エピソード四つ目~1~
令和3年7月13日(火)
加筆訂正を行いましたが、内容に変更はありません。
「という訳で、先生に付き添いをお願いしたい」
なにが、という訳なのか、さっぱり分かりません。私はわざと、大きなため息を吐く。
「突然なんですか、そのお願いごとは。貴方は王子ですが、私にとっては生徒の一人。生徒は皆、平等。それをこんな……。職権濫用にも取れる、立場を振りかざすような行為、恥を知りなさい」
厳しいが、言う時は言わなくてはならない。だから心を鬼にしたのに、なおも王子は食い下がってくる。
「しかし先生。先生が一緒なら、きっと彼女の親も安心すると思うのです」
ダメだ、しつこい。これは別方面からお断りしよう。私は矛先をメーテルに向ける。
「メーテル、あなたもなんですか。将来殿下の隣に立つあなたが、こんなワガママを言う殿下を諫めなくてどうするのです」
それまで王子の斜め後ろで、隠れるように立っていたメーテルが、やっと口を開く。
少し顔を赤らめ、口元に片手で作った拳を当て、さらには上目づかいで……。
うっ、可愛いわね。計算? その仕草は計算でしょう、メーテル。正解ですけれども!
「すみません、先生……。でも私も、殿下とぜひとも行きたくて……」
「先生! このようにメーテルが可愛くお願いしているのだ! 聞き遂げてやらねばという気にならないか⁉ この上目づかい……。く……っ。私だけに見せてほしいものだが、先生になら……っ」
「まあ、殿下ったら。可愛いだなんて、照れますわ」
誰かこのバカップルをどうにかしてちょうだい! 私は叫びたくなった。
◇◇◇◇◇
「殿下、私と一緒に、星流れの祭に行ってくれませんか?」
メーテルは無理に笑いながら、婚約者である王子にお願いする。
最近、彼の視線の先にコーネリアの姿があることに彼女は気がついていた。
幼い頃より婚約者となって王子を、いつしかメーテルは愛していた。しかし彼は自分に対し、恋愛の情を抱いてはいないことに気がついていた。しかし将来ともに歩む相手として、大切にしてくれている。だから自分の気持ちと差はあるものの、耐えてきていた。
彼に特別な相手がおらず、自分が彼の隣に立てるのだから。それなのに……。
彼の心は、コーネリアに惹かれている。
長年恐れていたことが、ついに現実に……。王子に特別な女性が現れてしまった……。
それでも諦めきれないメーテルは、伝説や迷信でもいい。なにか、すがれるものを手に入れようとした。
笑っているのに、今にも泣きそうな顔。なぜ彼女がこんな表情をするのか、王子には分かっていた。婚約者であるメーテルが、自分に特別な感情を向けていることを。それには応えられないが、二人の将来のためだと己に言い聞かせ、その願いを受け入れた。
二人で祭の会場へ向かうものの会話は少なく、すでに二人の間に距離が生じていると、互いに認識することとなった。
さらに流れてきた石を無事入手できたが、それはメーテルの望む色ではなかった。
帰宅し、密かに手に入れていたもう一つの石に、部屋で一人、魔力を流す王子。
現れたのは、ピンク色のヒトデのような星形の石。
これは、諦めるな、その恋を捨てるな。という、天の声だろうか……。嬉しさと戸惑い、罪悪感、未来。あらゆる思いを秘めつつ、王子はその石を大切に小箱に入れると、引き出しに収める。もう一つの白い石は、机の上に置いたまま……。
その頃メーテルは一人、部屋で泣いていた。占い、お守り。言い伝え。根拠はなく、絶対とは言えない。だけど、そんなものにでもすがりたかった。それなのに……。
彼女の手の中には、白いヒトデのような星形の石。
白は、なんの意味も持たない。ピンクだったら恋愛を意味したのに……。ピンクの石を一人で手に入れた場合は、恋が成就する、恋人ができると言われている。二人揃って手に入れた場合は、その二人は末永く幸せになると言われている。
メーテルはピンクの星が欲しかった。王子と幸せになれると、なにかに示してほしかった。
「……あの人が思うのは、あの子……。私には、ピンクの石は流れ落ちなかった……。殿下……。なぜ……? なぜ、あの子なのです……? 私はずっと、あなたを……」
コーネリアに紅茶をかけるなど意地悪をしているのは、嫉妬で狂うほどの本気である、王子への愛。
脅威となるコーネリアを、排除したかった。
おみくじのような言い伝えにすがり、それさえ手に入れられず、部屋で一人涙するメーテル。美しい容姿に、一途な王子への思い。その姿にファンが増加した、エピソード4。
◇◇◇◇◇
だが現実はどうだろう。マンガと違い、王子からメーテルに、祭に行かないかと誘う。
ここまでマンガと現実が違うと、これからのエピソードもそうなる可能性が高い。いや、そもそもエピソードが発生するかも怪しい。
この調子だと、コーネリア王妃ルートは消失したと考えてもいいと思う。
現実のメーテルは、王子に誘われ嬉しくて、即、快諾したようだし。
しかし彼女の親は厳しく、いくら殿下や護衛が一緒でも、夜間の外出を許してもらえるか心配。そこで王子が思いついたのが……。
「それでは、イサーラ先生に付き添いを頼むことにしよう」
うん。さっきから、それの意味が分からないのよ。どうして、そういう考えになったの? なんで私? 王子なら周りに、もっといい頼りがいのある大人が何人もいるでしょう? 私はただのモブ教師であって、便利屋でも名のある登場人物でもないのよ?
