エピソード四つ目~4~
あらすじを少し、訂正しました。
さらに今回も、いつもより長くなっております。
誤字脱字、修正しました。
「移動魔法、発動」
室長の声が合図となり、私たちを取り囲んでいる研究員が全員、杖を掲げる。
杖の先から雷のような光が出ると、その光は私たちの頭上で線上に繋がり、魔法陣を作り出す。
淡いピンク色に発光する魔法陣が、徐々に頭上から降りてくる。
「移動」
全員が一斉に杖を降ろす。
魔法陣が体を通り過ぎると、辺りがピンク色のもやに包まれ、静電気のようなピリッ、とした痛みが全身を走る。何度やっても、この痛みは苦手だ。それが終わると、もやは晴れ、私たちは星の落ち場に移動していた。
「すごい……。本当に一瞬で移動した……」
移動魔法を初めて体験した生徒が、驚いている。
「見て! 星がいっぱい! すごくキレイな場所ね」
「ここならきっと、沢山の流れ星が落ちるわ」
空を見上げれば、満天の星。この辺りは田舎と呼ばれる地域なので、空気が澄んでいる。そのおかげで星がよく見えるのは、前世だけでなく、今世も同じだ。このように、前世と今世は、共通しているものが意外と多い。
そして星がよく見える場所ほど、流れ星が落ちやすいと言われており、生徒たちの目は期待で輝いている。
「静かに! みんな、もうすぐ流れ星が落ちてくる時間だ! 護衛して下さっている、軍の皆さんが立っている場所より向こうには、絶対に行かないこと! それから星を拾ったら、魔力をこめるのは研究員の方の前で! 今日は調査協力で訪れていることを忘れないように! ……あと。怪我をしないように!」
オストール先生の声に、多くの生徒が『はい』と素直に答えるが、私は首を傾げた。
怪我? ひょっとして、落ちてくる流れ星に当たらないようにって意味? 前世だと、直撃したら大怪我どころか、下手すれば死亡だったものね。巨大な彗星レベルなら、文明崩壊に繋がる衝撃を炸裂させるし。どの世界でも、流れ星は危険でもあるのね。
まだ時間があるので辺りを見回すと、王子とメーテルは仲良さそうに肩を並べ、星を指さして楽しそうに会話している。うん、二人の仲が順調そうでなにより。良かったわね、メーテル。
コーネリアは、自分をちやほやしてくれる男性生徒を侍らせ、楽しそうに笑っている。……あなた、王子はいいの? 諦めたの?
それにしても、あの子、いつになったら女友達ができるのかしら。いつも男子生徒と行動を共にしているし。このままだと女友達ができないまま、卒業しそうな気がする。本人はいいかもしれないけれど、いろいろ心配だわ……。
「あ! 流れ星だ!」
「落ちてくるぞ!」
誰かが流れ星に気がつくと、他の生徒も、きゃあきゃあと声を上げる。
見上げれば、確かに流星群を上回る数の流れ星が、次から次へと……。すごいわ、なんて素敵な光景。
うっとりと流れ星を見ていたら、ドゴ! という妙な音が、地面から聞こえてきた。それも一回ではなく、今もあちらこちらから聞こえる。
なにかしら?
研究員が用意した薄明りの中、目を細めて地面を見ると、丸い石が地面にめり込んでいた。
「あら。ひょっとして、これが流れ星?」
私の手の中に収まるが、思ったよりも大きくて真ん丸な石。実物を見るのは、これが初めて。
拾って顔を上げる。たったそれだけの間で、周りの光景が様変わりしていた。
ある所では人が拾った石に、手を伸ばす女子生徒の姿が……。
「その石は、先に私が見つけましたのよ⁉ 返して下さらない⁉」
「先に拾ったのは私です! だからこの石は、私のです! それに、もしこの石がピンクだったら、どうしてくれますの⁉」
「私もピンクが欲しいのです!」
「アナタ、婚約者がいらっしゃるでしょう⁉ ピンクなんて必要ありませんでしょう⁉ ああ、こんな言い争いをするより、早くこれを研究員の方の前で……」
「お待ちになって!」
逃げるように石を持って走る女子生徒を、言い争っていた女子生徒が追いかける。
え……? なにコレ……?
