表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/44

その8

いじめシーンが出てきます。


◇◇◇◇◇


誤字、脱字を修正しました。

 ああ……。あれは、中学生の頃の私だ……。

 まるで映画を見ているように、映像が流れてくる。私が体験した、記憶という映像が……。




 小学校で初恋の彼に『ブス』と言われ、以来、恋なんてするものかと誓った。

 中学生になり、男子とも普通に話すけれど、どうせ陰で悪口を言っているのかと思うと、いまいち親しくなれない。けれど、そのくらいの距離が、ちょうど良かった。


「ねえ、ちょっといい?」


 ある日、他のクラスの、五人組の女子に連れ出された。


「あのさあ、単刀直入に言わせてもらうね。この子の彼氏にちょっかい出すの、止めてくれない?」


 一人、一歩前に出た彼女はそう言うと、皆に守られているように立つ女の子を指す。


「彼氏?」


 この子の彼氏とは、誰のことだろう。そもそも、この五人の名前も知らない。


「とぼけないで! 南沢君だよ!」


 彼女さんが彼の名を叫ぶ。

 みなみ、ざわ……。

 クラスメイトであり、同じ文化委員の男子の名前だ。間近に迫った文化祭に向け、なにかと会話をしている相手ではある。だけど、ちょっかいなんて出していない。必要だから話しているだけ。


「同じ文化委員だから、それで話しているだけで、ちょっかいとか、そんなつもり……」

「うるさい、ブス」


 一番前にいる子に、どん! と肩の辺りを強く押され、尻餅をつく。


「忠告したからね。これ以上、南沢に手を出さないで」

「同じ小学校出身の子に聞いたんだけど、以前も同じようなことしたんだって? 人の好きな男に手を出すのが、趣味なの? 悪趣味」

「ブスなのに、勘違いしているんじゃない?」


 くすくす、嘲笑が降ってくる。

 そんな気はないのに……。いきなり連れ出されて、難癖を付けられて……。

 座りこんだまま見上げた彼女達は、顔に嘲りを浮かべている。


 もう嫌だ……。勝手に勘違いされて……。嫌なことを言われて……。恋愛なんて、もう嫌だ。どうして皆、こんな楽しくないことに夢中になれるの?

 巻きこまれたくもない……。




 それから私は、二次元に走った。

 二次元の彼らは、私を傷つけない。一方的な愛だけど、気楽で心地よい愛に、私は溺れた。

 二次元に走ると周りからはオタクと言われ、それだけで避けてくる人もいたけれど、謂れのないことで、責められることはなくなった。

 趣味を楽しみ、嫌がらせがないことの、なんと幸せなことか。


 私はブスだと開き直り、おしゃれにもあまり興味を示さなくなった。自分のおしゃれに金を使うより、愛するキャラにお布施した方が有意義だし。

 ますます三次元の男は遠ざかる。だけど、私はそれで良かった。




 だって、傷つかないから。


◇◇◇◇◇


 目を覚ますと、ふわふわ柔らかい布団に包まれていた。

 これ、私の馴染みある、平べったい布団とは違いますな。どういうことだろう。


 身を起こし、魔法で明かりを出す。部屋を眺め、なんの間違いだと、目を閉じる。まだ夢の中にいるらしい。

 もう一度目を開けても、その光景は変わらなかった。


 えー? なんですか、この豪華なお部屋は。


 ベッドの足元には細長いテーブルが置かれ、大輪の花が生けられた花瓶が置かれている。その花は私の好きな花で、ジャスミンの香りに似た、ムーランという花。

 天井からはシャンデリア。室内には暖炉もあり、何枚もの絵が壁に飾られている。


 あら? また新しい人生を歩んでいるのかしら? しかも今度は、金持ち人生? そう思えるほど部屋に見覚えがなく、私には不釣り合いに思えた。

 暖炉上に鏡が設置してある。顔を確認するため、ベッドから抜け出し近づく。

 そこに映し出されたのは、マジェス・イサーラの顔。


 ……どういうこと? 私の部屋は豪華でなく、貧乏臭く、狭く、こぢんまりとしていて……。


 よし、落ちつこう。考えよう。目を覚ます前、私はなにをしていた?

 本屋でスターリンに会って、彼の家へ行き、マンガと再会して……。

 そう、それから……。


◇◇◇◇◇


 なぜ前世のマンガがここにあるのか、分からない。だが! そんなことはどうでもいい!

 なぜなら、読みたかった、愛するマンガが、この手の中にあるのだから! なぜ、どうしてなんて、今はどうでもいい!


