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エピソード五つ目~2~

誤字を修正しました。

「先生、私、どうしちゃったの……?」


 まるで空に張り付けられたように両手を広げ、動きを止めているコーネリアは、今にも泣きそう。


「魔力の暴走よ。あなたのような若い子は、まだコントロールが上手にできないから、起こりやすいの」


 拳ほどの水の球を具現化し、コーネリアに向かって放つと、到達することなく、見えない壁により弾かれた。


「防御魔法ね」

「さっきから魔力も流れっぱなしで……」

「それでもあなたの魔力が尽きるのは、当分は先でしょう」

「魔力が尽きるまで私、ずっとこのままなの⁉」

「そうね……。さっきまで空を飛んでいたのだから、その魔法も生きていておかしくないはずだけど……。どう? 飛んで動けそう? 手足は? 動く?」

「どれも試しているけど、駄目なの。手も動かなくて……」


 空に向かって急速に飛んだことに恐怖し、より防御魔法に魔力が比重し、空を飛ぶ魔法が消えたのかもしれない。

 私が移動させようと、どんな方法を取ろうと、防御魔法で弾かれるはず。これはもう、無理やり魔力を放出させ、尽くさせるしかない。

 ……でも、その前に。


「動けないのね……。ならコーネリア。私と少し、お話しましょうか」


 前回は逃げられたけれど、今度は逃がさないわよ? あなたは耳を塞ぎたいだろうけれど、このチャンス。逃がしてなるものですか。


 怖くないわよ~。お話するだけよ~。


 少しでも恐怖を和らげようと、ニッコリと優しく微笑んだつもりなのに、なぜかコーネリアの顔が青くなる。全身も小刻みに震えているような……。なぜかしら。嫌な話をされると分かっていて、怯えているの?


「は、話⁉ 暴走を起こしたことの、お説教⁉ 後で聞くから、早く助けてよ!」

「お説教じゃないわ。助ける前に、ただあなたとお話をしたいだけ」

「だからっ、なによっ?」

「あなた、本に吸い込まれたと言ったわね。いつ吸い込まれたの? 吸い込まれ、どうなったの? ご両親に拾われたの?」

「違うわよ! お母さんが産んでくれたの! 拾われていないわ!」


 私はわざと、不思議そうに大きく首を傾げる。


「不思議ねえ。本に吸い込まれたあなたの魂が、お母様の胎内に宿り出産し、それで今日まで生きてきたの? 別の世界に肉体があるのなら、ご両親の本当の子と、意識を共有しているの?」

「え? え?」


 難しいかもしれないけれど、考えなさい、コーネリア。

 前世の肉体でないのなら、魂だけがこの世界に来た。今肉体があるなら、それは誰のもの?

 赤ちゃんの頃から『あなた』なら、転生……。生まれ変わりだと思わない?

 混乱するコーネリアに、さらに畳みかける。


「あなた、元の世界に戻りたいの?」

「イヤ! 戻りたくない! 私はこのまま、この世界で生きたい!」


 物凄い勢いで否定してきた。

 否定する理由は分からないが、とりあえず答えにホッとする。もしあちらの世界に帰りたいと言われたら、正直、帰る策なんて知らないので、不味い状況になるところだった。


 さて、ここからが本番。

 あちらの世界……。前世では死んだことを認識させなくては……。焦らず、慎重に……。

 私は一度深呼吸する。


「ねえ、コーネリア。吸い込まれた以外の可能性は、ない?」

「……どういうこと? 私の妄想だって言うの?」


 睨んでくるが無視し、首を横に振る。


「違うわ。夢キラ子先生の作品を読んでいたのなら、他のマンガやラノベだって読んでいたでしょう? その中に、別の可能性を見つけられない? 例えば、気がつけば蜘蛛になっていたり、悪役令嬢になっていたりした作品、読んだことない?」

「蜘蛛? 悪役令嬢?」


 眉をひそめながらも悩み、やがて私の言いたいことを理解したのか、ハッとする。


「もしかして……。転生したって言いたいの……?」


 沈痛の思いで頷く。


「死んだ……。私が……? いつ……?」


 前世の記憶を手繰り寄せたのか、すとんと腑に落ちたように、ああ……。と呟く。


「そうよ、私……。雪の積もった日、足を滑らせて……」


 きっとショックに違いない。こんなことを認識させてごめんなさい。でも気がつかないと、あなたは……!


「なんだぁ。じゃあ私、向こうの世界に帰る心配をしなくていい、ってことじゃない!」


 ぱあっ。と顔を明るくさせ、喜ぶ。


 え?


「いやー。私、あっちの世界では両親に愛されていなくって。病弱な妹ばっかり可愛がられて、放置されていたの。家ではいつも一人で、部屋にこもってネットばかりしていたし。

 それに比べて今の両親は、超普通! 私を愛してくれるし、怒ってくれるし、心配してくれるし。そういう普通の親が欲しかったから、またあんな両親の元に帰りたくないと思っていたから、やったわ!

