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第49話:過ぎし日へと想いを馳せて


「俺は兄貴からお前のことを頼まれてるんだ――エルウェ。お願いだから、もうこんな無理はするな……心配をかけさせてくれるな……頼む」


「……ごめんなさい、叔父さん」


 ギルドに隣接する小さな診療所。


 多忙なギルド職員はなかなか職場を離れることができない。そのために体調を崩した際や、身内の看病をしなければいけない際などに利用される簡易休憩所のようなこの場所にて、白い敷妙(シーツ)の敷かれた寝台の上で俯く少女――エルウェ・スノードロップは謝罪の言葉を口にした。


 前髪で表情の窺えない彼女の横、簡易的な椅子に座り膝に肘をついて険しい表情をしている人物はヨキ・テューミア。エルウェの義理の父を務めている男だ。


 エルウェがこうして無茶をするのは、今に始まったことではない。

 性格的には大人びた女の子である一方で、誰よりも強くなりたいと希う『世界一の魔物使い』を目指す少女でもある彼女は、昔からすんなりと無謀なことをしでかす子供だった。


 それはもちろん、育ての親であるヨキも知っている。

 いつもなら振り回されているだけの彼、しかしその日だけは違った。


「でも、でもねっ、神薙教のあの男が……私の家族をめちゃくちゃにした【暴食】が……ッ!!」


「――でもも何もあるかッッ!!」


「ひっ……」


 エルウェが怒鳴られたのは初めてのことだった。


 身内を次から次へと失ってまともな神経でいられないエルウェ。彼女が塞ぎ込んでしまわないように、心を閉ざしてしまわないように、常に細心の注意と気を遣ってきたヨキだが、流石に今回の一件に関しては感情を抑えられない。


 今は亡き兄に託された可愛い義娘なのだ。

 本当は宝箱の中にしまって、大事に大事に保管したい。誰の手にも触れられない場所で、薄汚い世界の空気にすら触れられない場所で、ずっと、ずっと……大切に。


 そんなこと、人間性を失わせてしまうだけだとわかっているし、人心的な行為ではないから実際に行動に移そうとは思わないが、気持ち的にはそのくらいの葛藤だった。


 だからこそ、もしもの事があってはならないと、束縛しすぎない程度に身を守ってきた。望むものをくれてやった。それがどうだ、今の彼女の姿は。


 ――服は血で汚れ至る所が破け、気を失って帰ってきたのが昨日。今は全身傷だらけで頭に包帯を巻いて、酷く疲れた顔をして病室のベットに伏しているのだ。


 家族の別離を齎した元凶に遭遇し、このような手痛い仕打ちをうけて一番辛いのは彼女自身だろう。だが、ヨキだって辛い。辛いはずの彼女に怒鳴ってしまうのも、傷だらけになってなお苦しむ彼女を見ているのも。


「……ごめんなさい」


 もう一度口をついたその言葉は、消え入りそうな掠れ声だった。

 怒鳴ったヨキ自身も酷く気まずい。病室に居心地の悪い空気が流れた。


 そんな空気を破ったのは、妙に男気のある渋い声だった。


「――もういいだろォ、主だって反省してるゥ……それに昨日の今日のことで疲れてるンだァ、辛気くさい顔しかできないジジイはもう帰れェ」


「――は?」


 素で呆けるヨキ。


 一度エルウェの枕元に座る子猫を見て、そんなはずはないと首を振る。次に白と茶を基調とした部屋の内部を見渡して自分たちの他に利用者がいないことを確認。再び発生源と思わしき、昨日となんら変わらない紅い毛色の子猫――カーバンクルのフラムを見た。


「何だァ、その顔はァ」


 猫特有の可愛らしい口元は、確かに発せられた音と連動して動いている。

 だがそれは有り得ない。確かに人化や念話で人語を操ってみせる魔物もいるが、昨日までのフラムにはそういった兆しは垣間見えなかったはずだ。


「いや、まさかな。ハハ、俺も相当疲れてるらしい。怒鳴ってすまなかったなエルウェ、フラムのヤツが喋るなんてありえねぇってのに、幻聴が聞こえてきやがった……よし、そろそろオジサンは退散するとするぜ」


