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エピソード五つ目~1~

誤字、脱字等を修正しました。

 夏だ! 海だ! 夏季休暇だ!


 そんな風に楽しめるのは、若者の特権。だが私は若者でもないし、この国に海水浴という遊びはない。水着さえもない。だって魔法を使えば、服も濡れず海に潜ることが可能だから。つまり、泳ぐ機会などない。

 なのでまあ、最初の叫びは……。ただの雰囲気です、すみません。



 前世と同じく、四季のあるこの国の学校には、春夏秋冬、どの季節にも、長期の休みが設けられている。長期といっても、その期間は半月ほど。それでも楽しみにしている生徒は多い。

 教師である私も、もちろん生徒と一緒に夏季休暇へ突入。まったく仕事がない訳ではないが、授業のある日々に比べたら、そこまで忙しくない。


 そして明後日は、スターリン邸へお邪魔することが決まっている。目的はマンガだけど、人様のお宅に伺うのだからと、手土産を買いに出かける。

 スターリンはクッキーが好きなようだから、いろんな店のクッキーを買って行こうかなと、考えていたが……。



『美味しく食べてもらいたいと、好きな人を考えながら作って、それをその人が笑顔で美味しいと食べてくれる。そのことに私、すごく幸せを感じるの』



 店に並ぶ出来合いのクッキーの袋を手に取ると、突然、キュニーの言葉を思い出した。

 好きな人云々は、私とは無関係だけれど……。まあ、確かに? 自分が作ったお菓子を、美味しそうに食べてもらえたのって、幸せで嬉しかったわね。


「………………」


 手に持ったクッキーを棚に戻し、食材を取り扱う店へ向かう。


 これはアレだ。うん、アレだよ。美味しそうに食べてくれたから嬉しかった訳で、別にスターリンを思って作る訳ではなく……。うん、そうよ。前回と同じクッキーでは失礼かもしれないし、飽きられるかもしれない。そうだ、今回はパウンドケーキにしよう。

 これは恋愛感情ではなく、感謝の気持ちを込めて作る訳で……。深い意味はないのよ、うん。そうだわ。前回の反省を生かし、箱を二つ用意しましょう。ぎっちぎちに詰め込むのを避けるために。


 芽生えたなにかを否定し、いつもの自分を取り戻そうとする。だけどこじ開けるようにそれは、どこからともなく現れ、私に正体を明かそうとする。けれど私はそれを見ない、気づかないようにする。

 だってそれは、私には関係ないものだから。


 ……『私』って?


 それは私、『マジェス・イサーラ』なの? それとも……。


◇◇◇◇◇


 ……結局、パウンドケーキの材料を買ってしまった。

 二つ作り、一つはノーマル、もう一つはドライフルーツ入りにしようと思う。これで明日の予定は、ケーキ作りで決定だ。


 袋に入れた材料を持って帰宅していると、建物の陰からこそこそと、前方を覗く怪しい少女を発見する。


「コーネリアじゃない、どうしたの?」


 それは淡いピンクの生地に、赤い花柄のロングスカートを着ているコーネリアだった。どうやら以前の忠告を覚えてくれているようで、嬉しくなる。それなのに……。


「げっ! 先生、またジャマしに来たの⁉」


 げっ! とはまた、ご挨拶なことで……。嫌そうな顔もされ、イラッとくる。


「またって、どういう意味かしら?」


 怒りを抑え、笑いながら詰め寄る。


「いいから、こっち! 先生も隠れて! 見つかっちゃうじゃない!」


 そう言うと、私を物陰に引っ張りこむ。そこからコーネリアと同じように顔を出すと、メーテルと王子が見えた。

 二人ともお忍びなのか、私たち一般人の着る大量生産の服を着て、仲良く手を繋ぎ、歩きながらアイスを食べている。あっ、今お互いのアイスを、一口ずつ交換した!

