話が聞こえてきた。


「そろそろ追悼コーナーも撤去しないと。あのコーナー作って、一か月以上経つし」

「そうですね。亡くなった直後は、本も売れましたけど、今は大分落ちつきましたし。次はどんなコーナーを、作りましょうか」


 ……一か月以上? 亡くなった直後に追悼コーナーを作った?

 私がスターリンの家に行ってから、まだ一か月も経っていない。だけどあの日、追悼コーナーは設けられていないと、スターリンは言っていた。

 スターリンは、追悼コーナーに気がつかなかったの? でも、コーナーが設けられている場所は、あの日、スターリンが立っていた場所で……。あれ?

 どういうことかと考えながら、会計を済ませ外に出ると、ちょうどスターリンがやって来た。


「おはようございます、イサーラ先生」


 今日もスーツ姿のスターリンが、笑顔を向けてきた。

 本日は紺色の夏用スーツに、シャツは水色に白い線が入るストライプ柄。ネクタイは黄色と茶色のチェック。やっぱりこの人、普段着はスーツしか持っていないのかもしれない。



「マンガのような恋をしているじゃない。何年も一途に思われて。あー、羨ましい。私もそんな一途な彼氏、欲しい」

「スターリン先生が、イサーラ先生を長年慕っているって話よ。何年も一緒に仕事していて、まさかスターリン先生の気持ちに、気がついていないわけないでしょう?」



 急にコーネリアの言葉を思い出したせいか、体が錆びたように、ぎこちない動きしか取れない。なんとか頭を下げ、返事をする。


「お、おはよう、ございます……」


 もし……。もしもよ? コーネリアの言う噂が本当で、私を家に招きたいとか、本の貸し借りで親しくなりたいという下心があればよ? 追悼コーナーを伏せていたことに、説明がつく……? いや! まさか、そんな!


「買いたい物があるので、少し付き合ってくれますか?」

「ええ、構いません」


 平静を装い、私は答えた。


◇◇◇◇◇


 連れて行かれたのは、オートクチュールを取り扱うような、有名ブランドが立ち並ぶエリア。スターリンは慣れた足取りで、紳士服を扱っている老舗の店へ入る。私も後に続き、店内を見回し震えた。

 なにが恐ろしいのかって、値札が掲げられていない!


 飾られている服に、無駄なシワなど一つもなく、絶対にお高い服だと分かる。私など、とても利用できる店ではない。こんな店を利用できるのは、値段を気にせず購入できるような、富裕層だけだ。

 そんな店で、平然としているスターリンは、やっぱり別世界の住人なんだなと思う。

 やっぱり噂は噂のようね。こんなにも住む世界が違うモブに、恋愛感情を抱くわけがない。やっぱり教師や魔法使いとして、慕っているのよ。


 本日はネクタイを買いに来たようで、何本か並べてもらい、説明を受けている。もう二度とこんな店には来られないだろうから、せっかくだし間近で見ようと、私も隣に立ち眺める。

 ……寒色が多いわね。こういう色が好みなのかしら。それとも暑い季節だから、寒色を身に着け、涼しもうとしているの?

 スターリンの髪の毛の色は、少し紫がかった灰色。確かに寒色系が似合うけれど……。あっちの棚の、ワインレッドのネクタイなんかも、意外と似合うんじゃないかな。


「なにか気になるものでも?」


 店員と話していたはずなのに、いつの間にか私の視線を辿るよう、棚を見るスターリン。


「こちらでございますか?」


 よほど視線を送っていたのか、見事に私の見ていたネクタイを手に取ると、店員さんは持ってくる。

 近くで見るとそれは、生地と似た色の糸で、全体に刺繍が施されていた。その刺繍の模様でネクタイに濃淡が生まれ、あまり服飾に詳しくない私でも、キレイだなと見とれる。


「いかがでございますか。一見、ただの一色のネクタイのように見えますが、このように……。美しい刺繍が施されております。この刺繍により、細やかな濃淡が描かれております」


 白髪の品の良い店員は、さらに説明を続ける。生地はどこどこ産で、糸はなになに産でと言われ、とりあえず理解しているように相槌を打つが、ごめんなさい。分かりません。大量生産の服しか買わないから、生地の産地を気にしたことがありません!


「刺繍を施したのも、糸の産地と同じで?」


 まさか、女子力でスターリンに負けた⁉ 店員が正解だと褒めているけれど、なんで分かったの⁉ 私が服飾に興味なさすぎなの? それともお金持ちは、そういう知識を持っているのが、当たり前なの? 貧乏ですみません……っ。


「どうですか? 似合うと思いますか?」


 首元にネクタイを当てながら、問われる。紺色のスーツとも似合っていたので、素直に頷く。


「はい、似合っていると思います」

「じゃあ今日は、このネクタイを包んでくれ」

「かしこまりました」


 即決⁉ これも値札が付いていませんよ⁉ これがお金持ちのお買い物……っ。値段を見て、あれこれ悩む一般人とは大違い……。私も一度でいいから、値段を気にしないお買い物をしてみたいー!