 ああ、スターリン様、ありがとうございます! あなたのおかげで私は今、再びマンガと出会うことができました! あなたが同僚で、本当に良かった。今日、本屋で会えて良かった。誘ってくれて、本当にありがとうございます。


「読ませていただいてもよろしいですか?」


 興奮を抑えきれず尋ねると、快諾された。

 部屋の片隅に、丸いテーブルと、向かい合うよう置かれた、背もたれが長い椅子が二脚ある。そのスペースで読むよう、言われる。この部屋の本は、持出禁止だそうだ。


「少し席を外しますが、すぐ戻ります」


 そう言うとスターリンは、階段を上がって行った。一人になった私は、存分にマンガを楽しむことにする。


 はあ……。本当にマンガだわ……。懐かしいレジェンド作品にキャラたち。

 一話完結の中で、泣き、笑い、怒り、様々な感動が詰まっている。最高! なんて面白いのかしら。やっぱりマンガはいいわぁ。


「どうです? 文字、分からないでしょう?」


 紅茶の乗ったお盆を持って、スターリンが戻って来た。

 スーツのネクタイを外し、上着も脱いでいる。シャツのボタンを一つ外し、薄いベージュのVネックのカーディガンを羽織って、先ほどまでの格好より、気軽な印象を受ける。

 そんな彼に、問題なく文字が読めるとは言えないので……。


「ええ、分かりません。見たことがない文字ですね。外国の本ということですが、これは一体、どこの国の本ですか?」


 紅茶をテーブルの上に置き、向かいの椅子に腰かけ、スターリンは長い足を組むと、答えてくれた。


「信じていただけないと思いますが、その本は、この世界とは違う世界。異世界から召喚された本です。異世界は魔法がある世界もあれば、魔法がなく、独自の文化を遂げた世界もあります。その本は、そんな魔法のない世界の本です」

「召喚……」


 なるほど。召喚術なら私も知っている。遠くの場所へ、物体を呼び寄せることができる魔法。それを用いて、異世界から入手したのか。でも召喚術で異世界と通じるなんて話、初耳だ。

 そんな私の気持ちを読んだよう、説明を続けるスターリン。


「異世界から物品を召喚している事実が広まっていないのは、必ず召喚術が成功する訳ではないからです。しかも召喚されるまで、なにがやって来るのか分からない。そんなおぼろげな情報は、公開できませんからね」

「ではこの本たちは、偶然召喚された、ということですか?」

「そういうことです。……先生、あまり驚かれませんね」


 まあ、前世がそれこそ、異世界の住人だったし。


「外国の本にしても、あまりに変わっていますから。異世界の本だと思えば、納得もできます」


 本音を隠した言い訳に、一応は納得してくれた。


 それにしも、なるほどね。この世界が前世の世界と同じだったり、似ていたりすることが多いのは、召喚により向こうの知識を得ているからかもしれない。

 それか、私とは逆で、こちらの人が、あちらの世界に転生するパターンもあるだろう。そういう人たちがあちらで、魔法使いが登場する話を残したり、こちらの文化を取り入れ、結果似た世界になったのかもしれない。


「絵からすると、魔法がないだけでなく、文化も違うようですね」

「そうですね、洋服など似ている所も多いですが……。あ、紅茶が冷めてしまいます。どうぞ」

「ありがとうございます」


 さっそく口に運ぶと、スッキリとした味わいで、とても美味しかった。


◇◇◇◇◇


 それから少し話をして、読書タイムに戻る。

 スターリンも調べものがあるからと、持ってきたノートを開く。

 お互い自分のやりたいことをやるだけなので、同じ部屋で過ごす意味はないが、彼もこの部屋の本に用事があるので、結局各々のスタイルで時間を過ごすことに……。


「エクサム様、お食事の準備ができました」


 夢中になっていた私たちに声をかけてきたのは、使用人頭のセンヴェルさんだった。


「そうか。イサーラ先生、ぜひご一緒にお食事もどうですか? 実は数年前、ある農作物が異世界から召喚されまして。それの栽培を公爵領で始めたところ、収穫に至るようになりました。僕は美味しいと思うのですが、この世界で受け入れてもらえるか、率直な意見を知りたくて。協力していただけませんか?」


 マンガの礼もある。それくらいなら簡単そうだし、断る道理はない。


「私でよければ。異世界から召喚された農作物なんて、興味あります。どんなお味なのか、楽しみです」


 書斎を出て、ラウンジに通される。

 そこで待っていると、ほかほかと湯気をあげ、どう見てもグラタンのような料理が出てきた。

 この世界にもグラタンはあるが……。農作物と言っていたから、それを具に使っているのだろう。野菜かしら。どんな味なのか、わくわくする。

 さっそくスプーンを入れると、質量を感じる。これは、グラタンにしては、重い……。持ち上げると、底の方からピラフが……。


 こ、こいつは! グラタンではなく、ドリアか!


 底から、ピラフ……。いや、お米が、やあ! お久しぶり! と、キラキラした顔を覗かせる。


 まさか、異世界からの農作物が、お米とは! この世界で見たことのない、お米が、今ここに!

 前世を思い出してから、ずっと食べたかったお米……。この館は天国か? マンガといい、お米といい、なにからなにまで本当……。スターリン様、ありがとうございます。

 心の中でそっと、彼を拝む。


「お皿の底にあるのが、異世界の農作物で、お米といいます。どうぞ召し上がってください」


 お米なら美味しいに決まっているじゃん! 食べる前から、美味しいと言いたい!

