美味しくいただきましょう?
その日は随分と雨が降った。
貯水池の水が増えて、弟は釣りに出かけた。
そんな雨の次の日の話だ。
***
「転校生の八井絢です。よろしくお願いします。」
疎らな拍手に転校生は微笑んだ。
可愛い子だな、と思った。黒髪のストレート、着崩さない制服。
黒髪と正反対の白い肌。
清楚が服を着て動いているような少女。
「席は飯田の隣な。そこの、窓際の冴えないやつ。」
僕のことだ。
まぁそんな評価も無理はない。
絢ちゃんと同じ黒髪のストレート、と言えば聞こえはいいが癖毛ではないだけのただの放置された髪型。
太い黒縁の眼鏡。
クラスに一人は居る「根暗なオタク」ってやつだ。
「よろしくね、飯田くん。」
だが彼女はそんな僕にも微笑んでくれた。
俗にいう一目惚れ、というやつだ。
***
「飯田くん、一緒に帰ろう。」
彼女は家の方向が同じで、慣れるまで一緒に帰ることになった。
「ん。今行くよ。」
廊下を少し走り、階段へ進む。
10月の6時は、随分と暗くなっている。
階段は電気が一つしかないので余計暗い。
「…消えかかってるね。電気。」
絢ちゃんがつぶやく。
「…そうだな。」
絢ちゃんの方を向くとかおが真っ赤だった。
耳まで真っ赤で、白い肌が更にそれを際立たせていたと言っても過言ではない。
「お願いが、あるの。」
絢ちゃんの声は震えていた。
「…絢ちゃん。」
「ちょっとだけ、だから。」
「…絢ちゃん。」
「ちょっとだけ、ね?」
彼女なそう言い顔を上げた。
「絢ちゃん!」
彼女の我慢の限界というふうな目。
真っ赤な頬。
唇から漏れる吐息。
すべてが卑猥で、愛おしかった。
だが。
「なんで、影。」
彼女の影の首は異常な程に長かった。
彼女は150cmしかなく、僕より20cmほど小さい。
だが、影は僕より長く。
特に首が。
「おねがい、飯田くん。」
彼女は懇願する。
…なにを?
「ちょっとだけ、だから。痛く、ないから。」
彼女は近づいて来る。
「ちょっとは、痛いかもしれないけど。」
彼女は僕に手を伸ばす。
「すぐだから。」
母親が小さい子を説得するように。
「ちょっとだけ…」
白い指が僕の頬に触れる。
彼女の頬が緩む。
「…食べさせて?」
***
次のニュースです。×××高校で殺人事件が起こりました。
被害者は飯田智さん。凶器は未だ見つかっておらず、心臓が体外に出た状態で発見されました。
また、頬が噛み付かれたように抉り取られており、警察は調査を続けています。また…
プツッ。
「怖いわねぇ、絢も気をつけなきゃだめよ?」
「はーい、お母さん。いってきまーす」
そこにはただただ他人事の日常が送られていた。
「…おはよう!」
「おはよー」
彼の机には、花が乗っていた。
少し枯れかけ、まさに周りの記憶のように風化した花が。