◇◇◇◇◇


 店を出たところで、疑問に思っていたことを質問してみることにした。


「いつも私服、スーツですよね。なにか意味があるのですか?」

「教職に就いているとはいえ、これでも公爵家の一員ですから。下手な恰好をすれば、スターリン家が落ちぶれたと、すぐ噂が立ちます。そうなると家族や、領民に迷惑をかけることになりますから」


 なるほど、それでスーツか。お金持ちはいろいろ大変なんだな。どこに誰の目があるか分からないから、常に気を張る生活で大変そうだし。

 お金を困らない生活は羨ましいけれど、面倒なことが多そうだなぁ。私たち一般人には分からない苦労、多いんだろうなぁ。時には見栄を張ることもあるだろうし。


「なにか顔についていますか?」


 しまった。ついあれこれ考えていたら、見つめてしまっていた。


「あ、いえ。常に気を張るのって、大変そうだなと思って……」

「心配してくれるのですか?」


 嬉しそうに問われ、なにか答えようと口を開いた時だった。


「エクサムお兄様! こんな所で会えるなんて、偶然ですわね!」


 喜色を浮かべた女の子が、こちらに向かってくる。

 白い日傘を手に、淡いピンク色のドレスを着た少女の名は、フェアーラ・アヴァル侯爵令嬢。昨年度、学校を卒業したばかりのうら若い乙女。

 と言いたいが、初々しさや純潔、清廉という言葉と真反対の人物で、コーネリアと似ている面はあるものの、全く違った意味で問題児だった。


「お兄様、今日はお買い物? どこに行かれますの?」


 自然にスターリンの腕に自分の腕を絡ませるが、すぐに外される。あいかわらず積極的なのね……。


「人前で腕を組まれるのも、迷惑行為だ」

「そうなの? あれもダメ、これもダメで、厳しすぎない?」


 口を尖らせる顔は可愛いが、この見た目に騙されてはいけない。

 彼女はスターリンと王子のイトコ。つまり、国王陛下の姪。学生時代、その立場を利用し、ずいぶんと校内でも好き勝手に暴れてくれたものだ。主に異性関係でね!


 彼女は身分がある。見た目がいい。そんな男が大好物で、これだ! という相手を見つけては、恋人がいようが、婚約者がいようが、お構いなしに言い寄っていた。

 しかも移り気なのか、相手をとっかえひっかえ……。

 ええ、ええ。もちろん幾つものカップルに亀裂が入り、不幸になった者も数知れず。今では考えられないが、彼女が在籍中、生徒の人間関係は、それはもう殺伐としていた。


 もちろんそんなことを繰り返すので、多くの女子生徒から、嫌われていた。恋愛主義のカヤル先生でさえ、フェアーラをよく思っていない。

 でも先にも言ったよう、彼女は国王の姪。しかも由緒ある侯爵家の娘。面と向かって苦情を申せる訳もなく、泣き寝入りする子が多かった。


 コーネリアも最初、男の子に声をかけ二人で授業をサボるので、彼女の再来かと恐れられたが……。

 彼女はちやほやしてくれるだけで、満足している、あっさりとした感じ。フェアーラは濃厚で、ボディタッチ以上のほにゃららも致さないと、満足しない。


 え? なんで知っているかって?


 フェアーラに本気になった男の子が、鞍替えされたことに腹をたて、新しい男とつかみ合いのケンカをした時の会話がね、聞こえたんですよ……。感情的になると、声も大きくなるでしょう?

 ケンカを止めようと向かって、ほにゃららなアダルティな会話を聞かされた周囲の気まずさよ。私も何度か体験したが、なんか、生々しくて嫌だった……。

 だけど彼女は気にしない。むしろ人の男を奪うことに、喜びさえ見出しているようなタイプ。ええ、ええ。本当に困った生徒でしたよ。


「フェアーラ、せっかく先生たちもデートしているようだから、邪魔したら悪いよ」


 引きつった笑みを浮かべながら、そう言ってきたのは……。あら、名前を忘れたわ。数年前に卒業した、伯爵家の……。誰だっけ?