「何言ってンだァこのジジイ……」


 結論、ブラックな仕事による疲れが引き起こした幻聴だと決めつけた。

 「まだ聞こえるぜ……」などと零しながら立ち上がりこめかみを抑えるヨキだったが、そんな彼に現実を見せたのは僅かに顔を上げたエルウェだった。


「フラムね、喋れるようになったの……」


「――は?」


 再び、素っ頓狂な声が漏れた。


「喋れるようになったのって……マ、マジか。いつから?」


「昨日……私の目が覚めたときには、もう」


「な、なぜ? 何故だ、きっかけは?」


「わからないわ」


「わからないって……お前なぁ」


 驚きよりも呆れが礼に来たように、浅い溜息をつくヨキ。

 エルウェは若干影の落ちた表情ながら、優しい手つきでフラムの頭を撫でていた。何度も、何度も。目を瞑って気持ちよさそうに享受する姿は、やはり今までのフラムと同じで。


「お前……本当に、フラムなのか?」


 ついと喉から迫り上がった疑問に、カーバンクルは一瞬だけ言葉を探すように更けた様子を見せた。


「あァ? ……逆に聞くが、お前にはオレが何に見えてるンだよォ?」


「いや……何だ、すまん。いずれ言葉を話すにしても、もっと高い声だと思ってたからな……お前って奴は見かけに反して、その、意外と渋いんだな、声も性格も」


「ふふ……私も驚いたの」


 後頭部をボリボリと掻きながら釈明する男と、小さく微笑み同意を示す少女。


 彼らは知らない。

 そこに鎮座し「余計なお世話だァ」とふて腐れるカーバンクルが、かつての母親から受け継いだ召喚獣ではない事を。魔の深淵に落ちた魔物だという事を。


 知らない、知るわけがないのだ――彼が『悲影(ニセモノ)』なのだということを。


 喋り方はともかく、その外面、仕草、エルウェとの関わり方、それら全てがそっくりそのまま――スキル『模倣』は完璧に発動していた。疑う余地もないのは必然だ。


 唯一、命を昇華させるスキル『終の灯に願いをザ・ラスト・ウィッシュ』を使用した姿を目の当たりにしたエルウェだけは、深く思慮を及ばせれば気づく余地があったかもしれないが、


「本当に、フラムが生きててくれてよかった……本当に」


 その白水晶(ミルキークォーツ)の瞳には、盲目的な愛が膜を張っていて。


 スキルを使った瞬間に、もうお別れだと思っていた。死んでしまうのだと、そう。でも目を覚ませば、世界でたった一人になってしまった最後の家族は側にいてくれて。


 それだけでよかった。

 エルウェにとっては、それだけで。


「本当だ。お前にはどれだけ感謝してもしたりねぇ。エルウェを守ってくれたどころか、一人にしないでくれた……これからも、よろしく頼むぞ――フラム」


「……感謝なら――いや、そうだなァ」


 フラムになりきった『悲影』は、不器用な笑みを浮かべて言った。


「主はオレの全てだァ……必ず守り通す、任せておけェ」


 それは紛うことなき彼の意志。

 だが、尻尾の先に灯った小さな篝火は、『悲影』ですら抑えが効かない心根を反映する橙色の炎は……手持ち無沙汰に、ゆらゆらと揺れていた。



 ****** ******



 それからの日々は、本当に満ち足りていたように思う。


 命を殺めることでしか自分を満たせなかった『悲影』にとって、エルウェと過ごす慊焉(けんえん)たる日々は充実していて……時折胸を過る罪悪感と殺戮衝動を抜きにすれば、それはそれは幸せな毎日だった。


