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第38話:燃え滾る青い炎は死霊の調べ


 《龍皇国ヒースヴァルム》の東部に広がる大森林――《巌の森》


 彼の森は遙か太古に真龍の一撃によって抉られたとされる《屍竜の峡谷》を挟んだ位置にあり、年季の入った架け橋は数分前より展開されている激戦の影響でギシギシと軋んでいた。


 雪交じりの砂煙を巻き上げる歪な巨人が両腕を振り下ろす。

 たったそれだけの動作で地面は陥没し、砕けた土塊と木片が軽々と高く舞い上がる。雪煙の尾を引いて飛び出したのは紅い子猫と小さな鎧の魔物――フラム先輩と僕だ。


「ねぇフラム先輩ほんとにもうあいつどうすればいいのぉ~っ!?」


「オレだって知りてェなァッ!? よりにもよって強ぇ炎耐性もってるとか聞いてねェンだよ!?」


 もはや更地となりつつある森の中を駆けながら、行き所のない不満をぶつけ合う。


 一時はオルカという歪で巨大な怪物に殺されかけた僕だったが、フラム先輩はどうしてか僕を助けに来た。冷静に考えればエルウェが寄越したんだろうけど、それでも少しだけ嬉しかったんだ。


 今まで培ってきた友情は偽物じゃないんだって。

 彼がしてきた悪逆無道な行動にも、何か理由があるんじゃないかって。


「カーバンクルがぁ戻ってきてくれたのはぁ嬉しいけどぉ? ちょ~っと逃げすぎだよぉ君らぁ! 早くぅあちしにその魅力的なぁ身体をいじらせてぇ! むらむら」


 だけれど。

 怪物の肩で自身の腕を抱き、腰をくねらせている狂人に追われていることからわかるように、それとこれとは残念ながら話が別だ。


 とにかく相性が悪い。悪すぎる。死んでくれ。

 フラム先輩の炎が大して効いてないんだからねぇ、そりゃ逃げるしかないわ!


『其方、右後方から二本、左後方下段から一本じゃ』


「っ、フラム先輩来るよ! 右後ろ二本、左後ろの一本は下から!!」


「おゥ――!!」


 シェルちゃんが冷静に言い、僕がそれをフラム先輩へと伝達。

 しゅるしゅると胴体に巻き付くのは先端に柔らかい篝火の灯る尻尾だ。そして瞬く間もなく、今し方抜けたばかりの背後で燻る噴煙から、ぬ――っと。


「飛ぶぞォ――『火渡り』」


 それぞれ違った特徴を持つ魔物のそれを継ぎ接ぎしたような腕が、視界不良を利用して遅い来るが、脚に炎を灯したフラム先輩と僕は余裕を持って回避する。


 僕たちが捌けた直後、覆い被さるように上体を屈ませた怪物が現れた。


 種族等級(レイスランク)S相当の豚魔族(オーク)を改造した怪物。

 圧倒的格下であるはずの僕は論を俟たないが、本来であれば種族等級(レイスランク)が数段下であるフラム先輩までもを捉えられないはずがない。敵の攻撃を掻い潜り続けられているのは、ただ運が良かっただけでは済まされない筋合いがある。