 一生、生徒の名前を忘れないことが理想だけど、毎年新入生が入学しては生徒が入れ替わる。さすがに記憶力には限界があるので、ところてん方式に名を忘れていく。ごめんね。やっぱり先生、名前が思い出せません。


 ってコイツ、今なんて言った⁉


「で、でででで、デート⁉」


 思わず一昨日のコーネリアと同じセリフを吐いてしまう。


「デートなわけ、ないわ!」


 なぜか強く否定したのは、フェアーラだった。


「お久しぶりです、先生。せっかくのデートを邪魔して、すみません」


 私とフェアーラを無視して、伯爵家子息はにこやかにスターリンに向け、そう言う。スターリンも負けず劣らず、にこやかに返す。


「君たちもデートかな? 仲が良くてなによりだ」


 君たち『も』って⁉ おい! ちゃんと否定しろ!

 フェアーラは息を飲み目を見開くと、ギロリと私を睨んできた。なぜ⁉ 今のあなたのターゲットは、スターリンなんですか?

 こういうことに巻き込まれたくないから、恋愛に関わらないようにしていたのに! なんてことしてくれたのよ、スターリン!


「ほらフェアーラ、早く美術館に行こう。君が行きたいと言ったじゃないか」


 今も私を睨んでいるフェアーラの腕を掴み、伯爵子息は歩き出そうとするが、彼女はその手をはねのける。


「そんな気分じゃなくなったわ。ねえ、お兄様。たまたまイサーラ先生と出くわしただけでしょう? 今日はこれから私と一緒に、お買い物をしません?」

「彼と美術館へ行く約束をしているんじゃないのか?」

「美術館なんて、別の日でいいわよ」


 よくないと思います。

 お出かけの約束をした人の目の前で、他の人を誘うなんて、どういう神経しているの? こういう所は本当、学生時代から変わらないわね。相変わらず困ったさんだこと。


「フェアーラ、いい加減にしてくれないかな?」


 伯爵子息の口の端が、ぴくぴく痙攣している。お怒りなのね、分かるわ。私があなたの立場でも、キレると思う。だけどね。フェアーラがこういう人だと知っていて、お付き合いをしているんじゃないの?


「悪いけれど」


 ぐい! と急に肩を抱き寄せられ、私はスターリンの胸の中へ。


「今日は彼女と先約があるから、お前には付き合えない」


 声にならない悲鳴を上げそうになる。

 お、落ちつけ! 落ちつくのよ、マジェス! これはきっと、コーネリアの言っていたような思いからくる行為ではなく、フェアーラを諦めさせるためであって……。


「まさかお兄様……。それ……」


 やはり私を睨みながら、フェアーラはスターリンの下げている紙袋を指す。

 その睨みが怖くて、星流れの祭の時のように、スターリンにすがってしまう。途端に、フェアーラの目力が上がった。

 その目は前世で言いがかりをつけてきた、見知らぬ同級生たちを思い出させるもので、嫌な気持ちが甦る。


「ひぃっ」


 震え上がる私の肩を持つ手に力がこもった。だけど温かく、大丈夫。ちゃんと守るからと言われているようで……。そうか、あの時と違って、今の私は一人じゃない。恐怖が薄らいでいく。


「イサーラ先生と選んだとかじゃ、ありませんわよね?」

「もちろん、彼女に選んでもらったものだ」


 ち、違う! 選んであげたとかじゃなくて……。あれ? でも私が見ていたネクタイを選んだし、似合うと答えて買ったから、やっぱり私が選んだの? あれ? そうやって混乱していると……。



 バキぃっ!



 この場に似合わない、なにかが折れる音が響いた。

 見ればフェアーラの持っていた日傘の柄が、折れている。

 そんなに握力があるの? それとも痛んでいたの? なんにしろ、貴族令嬢が日傘の柄を折るのは……。


 怖い。


 国王の姪という立場だけでなく、物理的にも強いから、皆泣き寝入りしていたってこと?


「……行きますわよ」


 冷たい声で言うと、折れた日傘を伯爵子息に渡し、返事も聞かずフェアーラは美術館の方に歩き出した。

 伯爵子息は慌てて追いかけるが、途中振り返ると、私たちにお辞儀をした。

 こ、怖かった……。日傘の柄を折る女性なんて、初めて見た……。


「イサーラ先生」

「は、はい⁉」

「もしフェアーラが接触してきたら、すぐに教えて下さい」


 ……どういう意味? 確かに彼女、私を睨んでいたけれど……。

 詳しく尋ねたいが、やけに真剣な顔で、理由が分からないのに頷かせる迫力もあった。


「分かり、ました……」

「じゃあ、帰りましょうか」


 ん? 今また、引っかかる言い方をされたような……。

 私には振り払うなんて高度なことはできず、ご機嫌なスターリンに、背に手を当てられたまま、馬車まで案内された。


 まさか、ね……。

お読み下さり、ありがとうございます。

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