表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/44

その9

誤字、脱字を修正しました。

 さて。詫びの品に、なにを贈ろうか。


 三連休二日目の午後、ようやく気を取り直した私は、スターリンへの詫びの品を求め、町へ出た。

 今朝は目覚めるなり、使用人さんたちの制止を振り切ると、スターリンに挨拶もせず自宅へ飛んで帰った。

 あんなに迷惑をかけておきながら、謝りもせず逃げるなんて、とんだダメ人間行為。まさか自分がこんなに阿呆だったとは……。だけど混乱していたの、どうか許してほしい。


 というわけで、謝罪するのに手ぶらもなんだと、買い物に来たけれど……。

 なにを買えばいいのかしら。

 相手は公爵家よ? 私の持ち金で買える品で大丈夫? 私にとっては高価でも、彼にとっては安物かもしれない。それって、無礼になるような気がする。

 住む世界が違いすぎる人に、なにを渡せばいいのか分からない。

 私は一体、どうしたら……。なにを買えばいいの⁉


「イサーラ先生、どうしました?」


 お菓子屋さんの前で悩んでいた私に声をかけてきたのは、家族連れのオストール先生だった。


「頭を抱え、ぶんぶん振り回して……。かなり怪しいですよ?」


 え? 私、そんな行動をとっていたの?

 無自覚で、不審な行動をとっていたらしい。ああっ、恥ずかしいっ。


◇◇◇◇◇


「ははあ、なるほど。迷惑をかけたから、お詫びの品を贈りたいと。それなら無難に、お菓子でいいと思いますけど?」

「でも、高貴な方なのです」

「じゃあ、値段の高いお菓子で」


 優しいオストール先生。話を聞いてくれたのは嬉しいけれど、その答えはかなり雑。本当に優しいのか、疑問を抱いてしまう。


「自分から相談にのると言いながら、なあに、その投げやりな答えは」


 横からオストール先生の奥様、キュニーが呆れたように口を挟んできた。


「ねえ、イサーラ。その相手って、男性?」

「え、ええ」

「え?」


 ひどく驚くオストール先生。私に浮いた噂がないとはいえ、驚きすぎじゃない?


「あなた、子どもの面倒を見てちょうだい。こういうのは、女同士で話す方がいいのよ」


 彼女の腕の中ですやすや眠っている小さな子を、オストール先生にそっと渡し、道端で石を蹴って遊んでいる上の子どもに、パパから離れないよう告げる。それから私の腕を取って、少し離れた場所へ移動する。

 ちなみに彼女とは学生時代、学年が同じだったので、見知った仲だ。


「その男性って、特別な相手でしょ?」

「特別?」


 顔を寄せられ、小声で尋ねられる。

 どこか期待しているようなキュニーの目を見て、彼女がなにか勘違いしていると、すぐに気がつく。


「残念だけど、あなたの期待するような相手じゃないわ。だって、同僚なんだから」

「だけど、あなたが人通りある場所で、あんな不審な行動をとるなんておかしいわよ。ねえ。迷惑をかけたって、具体的になにが起きたの?」


 同僚の家に行き、本を読んでいたら眠ってしまい、目を覚まし誤って同僚の部屋を無断で開け、おパンツをはいていたけど彼の裸を見ました。


 なんて言えるわけ、ないじゃない!


 せっかく忘れていたのに、蘇るおパンツ姿。

 ……ダメだ。思い出しただけで、顔が熱を持つ。

 髪の毛が濡れていたのも悪いのよ。なによ、あれ。あんなの色気を上げる要素じゃない。一人で部屋にいるのに、色気を振りまくなよ。


「……顔、赤いわよ?」

「そ、それくらい、恥ずかしいってことよ! ああ、思い出すだけで本当、恥ずかしいったらないわ! とても人には言えないわ!」


 わざとらしい言い方だが、事実を伝えるわけにはいかない。


「まあ、いいわ。困っているなら、このキュニー様が助けてもいいわよ?」

「どういうこと?」

「つ、ま、り。この料理上手な私が、お菓子作りを伝授してあげるってことよ。手作りお菓子で謝れば、きっと相手も喜んで許してくれるわよ」

「手作り……」


 その発想はなかった。

 でも相手は公爵家……。そんな安っぽいもので……?

 ……いや、まてよ? 逆に金で買えないものだから、有りかもしれない。心を込めて作りました。って言えば、私の謝罪が伝わるかも。

 私はキュニーの両手を握る。


「お願いします、キュニー先生」

「任せて! じゃあ明日、さっそく家に来ない?」

「もちろんお願いします、キュニー先生」

「いや。ちょっと待て、キュニー。なんで手作り? イサーラ先生が、男へ手作りのお菓子を贈る? それは止めた方が……」


 いつから聞いていたのか、近づいてきていたオストール先生が止めてくる。

 そんなに私、料理が苦手に見えるのかしら? これでも一人暮らしは長いし、人並みに料理くらいできますよ!