 獲物を空かした拍子に生じるのは、大きすぎるくらいの隙だ。


「『武具生成』プラス『硬化』――おらおらぁーッ!!」


 僕は短剣を即座に伸ばし、六本あるうち真ん中の右脚を斬りつける。

 『硬化』も併用したのは単純に切れ味が上昇するからだ。


「だがまァ、この調子でいけば案外どうにかなるかもなァ――『豪焔の弾丸(ブレット・ファイア)』」


 フラム先輩は黒い血を吹く切り傷めがけて、何十発もの炎の玉を連射した。

 強い炎耐性があるとは言え、一点集中で、しかも鱗やら皮膚やらを除けているのだ。少なからず燃焼によるダメージは蓄積する。


 そしてようやく、その成果が目に見える場所までやってきた。

 体勢を崩した怪物は踏ん張りが効かず、勢いそのまま前のめりに倒れた。巨腕で炎の雨から守られていたグラトニーだったが、これには流石に肩から転げ落ちる。


「わわわぁ~!? ぃっ、いたたぁ……くそぉ、くそくそくそぉ~っ!? 雑魚のくせにぃやってくれるなぁ~? いらいら」


 僕とフラム先輩はまだ残っていた背の高い木に着地すると、どうにか身を起こそうとしている怪物を見る。相変わらず歪な魔物だが、腕の一本は黒焦げになり、もはや動くことはないだろう。


 これが僕たちが紛いなりにも戦いを継続できている理由のひとつ。


 僕たちは最初、グラトニーを執拗に狙っていた。

 魔物使いとして統率者(コマンダー)の役目を果たす狂人が死ねば、勝機はあるかもしれないと思ったからだ。しかし途中、グラトニーを庇い続けた一本の腕の変化を見て気づいた。


 僅かな炭化。

 僕の斬撃とフラム先輩の容赦ない炎によって、些細だけれど確かなダメージが蓄積していたのだ。


 そこからは作戦変更、機動力を奪うために脚狙い。目的は勝つことじゃなく時間を稼ぐこと、生きて帰れれば御の字だ。一本潰し、そしてたった今二本目の脚を潰せた。規格外の膂力と生命力には度肝を抜かれるが、思っていたよりは順調で胸をなで下ろす。


「しかしお前の眼はどうなってンだァ? 事前に察知してくれて助かっちゃいるがなァ、背中どころか空にでも眼がついてるのかと思うぜェ?」


「ふ、そう褒めないでくれフラム先輩。僕だって自覚はあるんだ。世界で一番気配察知に優れた鎧なのだってね。でも謙虚さとミステリアス感って男にとって大事だからさ? ね? わかるでしょ?」


 シェルちゃんが教えてくれる、なんて僕の発祥の地を知るフラム先輩になら言えるけれど、それはなんだかちょっとだけ悔しいから僕の手柄にしておこう。


「いやわかンねェけどよォ……」


『どこが謙虚なのじゃぁあ……っ! 我頑張ってるのに! すごい頑張ってるのにっ!! 其方って普通に最低よなぁあ!?』


 二者の反応は無視しておこうと思うの。てへ。


 もともとの機動力が壊滅的だったとは言え、怪物の攻撃を避け続けることができたのは、気配察知担当のシェルちゃんと機動力担当のフラム先輩のおかげだ。二人がいなきゃこの作戦は成り立たなかった。即潰されておしまいだったに違いない。


「『混沌招来(カオス・カオス)』――はぁあぁあぁあ。魂が貧弱だとぉ、治りも遅いなぁ。動物もぉ魔物もぉ逃げちゃったしぃ? せめてここがぁ街中だったらなぁ。いっぱぃ食べられるのにねぇ? なきなき」


 グラトニーは自身の怪我を治すので精一杯の様子。

 どうやら彼の全身から生える黒の触手は、喰らった魂を任意の物質へと変換する能力らしい。防御力無視のえげつない権能である一方、こうして強い魂を持つ生物の少ない森の中では本領を発揮できないのだ。


 泣き真似をしながら黒の触手を操作し、土やら倒木やらを喰っているグラトニーに、フラム先輩は休む暇は与えないとばかりに冷徹な顔を向けてスキルを発動した。


「穿ちィ、悉くを灰燼に帰せェ――『憤怒を告げる焔楼(イグニス・トゥルム)』」


 赤の魔素(マナ)が竜巻のようならせん状に収束し、その色を濃くしてゆく。

 そして内部に生きる生命の悉くを燃やしつくさんとする、マグマのような赤々とした炎の塔が建った。塔は雲を突き破り、冬の森を大火に染めてゆく。降りしきる雪を瞬時に蒸発させた。


