side裏話~その2~
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◇◇◇◇◇
修正内容:誤字修正
食事会を終えたスターリン家は、全員、本邸の居間に会した。使用人の運んできた飲み物に、黙って口をつけていたが、口火を切ったのは、公爵夫人だった。
「あの子、まだ諦めていなかったわね。驚いたわ」
「僕が彼女と結婚する破目になったら、母上の責任ですからね」
勝手な提案をされた上、数か月前まで頭痛の種だった少女が、結婚相手に立候補したので、余計にエクサムの声は尖る。
「最近は伯爵家の子息と、特別に親しいと聞いていたから、大丈夫だと思ったのよ」
「欲望に忠実なアイツが諦めたと、本気で信じていたのですか?」
エクサムの言葉に、弟夫婦も頷く。彼女に困らされた経験があるのは、エクサムだけではない。弟夫婦も、その被害に合ったことがある。
「ええ。我が家に二度と迷惑をかけないという誓いを、私は信じたのです」
「アイツは、あの場で立候補することが迷惑だと、本気で分かっていないような奴だから……。これからも、こういうことがあるだろうな」
次男の言葉に、母はばつが悪そうな顔になる。息子二人に言われ、認識が甘かったと認めざるを得なかった。
「私から陛下に、彼女だけは結婚相手に選ばないよう、お願いをしよう。なに、大丈夫さ。彼女について頭を悩ませていたのは、陛下も同じ。仮に申し立てなくとも、彼女をエクサムの結婚相手に選ぶことはないだろう」
威厳を取り戻したよう、背筋を伸ばし、胸を張る家長の言葉に、エクサム以外の全員が頷く。
家族がまとまりかける中、エクサムは異論を唱える。
「ちょっと待ってください。どうして陛下に結婚相手を選ばれる前提で、話を薦めているのですか?」
エクサムの言葉に、四人はきょとんとすると、ややあって笑いだした。
「ははははは。兄さん、面白い冗談だね。だって、当然じゃないか」
笑ったまま弟は辛辣な言葉を吐く。
「十年以上経っても、デートの一つさえ誘えていないのに。それをたった三年で、どうにかできると考える方が、無茶というものさ」
「まったく情けない。それでも私の息子か。私が若い頃、どれだけ母さんに愛の言葉や、愛する気持ちを表す贈り物を届けたことか! 今でも愛しく思えば、愛を囁いているぞ」
そう言うと、スターリン公爵は妻の肩を抱き、頬に口づけを落とす。
「だから、僕はそういう……」
「恥ずかしがっている場合か! もたもたしていると、横からかっさらわれるぞ! お前はそれでいいのか!」
「お父様の言う通りよ、エクサム。ちゃんと言葉にしないと、伝わらない場合もあるの。あなた、自分の気持ちを、彼女にちゃんと伝えたことはあるの?」
前世の感覚もあるせいか、エクサムはこういう話題を家族と交わすことに、抵抗がある。
この世界は平均寿命が短いせいか、恋愛を楽しみつつ伴侶を見つけ、結婚し、子を成すことが幸せだと信じている者が多い。
もちろんその考えを、否定するつもりはない。そういう生き方も有りだと、エクサムは思っている。
結婚したり、子を宿したりすれば、職を辞する女性が多い。そういう風潮がこの国には、根強く残っている。
だから教師の道を一生歩むと決めているマジェスに、結婚を申し込んでも断られる可能性が高い。結婚すれば、教師を辞する可能性があるからだ。
仮に受け入れてもらえても、自分は教師を続けてもらって一向に構わないが、きっと孫を熱望する両親が、退職を迫るだろう。そうすれば、彼女から教師という道を奪ってしまうことに繋がる。それだけは避けたかった。
もちろん出産後に復職することは可能だし、そういう女性も中にはいる。しかし母は、それも望まないだろう。母が特別おかしいのではない。そういう風潮の国だから、ごく一般的なものだ。
だがエクサムにとっては、こういった認識違いの問題も、言い寄ることに二の足を踏ませている、理由の一つである。
