エピソード四つ目~3~
いつもより長めです。
出だしは、ちょっと暗いです。
誤字を修正しました。
「……ちゃん、男の子に媚を売ってるんだって?」
……違う。あたし、そんなことしてない。
「へー、ブスなのにぃ? よくやるよねぇ」
「あたしにはマネできないなぁ。そういうの、身の程知らずって言うんだよね」
「男の子も言ってた。……ちゃんはブスなのに、勘違いして困るって」
「お前みたいなブス、好きになるヤツがいるかよ」
何人もの嘲笑が重なって聞こえる。
止めて……。止めて……!
ブスなんて分かっているから! 言わなくても分かっているから! 男の子があたしなんか、相手にしないのも分かっているから! だからもう、ひどいことを言わないで!
◇◇◇◇◇
……あー。なんか嫌な夢を見た気がする。内容は思い出せないけど。
夢を引きずってか、憂鬱な気分でカーテンを開けると、皮肉だろうか。青空が広がっていた。それを見ていたら、少し元気を取り戻せてきた。
今日は星流れの祭、当日。うん、晴れて良かった。夢なんて忘れよう、内容も覚えていないんだから。
集合時間は夕方なので、時間はまだたっぷりある。それまでに掃除などを、終わらせることにする。
そして手を動かしながら、今日の服装を考える。
本日は休日に調査協力という形なので、ノー制服デーと決まった。生徒も教師も私服で集合するが……。
「制服って、服を考えなくていいから、ラクなんだよね」
勤務先である私の母校は、生徒だけでなく、教師にも制服が支給されている。
男女共同デザインの制服は、パンツスタイル。紺色の生地に、金色のボタンが映える上着は、詰襟タイプ。デザイン的に首元がどうしても締まるので、皆、それが不満だとよくこぼしている。
「ヘンに気合い入れるのも、おかしいし。ここは無難にいきますか」
結局選んだのは、黄色の布地に茶系の線が入ったチェック柄の半袖ワンピース。さらにその上に、紺色のカーディガンを羽織る。あと防寒用に、ストールも準備。
お化粧はいつもと同じで、適と……。ではなく、ナチュナルメイクで。髪型もいつもと同じ。長い髪で、一つのお団子を作る。
身支度を整えたら、最後に全身を映す鏡の前で、チェックを入れる。
「まあ、こんなもんか。無難が一番だしね。さて、行きますか」
集合場所へ着くと、意外と多くの人がすでに集まっていた。
「久しいな、マジェス・イサーラ」
長く濃い色のローブで全身を包み、胸元まで伸びた白いヒゲ。丸い眼鏡をかけた、ザ・魔法使いな老人が声をかけてきた。
「お久しぶりです、室長。お元気そうでなによりです。今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく頼む。拾って拾って、拾いまくって、とにかく片っ端から魔力をこめてくれ。なんだったら、お前さんが流れてきた石、全てに魔力をこめ、一度で終わらせても構わん」
そう言うと老人は、右手親指を、ぐっと立ててくる。
「……室長。生徒の楽しみを奪うような行為、私はしませんよ?」
「でも、お前さんなら、できるじゃろ? その光景を、ワシは見たい」
左手の親指も、ぐっと立てる。
だから生徒の楽しみは奪わんと言っているだろうが。話を聞け、じいさん。
これでもこの老人は、魔法省管轄、魔法研究室の室長という、偉い人。その名は、シェルール・サントリッグ。今もたまに私のもとを訪れては、研究協力をお願いしてくる。
基本的に自分に素直だけど、人の意思を尊重できる面もあり、裏表がない人。しつこい、研究バカとか、悪い一面も確かにあるけれど、私は彼が嫌いではない。
学生時代、卒業後は研究室に来ないかと誘われた時。教師になりたいと断ったら、あっさり引き下がった数少ない一人でもある。引き下がった理由は、無理やり研究室に連れて行くのは可能だが、そうすればすぐ辞めるか、いい加減に仕事されるから。と言うもの。
「老い先短い老人の願い、叶えようという気にならんか?」
「未来ある若者の楽しみを奪うことに、罪悪感はありませんか?」
「ワシのいない未来より、ワシが生きている今こそが大事」
……ああ、ダメね。これ、困ったさんモードに入っているわ。仕方ない。こういう場合はどうすればいいのか。心得ている私は、持ってきたストールを取り出し、広げる。
「室長。私、こんな魔法を考えてみました。見てください」
ストールに魔力を込め浮かばせると、その上に乗る。
「お?」
私を乗せたストールは、空を飛んで移動を始める。
「おお?」
室長の目が輝く。ふふっ、どうやら興味を持ってくれたようね。
これは名付けて、空飛ぶ魔法の絨毯ならぬ、空飛ぶ魔法のストール!
