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我が腕に抱きし時を

なかなかうまい文章をかけないですね(・_・;

誤字脱字ありましたら、すみません。

皆が黒い服に身を包み、一列に並ぶ。そこには高山渚の姿はなかった。


「 お悔やみ申し上げます。」

参列者は皆、重い表情で頭を下げる。涙を流し、故人を見送る。故人を見送らなければ、別れにはならないのだろうか。


渚は昔の記憶を辿りながら歩いていた。川には鴨が並んで泳ぐ。綺麗とは言えないその小さな川は、濁った底に魚がいるのか亀がいるのか、はたまた、謎の生物でもいるのではとぼんやり思う。


枝を落とすと、緩い川の流れにぷかぷかと浮かびながら橋の下をゆっくりと通る。反対側まで急がなくてもなかなか顔を見せないことはわかっていた。小枝が待ち遠しく、隣で微笑む祖母に長い棒と短い棒、どちらが早いか尋ねる。

「ながいぼうは、ながいから、きっとはやいよね?」

渚にとって、大きいものは強く、小さいものが弱いという考えは単純に彼女を納得させていた。

「そうね。でも、短い棒は、軽いから、もしかしたら小さい棒の方が先に来るかもしれない。どちらが先に来るのか、おばあちゃんも楽しみ。」

タレ目の祖母はよりそのタレ目を下げ、シワを作りながら可愛らしく微笑んだ。しばらく暖かい陽射しに包まれながら渚と祖母はじっと川の中を覗き込む。

「おばあちゃん!きたよ。やった!長い棒だ!」

渚は祖母の手を取り上に挙げ、飛び跳ねた。

「ほんとだ。すごい、すごいね、渚ちゃん。」

そう言って祖母は渚を腕の中に包み込み、心地よく左右に揺らしながら二人して笑った。


渚は今、この場にいる事が正しくないことは重々承知している。祖母の危篤の知らせを受けてから、葬式までの間はあっという間で、心にぽっかり穴が開く、というより、祖母の存在は今も渚の中にあり、何が変化したのか、何が前と違うのかもわからなかった。ただ、今この場にいないだけで、どこかで待つ祖母の姿を容易に想像できる。見送る事が出来ない理由はたった一つの後悔が渚の腕を掴んで離さないからだった。


「もう一度、やってみませんか?」


人通りの全くない場所で誰も通らないからと、地べたに座り込んでいた渚は、急な声かけに驚く。声のする方を見ると、一人のスーツを着た老人が立っていた。背丈は小さいものの、スーツの着こなしが様になっており、紺色の帽子が似合っている。

「こんにちは。」

不意に声をかけられた渚は、陽射しの前にいる人物に眩しさをこらえながら挨拶をする。

「こんにちは。もう一度、枝を流したら、長い棒と短い棒、どちらが先に来ると思いますか?」

老人はにこやかに帽子を取り、小さくお辞儀をする。渚は、もう一度、という言葉に違和感を覚えたが、川を覗き込んでいるのを見ていたのかと、自分を納得させた。

「長い棒のほうが、先に来ます。きっと、そうですよ。」

祖母と抱き合った感触が蘇り、胸をぐっと押される気持ちになる。

「あの時も、確かにあなたは、そう予想していましたね。」

老人はふふふと白髭で隠された口元を緩ませる。

「あの時?」

老人が先程から、自分と祖母との思い出の中にいるかのような錯覚に陥る。しかし、あの時はたしかに、祖母と二人きり、誰も通らない静かなこの場所にいたことを思い巡らせる。

「あの時は、たしか、7歳だったかな?あなたは、無邪気に、枝を落としていた。」

川を見つめながら老人が言う。相変わらずこの場所は、穏やかな空間に包まれていた。

「あの、私たちどこかでお会いしましたか?」

祖母は友人も少なく、訪ねて来る親戚もいなかった。祖母と同年齢くらいの彼は祖母の知り合いなのかもしれないと、期待を寄せる。

「祖母の知り合いの方ですか?誠に言いにくいのですが、先日、祖母は、」

今日が別れの日である事を知らない相手に、葬儀に参列していないと諭されそうで、渚は言葉を濁す。

「お悔やみ申し上げます。」

老人は帽子を胸に当て、目を瞑る。渚は、なんだかこの老人は祖母に近しい人で、なんでも知っているのではと考える。

「今日、お葬式なんです。」

渚は下を向きながら申し訳なさそうに言う。親族が参列せずこの場にいる。そのことをこの老人に叱られそうで肩を落とした。

「知っていますよ。あなたが、ここにいる理由、そして、あなたの後悔も。」

老人に目をやると、後ろに手を組み、いつのまにか帽子を被って、こちらを見ていた。祖母の知り合いと思っていた相手から、ここまで具体的に自分の心境がどうあるかを言い当てられると、不思議な感覚になる。この年齢になると、人の心情も手に取るようにわかるのかと、感心した。

「そんなに不審がらないでください。私は、あなたの後悔を取り消す手助けがしたいだけだ。」

老人の目はまっすぐ渚を見つめていた。その表情はふざけているわけでも真剣にでもなく、ただ当たり前の事を言っているかのようだった。

「手助けと言われても、祖母はもういないんですよ。もう、取り消すことはできません。神様でも無理です。」

笑顔を作り、誤魔化そうとしてもうまく表情が作れず、苦笑いになる。この老人は客観的に見れば、お節介な事を言っているように見えるが、今の渚には、なぜだかそうは思えなかった。