「うわぁ、えげつない……フラム先輩はやっぱり容赦ないなぁ」


「うるせェ、コイツだけは何があろうと許さなィ。臭くて汚ぇ灰になっても燃やし続けてやるゥ……新入りィ、お前もぼやっとしてねェでちゃんと働けェ」


「はいはいっと」


 僕は木から飛び降りると、悠々とした足取りで炎の塔へと近づく。

 常人ならば、というか並大抵の生物ならばこの余波だけで燃え上がってしまうだろうけれど、『炎属性無効』を持ってる僕に限っては痒くも痛くもないね。


 炎の塔に直接手を突っ込み、内部を燃やし尽くして勢いを弱めようとしていた『憤怒を告げる焔楼(イグニス・トゥルム)』を余すことなく全て吸収(、、)する。


「ま、エルウェのことを思うと僕だって許せないし、こんなヤバイ奴は消しとくに限る。骨の髄までカラッカラにして家畜の餌にでも混ぜてやりたいね……」


 太陽のような輝きが嘘のように消失した炎塔。

 残ったのは燃え粕と穴が開いたように融解して硝子化している地面――そして何かを守るように身体を丸める歪な怪物。焦げて煙を噴いてはいるが、やはり炎耐性のおかげかダメージはそこまでないように見える。


 僕は何の感慨もなく一瞥をくれてやると、開いた面甲(ベンテール)から容赦ない言葉と魔力を吐き出した。


 これは怒り。

 可愛い可愛い僕のエルウェを苦しめた罰だ――死ね。

 

「発動、派生技能(ディライヴスキル)――『吸収反射リフレクション・ファイア』」


 頼むから、死んでくれ。


 ただでさえ多大な規模を誇っていた炎塔が、僕すら包み込むその三倍の規模で再び創造された。熱波が吹き荒れ、雲にぽっかりと穴が開く。

 内部の熱量も数倍に膨れ上がっており、もはや溶けてしまった地面は歩きづらい。それでも何の痛苦も感じないため、僕はゆっくりとフラム先輩の元へ戻った。


「……どうだァ?」


 炎塔から抜け出し赤一色の視界が晴れると、同じく木から飛び降りたフラム先輩が結果は知れているがな、という風な顔で尋ねてきたので、僕も素っ気なく返しておく。


「無理だね。あいつが自分で言ってたけど、【炎龍王】の対策として炎耐性を持つ魔物を掛け合わせてるんだって。実力云々じゃないよ、こればっかりは。次元が違う」


 フラム先輩の炎は【炎龍王】にこそ届かなくとも、数多なる生物の上位陣に食い込むような、なかなか堂に入ったものだ。義憤から悔やむことはあれど、恥じ入ることなどありはしない。


「そうかァ……だが流石にこれだけの技をくれてやればァ、修復に時間がかかるはずだァ。しばらくは追ってこれないだろゥ」


「うんうん。ミッションコンプリート……とまではいかないけどさ。多分《皇都》までいけばどうにかなるよね」


 フラム先輩は一度轟々と燃え揺る炎塔を見やると、早々に退却しようとしている僕の隣に並ぶ。右手側は崖だ。底の見えない峡谷が果てしない距離を奔っている。


 エルウェは恐らく大きく迂回した後、架け橋を渡って帰国しているはずだ。

 僕らも少し前に見える橋へ向かう。


「そうだなァ、苦戦は強いられるとは思うがァ。ヒースヴァルムは大国だァ、よほどの事態に陥ってない限り常住のS級冒険者や精強な騎士団も腐るほどいるゥ……恨みを晴らすのはその時でいィ」


 詳しくは知らないけどヨキさんはギルドマスターやってるしS級冒険者かな? あとは全然把握してないんだけれど、フラム先輩がこう言うなら大丈夫なのだろう。僕らだけで太刀打ちするより断然勝率が高いからね、今は逃げるに限るよほんとに。