また別の所では、二人同時に、同じ石に手を伸ばしたと思ったら……。
「……その手、どけてくれるかな? 君、商人の娘だよね? 僕、伯爵家の息子なんだけど」
「あらあら、とんだ紳士がいたものね。伯爵の名が泣くわよ? ……後輩なんだから、先輩の顔をたてなさいよ。それに知っているのよ? あなたの家、事業が失敗して、資金繰りが大変だって」
「それは今、関係ないだろ?」
「大有りね。だって、あなたは私と同じ色を狙っているはずだから。そう、金運を示すオレンジをね! これがオレンジかもしれないのに、むざむざライバルに渡すもんですか!」
「君の家は十分、繁盛しているじゃないか! これ以上の金運を望むのは、強欲すぎないかい⁉」
こんな感じで、至る所で言い争いが起きている。
さらに研究員の前では……。
「白ね」
「ああ! 再チャレンジですわ! 次こそピンクを! そして、素敵な恋人をゲットですわ!」
「黄色だ」
「ということは……。次も黄色なら、さらなる幸運が俺を待っている!」
一喜一憂し、新たな石を求め走り出す生徒たち。
噂には聞いてはいたけれど……。なんなの、これ。阿鼻叫喚っていうか、殺伐の地獄じゃない!
流れ星は一時間ほど流れ続ける。その間、ずっとこの状態だとしたら、冗談じゃない。恐ろしい、恐ろしすぎる。
……よし、避難しよう。
そうと決め、歩き出したものの、すぐに誰かとぶつかり、よろめく。そのまま、さらに前を歩いていた人の背中にぶつかる。
「あ、ごめんなさい!」
ぶつかった相手はスターリンだった。
本日は茶色のスーツに身を包んでいる。それだけなのに、姿勢も良いからか、どう見ても金持ち。本来は住む世界が違う人なんだと、改めて思う。
「ああ、イサーラ先生。大丈夫ですか? お怪我は?」
「大丈夫です、誰かにぶつかられて……。ぶつかってしまい、ごめんなさいね」
「気にしないで下さい。ところで、先生も研究員のところに?」
いや、私は避難しようと……。
スターリンの視線が、私が最初に拾ったままの流れ星に向けられていると気がつく。
ああ、そういえば持ったままだったわね。
「一緒に行きませんか? 僕も拾ったので」
また誰かが突進してくるが、スターリンがさっと私の肩を抱き、立ち位置を変えてくれる。
……おお! 紳士だ! 今日はどうした、スターリン! 紳士じゃないか!
しかし私は石の結果より、スターリンが紳士かどうかより、この地獄から避難したいのだよ。そんな私の気持ちを知らないスターリンは、なおも誘ってくる。
「せっかく拾われたんですから、記念に確認しませんか?」
言われ、それもそうだなという気になる。そうね、せっかく初めて拾った石だし。これだけでも記念に確認するか。
それからスターリンに守られつつ、研究員のもとへ向かう。さすがは公爵家子息。スマートに立ち位置を変えたり、庇ってくれたりと……。実に紳士。素晴らしい。
だが私は貴族令嬢と違い、ただの平民モブ教師おばさん。プラス、前世も今世も、恋人が出来たことのない女。……慣れない。守られることに慣れていないから、別の意味で避難したい。
スターリンよ。頼むから、もう紳士行為は勘弁して下さい!
「やった! ピンクだ!」
喜びの声に続き、歓声、妬みの声が上がる。
見れば一人の男子生徒が見事、ピンクの星を当てていた。
男子生徒は声をかけてくる友人たちを無視し、ある女子生徒に向かって走り出す。その女子生徒はちょうど私たちから近く、大きな男子生徒の声が届いた。
「ずっと好きでした! 僕とお付き合いして下さい!」
マジで⁉ こんな大勢の前で、告白⁉ 勇者だな、お前! 公開生中継で断られたら、どうするの⁉
ごくりと、誰もが返事を待つ。この周囲だけ、石を拾う生徒たちも動きを止め、事を見守る。
男子生徒は頭を下げ、当てたばかりのピンクの星を両手に乗せ、女子生徒に差し出している。
星を受け取れば、交際了承という意味になるが……。はたして……。
「ありがとう。私もあなたが、好きです」
はにかみながら、女子生徒はピンクの星を受け取った。
「おおおおおおおおお」
ことを見守っていた人たちから、拍手が上がる。気がつけば私も拍手をしていた。
ああ、良かったわ。本当におめでとう。あなたたち、仲良くね。
「紫じゃ!」
「違うわよ! よく見てよ!」
室長とコーネリアの大声により、幸せな雰囲気が壊される。
「紺色の場合もあるでしょ? ちゃんと調べて!」
「紫と言うとろうに! ワシの言葉を疑うとは、小娘、いい度胸をしとるな⁉ 今から光を出してやるから、その節穴な目で、とくと見るがよい! 光よ現れよ! ほれ、ちゃんと……。紫じゃろ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! 嘘よぉぉぉぉ!」
