その8
いじめシーンが出てきます。
◇◇◇◇◇
誤字、脱字を修正しました。
ああ……。あれは、中学生の頃の私だ……。
まるで映画を見ているように、映像が流れてくる。私が体験した、記憶という映像が……。
小学校で初恋の彼に『ブス』と言われ、以来、恋なんてするものかと誓った。
中学生になり、男子とも普通に話すけれど、どうせ陰で悪口を言っているのかと思うと、いまいち親しくなれない。けれど、そのくらいの距離が、ちょうど良かった。
「ねえ、ちょっといい?」
ある日、他のクラスの、五人組の女子に連れ出された。
「あのさあ、単刀直入に言わせてもらうね。この子の彼氏にちょっかい出すの、止めてくれない?」
一人、一歩前に出た彼女はそう言うと、皆に守られているように立つ女の子を指す。
「彼氏?」
この子の彼氏とは、誰のことだろう。そもそも、この五人の名前も知らない。
「とぼけないで! 南沢君だよ!」
彼女さんが彼の名を叫ぶ。
みなみ、ざわ……。
クラスメイトであり、同じ文化委員の男子の名前だ。間近に迫った文化祭に向け、なにかと会話をしている相手ではある。だけど、ちょっかいなんて出していない。必要だから話しているだけ。
「同じ文化委員だから、それで話しているだけで、ちょっかいとか、そんなつもり……」
「うるさい、ブス」
一番前にいる子に、どん! と肩の辺りを強く押され、尻餅をつく。
「忠告したからね。これ以上、南沢に手を出さないで」
「同じ小学校出身の子に聞いたんだけど、以前も同じようなことしたんだって? 人の好きな男に手を出すのが、趣味なの? 悪趣味」
「ブスなのに、勘違いしているんじゃない?」
くすくす、嘲笑が降ってくる。
そんな気はないのに……。いきなり連れ出されて、難癖を付けられて……。
座りこんだまま見上げた彼女達は、顔に嘲りを浮かべている。
もう嫌だ……。勝手に勘違いされて……。嫌なことを言われて……。恋愛なんて、もう嫌だ。どうして皆、こんな楽しくないことに夢中になれるの?
巻きこまれたくもない……。
それから私は、二次元に走った。
二次元の彼らは、私を傷つけない。一方的な愛だけど、気楽で心地よい愛に、私は溺れた。
二次元に走ると周りからはオタクと言われ、それだけで避けてくる人もいたけれど、謂れのないことで、責められることはなくなった。
趣味を楽しみ、嫌がらせがないことの、なんと幸せなことか。
私はブスだと開き直り、おしゃれにもあまり興味を示さなくなった。自分のおしゃれに金を使うより、愛するキャラにお布施した方が有意義だし。
ますます三次元の男は遠ざかる。だけど、私はそれで良かった。
だって、傷つかないから。
◇◇◇◇◇
目を覚ますと、ふわふわ柔らかい布団に包まれていた。
これ、私の馴染みある、平べったい布団とは違いますな。どういうことだろう。
身を起こし、魔法で明かりを出す。部屋を眺め、なんの間違いだと、目を閉じる。まだ夢の中にいるらしい。
もう一度目を開けても、その光景は変わらなかった。
えー? なんですか、この豪華なお部屋は。
ベッドの足元には細長いテーブルが置かれ、大輪の花が生けられた花瓶が置かれている。その花は私の好きな花で、ジャスミンの香りに似た、ムーランという花。
天井からはシャンデリア。室内には暖炉もあり、何枚もの絵が壁に飾られている。
あら? また新しい人生を歩んでいるのかしら? しかも今度は、金持ち人生? そう思えるほど部屋に見覚えがなく、私には不釣り合いに思えた。
暖炉上に鏡が設置してある。顔を確認するため、ベッドから抜け出し近づく。
そこに映し出されたのは、マジェス・イサーラの顔。
……どういうこと? 私の部屋は豪華でなく、貧乏臭く、狭く、こぢんまりとしていて……。
よし、落ちつこう。考えよう。目を覚ます前、私はなにをしていた?
本屋でスターリンに会って、彼の家へ行き、マンガと再会して……。
そう、それから……。
◇◇◇◇◇
なぜ前世のマンガがここにあるのか、分からない。だが! そんなことはどうでもいい!
なぜなら、読みたかった、愛するマンガが、この手の中にあるのだから! なぜ、どうしてなんて、今はどうでもいい!