「あぁよかった。まさかこうして生きて帰れるとは思わなかったなー。でもちょっとかっこつけて出てきたから真っ直ぐ帰るのも恥ずかしいなー。まぁいつも通り、黄金比とも言える美しい膨らみ方をしたおっぱいに顔を埋めれば万事解決――」


『……まずいの』


 両手を頭の後ろで組み、上滑りな調子で荒んだ帰路を歩いていた僕。

 しかし、剣呑な口調のシェルちゃんが卒然と独り言ちる。


「え?」


 何が――と口に出そうとした、その次の瞬間。

 僕らの背後。天を穿つようにそそり立っていた魁偉な炎塔が――消失した(、、、、)


「我は暴食ぅ、底なしの空腹なりてぇ、超常すら喰らわぁん」


 いや、違う。


 ぐつぐつと煮えたぎる地面に身体を仰け反らせて立つのはグラトニー。彼が仰ぐように開けた大口へと炎が収斂するような、まるで僕の『吸収変換』や『吸収反射』を使う直前のような光景だった。ただでさえひどい火傷を負っていたグラトニーは口回りがさらに焼け爛れるのもお構いなしに、がぶがぶと炎を喰らう。


「いひっ、いひひひひひぃいぃ――『万象ヲ喰ラエ(スキル・イーター)』」


「――――ッッ」


 隣、振り返ったフラム先輩が息を呑む気配。

 僕は状況へと思考の回転が追いついておらず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。


 ――どういう、ことだ?


「ぃひっ、いひひひっ!? その顔ぉ大好物ぅ! だぁ~れがスキルはぁ食べれないってぇ言いましたぁ? ざぁんねんでしたぁ~食べれますぅ!? ぜんぜぇん美味しくないけどぉその表情だけでぇもっと食べれそぉ~っ! もぐもぐ』


 自分も同じようなことをしているのに、改めて目の前で同じ事をされるとここまで混乱するものなのか。いや待て、奴が喰えるのは魂のはず。魔法やスキルは言うなれば生命が起こした超常現状、魔素(マナ)が色のついた魔力へと変換されたもの。食べられる要素なんてどこにもないじゃないかと。反則だ。いや僕も大概なのか? 


 今思えば、この瞬間が転換点だったのかもしれない。


 僕はのちに激しく後悔することになる。

 この時、なりふり構わず全力で逃げなかったことを。グラトニーの豹変に気づくのが遅れたことを。


 そして――フラム先輩の真の正体を知ってしまうことを。


「でもちょっとこれぇ、負担が大きいんだぁ――だからさ、死ねよ。死ね、死ね死ね死ねぇっ! きるきるきるきるきるきるきるぅぅうううウウウゥウウウウゥウッッ!?」


『逃げるのじゃ其方ぃ――ッ!?』


 ――しまった。


 ハッと気づいた時には既に、完全回復した豚鼻の怪物の巨腕が幾本迫っていて。

 初撃のラリアットをすんでの所で回避、その影に隠れるような二撃目に脚が掠って大きく耐性を崩す、肝が冷える暇も無く襲来する三撃目を『武具生成』で伸ばした短剣でどうにかいなすように躱して――あぁ、と。


混沌招来(カオス・カオス)ぅゥウゥウウゥウゥウッッ!!』


 ここに来てから二度目だ。

 朧気に、だけれど鮮明に。何故かすんと受け入れられるような『終わったな(、、、、、)』という感覚があった。


 数え切れないほど蠢く闇の触手が、目を剥き狂気を感じさせる彫りの深い顔と、黒外套、長い紫髪の後ろでぶわっと広がった。


「――――」


 死ぬ瞬間に訪れる走馬灯のような現象だろう、目に映るもの全てが緩慢だ。

 いうなれば凪ぎの空間。ひどく世界の時間が緩やかに流れている。


 今度こそ、死ぬ。

 完膚なきまでに食い散らかされて、僕という命の燭は蝋燭ごと囓り消される。


 それでも。

 このまま死んでしまえば、まだマシだったと思ってしまうのは――僕の前を過る小さな影(、、、、)に、閉じかけていた紫紺の目を瞠った。



「――やめろォオオォオォオオォオオォッッ!?」



 牙を剥く子猫。その身に纏うは橙色の炎。耳を聾する低音の怒号。

 やはり迸ったのは、叱り飛ばすような、彼らしい声だった。

 