 それにね、この顔! 男の子が可愛いって褒めてくれて、最高だし!」

「あ、ああ……。そう……」


 予想外だ。どうやら彼女、前世はネグレクトの被害者だったらしい。

 前世の容姿は知らないけど、今は確かに『ヒロイン』にふさわしい、羨ましいほどの可愛い顔。


 それにしても……。もっと長く深刻な話になるかと気合いを入れたのに、肩透かしを食らった気分。嗚呼、なんか、逆に疲れが……。


「ねえねえ、さっき蜘蛛って言ったでしょ? それを知っているってことは、先生も転生者?」

「そうよ」


 疲れ切った声で答える。


「うっそ、マジで⁉ 今まで気がつかなかった! だって私の話も信用してなさそうだったし」

「転生者なのよと言われたら、違う態度をとったと思うわ。まさか本に吸い込まれたと言われるなんて、思わなくて」

「あー、死んだっていう記憶、さっきまで思い出さなかったしね。

 入学前、気がつけばこの世界で生きていたから、なんかおかしいなと思ったけど、本に吸い込まれたなと思ったの。前世で最後に読んだマンガが、ヒロインが本に吸い込まれる内容だったからかな。でも前世を思い出すまでの、この世界での記憶もあるし、おかしいなとは思っていたの」


 どうやら彼女もまた、ある日急に前世を思い出したらしい。メーテルも入学数か月前に、前世を思い出したと話していた。二人の記憶が蘇ったタイミングは、そんなに差がないのかもしれない。


「なんだ、そっか。先生、転生者仲間なんだあ」


 私が仲間と分かったからか、なんだか嬉しそう。


「ねえねえ。先生、私がヒロインのマンガ、読んだことある?」

「読んでいたわ。だからか入学式であなたを見た瞬間、前世を思い出したの。まさかこんな年齢で前世を思い出すとは思わなかったわ」

「えー。じゃあ、なんで私の邪魔をしていたの?」


 素行不良な王妃が嫌だったからだよ。

 さすがに本音を伝えるのはどうかと思ったので、別の理由を作る。


「……王子が、メーテルを愛していたから」

「あー、あれね。マンガと違うよねぇ。なんでかな?」


 納得してくれたようだ、良かった。


「あなた自身も、マンガのヒロインと違うじゃない。最初のエピソードを無理やり作り出そうと、暴走した振りをしたし」

「……気がついてたの?」

「折り返しを過ぎたほどの年齢と一緒に、経験も積んでいるからね。魔力の流れを見れば、一目瞭然よ」


 誤魔化すように笑うコーネリア。


「……ねえ、さっきも王子とのデートエピソードを叶えようと、町にいたんでしょう? そんなに王子が好きなの?」

「ちょっ……! そんなデリケートな問題、ずかずかと質問する⁉」

「ごめんなさいね。でも学校でのあなたを見ていると、王子が好きなように見えないから」

「……ヒロインだから、王子と恋をしようと思っただけよ。ただマンガみたいな恋をしたかったの!」


 軽い! 王子を追いかける理由が、私の予想を超える軽さ! まさかそうくるとは……。


「……つまり、本気じゃないのね?」

「……はい」

「ならもう、マンガ通りになることを諦めなさい。あなただって分かっているでしょう? マンガ通りにはならないと。それにあなた! マンガのコーネリアと違って、授業をサボったり、居眠りしたり……。そんな女の子を、王子が見初めると思う⁉」

「うっ」


 痛い所を突いたからか、呻く。


「どうせ夏季休暇の宿題にも、まだ手を付けていないんでしょう⁉ テストで赤点を取ったから宿題を増やされたのに、これで出来ていませんでした。なんて言ったら、休み明けは当分、毎日補習ですからね!」

「毎日補習は嫌よぉ!」

「じゃあ宿題は終わったの⁉ どこまで終わったの⁉ まさか本当に手を付けていないの⁉」


 誤魔化すように視線を逸らし、ヒューヒュー、鳴っていない口笛を吹く。

 ……これは、手をつけていないわね?


