3話
「オエエーーーーッ」
宴会場の隅で止まる事を知らない気色悪さに内容物を戻しかけた。口元を水で洗い、袖で唇を何度も拭う。摩擦による熱が唇の皮を擦ったがその痛みの方が先程の感触に比べればマシに思えていた。
赤ら顔で酒を口移してきた屈強な男達は皆へべれけに酔い、酒や食事を口へと流し込んでいた。先程の男色地獄を思い出す度にトールとの口移しが遥か昔のように感じる。
「そのような隅で何をしている? ここは我らの祝宴の場ぞ!」
「激しい歓迎を受けたからな……それ貰うぞ」
食事が山盛りの皿を片手に骨付き肉を齧りながらトールが声を掛ける。邦弘は「迎」の部分を特に強調して返事をするとげっそりとした表情のままトールの皿から同じく骨付き肉を取った。
「で、俺はいつになったら家に帰れる?」
「まあそう焦るな。この宴会が終われば貴様を家へ送ろう」
「終わるってのは全員が酔いつぶれるまでじゃないだろうな?」
「はははっ、そんなわけがないだろう!」
「だよな」
「朝日が昇るまでに決まっていよう!」
「……」
豪快に笑うトールを前にして自分の顔が固まるのを感じる。恐らくこの神々の国の住人は肝臓が鋼で出来ているのか頭が豆腐で出来ているのかの二択だろう。
「オイ、人間臭ぇぜ」
「ああ、人間の臭いだ」
騒ぎが収まるまでどうしているべきか思惟していると、ふっと目の前を影が覆った。振り返るとそこには腰巻のみの青白い肌の数人の大男、巨人が立っていた。心なしかその巨人が近くに居ると温度としての肌寒さを感じ、鳥肌が立った。
「こいつらも知り合いか?」
「貴様……誰の許可を得てこの場に居る!」
「違うのか」
腰に備えた金槌を構えトールは激高する。来訪者への怒声に先程まで揚々と酒を煽っていた男達も笑みを消して武器を構える。
その様子を見て青白い巨人は招かれざる客であると理解し、張り詰めた空気の中再び手に持つ骨付き肉に被りついた。
「よく考えて口を開くのだぞ。返答次第でミョルニルの鉄槌を浴びると思え」
「許可なら得ている。貴様の父オーディンからだ」
「何を馬鹿なことを!」
今にも金槌を振り下ろそうとするトールの前に一枚の紙が差し出される。トールはそれを巨人から奪うと一度目を通し、信じられないといった顔でもう一度見直した。
「そう牙を剥くな。今日は貴様の嫁を見に来ただけだ」
「我の嫁だと……?」
「また嫁呼びか。俺が間違ってるのか?」
何度目かわからない嫁呼びに辟易する。もしかしたらこいつらには俺が女に見えているのかもしれないとすら思える。もしそうなら夜には驚くだろう。
「だが貴様の嫁が人間だとは思いもしなかったぞ」
「文句があるというのか?」
「ああ。だがトール貴様にではない。人間、貴様だ」
「……俺?」
突然の指名に歯の間に引っ掛かっていた肉の筋を爪楊枝で掻き出しながら答える。何かこの巨人の気に触ることはした覚えは一切無かった。
「貴様のような貧弱な人間がかの雷神トールと釣り合うわけがあるまい。貴様には並び立つ資格など無いのだ!」
「あんたにはあるのか?」
確かに偽装結婚ではあるが貧弱だの資格が無いだのと初対面の相手に貶されるのは腹が立つ。高圧的な言動に対して、こちらも同様に返した。
「だからこそトールの嫁には貴様などではなく霜の巨人のフロストが相応しい!」