 その矮躯の内部で、有り得ないほどの莫大な魔力が膨らみ、瞬間で――弾けた(、、、)



 ――爆ぜる。


 

 ここら一帯の森が円形に消し飛ぶような、隕石でも落ちたのかという超爆発が引き起こされ、僕はグラトニーや豚馬の怪物もろとも吹っ飛ばされた。


 初めて熱い(、、)と感じた。それと同時に、心臓を撫でられるような激しい悪寒が全身に広がり、毒に犯された身体を引き裂くような凄まじい圧が痛みを伴う。

 強い光で眩んだ視界は嘘のような速度で流れていき、数瞬のうちに背中へと凄烈な衝撃が来た。


「――かっはァッ!?」


 肺はないのだけれど、烈々たる衝撃によって鋭い空気が漏れる。

 血液でも流れていれば、きっと血を吹いていたに違いない。白金の全身鎧(フルプレートアーマー)は所々がひび割れ、目元の面甲(ベンテール)が半分砕け落ちた。


「――ブボォァァアアアァァアァァアアアァアッッ!?」


 初めて聞いたそれは、豚鼻の怪物の痛みに喘ぐ叫声だ。

 彼の改造魔物は僕ほどではないが吹き飛ばされ、今もまだ異色の炎(、、、、)に焼かれて喘いでいる。


 その原因はもちろん、僕を庇ったフラム先輩にある。

 計り知れない威力を伴った爆発の刹那、僕はこの実体のない目で確かに見た。今にも爆発寸前だった燃え盛るフラム先輩の身体から飛び出した、異彩を放つ――青の炎(、、、)を。


『――っ……なんて、ことじゃ……まさかこれは……ッ』


 シェルちゃんがあまりの驚愕に言葉を失っている。

 それもわかる。だって僕は驚きすぎて呆然とすることしかできない。いや、これは受け入れたくない故にだろうか。身の毛がよだつ思いで、慄然とするしかない。


「…………どうして、だよぉ……フラム、先輩がっ、どうして……その、炎を……ッ?」


 うつ伏せに倒れていた僕は、遠く、青く燃ゆる大地で天を仰いでいる幸を呼ぶ獣(カーバンクル)に向かって手を伸ばす。届くことはないと知れていても、これまでともに過ごした情景が脳裏を過っては、次々に涙が溢れてしまう。


 紫紺を歪ませる涙のせいか、はたまた炎の揺らめきが起こした目の錯覚か、猫型であったフラム先輩の輪郭が一瞬だけ――蠢く黒にぼやけたように見えて。


「だって……だって、それは、その、青い炎(、、、)は――」



 ****** ******



 ドタバタと木造の廊下を歩く二人組。

 ブレイクルの届けた知らせを聞き、すぐさま完全装備を済ませたヨキと、やはり不安そうな顔つきで隣を歩くリオラだ。


「……顔が怖いですよ、ヨキさん」


「……悪いが、俺はすぐに《亜竜の巌窟》へと向かう。後を任せても良いか?」


 若き頃に暴れ回った武装を整えている最中に、国の上層部からも情報が回ってきた。

 

 曰く、《亜竜の巌窟》で世界的な反社会組織である『神薙教』が枢要の七罪源――【道徳なき暴食グラトニー・ウィザウ・モラリティ】の出現。そしてその討伐のための部隊をテューミア支部のギルドマスターとして編成せよ、とのこと。