 鮮やかな花時の季節が過ぎた。

 青と緑が栄える季節が過ぎた。

 木枯らしの舞う季節が過ぎた。


 楽しくて幸せな時間というものは、どうしてこんなにも過ぎるのが早いのか。

 あっという間に一年が経過し、再びヒースヴァルムに灰と白の凍える季節が巡り回ってきた。


「――ぅぁッ、ぐううぅうゥゥうゥァ……ッッ!?」


 眠らない夜の街、紅い結晶の繁茂する路地裏。

 子猫に扮した『悲影』は苦しげに蹲り、自分の中の黒い部分が叫ぶ内なる衝動を必死に耐えていた。


「クソッ、クソがッ、オレは、もゥあンな事はァ……ッ」


 夜の帳が降りると、この身の飢えと渇きは格段に強くなる。


 その渇望の矛先は『生』に対する憎しみにも似ていて、それは家族であるエルウェも例外ではない。半年もしないうちに彼女の側にはいられなくなり、夜半はこうして外出することが多くなった。


 ――殺せ。


 単純明快な叫びが、頭の中に響いて、響いて、響いて。


 けれど、『悲影』は知っている。命を殺めることで満たされるのは一時だけ。その一瞬の恍惚感のために罪を重ねる毎、掃き出すことのできない気色悪いナニカが自分の中に蓄積していくことを。


 同時に悟っていた。

 今一度、殺人を犯したが最後――エルウェと共にいられる時間は、このゆるやかな幸せな時間は……終わりを告げるだろうと。


「おぉ~ん? なんらなんらぁ野良猫かぁ? こんな寒い季節にぃ可哀想らなぁあ~! おれらなにか餌でもぉ~おえぇぇえええぇえっっ」


「――――」


 血色に染まる双眸が瞠られる。

 突然の訪問者は、泥酔し千鳥足を踏む冒険者数人組だった。


 一瞬、衝動に駆られて意識が飛びそうになる。 

 瞬時に歯を食いしばり口内を噛み切って、どうにか、どうにか耐えた。今もまだ耐えていられるのは、脳裏に過った少女の笑顔を失いたくないから。


 その一心で、必死に。


「――うるせェ、うるせェよォ……ぶっ殺すぞ、クソがァ……」


 過呼吸に陥ったような、気概のない声が漏れる。


 ――もゥ、夜の街にいるのは限界だァ……


 暴言を吐く冒険者達と変わらぬよろよろとした足取りで、『悲影』はここじゃないどこかを目指した。



 気がつけば、『悲影』は夜の森へとやってきていた。


 《荒魔の樹海(クルデ・ヴァルト)》の浅域――エルウェと初めて出会った場所であり、嘘偽り亡く本物のカーバンクルが命を散らせた場所だ。それを知る者など、自分だけだろうが。


 ――チクリ、と胸の奥が痛んで……小さく舌打ちした。


 白の意匠が無作為に施された夜の森は、氷雪花(アイスフラワー)の青い燐光に照らされて神秘的な光景を醸していた。そんな世界に橙色の炎を灯した子猫がいると、例え背丈は小さくとも幾分か目立つ。


「青い光、かァ……偶にオレは、自分が死霊種(アンデット)だって忘れそうになるゥ。無意識に使っちまわないように気をつけないとなァ」


 ぼぼ、と揺れた篝火に、一瞬だけ青の彩りが混じって、元の橙色の炎に戻った。


 さくさくと軽快な音を立てて歩く。

 行くあてなんかない。この場所にいることが重要なのだ。夜の森は命の片鱗を目にする機会がうんと少ない。活動している冒険者の少なさは言わずがもな、出会うのは夜行性の野生動物や魔物くらいのものだ。


 弱い輝きを潰したところで殺戮本能は満たされない。

 それでも少しはましになるかと、見つけ次第魔物や野生の動物を狩りながら、いつの間にか彼にとっては未踏領域である中域へと踏み入っていた。


「…………冒険者、かァ? こんな時間にィ……?」


 前方から物音が聞こえて、『悲影』は咄嗟に近くの茂みへと身を隠した。

 次第に物音は雪を踏みしめる音と屈強な装備が擦れる音、そして数人組の冒険者が語らう声だと認識できる。『悲影』の隠れる茂みの直ぐ側を通り際、彼らの会話内容が自然と耳朶を打った。