「というわけだ。失せろ人間、邪魔だ」
巨人達の中でも比較的若い男、フロストが前に出て邦弘を突き飛ばそうと腕を伸ばしたが、それを真正面から掴んでフロストを睨みつけた。
「おいボケ。誰が相応しいかを決めるのはお前じゃない」
「何だと人間……誰に向かって口を利いている!」
フロストの額に血管が浮き上がり、その怒りを乗せて邦弘へと拳を振るう。
巨体から繰り出される拳は見た目から想像するよりも早かったが、身を僅かに引いて避けるとそのまま勢いよく飛び上がって蹴りを放った。
フロストの身体が内側に折れ曲がって宙を舞う。その巨体がテーブルに叩きつけられ食器や酒をひっくり返してその身に浴びた。
誰もが唖然とする中、ゆっくりと立ち上がると腕を組んで大きく鼻を鳴らした。
「そういえば誰が貧弱だって?」
そのドロップキックに誰もが唖然としていたがその発言に赤ら顔の男達は大喝采を惜しまなかった。邦弘はその歓声を聞きながらも正面に立つ二人の巨人と対峙していた。
「やってくれたな人間風情がッ!」
割れたテーブルや食器を払い除け、青白い顔を真っ赤にしてフロストが起き上がるとその巨大な拳を固めて邦弘へと近付いていく。邦弘もそれを迎え撃つ準備に拳を固めて構えを取った。
「静まらんか!!」
一発即発の中、宴会場を揺るがすほどの叫びが響き渡り、誰もが動きを止めて声の方向を見やった。長槍グングニールを片手に隻眼の老人、オーディンが邦弘とフロストの間を遮るように立つと互いを睨みつけた。
「どちらが愛娘トール相応しいのか。この場ではなく闘技場で決めるのだ。ついて参れ!」
「父上! 何故そんなことを!?」
「トールよ。お主ほど勇敢で力強い者は他に居らん。そんなお主と並ぶ相手が軟弱などでは皆に示しがつかん。だからこそ人間と霜の巨人で戦い、勝利したものを嫁とするのだ」
「ですが父上!」
「なんだ。お主は自身が選んだ嫁が弱いと申すのか? ならば婚姻は取りやめだ」
「また嫁……俺チンコついてまーす」
話が勝手に進んでいく中、その張り詰めた空気を無視して茶化しつつ主張する。しかし誰一人としてその発言を取り合うものは居なかった。
「流石はオーディン話がわかる。来い人間、闘技場ではっきりさせてやる!」
「おうよ」
「話は纏まったようだな。ならばついて来るのだ!」
オーディンはマントを翻して歩を進めていく。フロストもその後をついていき、またそれに続くように観戦する為、赤ら顔の男達も千鳥足で食事や酒樽を抱えて後を追った。
俺も同様に付いていこうとした時、トールに肩を掴まれて壁際へと連れ込まれた。
「貴様、これから何をするかわかっておるのか!?」
「偽装結婚に飲酒に暴行罪……まだプラスされるのかよ」
「真面目に聞け! 霜の巨人と決闘を行うのだぞ! 無事では済まん!」
「あいつを蹴っ飛ばしたのは俺だ。手を出した以上はケジメが必要だ。……だが元を辿ればこんなウェディングロードに俺を巻き込んだのはあんただ」
「それは……だが!」
「まあ俺も自分のことは色々棚に上げて言ってるがな」
トールの発言を遮ると、そのまま闘技場へと向かう。
闘技場は中世のコロッセオを縮小したような場であり、客席には何人もの男達が開始のゴングを心待ちにしていた。
真正面には先程の巨人、フロストが鉄の剣を片手に立っていた。
……鉄の剣?