「だめです――って言っても、あなたは行くんでしょう? それに私も止める気はありません。エルウェちゃんを助けてあげて下さい」


「……あぁ。すまねぇな……リオラ」


「……無事に帰ってきて下さいね、ヨキさん」


 それほどの敵が相手となると、ヨキですら無事で帰れる保証はない。

 死地に向かうような気分で、何か言葉を残そうにも、頭が上手く回らなかった。ヨキの頭の中は義娘のエルウェのことでいっぱいいっぱいだ。


(――無事でいてくれ、エルウェ……ッッ)


 知らぬうちに覇気と魔力を昂ぶらせていたからか、廊下の先でヨキ達を待っていたブレイクルが顔を引きつらせていた。万引きがバレて叱られる前の学生のような顔だ。たらたらと汗を流しながら、顔色を伺うように接してくる。


「マ、マスター? あのだな、今回の件に関しては、本当に俺は聞いただけであって、前みたいに逃げ出したりとかそういうのはないんだぞ? もちろん次にそう言う場面に遭遇してもエルウェの嬢ちゃんを命に代えても――」


「……わかってる。少し気が立っているだけだ、そう及び腰になるな。それで、例の学者はどこだ? 結果を受け次第俺はギルドを出る。早く案内しろ」


「お、おうともさ! こっちだ!!」


 今のヨキは軽く触れただけで破裂してしまいそうなシャボン玉みたいなものだ。破裂した結果命が危ぶまれるので、比喩ほど可愛くなんてこれっぽっちもないが。


 ブレイクルは陽気な感じにその場を取り繕い、ぴりぴりとした険悪なムードが漂う酒場にヨキを案内した。そこには席にも座らずに待っていた魔術師然とした学者がいて、恭しく礼をしてくる。


 いや、魔術師というよりは……


「初めましてですじゃ。わっちは死霊魔術師(ネクロマンサー)兼その道の学者をしているオウルという者ですじゃ。今回、冒険者組合テューミア支部の副ギルドマスター殿からご依頼頂いた焼死体なのですじゃが、手がかりになりそうな発見を一つ致しましたのですじゃ」


 やはり――『死霊魔術師(ネクロマンサー)』。

 オウルと名乗ったのは、暗い外套に骨やら髑髏やら、異様な装飾品を多く身に纏っている老人だった。


 しかし、彼が知り他の学者の理解が及ばない域となると、焼死体は死霊魔術師(ネクロマンサー)が扱う分野に関係してくるのだろうか?


「あぁ、俺はヨキだ。ヨキ・テューミア。オウルさん、協力心より感謝する。だが、悪い。俺はすぐに義娘を助けに行かなくちゃならん……手短に頼む」


 何にせよと、今は報告だけを聞いてすぐにでもエルウェの元に駆けつけたい。

 悪いとは思いながら挨拶を手短に終わらせ急かすヨキ。リオラは何気なくフォローを入れておく。いつだって彼の世話を焼くのは彼女の仕事だから。


「ご無沙汰してります、オウル様。慌ただしくて申し訳ありません。少々娘思いの強いギルドマスターでして……それで、お気づきになった点というのは……?」


 老人は「よいですじゃよいですじゃ」と首を振ってから、誰もが驚倒するような事実を述べた。ヨキとリオラは眼を剥き、互いに顔を見合わせた。


「さっそく申し上げますじゃ。わっちは一目見てわかったのですじゃ。あの灰色に膿むような特徴的な爛れ方、どう見ても生者のなせる技ではないのですじゃ。つまるところ、この焼死体を造り上げた犯人は――」



 ****** ******



 激痛が罅に沿うように奔る。

 意識がぐらぐらと揺れて。

 涙がぼろぼろ溢れて止まらない。


 それでも僕は、身体を引き摺りながらフラム先輩へと手を伸ばした。

 

 だって。


 だってそれ(、、)は。


 その特異な青の炎(、、、)は。





「――――……アン、デットの……ッッ!?」





 死を司る、精霊種とは対を成す存在にして。

 どこまでも純粋な『悪性』にまみれた魔物。


 『死霊種(アンデット)』の使う、炎じゃないか――――


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