もちろん生徒から頼られるのは、嬉しい。
だけど同じような悩みを抱いている生徒を無視し、身分の高いカップルの願いを叶えるわけにはいかないの。分かってちょうだい、王子、メーテル!
説明が遅れたが、星流れの祭とは、年に一度、流れ星が降ってくる日の祭のこと。
屋台も出たりと、大変な賑わいを見せるが、そのメインは空から降ってきた流れ星……。言うなれば、石の入手にある。
拾った石に魔力を流しこむと、あら不思議。その石が、ヒトデのような星形へと変化する。同時に石の色も、他の色へと変わる。
その色によって意味があり、言わば、おみくじみたいなもの。
白は残念賞。またの名は、参加賞。なんの意味もありません。可もなく不可もありません。
黄は幸運。これを入手したアナタには、幸福が訪れることでしょう。
緑は成功。やってみたいことがあれば、ぜひチャレンジを! きっといい結果をもたらすでしょう。
赤は健康。病気持ちの人は、快復に向かうでしょう。そうでない人は、しばらく健康続きで、病気とは無縁の日々を送るでしょう。
そして、紫のアナタ! アナタは大変! これから不幸な目にあうことでしょう!
なんで不幸が混じっているのかは知らない。だけど古くから言われている、流れ星の紫は、不幸の色だと。どんな災難な目に合うかも謎、本当に不幸になるかも謎。それでも誰も入手したくないのが、紫の星。だが実際、入手した人は少ないので、レアな星とも言われている。
他にも意味がある色はあるけれど……。
ピンクを当てたアナタ! アナタの恋は、まもなく成就するでしょう! 想い人がいないアナタには、恋の予感! 未来の恋人は、すぐ間近にいますよ!
ということなので、恋愛に興味がある人が多いこの世界では、ピンクが大人気。
しかも二人で祭に出かけ、二人の魔力を流し、ピンクの星になったら……。
おめでとう! あなたたち二人は、ベストカップルです! これからも二人は末永く、仲良く過ごせること間違いなし! という意味になると、言われている。
だからマンガのメーテルは、どうしてもピンクが欲しかった。それなのに、結果は白。つまり残念ですが、あなたたち二人は……。うん、特にかける言葉はないですね。という意味になる。ライバル役だけど、かわいそうだなと思ったものよ。
◇◇◇◇◇
「では先生! こういう感じはどうだろう!」
王子が見せつけてきたのは、一枚の紙。企画書のようなものだった。
こんなものまで作って……。王子、どれだけ私を巻きこみたいの? すごい行動力だわ。いいか悪いかはともかく、感心しながらも、ざっと目を通す。
「……要約すると、生徒有志で祭に参加。先生の付き添い有。そういうことね。それで、その付き添いが私だと?」
「はい」
二人そろって笑顔で返事をしないでくれる?
その時、廊下から妙な気配を感じた。まさかと思い戸を開けると、廊下に生徒が何人も集まっていた。それは一、二年生を中心とした顔ぶれで、王子やメーテルと親しい者が多い。
まさか……。ずっと立ち聞きしていたの?