「母上の提案が受け入れられたのですから、今度は僕の条件を、呑んでくれませんか?」
「なにかしら? 期限を延ばしてほしいというお願いなら、受け入れませんよ?」
「期間は三年で構いません。例えば、僕の思いが成就したとしましょう。その後、僕たちがどんな道を歩もうと、絶対に口出ししないと約束して下さい! 具体的には、彼女に早く子どもを産めとか、教師を辞めろとか、そういうことを絶対に言わないと、約束して下さい!」
「え……? そんな! 孫が産まれる楽しみを、私から奪うと言うの⁉」
やはりかと、エクサムは分かっていながらも、頭が痛くなった。
「彼女はずっと教師になりたく、教職に就いてからも頑張ってきた人です! そんな頑張りを奪ったり、無下にしたりする行為は、嫌なのです!」
言っていることは立派だが……。つい弟は口を挟む。
「……兄さん、気が早すぎないか? そういうことを考える前に、まず交際を申し込むとか、プロポーズをするとかしないと……。まさかと思うけれど、イサーラ先生に教師を続けてほしいから、今までアプローチをしなかったか?」
「彼女自身のことや、将来を見通して、なにが悪い」
迷いない兄の答えに、今度は弟が頭痛を感じる。
初恋を拗らせているとは思っていたが……。血の繋がった兄に、若干恐怖を覚える。
「まあとにかく、これでお義兄様も本気を出されると決まったのですから。三年間、私たちも見守りましょう。お義兄様、頑張って下さいね」
結局その場は、弟の妻の言葉でなんとか終了した。
◇◇◇◇◇
別邸に帰り、エクサムは部屋で一人、頭を抱えた。
幸いなのか、家族や周りに知られていないが、これまで行動を起こさなかった訳ではない。母の言う通り、ちゃんと言葉にしたことはないが……。
ある時、マジェスが観劇にハマっていると人づてに聞いたので、面白いと評判の劇のチケットを持って、話しかけたことがある。
「マジェス先生、この劇ですが……」
「ああ、先週観ました。面白い舞台でしたよ。観に行かれるのですか? お薦めなので、楽しんできて下さい」
「……はい」
またある時は……。
「マジェス先生、休暇の予定がないんですかぁ?」
前世で言う所の、いわゆるリア充なリューシェン・カヤルの大声で、耳を立てずとも、二人の会話内容を知ってしまった。
「旅行とか行けばいいのに。予定がないなんて、せっかくの休暇が、もったいないですよ!」
「そうねぇ……。でも今からだと、宿の予約も取れないだろうし。やっぱり家でのんびりしておくわ」
「旅行ですか、いいですね。もし予約が取れないのなら、我が家の領内なら、なんとかなりますよ」
なりふり構わず突っ込めば、ドン引きされた。
確かにあれは失敗だった。慌ててしまい、誘い方を間違えた。拒否されたのも当然だ。
食事に誘えば、待ち合わせ場所に、申し訳なさそうな顔をした同僚たちが、マジェスと一緒に現れる始末。
どうやらマジェスは食事に誘うと、一対一ではなく、教師一同の飲み会に誘われていると解釈するらしい。
何回もこんなことが続けば、遠回しに恋愛感情には応える気はない。そう言われているのではと、悩んだこともある。しかしそれは、どうやら違うようだと気がついたのは、いつだったか……。
とにかく彼女は恋愛ごとに興味がないのか、自分に恋愛感情を向ける者などいないと、思いこんでいる節がある。
今世はマジェス一筋で、前世は何度か異性と付き合ったことはあるが、それも女性から声をかけられてばかり。自分から働きかけたことは、一度もない。つまり、どう誘えば効果的なのか分からない。
誘う、誘う、誘う……。
デートに誘い、そこで相手が自分をどう思っているのか探ろうという考えが、間違っているのか? やはり母の言う通り、ずばり好きだ、愛しているだと伝え、交際をスタートさせるべきか? 告白して、受け入れてもらえるのか? どうすれば受け入れてもらえる?