「くそ、今日も見つからなかったな……」


「《荒魔の樹海(クルデ・ヴァルト)》に出現したアンノウン――『樹海の夜王』の調査及び討伐……本当にそんなヤバイ奴がこの森にいるのかねぇ?」


「仕方ねぇよ。目撃情報は定期的に出てるとは言え、難易度の高い一年クエストなんだ……そう簡単にいくかよ」


「とはいえこうして夜にしか出現しないとなると、なかなか面倒だな……」


「ったくだ、何か痕跡でも見つけられねぇと報酬すらでないってんだからな……はぁ、今日も寝不足でつれぇよ」


「んだんだ! 早くギルドに報告を済ましてよ、帰って寝ようぜ」


「まぁいつも通り、寝る前に一杯やるけどなー!」


「ひゃっふぅー!!」


 肩を組んで去ってく冒険者達。

 ガサリ、と小さな音を立てて這い出てきた『悲影』は彼らの背中を見つめながら、小さく零す。


「…………一年クエスト……アンノウン?」


 その言葉にかけられた未知のヴェールは、何故か『悲影』の背筋を粟立たせるものだった。彼らが来た方向をゆっくりと振り向き、何かを悟ったように目を細めた。


 ――この先に何かが、いる。


 その何かを、自分は知っているような気がして。

 しばし沈黙した後、意を決して歩みを再開した。


 そして、『悲影』は出会う。

 いや、出会うというより――それ(、、)再開(、、)することになる。


「――――何、で……ここにお前がァ……ッ!?」


 牙を剥き涎をだらだらと垂らす凶悪な面が三つ。

 首筋や頬、上半身の隙間を埋めるようにもぞもぞと蠢くナニカ。

 悪魔を象徴する角と蛇のたてがみ、そして蠢く数本の竜の尻尾。


 あぁ、知っている。知らないはずがないだろう。

 茂みからのそりと起き上がったその存在は――『地獄の番犬(ケルベロス)


 その当時より一年前に初遭遇し、エルウェに重傷を負わせ、その眷属である『本物』のカーバンクルを殺めた種族等級(レイスランク)Aの怪物だ。


「…………?」


 尻尾を太くそそり立たせ、シャーッと威嚇をして臨戦態勢に入っていたフラムは、ふと違和感に気づき眉をひそめる。


 約一年ぶりの再開だとはいえ、その姿は異様なまでに変化しているように思えた。

 魔物特有の進化を経た? ありえる……だが、そんな変わりようではない。初期の面影すら消えかかっている、より歪な姿になったと言うべきか……とにかく上位個体へと進化を遂げた雰囲気ではないのだ。


 ケルベロスが夜を照らす月に向かって、強く高らかに吠えた。

 同時に、上半身を埋め尽くすように繁茂していたナニカが一斉に――開眼した(、、、、)


 こちらをじっと見つめる眼、眼、眼、眼、眼、眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼――


 暗闇で妖しげな光を発して蠢くそれらは、ケルベロスの頑強な皮膚に後からとってつけたような魔物や野生動物たちの顔面だった。


「なン、だこれはァ、――――ッッ!?」


 兎の顔、熊の顔、狼の顔、鼠の顔、人間の顔、ぎょろぎょろと眼を動かす顔、片方の眼球が飛び出ている顔、光を失った顔、それら全てがなけなしの生気を保ったままこちらを睥睨していて――見つけてしまった。


 歪な者どもに混じる、見知った顔を。



「――カーバンクル(、、、、、、)ゥ……そうかァ。お前も、そこにいたンだなァ」



 きめ細かい紅毛に覆われた頭部には三角の耳、白い髭、額の紅宝石(ルビー)の輝きは失われているけれど。数多の頭部に紛れてそこにいたのは、確かに……一年前に力尽き連れて行かれたカーバンクルだった。

 

「……こんな話を、知ってるかァ? 自分とそっくりの分身に出会っちまうと、それは『死の前兆』を象徴するンだァ。皮肉だよなァ、死の前兆どころか、お前はオレに出会う前から既に死ンでたァ。そしてオレは死霊種(アンデット)……そのくせにィ、まるで生者のようにのうのうと生きてンだァ」