「コーネリア?」


 怒気をはらんだ声を出せば、簡単に謝ってきた。


「すみません! まだ一つも手をつけていません!」

「毎日町に出る暇があるなら、ちゃんと宿題をやりなさい!」

「分かりました! 分かったけど、ほら? この状態だと帰れないから、宿題、できないじゃない?」

「そうね……。話もあらかた終わったし、そろそろあなたを助けないとね」


 そう言うと私は、七つのボールを集めたら願いが叶うマンガの主人公ごとく、手を構える。その両手の中に、光が集まっていく。


「は? せ、先生? なにをするつもり?」

「防御魔法の暴走には、攻撃を仕掛けて魔力を使わせるのが一番なのよ。防御魔法より強い魔法を受けると、流れる魔力がより多くなるの。

 水道で例えると、蛇口が壊れ、全開で水が流れている状態に、私が刺激を与えることで、さらに水量が増えるのよ。そうやって魔力を、早く尽きさせるの」

「そうじゃなくて、その構え! 見覚えある! あれでしょ⁉ 尻尾があった時代は大猿になっていた主人公が、亀な仙人に教えてもらった、あの必殺技でしょ⁉」


 私は頷くと、少し照れながら答える。


「一度使ってみたかったの。あの世界で生きたあなたなら、この気持ち、分かるでしょう?」

「分かるけど! 分かるけど、なんか、ものすごい魔力も感じるんですけど⁉ それ私、死なない⁉」

「大丈夫、先生を信じなさい」


 某必殺技を放つ前から、防御魔法が強化される。おおっ、この子、本当にバトルマンガみたいに、限界を超えたわ!

 やはり潜在している魔力はすごい……。この子がちゃんと修行したら、さぞ素晴らしい魔法使いになるだろう。


「……破!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 私の放った光線での攻撃を防御しようと、コーネリアの魔力が反応する。

 光と爆風が巻き起こり、ここからは経験がものを言う。

 彼女の魔力の流れを見極め、自分の魔力をコントロールしなければならない。もちろん魔力が尽きたら、コーネリアを直撃する前に、この魔法を消さなくてはならない。

 やがてコーネリアの魔法が弱まりだすのに合わせ、私も少しずつ魔力を抑える。


 尽きる!


 そう感じた瞬間、魔法を消す。


「へ? きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 直後、魔力が尽きたコーネリアの落下が始まるが、すぐに新たな魔法を発動し、彼女を浮かす。


「ふえ? えええええええん……」


 ぷかぷか空に浮かぶコーネリアは、泣いていた。


「もう大丈夫よ、コーネリア。頑張ったわね」

「せ、せんせぇ……」


 駆け付けると、泣きながら抱きつかれた。私は抱きしめ、背中を撫でる。


 ごめんね、コーネリア。前世のこと、王子のこと……。あなたは平気そうにしていたけれど、心を傷つけたかもしれない。それに防げていたとはいえ、正面から攻撃を受け、どれほど怖かったか……。


「ごめんね、怖い思いをさせて。さあ、帰りましょう。家まで送るわ」


◇◇◇◇◇


「先生……。聞いてもいい?」

「なあに?」

「先生は、元の世界に帰りたい?」

「人は生き返らないと知っているし、帰りたいと考えたことはないわね。ただ……」

「ただ?」


 コーネリアを背負って飛ぶ私は、次の言葉を続ける。


「どうして前世を思い出したのかって、考えることはあるわ。きっとそれは……。前世から私を縛っている、ある記憶と向き合えって、神様に言われている気がする」

「ある記憶? 向き合う?」


 私は頷く。


「……たまにね、分からなくなるの。自分を縛っている思いは、前世の私のものなのか。今世の私のものなのか……」

「ふうん?」


 上手く説明ができない。

 初恋の彼に傷つけられたのは、前世の私。それなのに今世の私も、その傷に縛られている。それを自覚しても、魂レベルでトラウマになっているのか、なかなか向き合えない。

 ……いや、逃げ癖がついたのかもしれない。前世では理由をつけ、逃げてばかりいたから……。


「大人でも、いろいろ悩むんだ」

「幾つになっても、悩みは尽きないわよ? だから休み明けには、必ず宿題を提出してね。それだけで私の悩みが一つ減って、ありがたいわ」

「うっ。頑張ります……」


 この子は、自分の感情にただ素直すぎる。そこが長所でもあり短所でもあるけれど……。

 今日をきっかけに、少し変わってくれたらいいけれど……。


「……悩みがあっても、先生が羨ましい」

「そう?」

「うん。だって、マンガのような恋をしているじゃない。何年も一途に思われて。あー、羨ましい。私もあんな一途な彼氏が欲しいぃ」

「なあに、それ。そんな人、いないわよ」

「えー? 隠さなくていいじゃない。生徒でも知っている、有名な話なんだから」


 一体なんの話? 生徒の間で、一体どんな噂が流れているの? 内容を聞くのが怖いわね。


「ほら、スターリン先生が、イサーラ先生を長年慕っているって話よ。……まさか先生。何年も一緒に仕事しているのに、スターリン先生の気持ち、気がついていないわけないでしょう?」


「へ?」


 コーネリアの突然の発言に、私は間が抜ける声を出した。

お読みいただき、ありがとうございます。


活動報告にも記しましたが、旅行に出かけるので、21日~24日(?)は連載小説の更新を行いません。

ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


今回、コーネリアの爆弾発言で幕を閉じました。

案外こういう子の方が、ペラリと考えなしに言ってしまうかなと思いまして。

もちろんコーネリアに悪気はありません。

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