前世を思い出してから、密かに自宅の布団で試していたのよ。最近、やっと出来るようになった。
この世界には魔法があり、人間が空を飛べるからか、逆に空を飛ぶ乗り物がない。
子どもが紙飛行機を作り遊んでいるので、空を飛ぶモノという概念はある。だけど、空を飛ぶなにかを作って、それに乗ろうという思考はない。
人が空を飛べない前世では、古今東西、あらゆる作品に空飛ぶ魔法の絨毯が登場したというのに……。不思議よね。魔法が使えたら、こうしたい。と、魔法を使えるから、こうしたい。という考えには、差があるということかしらね。
「ふーむ。ストールを宙に浮かせ、さらに人間を乗せる力、そして移動する力……。うむうむ、おもしろいぞ。イサーラ、どんな魔法を使ってどう操作したか、答えを言ってくれるな。研究者として、この謎、解き明かしてくれよう。そしてワシも、ストールで空を飛んでやるわい!」
そう言うと、さっそく自分の部下にストールを借り、あれこれ試し出した。
ふう、これで流れ星から意識が逸れたわね。生徒たちの楽しみが奪われなくて、良かった。
ストールから降り、魔法を解除した時、こちらを見ているメーテルの姿に気がついた。
「そ、空飛ぶ……、ま、魔法の……、絨毯……」
どこか興奮した様子のメーテルの目を見て、私はしっかり頷く。
そうよ、メーテル。空飛ぶ魔法の絨毯よ。アナタが前世の、どの作品の絨毯を思い浮かべているかは分からないけれど、それで間違いないわ。
メーテルも目を合わせたまま、頷き返してきた。思い描いている作品は違っているだろうが、今、私たちの心が通じ合っていることには間違いない。
「やはり、お前は面白い。魔法研究に興味を持ったら、いつでも言ってこい。お前なら、すぐに研究室に迎えてやろう」
ニコニコと髭を撫でながら室長が話しかけてきた。どうやら部下にストールを取り返されたようだ。その手にはもう、ストールがない。
「ありがとうございます。でも私は……」
「教師に命を捧げる覚悟なんじゃろ? 何度も聞いとるから、覚えておるわい。ワシが研究に、命を捧げているようなもんじゃろ? ほっほっほっ、分かっとるわい」
と、愉快そうに笑う。
「ところで、今年入学した特待生の中に、ずば抜けて魔力が高い娘がいると聞いたぞ? 今日は来ておるか? どいつだ?」
「あら、お耳が早いですわね。えっと……」
おそらくコーネリアのことだろう。今日は参加予定なので、彼女の姿を探す。
このように、魔力が高かったりして、魔法使いとしての能力を期待される者は、様々な組織の人が実力の確認に訪れる。室長も今日は、これが目的の一つに違いない。それだけあのコーネリアも、力を秘めているのだ。一応。
「ああ、彼女です。ほら、茶色くサラサラとした髪の毛の……」
私の位置から顔だけが見えた。指さしてコーネリアを教えると、途端に室長が眉をひそめる。
「なんと、あんな娘がか。今からあれじゃあ、ダメじゃ。絶対、研究室に就職させんわい」
「え?」
サントリッグ室長が、人を見た目で判断するなんて、珍しい。一体、コーネリアのなにが気に入らなかったんだろう?
考えていると、私の位置からもコーネリアの全身が見えるようになった。瞬間、室長がなぜあんなことを言ったのか、理解した。こいつはマズい!
「室長、失礼します! 急用が!」
返事を待たず、私はコーネリアに向けて駈け出す。
なんてこと、なんてこと! 彼女は今、大勢からの視線を浴びているが、けしてそれは好意のものではない! むしろ反対だったり、違う意味のもの!
「コーネリア! あなた、なんて……。いいから、これを巻きなさい!」
ストールを広げ、コーネリアの腰に巻こうとする。
「ちょ……っ。先生、いきなりなんですか⁉」
「いいから! 言うことを聞きなさい! あなた、もう……。本当、なんて恰好を!」
「あ、これですか? どう、似合うでしょう?」
ええ可愛い小さな花柄のミニスカート、若いアナタに、とてもよく似合っています。だけど、それが大問題なの!
「ご両親は⁉ この服装で、注意してこなかったの⁉ あ、アナタ! スカートの腰の部分を丸めて、それで丈を短くしているわね⁉ 元に戻しなさい!」
「ちょっと⁉ どこに手を突っ込んでいるのよ⁉ いくら女性で担任といっても、これはセクハラよ⁉」
片手でストールを持ち、もう片方の手でスカートの丈を戻そうとする私を阻止するコーネリア。
「大体、なんなのよ! 先生、お母さんと同じこと言わないでよ!」
気がつけば私たちの周りに、多くの人が円を囲むように集まってきた。
私とコーネリアの格闘に、好奇の目を向けている人が大半で、多くが祭の前半戦だと、面白がっている顔もしている。しかし中には、むき出しのコーネリアの素足を見て、嫌らしい笑みを浮かべている者もいる。
このままではマズい。一旦、落ちつこう。
「……コーネリア、よく聞きなさい」
スカートから手を離し、まるでマタドールのようにストールを構える私。
「な、なんですか? ひょっとして、ミニスカートに嫉妬ですか? おばさんじゃあ、できない恰好ですからね」
違うわい! なんでこういう言い方しかできないのかね、この困った子は!