◇◇◇◇◇


 連休三日目の夜。

 キュニーから習ったクッキーを、自宅でも作っていた。

 なんせ相手は公爵家。別邸とはいえ、使用人の数も多い。スターリンだけでなく、彼らにも迷惑をかけたのだから、全員に配らなくては。

 それも一人一個ではなく、二個以上! それくらいでないと、私の気が治まらない!


「それにしても……。オストール先生、料理が苦手だったのね。知らなかったわ」


 キュニーからお菓子作りを習っていると、やたら周りをうろちょろしては、砂糖が必要なのに塩を渡してきたり、とにかく邪魔だった。砂糖と塩を間違えるくらいなのだから、相当料理が苦手に違いない。

 キュニーがお菓子だけでなく、料理も得意だから、作る必要がないので仕方ないかもしれないけれど……。オストール先生、万が一キュニーになにかあれば、どうするのかしら。


 結局オストール先生は台所を追い出された。次になぜか、それまで大人しかった子どもが、急に風魔法を台所に向けて撃ったり、暴れ出した。

 聞けば、パパにやれと言われた。なんて話すので、怒ったキュニーが先生に、子どもと一緒に公園で遊んで来い! と怒鳴り、家から追い出した。


「いや! その菓子は、成功したらまずい! 殺される!」


 そんな訳の分からない叫びが聞こえてきたが、私たちは無視をした。

 成功してなにがまずいんだか。人に渡すお菓子なのだから、成功しない方がまずいに決まっている。


「それに殺されるって、誰によ。お菓子なんかで、殺人が起きるわけ、ないじゃない」


 クッキーを焼いている時間は、買ってきたお酒を飲みながら、塩辛いおつまみを食べる。

 いやね。ずっと甘い香りに包まれているので、どうにもしょっぱいものが食べたくなって。ほら、甘いものとしょっぱいものを、交互に食べたくなる、アレですよ。


 全て焼き終えると、用意した白い箱へ、ぎっちぎちにお菓子を詰め、無理やり蓋をする。

 ……あら。なんか膨らんでいるわね。四角い箱なのに、膨張したように丸くなって……。詰めこみすぎたかしら。


「まあいいか。溢れんばかりの謝罪の気持ちってことだし、使用人さんが何人いるのか知らないし。多くて困ることはないわよね」


 最後に青いリボンで、箱を飾る。


「……よしっ。あとはこれを渡して、謝るだけね」


◇◇◇◇◇


 そして連休明け。

 やたら大きな箱を持って少し早目に登校すると、オストール先生が飛んで姿を現した。


「イサーラ先生、おはようございます。って、その箱は……?」

「おはようございます、オストール先生。先生の奥様のおかげで、ほら! 立派に完成しました」


 得意気に膨らんでいる箱を見せると、ひくり。先生の顔が引きつる。


「えっと……。ちょっと、多くないですか? 箱が膨らんでいますよ?」

「お詫びの気持ちを込めているので、これでも足りないくらいですが……」

「いやいや、今にも破裂しそうですし。もっと量を減らしては? それで余ったものを、その……。校内の先生方に配るとか!」


 急になにを言い出す。


「それはちょっと……。お詫びの品なので、他の方に配るのは……」

「理由はどうでもいいと思います」


 なんだ、それ? というか、私が嫌だ。ある人たちを思って作ったものなのに、他の人に渡したくない。


「早く謝りたいので、私、行きますね」


 他の荷物を置き、箱を抱えて教員室を出ようとすると、悲鳴を上げるように叫ぶオストール先生。


「まさか⁉ うちの学校の関係者なんですか⁉」


 まったく、一体なんだと……。なんかオストール先生、この間から、言動がおかしいわよ?


「迷惑の内容は聞きません! せめて、命知らずのそいつの名を教えて下さい!」


 どういう意味? 奥様直伝の、私の作ったお菓子を食べたら、その人が腹でも下すと言いたいの?

 少しむっとしながら、私は答える。


「スターリン先生ですけれど?」


 瞬間、なぜかオストール先生は晴れやかな顔になると、笑いだした。


「いやあ、そうでしたか。はっはっはっ。それならその量も、仕方ありませんよね。いいですよね、手作りお菓子って」


 え? 使用人の皆さんにも配ると分かったの?

 ああ。スターリンが自宅の敷地内で暮らしている話は、有名だものね。使用人さんの存在に気がついても、別に不思議でもないか。


「じゃあ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 今は笑顔だけど、やっぱりオストール先生の言動……。なにか引っかかるわね……。