勝ち誇った室長に、頭を抱え絶叫するコーネリア。
え? コーネリア、紫が出たの? どこまでもヒロインからかけ離れている子ね……。
「紫なんて、滅多にお目にかかれる色じゃないぞ。珍しいものが当たって、良かったな」
「良くないわよ! 紫って、不幸が訪れるんでしょう⁉ 冗談じゃないわ! 他の色を拾って、帳消しにしてやるんだから! なによ、こんな星!」
「おい、小娘。紫の星を捨てると、不幸になるだけでなく、呪われるぞ」
紫の星を握った手を振り上げたコーネリアは、室長の言葉を聞き、そっとカバンの中に星を入れた。
それにしても、紫って本当にあるのね。この手の中にあるのも、そうだったらどうしよう。
「イサーラ先生! 今から確認ですか?」
王子と一緒のメーテルが声をかけてきた。
「ええ。一つくらい、記念にと思って。二人は?」
「先ほど一人ずつ、確認をしました。これからこの石に、二人で魔力をこめるところです」
「そうなの。それで、どんな結果だったの?」
「メーテルが緑で、私が黄色だ」
「あら、いい色が出ましたね。おめでとうございます」
「ありがとう。幸運が待っているのだ。きっと今から二人一緒に魔力をこめたら、ピンクのハート……。いや、ジュエルスターが出るかもしれん」
王子よ。やけに自信たっぷりだが、ハートは紫以上のスーパーレア。ジュエルスターにいたっては、伝説級ですよ?
実はまれに星の形ではなく、ハートの形となる場合がある。それは『ハート』と呼ばれ、星よりもっと良いとされ、星がお守り程度なら、ハートはほぼ絶対の運命を告げると言われている。
そしてジュエルスター。それは通常の星よりも大きく光り輝き、詳細は不明だが、星を生み出すと言われている。そしてジュエルスターが告げる未来は、絶対。まさに最強の流れ星で、伝説級。
「じゃあ、僕から」
順番が来たので、スターリンが室長の前で魔力をこめると、現れたのはピンクの星。
「エクサム兄上、それは! 素晴らしい結果ですね」
「おめでとうございます」
恋愛ごとに興味ある王子カップルは、目を輝かせ祝福の言葉を贈る。特に従弟の王子は、とても嬉しそう。
スターリンは、ふっと笑みをこぼすと、それを胸元にしまう。
「次は私ね」
魔力をこめる。できれば健康を示す赤よ、こい!
ところが現れたのは、私と最も縁遠いはずのピンク。なぜ⁉ 赤が欲しかったのに!
「おお!」
「まあ!」
嬉しそうに声をあげる王子カップルの前で私は、余韻すらなく、すぐに星をカーディガンのポケットにつっこむ。
「先生⁉ なぜだ! なぜもっと喜ばない⁉ ピンクだぞ⁉」
王子が非難の声を上げるが、別に彼氏は欲しくないし、結婚願望もないからだよ。
「室長、これまでの集計はどうですか?」
「今の所は、ピンクが多いな」
「殿下。どうやらこの地は、ピンクが当たりやすいようです。ですから私の結果も、統計や確率からすると、当然ではないかと思われます」
「殿下、なにをガックリされとるか。婚約者殿と魔力をこめなさるのであろう。他の生徒が待っておるから、早くして下さらんか」
王子はなにかブツブツ言っていたが、気を取り直し、メーテルと手を重ね、その上に石を置く。
「メーテル、よいか? いくぞ! 3、2、1!」
合図を決めていたのだろう。『1』と言った瞬間、二人が魔力をこめたのが分かる。
白と紫以外! できればピンク、出てあげて! 手を組み祈っていると、流れ星が宙に浮かび、光り出した。
「な、なに⁉」
現れたのは、通常より大きなピンクの星。しかも光を放ち、輝いている! まさか、これはジュエルスター⁉
星は輝きながら大きさを変えず二つに分かれ、ひゅんひゅんと音をたて、王子たちの頭上を回りだす。
あまりの光景に、誰もが目を奪われる。ジュエルスターは五十年に一度くらいの頻度でしか出てこないのに……。まさか、こんな……。
やがて二つの星から、なにか色のついた物が飛び出してきて、私のおでこを直撃する。
「あだ⁉」
一体なにが……?
幾つも飛び出したそれらは、地面に落ちていく。それを拾った生徒の一人が、驚愕の声を上げる。
「オレンジだ! オレンジの星だ!」
「じゃあ、飛び出したのって、星⁉」
「なるほど。星が生まれるというのは、こういう意味じゃったのか……」
室長が興味深そうに眺め、頷く。
私のおでこに当たったのは、星だったのね。あれは一体、どこに……。後ろに飛んだような……。
振り返ると、何人もの女子生徒が鬼の形相で、こちらに飛びかかってくるところだった。
「え……?」
「ピンクよ! さっきピンクの線が走ったの! 絶対この辺りに落ちているわ!」
「いいこと、早い者勝ちよ⁉」
ひいいいいいいいい!