ああ、スターリン様、ありがとうございます! あなたのおかげで私は今、再びマンガと出会うことができました! あなたが同僚で、本当に良かった。今日、本屋で会えて良かった。誘ってくれて、本当にありがとうございます。
「読ませていただいてもよろしいですか?」
興奮を抑えきれず尋ねると、快諾された。
部屋の片隅に、丸いテーブルと、向かい合うよう置かれた、背もたれが長い椅子が二脚ある。そのスペースで読むよう、言われる。この部屋の本は、持出禁止だそうだ。
「少し席を外しますが、すぐ戻ります」
そう言うとスターリンは、階段を上がって行った。一人になった私は、存分にマンガを楽しむことにする。
はあ……。本当にマンガだわ……。懐かしいレジェンド作品にキャラたち。
一話完結の中で、泣き、笑い、怒り、様々な感動が詰まっている。最高! なんて面白いのかしら。やっぱりマンガはいいわぁ。
「どうです? 文字、分からないでしょう?」
紅茶の乗ったお盆を持って、スターリンが戻って来た。
スーツのネクタイを外し、上着も脱いでいる。シャツのボタンを一つ外し、薄いベージュのVネックのカーディガンを羽織って、先ほどまでの格好より、気軽な印象を受ける。
そんな彼に、問題なく文字が読めるとは言えないので……。
「ええ、分かりません。見たことがない文字ですね。外国の本ということですが、これは一体、どこの国の本ですか?」
紅茶をテーブルの上に置き、向かいの椅子に腰かけ、スターリンは長い足を組むと、答えてくれた。
「信じていただけないと思いますが、その本は、この世界とは違う世界。異世界から召喚された本です。異世界は魔法がある世界もあれば、魔法がなく、独自の文化を遂げた世界もあります。その本は、そんな魔法のない世界の本です」
「召喚……」
なるほど。召喚術なら私も知っている。遠くの場所へ、物体を呼び寄せることができる魔法。それを用いて、異世界から入手したのか。でも召喚術で異世界と通じるなんて話、初耳だ。
そんな私の気持ちを読んだよう、説明を続けるスターリン。
「異世界から物品を召喚している事実が広まっていないのは、必ず召喚術が成功する訳ではないからです。しかも召喚されるまで、なにがやって来るのか分からない。そんなおぼろげな情報は、公開できませんからね」
「ではこの本たちは、偶然召喚された、ということですか?」
「そういうことです。……先生、あまり驚かれませんね」
まあ、前世がそれこそ、異世界の住人だったし。
「外国の本にしても、あまりに変わっていますから。異世界の本だと思えば、納得もできます」
本音を隠した言い訳に、一応は納得してくれた。
それにしも、なるほどね。この世界が前世の世界と同じだったり、似ていたりすることが多いのは、召喚により向こうの知識を得ているからかもしれない。
それか、私とは逆で、こちらの人が、あちらの世界に転生するパターンもあるだろう。そういう人たちがあちらで、魔法使いが登場する話を残したり、こちらの文化を取り入れ、結果似た世界になったのかもしれない。
「絵からすると、魔法がないだけでなく、文化も違うようですね」
「そうですね、洋服など似ている所も多いですが……。あ、紅茶が冷めてしまいます。どうぞ」
「ありがとうございます」
さっそく口に運ぶと、スッキリとした味わいで、とても美味しかった。
◇◇◇◇◇
それから少し話をして、読書タイムに戻る。
スターリンも調べものがあるからと、持ってきたノートを開く。
お互い自分のやりたいことをやるだけなので、同じ部屋で過ごす意味はないが、彼もこの部屋の本に用事があるので、結局各々のスタイルで時間を過ごすことに……。
「エクサム様、お食事の準備ができました」
夢中になっていた私たちに声をかけてきたのは、使用人頭のセンヴェルさんだった。
「そうか。イサーラ先生、ぜひご一緒にお食事もどうですか? 実は数年前、ある農作物が異世界から召喚されまして。それの栽培を公爵領で始めたところ、収穫に至るようになりました。僕は美味しいと思うのですが、この世界で受け入れてもらえるか、率直な意見を知りたくて。協力していただけませんか?」
マンガの礼もある。それくらいなら簡単そうだし、断る道理はない。
「私でよければ。異世界から召喚された農作物なんて、興味あります。どんなお味なのか、楽しみです」
書斎を出て、ラウンジに通される。
そこで待っていると、ほかほかと湯気をあげ、どう見てもグラタンのような料理が出てきた。
この世界にもグラタンはあるが……。農作物と言っていたから、それを具に使っているのだろう。野菜かしら。どんな味なのか、わくわくする。
さっそくスプーンを入れると、質量を感じる。これは、グラタンにしては、重い……。持ち上げると、底の方からピラフが……。
こ、こいつは! グラタンではなく、ドリアか!
底から、ピラフ……。いや、お米が、やあ! お久しぶり! と、キラキラした顔を覗かせる。
まさか、異世界からの農作物が、お米とは! この世界で見たことのない、お米が、今ここに!
前世を思い出してから、ずっと食べたかったお米……。この館は天国か? マンガといい、お米といい、なにからなにまで本当……。スターリン様、ありがとうございます。
心の中でそっと、彼を拝む。
「お皿の底にあるのが、異世界の農作物で、お米といいます。どうぞ召し上がってください」
お米なら美味しいに決まっているじゃん! 食べる前から、美味しいと言いたい!