「それを叶えるのが、我々の役目なのです。」

「我々?どんな事をしてくれるって言うんですか?神様にもできない。そんなこと。きっと、一生後悔し続ける。それしかないんです。」

何も変えられないことはわかっていても、どうしても心に残ったそれをいじくられている気になり、渚の言葉が荒くなる。

「それが、できます。」

老人はずっと渚を見つめていた。

「どうやって?馬鹿にしていませんか?先程から、失礼ですよ!」

渚は泣き出しそうになっていた。思い返したくないあの時を、思い出していた。


「おばあちゃん、また来るね。」

そう言って渚は祖母に抱きつき、いつもの挨拶を交わす。

「またね。渚ちゃん。待ってるよ。」

祖母のタレ目は相変わらずで、背丈が同じくらいになっても抱擁は心地よかった。

その次の日、母からの知らせが来る。実家から離れてから、これといって変わらない日常を送っていた渚に、この上ない悪い知らせが届いた。

「おばあちゃんが倒れちゃったって。今病院にいるんだけど、私たちが色々するから。心配しないでね。」

電話越しの母は、なんだかあっさりとした口調だった。祖母の年齢から考えると、そう遠くない未来には、別れの時が待っているとは思いつつ、いつまでも存在し続けてくれるものだと、当たり前のように思っていた。祖母との文通からは、いつも温かみのある言葉がのせられていて、電話越しの声は可愛らしく、絶対に祖母からは切らなかった。

「渚ちゃんは優しいから。何があっても、大丈夫よ。」

いつもそんな言葉を添えて。

悪い知らせを受けた週末、祖母のいる病院へ行った。母に案内されてついた部屋は、廊下の一番奥の薄暗い個室。扉は開かれていて、ベッド脇の祖母の姿が目に入った。

「おばあちゃん、来たよ。大丈夫?」

渚はなるべく明るく話しかける。この部屋の暗さと静けさに、祖母が寂しい思いをしているかもしれない。ならば、自分が来たことで少しでも、微笑んでくれればと話しかけた。

「あれー?来てくれたの?ありがとう。」

祖母は私と目を合わせ、にっこりと笑ってくれた。しかし、渚には違和感があった。他の人が気づかないような少しの違和感。笑っていても何かが違うことに気づく。

「渚だよ?わかるー?」

母が祖母の耳元で尋ねた。その言葉に、渚は嫌な予感がした。

「渚?あぁ、渚ちゃんね。こんにちは。」

もう一度祖母はにっこりと笑っていたが、その笑顔は、私に向けられていたものではなく、他人に向ける笑顔だった。

母によると、祖母が倒れた原因は別にあるが、それとともに認知症も併発したとのことだった。いずれ来る別れ、それを考えずにはいられなくなった。そして忘れられてしまう事が渚を突き刺す。

それからは、週末になると、必ず病院を訪れた。たとえ、覚えていてくれなくても、祖母の存在は前とは変わらなかった。なるべく話しかけ、笑顔が見たかった。毎回帰るときにはいつもの抱擁を交わし、また来るね、と伝えた。あの時以外は。


「我々ができる事、それは、時間を操る事なのです。」

老人は涙を流す渚の肩に手を置き、そっと伝えた。その手は暖かかった。

「やり直しませんか?」

なぜだか、渚は、彼がおかしなことを言っているのに、どうしようもなく、やり直したいと強く思う。

「やり直します。もう一度祖母に会わせてください。」

涙を拭おうともせず、渚は答える。

「わかりました。変更できるのはその時の一瞬のみ。そして、変更後は、今のあなたとは違うのです。その覚悟はありますか?」

渚は顔を上げ老人を見つめ頷いた。老人が肩に触れ、目を瞑る。瞬きをする感覚で目を開けると、そこは病院だった。


「じゃあね、お母さん、また来るから。」

母が祖母に話しかけていた。祖母が危篤になる三日前、渚にとって祖母との最後の思い出の瞬間。

目の前にいる祖母はにこやかだった。当時の渚は、その日の午後にたまたま予定があり、急いでいた。また来るからと、祖母との挨拶を適当に交わし、帰っていた。エレベーターに乗り、降りる直前、車椅子の祖母の姿が見えていたが祖母の後ろ姿は悲しげで、いつまでも脳裏に焼き付いていた。あの時、きっと祖母は、悲しい思いをしていたのではないか、と。

「おばぁちゃん。」

渚は車椅子に座る祖母の顔を覗き込んだ。可愛らしい微笑みで、笑っていた。

「おばあちゃん、また来るからね。」

渚は涙をぐっとこらえ、震えながら祖母に伝えた。そして、祖母を腕の中に包み込むと、あの暖かな祖母の感触が腕に伝わった。

「渚ちゃん。ありがとね。またきてね。」

祖母からはあの、いつもの暖かな微笑みが渚に向けられた。


「変更できましたね。」

誰かに声をかけられた次の瞬間意識がふっと飛ぶ。


目の前には祖母の遺影が飾られ、黒い服を着た渚は手を合わせる。


「おばあちゃん、ありがとう。」

渚は祖母に花を手向けた。

葬儀の後、渚は、祖母との思い出の場に訪れる。その場所は太陽の陽の光をキラキラと反射して、鴨が泳ぐ。棒はぽちゃっんと音を立てて浮かんだ。ゆっくりと流れる棒は、橋の反対側へと流れていく。

川に浮かぶ葉に、長い棒がぶつかる。そして先に流れ着いたのは、短い棒だった。

読んでいただき、誠にありがとうございました。

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