 もやもやした気持ちのまま、私は社会科の教員室へ向かった。


◇◇◇◇◇


 途中会ったメーテルは、驚いた顔で箱を見る。


「……先生。爆弾でも入っているんですか? それ、破裂しそうですよ?」

「そう? ちょっと詰め込みすぎたかしら」

「一体、なにが入っているのですか?」

「クッキーよ」


 その後すれ違った王子にも、今にも破裂しそうだと言われた。


 立て続けに同じことを言われ、不安になる。

 でも今さら中身を減らすのはなあ……。教員室についちゃったし。

 まあいいか。とにかく、はやく謝ろう。私はドアを開ける。


「おはようございます。スターリン先生、いらっしゃいますか?」

「おはようございます、イサーラ先生。なにか用事ですか?」


 幸いスターリンは登校していた。

 だけど、なぜかしら。笑顔なのに、こう……。怒りというか……。怖いというか……。ひんやりとした雰囲気というか……。


 ……うん。怒っていらっしゃる。


 ヤバい。やはりお菓子の数が少なくても、昨日のうちに、直接家まで謝りにうかがうべきだったかもしれない。


「あの、お話が……。今よろしいですか?」


 とりあえず呼び出すことに、成功する。

 この時間は使用していない教室へ向かい、本当に誰もいないか廊下を見て確認し、扉を閉める。万が一会話を聞かれたら、私の恥が露見されてしまう。それは避けたい。


「あの、先日は大変ご迷惑をおかけしまして……。本当に申し訳ありませんでした」

「………………」


 返事がない……。やはり、相当怒っていらっしゃるようだ。

 腕組みし、私を見下ろす目がイラついているような気がする。


「その、本当に覗く気はなくて……」


 覗くの一言で、またもおパンツ姿が脳裏によみがえり、顔が真っ赤になる。

 いかん! 本人を前に、なんつう記憶が! 消えろ、記憶! どっか行け! 目の前のスターリンが、おパンツ姿に見える前に、幻よ消えろ!

 頭の上、なにかを振り払うように手をあおぐ。

 またも不審な行動をとってしまったが、スターリンからの突っ込みはなかった。

 ……突っ込んでも、良かったのよ?


「あ、あの。それで朝もまだ混乱しておりまして、それでなにも言わず帰ってしまいまして。本当にすみませんでした。それで、これ……。お詫びでして……。どうぞ皆さんで召し上がってください!」


 さあ、私の溢れんばかりの謝罪を受け取ってくれ!


「……甘い香りがしますね」


 あっさりと箱を受け取ってくれ、ホッとする。


「クッキーです。お菓子作りが得意な友人に習いました。お口に合うといいのですが」

「習った? 手作りということですか?」

「ええ」


 あら、あらあら? 見る見るスターリンの眉間のシワが消えていく。


「そうですか、手作り。……なんかこの箱、膨らんでいますね」

「はい、使用人の皆さまにもご迷惑をおかけしたので……。どうぞ皆さまと一緒にお食べ下さい。使用人さんが何人いらっしゃるか存知ませんでしたので、多く作ってみました」

「……ああ、なるほど」


 スターリンをまとう温度が下がった気がする。

 情緒不安定なの? どうした、スターリン。なんか、へんだよ?


「さっそくいただいても?」

「え⁉ 今ですか⁉」


 さすがに私の前で食べるのは、ちょっと勘弁して下さい。どんな羞恥プレイですか。

 止める間もなく、やけに嬉しそうな顔でリボンを解く。そして蓋が開いた瞬間、詰め込みすぎたクッキーが溢れ、何枚も勢いよく机の上に散らばった。


「ひいっ」

「………………」

「す、すみません! 本当に重ね重ね! こういうの初めてで、どれくらい詰め込んでも大丈夫なのか分からなくて!」


 まさか本当に爆発しようとは! なんたる失態! お詫びの品を贈るはずが、またもとんだ迷惑行為を! こんなはずじゃあ……。穴があれば入りたい……っ。

 慌てて拾い始めると、スターリンも散らばったクッキーに手を伸ばす。


「大丈夫ですよ。さすがに飛び出してきたのは、驚きましたが」


 そう言うと、拾ったクッキーを食べ始めた。


「先生⁉ 落ちたものを食べなくても……!」

「机の上だし、大丈夫ですよ。うん、美味しい。ありがとうございます」


 本当に嬉しそうに言われ……。

 あらあら? また顔が赤くなってきた。情緒不安定なのは、私も?


 それからスターリンは箱を閉め、私の手からひょいと、クッキーを取る。

 え? それも食べてくれるの? そんなにクッキーが好物だったの? 知らなかった……。


 だけど、なんだろう。

 自分の作ったものを美味しそうに食べてくれるのって、私まで嬉しくなって、幸せな気分になれるのね。知らなかった……。


「それで? 次はいつにされますか?」

「次?」

「お忘れですか?」


 忘れた? とは、一体?


「全部を一日で読み終えられないだろうから、また後日来られて読まれるかと尋ねたら、はい。と答えたのは、先生ですよ?」


 ……すみません。そのやり取り、ちっとも覚えていません。

 今世の私は本に夢中になると、なにを話しかけられても、内容を聞かず、『うん』や『はい』とだけ無意識に返事をする。そんな変わった悪癖がある。その習性を妹に利用され、昔はよく皿洗いなど押しつけられたものだ。


「それで? いつにされます?」


 にっこりとスターリンが笑い、なんだか私は……。


 あら? あらあら?

 なにかしら?


 一瞬、自分の気持ちがよく分からくなった。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