私は息をかけ、少し冷ますと、口に入れる。
んー! ホワイトソース、チーズと合わさった独特のハーモニーがたまらない! どっしりとお米が主張し、なんて美味しいの! 懐かしい味、幸せ!
自然と顔がにやけてしまう。それをスターリンがにこにこと眺めている。
「気に入ってくれましたか?」
「はい! とても美味しいです! マカロニより、どっしりとして、食べ応えがありますね。これだけで、お腹いっぱいになりそうです」
「そうですか、良かった」
ドリアを完食し、満腹になり、部屋に戻って読書を続け……。
◇◇◇◇◇
うん。そこから記憶がない。
ということは、お腹いっぱいになり、本を読みながら眠ってしまい、この部屋のベッドに運んでもらった。ということだろう。
……初めて訪れた人様のお宅で、なんという大失敗というか、大迷惑を……。
ずんと沈んだ気持ちになるが、とりあえずお詫びをし、帰ろう。そして改めてお礼を持って来ようと決める。
「……ドアが二つ?」
なぜか部屋にはドアが二つ。一体どこに繋がっているのやら。
ベッドを背に、一つは右側の壁に。もう一つは正面の壁の左側に作られている。
……なぜ二つ?
まあ、いい。とにかく部屋から出よう。
近いからという理由だけで、正面、左側のドアを選ぶ。ドアノブに手をかけ、回す。鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
「失礼します……。どなたか、いらっしゃいま……」
ゆっくりと開いたその先も、豪華なお部屋が広がっていた。
その部屋に、一人でいたのは、スターリン。
髪は濡れ、腰の紐を解きガウンを脱ごうと、袖が腕の途中まで下りている。そんな姿を真正面から見る。おパンツをはいているとはいえ、それ以外は裸で……。どう見ても風呂上りで……。
彼も私が突然顔を覗かせると思わなかったのか、固まり、目を丸くしている。
「わ、わわ、うわぁ! きぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
大人の女らしからぬ叫び声を上げ、ドアを勢いよく閉めた。
◇◇◇◇◇
「どうなさいましたか⁉」
もう一つの右側のドアから、数人の使用人さんたちが飛びこんできた。
私はもう一つのドアの前でへたりこみ、説明しようとするが、うまく話せない。
「は、はだ……。はだ、はだ、裸……っ」
「まさかエクサム様が、イサーラ様の裸をご覧に⁉」
「だから止めたじゃない! これまでの我慢が解き放たれると!」
なんの話⁉
「ち、違う! 違います! わ、わた、私が……」
裸を見たのは、私です。おパンツをはいていたとはいえ、見ちゃったのは、私です。
公爵ご子息の裸を見たなんて知られたら、もしかして打ち首⁉ 痴女認定で逮捕⁉
刺激が強すぎた!
前世と今世合わせ、五十年以上。つまり半世紀以上、異性経験のない私にとって、先ほどの色めく光景は、あまりに衝撃で……。いや、映画やドラマなどで知っていますよ? だけどリアルに、イケメンの裸を見るなんて機会は、なかったわけで……。
なんで髪の毛が濡れて、脱ぎ掛けているだけで、あんな色気……。
「とにかく落ちついて下さい、イサーラ様。その……。エクサム様も悪気はないかと……」
「ええ、もちろん同意がなければ重罪です。ですが、その……。ね?」
使用人たちが顔を見合わせ、なにやら困り顔。
だから、さっきからなんの話をしているの⁉ 分かるように言って! 私、死刑にでもなっちゃうの⁉ 重罪なの⁉
「え、ええ。エクサム様も、その……。長年、我慢も募り……。普段は理性のある方で、素晴らしいお方ですが、やはりその……。ね?」
「ね?」
「……なにか誤解をしているようだが、イサーラ先生が間違ってこちらの部屋に来られ、僕が寝間着に着替えている所を見られただけだ」
「エクサム様!」
ガウン姿から、ただのシャツとズボンという寝間着姿に変わったスターリンが姿を現した。
使用人全員が立ち上がる。
私は土下座をし、謝った。
「覗くつもりはありませんでした! 知らなかったのです! 隣の部屋にスターリン先生がいるだなんて! しかも着替えている最中だなんて、少しも思っておらず……! 本当に申し訳ありません! なんとお詫びをすればよいのか……」
「怒っていませんから、落ちついて下さい」
「でも、あの……」
顔を上げると、私を起こそうと屈んだスターリンのシャツの間から、胸板がちらりと見えた。
瞬間、先ほどの光景を思い出す。
さらに、祭でしがみついたこと、髪についた星を取ってもらったことなども思い出し……。
「うーん……」
完全にキャパを越えてしまい、唸ると気を失い、目を覚ますと夜が明けていた。
お読みいただき、ありがとうございます。