エピソード四つ目~2~
令和3年7月30日(金)
加筆訂正を行いました。
内容に変更はありません。
セリオース校長は、見るからに機嫌が悪い。
王子に無理を通されて、イラついているとか? それもと私が勝手に返事をしたから? だとしたら、どうしよう。答える前に、しっかり校長と相談すれば良かった。あの時はつい、生徒のキラキラ瞳を前にし、すっかり私の思考は麻痺していた。
スターリンにムカつきながら、己が報連相を怠ってどうする! これでは、社会人失格! できることなら、時間を戻したい!
「……王子が校長室を出た後、王城から連絡があり、状況が変わった」
やがて校長が重い口を開いた。
どうやら不機嫌な理由は、そちらにあるようで、ホッとする。
「なんでも、新しい星の落ち場が昨年見つかったそうだ」
『星の落ち場』とは、流れ星の落ちる地点のこと。不思議と落ちる場所は限られており、さらに場所によって、入手しやすい色が傾倒している。
新しい落ち場は、これまで流れ星が落ちなかった場所に落ちるようになったか、これまで誰にも気づかれなかった場所を指している。新しく『星の落ち場』が見つかった地元は、観光地になると、大抵が喜ぶのだが……。
「それで今年、どんな色が入手しやすい場所なのか、調査を行うそうだ。急な話だが、本校生徒に協力をお願いしたいと言われた。協力といっても、流れ星を拾い魔力を流しこみ、どの色が出たか報告するだけの簡単な内容だが」
「では、先ほどの話は……」
「さらに規模の大きな話となった。付き添いの教師も、参加する生徒の人数も増やす」
「なんだ。それなら父上も、昨日のうちに言ってくれれば良かったのに」
殿下、今の言葉、しっかり私の耳に届きましたよ。やっぱり陛下に、事前に話を通していたのですね! そんな気がしていました!
他の生徒に国王に……。外堀は最初から埋まっていたとは……。たいした手腕、さすが次期国王と言うべきか。
「正式に生徒たちへ通達する前に、私はこれからこの件について、国王陛下に謁見し話をつめてくる。皆には戻ってから話すので、この件については、まだ他言しないでもらいたい」
「承知しました」
星流れの祭は来週なのに、急なことで校長も大変そう。
校長室を出た私は、ふと気になったので殿下に尋ねる。
「そういえば殿下、当初の予定では、もう一人の先生とは誰のことだったのです?」
「スターリン先生だ。私の従兄なので、融通が効くと思い頼んだら、快諾してくれたのだ」
殿下の答えに目まいを覚えた。
王城、人数追加の協力要請、グッジョブです! あんな男と二人で付き添いにならなくて、本当に良かった! どうせ出かけるなら楽しい時間を過ごしたいし、なにより生徒に教師がぎすぎすしている所なんて、見せられないもの。
◇◇◇◇◇
残された日数はほとんどないので、生徒たちへの伝達はその日のうちに行われ、全てが急ピッチで準備されることになった。
調査や安全対策のため、魔法省や軍も同行することになったので、彼らとのやり取り。生徒たちの出欠確認などに追われ大変だけれど、参加を決めた生徒たちは皆、楽しそう。どんな色の流れ星を拾えるかなと話している姿を見ると、頑張ろうという気になれる。
参加希望を申し込んだ生徒は、半数以上。教師も大多数が参加するが、意外なことに、こういうことが好きなカヤル先生は欠席と決めた。
「そりゃあ、結婚を控えているからですよ。考えてもみて下さい。婚約者と行って、もし結果が白だったら? 気まずくなるし、不安にかられる。一人で行っても結婚間近なのに、白なんて出たら嫌じゃないですか。それに間違って紫なんて出た日には、結婚を考え直す人もいるほどですからね」
オストール先生の説明に、なるほどと頷く。
確かに結婚間近の幸せな時に、かげりを落としたくないのは当然。
「あ、スターリン先生! ここ、空いていますよ!」
昼食を乗せたトレイを持って、席を探しているスターリンを見つけ、声をかけるオストール先生。
席は他にも空いているのに、なぜ呼び寄せるの? 呼ばないでよ。そこまで二人、仲良しではないでしょう? あ、祭についての打ち合わせとか? だったら仕方ないか。
「ありがとう、失礼します」
礼を言いながら、私の隣に座るスターリン。
はあ……。とはいえ、さっさと食べ終えて教員室へ戻ろう。メーテルに借りたマンガを読んで、癒されよう。
そういえば、スターリンもマンガを持っていると知の神殿で言われたけれど……。この人も自分でマンガを描いていたら、なんか笑えるわね。そもそも絵を描く所が想像できないし。
「聞きましたよ、スターリン先生。こうなる前はイサーラ先生と二人で、生徒の付き添いをする予定だったと。珍しいですね。先生は休日に、仕事を持ちこまない人だと思っていました」