「……いろいろ突っ込みたいけど、今は止めておくわ。いいこと? なんで多くの女性が、膝より短いスカートを着ていないと思う? なんで胸元が大きく開いた服は、ドレス以外着られていないと思う?」
「そういうデザインが無いからでしょう?」
私は首を横に振る。
「残念、不正解よ。いい? 心して聞きなさい、それほど大事な話なの。授業では教えないけれど、この国で生きるには、大切な文化の話。大きな声では言えないわ。近づくけれど、逃げないでね?」
私は渋々頷くコーネリアに急いで近寄り、広げたストールで極力周りから足を見られないようにする。そして、耳元で告げる。
「足を出したり胸を強調したり、肌を極端に露出している服を着用しているのは、男性相手に、色を売る商売をしている女性の証! つまり今のアナタの、その短いスカートは、殿方たちの夜の相手を商売としている女性の恰好なのです!」
ややあって、コーネリアの顔が真っ赤に染まる。
私がどういう女性のことを言っているのか、分かってくれたようだ。そういう知識は持っていてくれて、良かった。
「ちょっ⁉ やだぁ!」
私の手からストールをもぎ取ると、慌てて腰に巻くコーネリア。
「だからお母様も、その恰好を止めたのよ。だけど、なんでこんな当たり前のことを知らないの?」
「早く言ってよぉ……」
珍しく半べそをかきながら、ストールの下で、スカートの丈を元に戻し始める。
授業をサボるくせに、こういう羞恥心は持ち合わせていたのか、まったく……。
「だからもう、本当に……。あなたって子は! 遊ぶだけじゃなく、普段から、しっかり勉強しないから……。もう! だからこんな目に合うのよ⁉」
「ううぅ……。ごめんなさいぃ……、お母さぁん」
「は?」
「あ……」
瞬間、なぜかその場が静まる。
辺りを見れば、すっと、なぜか視線をそらす生徒たち。
そんな中、見物人と化していたサントリッグ室長が盛大に吹き出す。
「ぶふぅっ。ワシの知らぬ間に、随分と大きな子を持つようになったのう、イサーラ。こりゃ愉快じゃ。はっはっはっはっ」
途端に場は爆笑に包まれる。
「や、やだあ、私ったらっ。先生、ごめんなさいねっ。だって先生、お母さんみたいなこと言うから。つい、ね! あ、ストールありがとうございました~」
てへっ。と言わんばからにウインクしながら舌を出すと、逃げるようにその場を去るコーネリア。
お、お母さん……? 教師になり、生徒にそう呼ばれたのは、これが初めてだわ。
こういうのが、そんなに珍しい話ではないってことくらいは、知っている。
前世で同級生が、間違って教師を『お母さん』と呼んだ場面を見たこともあるし。
そう、それだけのこと。よくあることよ。うん、気にするまい。
「出発前に、おもしろいもんが見れたわい。ぶふぅぅっ」
笑いながら室長は輪から外れる。それを合図に、他の見物客たちも去っていく。
そんな中、なぜか残ったのは、王子とメーテルと、スターリンの三人。
「先生。先生は、母親になることに興味が?」
突然王子が突拍子もない質問を投げてきた。
王子の両隣に立っているメーテルとスターリンは、ギョッとした顔で王子を見るが、本人は普通そうに立っている。
え? なに? この質問、なに? 今の出来事の流れから、どうしてそんな質問が出てくるの?
これは、教師として、どう答えるのがベストアンサー? なんなの、この抜き打ちテストみたいな、意味不明な問いかけは。私、教師として試されている?
意味……。母親……。生徒……。教師……。担任……。お母さん……。
目まいのようなものを感じながらも、頭はフル回転させる。なにか、なにか返事をしなくては……。
ハッと突然、閃いた。そうよ、これだわ! これしかない!
私は微笑み、王子に答える。
「大切な生徒から、家族のように思われ、光栄なことです。これからも日々、生徒に寄り添いながら、教師として精進してまいろうと思います」
どうよ⁉ この答え! 良くない⁉
我ながら会心の出来だと思うわ。
メーテルなんて、小さいけど、『おー』と感心したような声をあげながら拍手してくれているし。スターリンから表情が無くなったのが気になるけど、まあいい。問題は、質問してきた王子なのだから。
さあ、王子! どうですか⁉ この答え!
「……そうか」
なぜ⁉ どうして、そんなに残念そうなんですか⁉
分からない! 私はなんて答えるのが正解だったの⁉
メーテルの反応からして、悪くない答えだったはずなのに、男性陣の反応が良くない!
まさか……っ。
先生をお母さんのように慕ってくれて、いいのよ? 子どものように、甘えてくれても、いいのよ?
なんて恥ずかしいセリフが正解だったんですか⁉ それって、いけない分野の女教師になりませんかね⁉
ああ、もう分からない! 誰か正解を教えてくれ!
お読みいただき、ありがとうございます。
空飛ぶ魔法の絨毯に、乗ってみたいと思ったことがあるのは、私だけではないはず。