「剣を取れ人間! この場で血祭りにしてくれる!」
フロストは大声で叫ぶと鋭く光る切っ先を俺へ向けた。視線を下げると自身の足元にも剣がに突き刺さっていた。
その剣に手を伸ばして掴み上げてみるが、武器としての重量はとても一介の青年には手に余るものだった。
「どうした? 臆したのか!?」
「……必要無い。お前なら素手で充分だ」
「なんだと?」
手に持っていた剣を放り捨てると上着の袖を捲くりながら言い放つ。フロストは眉間をピクリと震わすと邦弘の次の言葉を待った。
「素手でやってやるって言ったんだ。あんたは剣を使えばいい。俺が怖いならな」
「馬鹿が、ならばその減らず口を叩けぬよう首を落としてやろう」
「好きにしろ。あんたは素手の人間相手に怖くて剣を使った臆病者と呼ばれるだけだ」
「……いいだろう! ならば素手で貴様を打ちのめしてくれる!」
フロストが剣を放り捨てると内心で安堵の溜息を零した。
最初の安い挑発に快く乗ってくれなかったとき、背中で冷や汗が溢れ出した。内心で焦りつつも再度煽った結果、何とか剣を捨てさせることに成功した。
だがこれも第一関門を突破しただけに過ぎない。先程のドロップキックの感触でわかったことが一つある。それは……。
「叩きのめしてやる人間!」
「こっちの台詞だボケ!」
邦弘とフロストが互いに駆け出す。互いの身体が激突する寸前で邦弘は前蹴りを放ったが、フロストはそれに怯むことなくその足を掴むとそのまま投げ飛ばした。
「その程度か人間!」
「一々うるせぇ!」
痛む身体を無視して素早く起き上がると再び構えを取ったが、この前蹴りで確証に変わったことがある。先程のドロップキックを放ったときに感じた分厚い筋肉、その巨体から想像させるもの以上に、神の世界の住人であるフロストは人間場慣れした頑強さの持ち主であるのだ。
かつてじいちゃんから柔道を習い、高校時代はキ○肉マン目当てでプロレス同好会に入っていたとはいえ流石にこんな白ゴリラの相手は務まりそうも無い。
フロストは拳を勢いよく振り下ろす。フロストの身長は二メートル以上あり、必然的に邦弘を見下ろす形となる。その為肩の位置も大きく異なり、フロストの打撃は眼下へ向かう形となっていた。
「おるらあああッ!」
振り下ろされた拳を半身で避け、肩に乗せてしっかり腕で掴む。そして腰を屈めて思いきり引っ張った。気合を籠める叫びが消えて力を乗せるべく奥歯がみしみしと軋む。ふっと相手の身体が浮かび上がる感触が伝わり、そのまま勢いで背負い投げた。
砂塵を巻き上げてフロストの身体が地面に叩きつけられる。僅かに悲鳴が聞こえた気がしたが、手を緩めることなくそのままフロストの右腕に足を絡ませた。
「このままへし折ってやる!」
腕に力を籠め、そのままフロストの腕を折ろうとしたとき、自分の身体が宙に浮くのを感じた。何かの間違いかと思った矢先、背中を地面に叩きつけられて咽返った。
フロストがその怪力で固められた腕ごと俺を持ち上げたのだった。二度三度と繰り返されるうちに腕の拘束が解け、フロストは自由の身となっていた。
「よくもやってくれたな人間風情が!」
「……剣使えばよかった」
後悔を漏らしたのも束の間、激高したフロストはその巨体で飛び掛った。
それからは一方的な蹂躙だった。神話の存在である霜の巨人の力は邦弘を圧倒的に上回っていた。邦弘の繰り出す関節技や投げ技といった技巧に尽くした攻撃は巨人を驚かせたものの、全て身体的性能差の前には意味を成さなかった。
「ふん、所詮は人間。霜の巨人たる俺には敵うまい」
「……」
作業着は既に砂で茶色く汚れ、口数は減っていた。周囲の観客の声は投げ飛ばした時こそ興奮の絶頂にあったが、今では野次紛いの応援が飛び交っていた。
しかし野次もフロストの言葉も耳には入ってこない。全身が痛み立っていることすら辛かったがそれでも意識はあった。