 『悲影』は憂い気に夜空を仰いで、ハッと鼻で笑って見せた。

 カーバンクルを侮辱するわけじゃない。だからといって敬慕するわけでもない。


 ただ、とてつもなく深い業を感じて、腹の中で複雑な感情が渦を巻いていたのだ。呆気なく死んだ『本物』。偽りの日々を噛みしめる『偽物』。必死に守り抜いたはずの(カーバンクル)。その代わりに入ったのが、無意味な(オレ)


「なァ、カーバンクル……もう一人の自分に出会う気分は、どうだァ……最悪、だろォ?」


 なんだか無性に泣きたくなって、気づけば声は震えていた。


 怖い、違う。嬉しい、違う。悲しい、それも違う。訳のわからないこの感情、その大部分を占めるのは――罪の意識。あの時、今の自分だったならばきっと助けに入っていた。共に戦っていれば、犠牲なんか出なかった。


 でも、心のどこかでは――死んでくれてありがとうと、自分と代わってくれてありがとうと、今の幸せにかこつけて酷い言葉を吐くもう一人の自分が隠れ潜んでいて。


 『悲影』は橙色の業火を纏った。

 唸り声が夜の森に響く、改造し組み込まれた犠牲者の魂の叫びが、胸を貫いて離さない。どうすればいいのかなんてわからない。自分ですら、どこまでも無意味な存在なのだ。


 だから、だから。

 全てを焼き尽くして『無』に戻してやろうと――



『誰か 主を どうか 助けて 守って あげて 誰か 一人にしないで あげて お願い だよ お願いだよ 主を 僕の 家族を――』



「――――」


 息を呑んだ。


 思念のような、空耳のような、けれど確かに聞こえた。

 それは声。なんとなくだけど、眷属として主が産まれたときから側に控えてきたカーバンクルの……最後の願いのような気がした。


「お前はそこまでェ……ほんとにすげェよ。あァ、後のことは全部オレに任せておけェ」


 かつては空っぽだった器に、エルウェから暖かい感情を注がれた今の『悲影』ならば。カーバンクルの強さが、激情が、無念が、手に取るように理解できてしまったから。


「でもよォ、それじゃお前が報われねェ……ドッペルゲンガーの役割はなァ、世界のどこかにいる『本物(オリジナル)』を殺すことなンだァ。だからせめて、お前のこの炎で荼毘に付してやろゥ。クハハ、正直、勝てる気なんかしねェけどなァ……まァ見てろよォ」


 この日から、『悲影』は戦うことを決めたのだった。



「どれだけ時間がかかっても、オレが必ずお前を――殺してやるゥ」

 



 ――『樹海の夜王』の調査及び討伐。


 それが依頼期間ターム・オブ・クエストとして張り出されたのは一年前。その正体は虎視眈々と準備を進めるグラトニーとは別行動を取って、療養と武力強化に努めるケルベロスだ。


 偶然ながら再び相見えた『悲影』は、それから毎晩のように夜の森へと足を運んだ。

 敵の種族等級(レイスランク)は魔改造を経て高みある。最初はこっぴどく負けた。次の日も手も足も出なかった。その次の日も、またその次の日も勝負に負け続けた。


 けれど死霊種(アンデット)のしぶとさを生かし、湧き上がる殺戮衝動をぶつけるように彼は戦い続けた。毎晩毎晩、死地で舞い続けた。


 全ては、『偽物』として『本物』を殺すために。

 カーバンクルの魂を解放し、悔恨と悲劇の連鎖を断ち切るために。

 

 いつしかその戦闘の余波が創り出す光景自体が、『樹海の夜王』の仕業だと嘯かれるようになった。少なからず挙がる目撃情報は様々だったが、その中には『夜王は猫の姿をしている』というものもあったのだとか。


 『悲影』の戦いは、それから一年が経過しても続いていた。


 夜な夜な家を出る彼の行動を察していたエルウェは、不安に思いつつも触れることはなかった。それが『悲影』にとっては救いで。戦って、戦って、戦って……いつの間にか二年クエストと呼ばれるようになって。


 そんな日々が永遠に続くと、憔悴し半ば諦めかけていた、そんなある日のことだった。


 その奇抜な鎧の魔物(、、、、)との出会いを果たしたのは――


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