「最初は教師としてではなく、従兄弟として頼まれたんです。まさか、あんな大人数の付き添いとは思ってもいなかったので。まったく騙された気分ですよ。せいぜい五、六人くらいと思っていましたから」
そう、スターリンと王子は従兄弟同士。スターリンの母が、国王陛下の姉なのだ。
これでもスターリンは立派な公爵家の子息で、しかも長男。本来なら家督を継ぐ身であっても不思議ではないのに、彼はなぜか教師という道を選び、家督は弟が継ぐと聞いている。
スターリン自身は公爵家の敷地内にある別邸で、優雅な独身貴族生活を送っているらしく、そりゃあもう昔から、嫁になりたいと猛アタックを仕掛ける女性が多い。今でも毎年、数人の女子生徒が本気で熱を上げることを、さすがの私も知っている。
しかし、誰も相手にされない。皆、振られるそうだ。噂によると、一晩限りの遊びも避け、徹底的に女遊びと縁がないと聞く。単純に私と同じで、恋愛に興味がない人なのかもしれない。
「先生は祭に参加したこと、あります?」
最近の中では珍しく、穏やかな口調でスターリンに質問される。
こういう態度なら、私だって構えたり嫌がったりしないので、普通に受け答えする。
「一度もありませんね」
「一度も? それもまた、珍しいですね。片思いの相手との未来が気になったこととか、ないんですか?」
どこか緊張した様子のオストール先生。デリケートな質問だと思われているのかしら。とりあえず私は気にしていないので、答える。
「ありませんね」
なんの面白味もないが、今世の私は、初恋もまだだし。とは言えないので、そちらは黙っておく。恋愛に興味はなくても、見栄は張りたいのよ。
「あ、でも……」
「でも?」
「いえ、ちょっと祭に関した思い出があって」
「おっ、やっぱり誰かとの恋の行方が気になったことがあるんですか?」
オストール先生は驚いた声を上げるが、同時になぜか、冷気のような寒さを覚える。
嫌だわ、風邪かしら。来週は星流れの祭があるのだから、ひどくならないように気をつけないと。
「昔、知らない男の子に誘われたんです。いつか、一緒に祭に行こうって」
「知らない男の子?」
「ええ。学生時代、学校祭のダンスパーティーで話しかけられたから、多分、同級生とかの弟さんか、関係者の息子さんだったと思うのだけど」
声も姿もほとんど覚えていない。ただ、その子の顔が真っ赤になっていたということだけは、覚えている。
「子どもの言うことだからと、真面目に聞かず、流すように返事をしてしまって……。今でもたまに思い出すと、ひどい態度をとってしまったなと、申し訳なく思い……」
「その後、また改めてその子から誘いがあったんですか?」
オストール先生の問いに、首を振って否定する。
「いいえ、ありませんでした。だけど、ほら。子どもって、敏感でしょう? きっとその子には、私が適当に相手をしていたと、気づかれていたと思うんです。それで男の子が傷ついていなければいいなと」
「考えすぎですよ、イサーラ先生。学生時代の話でしょう? そんな昔のこと、相手は忘れていますよ」
「そうだといいのだけどね」
それでもやっぱり、私の中でしこりのように残っている。
「もし、また誘われたら? なんて返事をするんですか?」
スターリンの問いに、少し考える。若い頃は友人に誘われていたが、最近はそんなこともなく、考えてもみなかったけれど……。
「断りますね。人が多い場所は苦手ですし。だって、大勢が集まるんでしょう?」
「そうですね。結婚前に行ったことがありますが、確かにすごい人でしたよ。大勢で流れ星を奪い合う形になるし、拾うのも大変です」
「そう、それ。その話を友人から聞いて、怖いなと思いましたし」
「怖い?」
「ええ。奪い合う時には鬼の形相。ピンクを手に入れたカップルは、周りが見えないほど幸せ全開。片やそうでないカップルは、ケンカしたり、周りの人を睨んだり、呪ったり……。阿鼻叫喚になると聞いたので」
「あー……。否定はできませんね」
心当たりがあるのか、苦笑いを浮かべ頷くオストール先生。
「確かにあれは、恐ろしいものがあります。特にピンクが出やすいと言われる場所ほど、恐ろしい」
どうやらオストール先生は、いろんな場所に行ったことがある人のようだ。
彼もまた独身時代は女性に人気があって、常に相手がいたような気がするけれど、彼女とだけでなく、友人たちと楽しんだこともあるだろう。人ごみ嫌いのインドア派である私とは、雲泥の差だわ。
「……イサーラ先生は、そういう女性たちが、まだ怖いんですか?」
「え、ええ、怖いわね。執念とか、怨念? そういう感情も渦巻いていそうだし」
スターリンの言葉が引っかかる気もしたが、深く考えず頷いた。
私はのんびり、平和に生きたい。
よほどの事情がない限り、自ら地獄へ踏み込もうとは思いません。