……やるだけはやった。それだけは胸を張って言える。
だが最初から勝とうが負けようが俺は家に帰るつもりだ。例え負けてトールとの約束が反故することになっても、その後も俺を留めて置くほど奴等は暇じゃあないだろう。ならば俺が勝とうが負けても問題は無い。
ちらりと観客席の中に居るトールを見やるとトールは心配そうな表情でこちらを見つめていた。それもそうだ。この白ゴリラが嫁になるのだと考えればこの先を心配するだろう。結婚で横着しようとするからだ。反省しろアホ。
満身創痍の邦弘へとフロストは歩を進めるとその頭を掴んで自分の目線と同じ位置まで持ち上げ、白く冷たい息を吐きながら歪んだ笑みを浮かべた。
「礼を言うぞ人間。お前のおかげでアースガルドでの高い地位を頂くことができる」
「……何の話だ?」
「そのままの話だ。あの傲慢で低俗なトールの嫁などと考えるだけでも吐き気がするが、後で始末する方法は幾らでもある」
ほら見たことか。横着したら財産目当てに変なのが寄ってきた。ちゃんと結婚は自分で相手を選ばなくちゃあいけないんだよ。
「人間、頭を地につけて命乞いをしろ。それなら生かしてこの場から見逃してやる」
「ああ。頭をつけるんだな……」
頭を掴む手が緩んだのを感じると、素早くフロストの顔側面を掴んで頭部を鼻柱目掛けて振り下ろした。鼻ですら硬く頭が痛んだが、それでも手応えはあった。
「鼻が! よくも貴様ッ!」
「なんだ、フリじゃなかったのかよ」
「貴様っ……生きて帰れると思うなよ!」
満身創痍でありながらも拳を構える。勝てる見込みは無かったがそれでも消えかけていた闘志は戻ってきていた。
だがフロストはその場から動かず、大きく息を吸い込むと息を吹いた。一瞬その間抜けな動作に眉を寄せたが、すぐに霜の巨人と呼ばれる由来を理解した。
フロストの吐く息は吹雪となり次第に邦弘の下半身を氷で固めた。
「その喉を潰して終わりにしてくれる!」
「なんでもありかチクショウ!」
息を吹いて氷の槍を作り出すフロストを前に、何とか凍っていない両腕で氷を砕こうと拳を叩きつける。手先の繊細さが重要となる仕事柄、出来る限り手は使わないようにしていたがこうも漫画のように身体を凍らされれば使わざるを得ない。しかし岩のように硬い氷には皹一つ入らなかった。
「死ねっ!」
「コケコッコーーッ!!」
「……は?」
フロストが拳を打ち出そうとする寸前、空から声高な鳴き声が響き渡る。誰もがその場違いな鳴き声に一瞬静止したが、声の主である一羽の鶏は眩い光を発しながら大きく翼を広げてフロストの左目を嘴で突いた。
「ちくしょうっ! 俺の目が!」
「まあ確かに畜生だよな」と場違いな感想を抱きながら着地した鶏を見つめる。
「こいつどこかで……あっ」
その鶏にどことなく見覚えを感じ、すぐに自分の家の鶏だと気付いた。だがその事実は状況理解が出来ないどころか混乱を増幅させるだけだった。
だが邦弘だけではなく、特別観客席で見ていたオーディンもその鶏に驚き、混乱していた。
「あれはヴィゾーヴニル……いやその子孫か? しかし何故今ここに……?」
「オーディン様、ヴィゾーヴニルとは一体何ですか?」
「ヴィゾーヴニルは世界樹の最も高い枝に留まり、身体から溢れる眩い光で世界を照らしておる鶏だ……」
屈強な男の一人がオーディンに尋ねる。オーディンはその質問に答えつつもその視線は鶏に釘付けにされていた。
「コケーッ!」
叫び声と共に鶏、ヴィゾーヴニルはバタバタと翼をはためかせて跳ぶと足で掴んでいた金属の円柱を邦弘へと放り投げた。
バトン程のそれを咄嗟に掴むも、それが何なのかはわからなかった。だが氷を砕く道具には充分だった。
「なんだがわからねぇが今の内に!」
既に脚の感覚は失っていたがそれでも目の前に殺気立ったフロストが居る以上、このままではいるわけにもいかず、何度も氷にその金属を叩きつけた。