「……分からない」
考えれば考えるほど、何もかも分からなくなる。恋愛の師匠が欲しいと、心底本気で思う。
最近のマジェスは、観劇熱も冷めたらしく、あまり足を向けていないようだ。唯一変わらない趣味は、読書。
「本か……」
隠し部屋を浮かべる。
召喚術で取り寄せたマンガなら、珍品と言えるので、興味を持ってくれるのでは? マジェスは日本語を読めないから、自分もふりをすれば、なんて書いてあるのかと、あれこれ言い合うこともできるのではないか。
後に偶然本屋で会い、誘い出すことには成功をしたものの、どうにもマジェスの様子が想像と違った。
自分では気がついていないようだが、例えば人が亡くなるページでは、悲しげな表情になる。笑いを誘うページでは、吹き出すこともある。それはまるで、ただ絵を眺めているというより、マンガをちゃんと読んでいる。そんな印象だった。
「まさか、な……」
シャジャーコの作者も転生者ではないかと睨んでいたが、生前会った作者本人は、まるで本を読んでいるかのように、浮かんだことを文章にしているだけで、前世の記憶はないと語っていた。
そんな感じに、マジェスも前世の記憶はないものの、転生者には間違いなく、無意識に文字を読んでいる可能性がある。つまり彼女の前世も、自分と同じ世界だったのではと、エクサムは睨んでいる。
そうやってエクサムなりに努力をしている中、メーテル・リヴィーリオも頭を抱えていた。
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「どうしよう……」
婚約者である王太子からの願いを引き受けたが、早くも後悔していた。
「現実のカップルって、どうやったら作れるの……?」
彼女の前世もマジェス同様、年齢と彼氏なし歴が同じだった。
今世は幼い頃より、フォルデングと婚約を結んでいるが、そのせいで自分からアプローチし、恋人を作った経験などない。それなのに、エクサムの恋が成就できるよう手伝うとは、一体どうすればいいのか……。分からなかった。
「そうよ、私は夢キラ子! 挫けてたまるものですか! だって私は、少女マンガを描いているもの!」
勢いよく頭を上げ、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
そう、少女マンガの多くは、恋愛が主軸。そして恋愛マンガなら、キャラの言動が浮かんでくる。そう、マンガなら……。
マンガのようにイケメンな強敵が登場! なんて展開でもあれば、焦ったスターリン先生が、ついに告白を決意するかもしれない。だけど現実は、こちらの望む通りに、都合よく新たな人物が登場するわけがない。
「恋のライバル、ライバル……。ある意味、結婚相手に立候補した彼女がそうかしら。でも彼女はダメね。マンガで言うならライバルキャラというより、ざまぁされてしまえ! っていう、悪役キャラだもの」
エクサムの結婚相手に立候補した、あの侯爵家の娘には、メーテルも困らされた過去を持っている。
それというのも前世を思い出し、いつかマンガ通り、フォルデングに婚約破棄されるのでは……。そう心配し恐れ、フォルデングを避けていた時期があった。
それを知った国王陛下の姪でもある彼女は、フォルデングに色目を使い、あからさまに狙いだしたのだ!
それを知り不安に駆られたメーテルはある日、フォルデングの腕に、自分の腕を絡める彼女の姿を見て……。切れた!
「なにをしていらっしゃるの⁉ その手をお離しになって! 愛する殿下を、あなたなどに、お渡ししませんわ!」
フォルデングも腕を振り払うと、メーテルのもとへ向かい、強く肩を抱き寄せた。
「いくら従姉とはいえ、我慢の限界だ! 私が愛しているのは、メーテルただ一人! 人に誤解を与える行為は、慎め! これ以上私に付きまとうようなら、お前など金輪際、従姉として扱わん!」
彼もまた、切れた。
これにより彼女も一応は引きさがったが、今も虎視眈々と、自分の居場所を狙っていると感じる。
一体彼女は、誰に本気なのだろう。きっと誰も本気ではないのだろう。
エクサムの結婚相手に立候補したのも、自分なら転生者への理解がある。だから結婚に支障はないし、理解ある妻なのだから、エクサムが公爵家を継ぐことに問題はなくなる。そうすれば、自分は公爵夫人になれると考えてのことだろう。
見た目がよく、金持ち。地位もある男を、彼女は常に狙っている。
今付き合っている男よりも、いい男に近寄れるチャンスがあれば、すぐに鞍替えする。そういう女だった。
「……そもそもイサーラ先生、恋愛ごとに興味がないというか……。避けている感じがするのよね」
人差し指をアゴの辺りに押しつけ、悩む。
お互いが転生者だと知れば、仲間意識は芽生えるかもしれない。しかしそれを勝手に伝えることは、プライベートな話題なので、はばかられる。
しばし悩み、妙案を浮かべたメーテルは両手を打つ。
「そうだわ! まずイサーラ先生に、恋愛の素晴らしさを教えるのよ! そう、私と殿下の恋話をエッセイにして……。それを読んでもらって、恋愛の素晴らしさに、気がついてもらうのよ! そして自分も恋愛をしたいと思わせる! これよ!」
さっそくエッセイ漫画に取り掛かるが、それを読んだマジェスは、ただ気まずく思っただけで、空振りに終わることをこの時のメーテルは知らない。
マジェス・イサーラ。
エクサム・スターリン。
メーテル・リヴィーリオ。
三人とも転生者であり、また、恋愛初心者であった。
お読み下さり、ありがとうございます。