 私は息をかけ、少し冷ますと、口に入れる。

 んー! ホワイトソース、チーズと合わさった独特のハーモニーがたまらない! どっしりとお米が主張し、なんて美味しいの! 懐かしい味、幸せ!

 自然と顔がにやけてしまう。それをスターリンがにこにこと眺めている。


「気に入ってくれましたか?」

「はい! とても美味しいです! マカロニより、どっしりとして、食べ応えがありますね。これだけで、お腹いっぱいになりそうです」

「そうですか、良かった」


 ドリアを完食し、満腹になり、部屋に戻って読書を続け……。


◇◇◇◇◇


 うん。そこから記憶がない。


 ということは、お腹いっぱいになり、本を読みながら眠ってしまい、この部屋のベッドに運んでもらった。ということだろう。


 ……初めて訪れた人様のお宅で、なんという大失敗というか、大迷惑を……。

 ずんと沈んだ気持ちになるが、とりあえずお詫びをし、帰ろう。そして改めてお礼を持って来ようと決める。


「……ドアが二つ?」


 なぜか部屋にはドアが二つ。一体どこに繋がっているのやら。

 ベッドを背に、一つは右側の壁に。もう一つは正面の壁の左側に作られている。


 ……なぜ二つ?


 まあ、いい。とにかく部屋から出よう。

 近いからという理由だけで、正面、左側のドアを選ぶ。ドアノブに手をかけ、回す。鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。


「失礼します……。どなたか、いらっしゃいま……」


 ゆっくりと開いたその先も、豪華なお部屋が広がっていた。

 その部屋に、一人でいたのは、スターリン。


 髪は濡れ、腰の紐を解きガウンを脱ごうと、袖が腕の途中まで下りている。そんな姿を真正面から見る。おパンツをはいているとはいえ、それ以外は裸で……。どう見ても風呂上りで……。

 彼も私が突然顔を覗かせると思わなかったのか、固まり、目を丸くしている。



「わ、わわ、うわぁ! きぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」



 大人の女らしからぬ叫び声を上げ、ドアを勢いよく閉めた。


◇◇◇◇◇


「どうなさいましたか⁉」


 もう一つの右側のドアから、数人の使用人さんたちが飛びこんできた。

 私はもう一つのドアの前でへたりこみ、説明しようとするが、うまく話せない。


「は、はだ……。はだ、はだ、裸……っ」

「まさかエクサム様が、イサーラ様の裸をご覧に⁉」

「だから止めたじゃない! これまでの我慢が解き放たれると!」


 なんの話⁉


「ち、違う! 違います! わ、わた、私が……」


 裸を見たのは、私です。おパンツをはいていたとはいえ、見ちゃったのは、私です。

 公爵ご子息の裸を見たなんて知られたら、もしかして打ち首⁉ 痴女認定で逮捕⁉


 刺激が強すぎた!

 前世と今世合わせ、五十年以上。つまり半世紀以上、異性経験のない私にとって、先ほどの色めく光景は、あまりに衝撃で……。いや、映画やドラマなどで知っていますよ? だけどリアルに、イケメンの裸を見るなんて機会は、なかったわけで……。

 なんで髪の毛が濡れて、脱ぎ掛けているだけで、あんな色気……。


「とにかく落ちついて下さい、イサーラ様。その……。エクサム様も悪気はないかと……」

「ええ、もちろん同意がなければ重罪です。ですが、その……。ね?」


 使用人たちが顔を見合わせ、なにやら困り顔。

 だから、さっきからなんの話をしているの⁉ 分かるように言って! 私、死刑にでもなっちゃうの⁉ 重罪なの⁉


「え、ええ。エクサム様も、その……。長年、我慢も募り……。普段は理性のある方で、素晴らしいお方ですが、やはりその……。ね?」

「ね?」

「……なにか誤解をしているようだが、イサーラ先生が間違ってこちらの部屋に来られ、僕が寝間着に着替えている所を見られただけだ」

「エクサム様!」


 ガウン姿から、ただのシャツとズボンという寝間着姿に変わったスターリンが姿を現した。

 使用人全員が立ち上がる。

 私は土下座をし、謝った。


「覗くつもりはありませんでした! 知らなかったのです! 隣の部屋にスターリン先生がいるだなんて! しかも着替えている最中だなんて、少しも思っておらず……! 本当に申し訳ありません! なんとお詫びをすればよいのか……」

「怒っていませんから、落ちついて下さい」

「でも、あの……」


 顔を上げると、私を起こそうと屈んだスターリンのシャツの間から、胸板がちらりと見えた。

 瞬間、先ほどの光景を思い出す。

 さらに、祭でしがみついたこと、髪についた星を取ってもらったことなども思い出し……。


「うーん……」


 完全にキャパを越えてしまい、唸ると気を失い、目を覚ますと夜が明けていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