「貴様……ッ!」
復活したフロストは片目を押さえながら槍を片手に近付く。下半身を覆う氷はだいぶ砕けたものの未だ強い拘束力を保っていた。
「今度こそ死ねっ!」
喉を目掛けて槍が突き出され、防ごうと咄嗟にその手に持っているバトンを突き出した。その瞬間、眩しい輝きと共に喉を貫くはずの氷の槍は消えていた。
その輝きに誘われる様に目を開くと、円柱の先から一直線に眩い光の剣が伸びていた。日の光のように美しく、熱を帯びたその剣が投げられた氷の槍を溶かしたのだ。
「おお、あれはレーヴァテイン……っ!」
誰もがその光に目を奪われる中、観客席でオーディンは感嘆の声を漏らした。
《レーヴァテイン》
雄鶏ヴィゾーヴニルを唯一殺すことの出来る剣であるが、その剣を手に入れるためにはヴィゾーヴニルの羽根が必要となるという堂々巡りの謎を解いた者にのみ与えられる剣である。
伝承では光り輝く剣とも称されていたが、円柱即ち柄からこのように光の刀身が生えることが由来とされている……かもしれない。
「蛍光灯じゃねぇか」
しかしレーヴァテインに関する知識など邦弘には無く、レーヴァテインを蛍光灯と揶揄していた。
レーヴァテインで下半身を覆う氷をその刀身で全て溶かし、自由の身となるとフロストを見据える。
「そんな付け焼刃で敵うものか!」
フロストは叫びを上げなら氷の槍を二本作ると両腕で構えて突進する。自分の手に握られている蛍光灯……レーヴァテインを静かに構えた。
叫びと共に突き出された一本目の槍を焼き切ると、振り下ろしたレーヴァテインを振り上げてもう一本の槍も蒸発させた。
「なっ……」
フロストの瞳が驚愕に揺れ、目が大きく見開かれる。だがその眼中に邦弘は映っていなかった。
高くその場で跳躍した邦弘は、突進する為に僅かに身を屈めたフロストの頭上まで跳び上がるとレーヴァテインの柄を後頭部へ打ち付ける様に叩き下ろした。
人間である邦弘の身体能力では、殆ど傷を負わせられなかった神話の住人である霜の巨人、フロスト。そのフロストを打ち倒す為に相応しい力こそ同じく神話の存在である武器、レーヴァテインなのだった。
邦弘がそれを理解していたのか、それとも単なる金属の棒として使用したのかは定かでは無いが、その雄渾な一撃にフロストの目がスロットマシンのようにくるりと白く変わり、不自然な姿勢のまま顎から地面へと沈んだ。
誰もが予想しなかった邦弘の勝利に闘技場が静まる。満身創痍になりながらも邦弘はオーディンや霜の巨人達が座る観客席を睨みつけ尋ねる。
「おい、俺は誰だ?」
「……」
「聞こえねぇぞ! 俺が誰なのか言ってみろ!」
その問いの答えを聞くべく周囲の観客達もオーディンたちを見やるが、霜の巨人もオーディンもただ黙しているのみだった。
「我の嫁の人間。新田邦弘だ!」
そんな沈黙を破ってトールが席を立ち、自身の金槌ミョルニルを掲げて声高に宣言する。その瞬間、観客が沸き立ち拍手と喝采が吹き荒れた。座っていたオーディンも拍手し、横に立つ霜の巨人も渋々ながら場に合わせて拍手を送っていた。
喝采の中、オーディンは静かに席から立ち上がるとその場から去ろうとする。トールはそれに気付くとオーディンの前へと詰め寄った。
「父上、お聞きしたいことがあります。何故霜の巨人をこの場に呼んだのですか?」
「お主は自由を求めていたからな。あの男がお主に言い包められて連れてこられたものか試すには奴等が丁度良い」
その言葉にトールは怒りこそ感じたが自身が発端である以上、講義することは出来ず、邦弘を巻き込んでしまった後悔と浅はかさを痛感した。
「だが奴は本物だったようだ。霜の巨人に勝利し、伝説の剣すら手に入れた。まさにおぬしの嫁に相応しい。……結婚を認めよう」
オーディンはそれだけ告げるとその場を後にする。残されたトールはオーディンに感謝の言葉を述べず、静かに拳を固めて立っていた。