 これはどう見ても……。


 デートね。


 ……夏季休暇、市井でのデート……。

 ようやく私もピンときた。これって、エピソード5かも。



 マンガでもそれは、夏季休暇の時に起きた。

 息抜きを兼ねて町へ一人、お忍びで出かける王子。そこで偶然コーネリアと出くわし、二人でアイスを食べたり、いろんなお店を覗いたり、デートを楽しむ。普段から肩肘張る生活で疲れていた王子は、つかの間の休息を味わうのだが……。

 それをやはり偶然、買い物に訪れたメーテルが目撃。


「なぜ……⁉ なぜあの二人が一緒に……⁉ あれではまるで、逢瀬のような……!」


 怒りで目を吊り上がらせ、美しいその顔が般若と化した。


 休み明け、コーネリアを呼び出すと、メーテルは直々に己惚れるな。だの、何様のつもりだ、身分をわきまえろ。だの、とにかく言葉で責めた。これをきっかけに、コーネリアは王子と距離を置くことにする。



 現実はご覧の通り。

 デート相手はメーテルで、彼女も幸せそうにニコニコしている。般若になっているのは、もちろんコーネリア。

 面倒なことになった、声をかけるんじゃなかった。ちょっと後悔しています。ねえ、コーネリア。自分から声をかけてなんだけど、私、帰ってもいい?


「おかしいわよ。なんで王子の隣がメーテルなの? 本当なら私がそこにいるはずなのに」


 悔しそうに親指の爪を噛むコーネリア。うーん、放って帰るのは、危険かしら。

 コーネリア、マンガ通りの展開なんて、もう起きないから諦めなさいな。あなたはマンガと違い、王子のヒロインじゃないのだから。そう言えれば簡単だけど……。

 それができないから、悩ましい。


「先生! 今度はどんな裏技を使ったわけ⁉」


 すでに二人を見ることを止め、隣にただ立っている私に勢いよく顔を向けてくると、睨みながら尋ねてくる。


「先生は裏技なんて使っていませんし、知りません。

 ……そう言えば。夏休みは殿下とどう過ごすか、二人で計画を立てていると、メーテルが話していたわね。その計画が、今日のデートだったのかもね」

「で、でででで、デート⁉」

「どう見ても、デートじゃない。二人とも楽しそうな夏期休暇を送っているようで、良かったわ。コーネリア、あなたは……」


 悔しそうに顔を歪ませているコーネリア。どう見ても楽しそうじゃないので、聞かないことに決める。


「不幸よ……。なんなの、これ……。これが紫の星の成せる業なの?」


 あなたからすれば、そうかもしれない。だけど私からすると、ちょっと違う気がする。


「はあ……。いつ王子と出くわしてもいいよう、毎日町に来ていたのに……。時間ムダにした……」


 毎日⁉ すごい行動力ね。この子、そんなに王子が好きだった? 学校では他の男の子たちと仲良さそうで、とても王子が好きなように、見えなかったのに。

 怒ることにも疲れたのか、がっくりと肩を落とすと、帰ると言い歩き出したコーネリアの背に向け、大声をかける。


「コーネリア! ちゃんと宿題を終わらせて、学校に来るのよ!」

「他に言うことあるでしょう⁉」


 くるりと道の半ばで振り返るコーネリア。

 いや、大事なことだし。それにあなた休み明け、宿題が終わりませんでした。と、平気な顔で言いそうな気がするし。


 その時、右手から馬車が走って来た。

 偶然、近くを歩いていた男の子がボールを落とし、馬の前に転がる。それを取りに行った男の子とボールに驚いた馬が、偶然、暴走を始める。

 幸い男の子が蹴られることはなかったが、馬は偶然、真っ直ぐコーネリアへ向かって突進する。


「コーネリア!」


 このままでは彼女が馬に蹴られてしまう! 宙に浮かして逃がさないと!

 そう思い魔法を発動すると……。


「へっ? きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!」

「コーネリアぁ⁉」


 馬に蹴られる直前、ふわっ、と浮かんだかと思うと、その直後。まるで天からなにかに引っ張り上げられるよう、凄まじいスピードで、コーネリアは背中から空へ向かって飛んで行った。

 突然のことに馬も驚き、逆に動きを止める。誰もが空へ向かったコーネリアを、ぽかんと見上げる。


 まずい! 魔力の暴走だわ!


 一瞬呆然としてしまい、出遅れてしまった! 私は急いでコーネリアの後を追いかける。


 おそらくコーネリア自身、空を飛んで逃げる。という魔法を使おうとしたに違いない。それが暴走し、本人の意図に反し、空高く飛ばされたのだろう。

 放っておいたら、魔力切れで魔法は消滅してしまう。空で魔力切れなんて起こせば、その時点で浮かぶことができなくなり、地上真っ逆さま。コーネリアは死んでしまう!


 遥か彼方、小さくなったコーネリア目がけ、私は全力で飛んだ。

お読みいただき、ありがとうございます。


作中では書きませんでしたが、コーネリアは、まだ宿題に取りかかっていません。

そんな彼女がどうなるのかは、次回更新をお待ちください。

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