「……あなたたち、ここでなにをしているの?」
「私たち、メーテル様に誘われて……」
「自分たちも、殿下に誘われて……」
生徒という外堀を埋めて攻めてくるとは、卑怯な……! 王子、考えたわね⁉
ううっ。この楽しみにしている、キラキラとした瞳を向ける生徒を突き放すなんて、私には無理そう……っ。
「……先生、どうしても駄目ですか?」
メーテルの友人が残念そうな声で問うてくる。やっぱり、廊下で立ち聞きしていたのね?
「……あなたたちも、祭に行きたいの?」
「はい!」
あー、全員いい笑顔ねー。楽しそうねー。輝いているわー。
って、もう、無理! こんないい笑顔を彼らから奪うだなんて、私には、無理! 負けました!
「分かりました。ただし、校長や王家の許可を得ること! 王家には校長、もしくは生徒会長か殿下から話をつけること。それから、参加する生徒は最大五十人まで! それ以上は面倒みきれないわ。あと他の付き添いの先生を、最低でも、もう一人見つけること! これらの条件を全て満たせば、付き添いましょう」
「分かりました! では皆、まずは校長のもとへ行くぞ!」
盛り上がる生徒たちは、校長室へ向かって出発する。
私はあることを思い出し、メーテルを引き止める。
「メーテル、ちょっと残りなさい。ああ、これとは違う件だから。殿下はあなたと出かけたいのだから、一人でも頑張れますよね?」
そう言うと、王子はさもありなんと頷く。
……うん。まあ、頑張ってちょうだい、王子。
そして辺りに誰もいないことを確認し、例のノートを返す。
「ありがとう、本当に面白かった! 主人公二人だけじゃなく、あいかわらずライバル役もいい味が出てて、良かったわ! もう最高! 続きを描いたら、ぜひまた読ませて! お願いね!」
「もちろん。読んで楽しんでくれる人がいる以上、頑張って描くわ」
夢キラ子こと、メーテルがガッツポーズをとる。
そう、メーテルはただの転生者ではない。なんと、コーネリアがヒロインのマンガを描いていた、夢キラ子先生こそ、彼女の前世。自分の描いたマンガの中に転生したと分かった彼女は、それはもう、死ぬほど青ざめたそうだ。
大好きな王子に婚約破棄されるかも。そのことに怯えつつ入学式を迎えると、そこにいたのは、自分の描いたコーネリアと、違うコーネリア。
「正直、これなら殿下が相手にしない。そう思ったの」
激しく同感。今のコーネリアを、王子が相手にするとは思えない。
夢キラ子であったメーテルは、現在も暇を見つけては、趣味としてマンガを描いている。それが、あのノートに描かれたマンガ。あれから私は彼女にこれまで描き溜めたマンガを、ありがたく読ませてもらっている。
今世も大好きな夢キラ子先生のマンガが読めるなんて、とても幸せだわ。
「そういえば、メーテル。よく祭に行く気になったわね。マンガではあなた、結果に泣いたじゃない」
「今の感じだと、マンガと違う結果になると思ったので」
二人きりになった時、最近のメーテルはくだけた口調になる。
それが前世持ち仲間としては、親しく思われているようで、なんだか嬉しい。
「そうね。私もマンガと結果は異なると思うわ。どうせ行くのなら、ピンクを持って帰れるといいわね」
メーテルは『ありがとう』と微笑んだ。
「校長の許可を得た! もちろん父の許可もな!」
しばらくして友人たちと笑顔で戻ってきた王子は、メーテルに嬉しそうに報告をする。
校長はともかくとして、父親である国王には、事前に許可を得ていたのではありませんか? なんかそんな気がしますよ、王子。
「もう一人の先生も見つかったので、イサーラ先生。二言はありませんよね?」
「ええ、もちろん。約束は守ります、付き添いをしましょう。そうと決まれば、校長ともう少し話を煮詰めないと……。言い出したあなたたちも来なさい」
王子とメーテルと一緒に校長室へ向かう。
それにしても星流れの祭か。私、行くのは初めてね。
お読みいただき、ありがとうございます。
作品の方向性など決まりましたので、ジャンル変更を行います。
これでもう、ジャンル変更することはありません。
どうぞよろしくお願いします。