逃げる間もなく生徒たちに押し倒され、地面に転がる。その間にも次々生徒が飛びかかるので、立ち上がることも難しい。
「先生⁉ 大丈夫ですか!」
そんな私を慌てた顔で助けてくれたのは、スターリンだった。
なんとか助け出されたけれど、髪も乱れ、服にも土がつき、散々である。
「あ、ありがとう、スターリン先生。助かりました」
回っていた星は動きを止め、王子とメーテルの手の中へ。
「メーテル、やったぞ! ジュエルスターだ! これが私の幸運に違いない!」
「嬉しいですわ、殿下! 私……。もし、白だったらと思うと、実は怖くて……」
ああ、マンガでは、そうだったからね。
涙ぐむメーテルの目に、王子は優しく指を当てると、その涙を拭う。
「メーテル。私とお前なのに、白など出るわけがないだろ」
「殿下……!」
ひし! と抱き合い、すっかり二人の世界へ。……うん、まあ良かったわ。
それにしても……。新たな地獄絵図が出来ていた。
四つん這いになった生徒たちが、なにかブツブツ言いながら、地面を漁るように動いている。
「……薄暗い」
「これでは、よく分かりませんわね……」
「明かり……。そう、昼のような明るさが欲しい……」
ピタリ。生徒たちの動きが止まり、一斉に、ギンギンに光らせた目を私に向ける。
「ひい⁉」
「先生! 明かり!」
「ひいっ」
あまりに恐ろしく、悲鳴をあげ、隣に立っている人にすがりつく。
「早く!」
全員が声を揃えるが、こんなのホラーだよ! もうやだ、怖い! 今すぐ帰りたい!
「明かりよ!」
その時、一人の声とともに辺りが照らさ、生徒たちは無言で星探しを再開した。
助かった……。ほおっ。と、息を吐く。
「先生、怖かったですか?」
「え、ええ……、とても……」
うん? なんか私、誰かの胸板に、べったりくっついてない? それに腰の辺りが、なんていうか……。なにか当たっているというか、触られているというか……?
腰の辺りを見ると、大きな手が添えられている。
正面を見れば、茶色いスーツ。
少し見上げれば、優しく微笑むスターリンの顔が間近で……。
ふおおおおお⁉ そうだ! 私の隣に立っていたのは、スターリン! まさかこの私が、男性にすがろうとは!
「先生、動かないで」
逃げようとしたが、すぐ耳元で声がし、息もかかる。両手を頭の後ろに回され……。
「……髪、ほどいてもいいですか?」
優しく問われ、訳も分からず頷く。
すっかりスターリンに包まれており、先ほどの紳士行動よりレベルアップのこの状態に、私の頭は爆発寸前。誰か助けてくれ。なんだ、この状況⁉ これがピンクの成せる技なのか⁉
お団子がほどかれ、髪が垂れる。その髪をスターリンに触れられ、思わず、ぎゅっと目を閉じる。
「髪の毛に引っかかっていました」
目を開けると飛びこんできたのは、またもピンクの星だった。
「やだ⁉ また紫⁉」
星探しに参加していたコーネリアの悲鳴が上がる。
それを聞いた室長が、素早く駆けつける。
「落ちつけ! 小娘、先ほど紫の星を出したじゃろ? あれではないのか? あれを落として、それを拾ったのではないか⁉」
「あ、そうか。その可能性が……」
慌ててカバンを漁ったコーネリアの手の中には、紫の星。そう、二つの紫の星が、コーネリアのもとに……。
「すごいな! ワシの知る限り、一日で紫を二つ以上入手したのは、小娘が初めてじゃ! これからどんな不幸が起きるのか、興味深いな! 楽しみじゃわい!」
「冗談じゃないわよ! 私は、紫とは無縁のはずなのにい!」
コーネリアの絶叫が響き渡った。
補足。
通常の星→色に沿った未来が手に入る未来かは、五分五分。実際はそれ以上の確率で、当たると言われている。なので生徒たちも、必死。
ハート→八割~九割の確率で、色に沿った未来が訪れる。
ジュエルスター→100%で色に沿った未来が訪れる。
王子カップルの場合、神にも祝福された、とびきりのカップルの二人です。互いの愛は変わることなく、幸せになれます。といった意味です。
また、将来の国王夫婦が幸せ。つまり、国も安寧した時代を送ると言われているので、この件で、国中も喜びに包まれました。