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オレはバイクレーサーだ!  作者: てんやわんや
3/3

【1話:あるチームの憂鬱(2)】

パァァアアアアアアン!!!!


やや上りながらの高速コーナーを新之助の88年式NSR50が立ち上がる。

1型と呼ばれるNSR50の最初期に作られたモデルだ。

とはいえカウルとフレーム以外はほぼ4型と呼ばれる95年型NSRのものに置き換えられている。……いや、ホイールも1型の3本スポークか。

新之助がレースデビューする前は啓二が使用していたマシンで、【海田ファクトリー】のテストパーツを装着した、準ワークスマシンのようなものだ。

20年以上前の車体でもその戦闘力は一線級である。


「……っ!!!」


ほんのわずかな上り坂でも全開で立ち上がるとフロントが浮き気味になりアンダーを誘発する。


ギュバッ!!


「がっ!!」


フロントを押し付けるように目一杯前傾姿勢をとれば、今度はリアのタイヤがスライドの兆候を見せ始める。


パパパン!!


一瞬アクセルを戻し、拡大しつつあったオーバーステアを修正する。

コーナー出口が見えた。その先は50メートルほどの直線。


ドンッ! ギャッ!!


コーナー出口でコース左にいたマシンを、フルブレーキに近いハードな減速とともに一気に10メートル右に飛ばすのだ。

ロック寸前のハードブレーキングで車体を一瞬で減速させ、ギアを二段落とし、そのまま最加速しつつ右からシケインに向け、もう一度マシンを左にすっ飛ばす。


ガンッ!!


左の縁石をかすめ……。


パァアアアン!!!


アクセルを目一杯ひねり、トルクで車体を一気に引き起こす。そしてそのままの勢いで右に倒す。


ぐりんっ!!


「あっ!! おお~!!」


思った以上に右に車体が向いてしまい、あせったがなんとかやり過ごした。タイムロスもほとんどないはずだ。


パァアアアアン!! カァァアアアアアン!!!!


右に倒れていた車体を若干引き起こし、20メートルほど進み、そのままシフトアップ。……しつつ右の高速最終コーナー。縁石を膝の先でなぞるように……。


「………………!」


何かにコツンコツンと当たるようなわずかな感触とともに車体が起きようとする。それを押し込めるようにバンク角度を維持する。

タイヤの端ギリギリを使っているのだ。ここからさらに無理に倒すとスリップダウンが待っている。不用意に起こすとマシンは遠心力に負け、コース外へと飛んでいってしまう。転倒の恐怖と戦いながら針の穴を通すかのような精度のマシンコントロールを続ける。

コーナーイン側ギリギリを慎重にアクセルをコントロールし、狙ったラインをトレースする。


「まだ…!」


中規模のサーキットにおいて、NSR50の最終コーナーの旋回速度は概ね70キロ前後。

大型のスポーツバイクに比べ、最終コーナーの旋回速度は約40キロも遅い。

しかしコーナー旋回時の頭の位置は大型バイクより40センチも地面に近い。

体感速度は大型バイクと同等かあるいはそれ以上。


「まだまだっ……!!」


しかも速く感じるだけで実際は40キロ遅い。

コーナー脱出に時間がかかる。それだけ長く恐怖と戦い続けなくてはならない。


「ここ!!」


ガン!!!


一気に車体を起こす。

イン側の縁石がものすごい勢いで彼から離れて行き、アウト側の縁石が彼めがけて飛んでくる。


ドドドドドドッ!!!!


コースの外30センチ。

縁石の上まで使いコーナー旋回を完結する。

あとはとことん加速するだけだ。

ストレートを200メートルほど行ってコントロールラインを通過する。


おおおお……!!


客席がどよめく。パドックからも身を乗り出し、各チームのクルーたちが電光掲示板を注視する。

新之助の今のラップのタイムが、その電光掲示板に表示された。


「何秒!?」


たった今タイムアタックを終えた新之助がその掲示板を振り返る。

彼の目に映ったタイムは…59秒748。


「オラァ!! どーよ!!!」


それを見てガッツポーズ。

ここまで30台中28台走ってトップのタイム。唯一の1分切りである。

これでグリッドは3位以上が確定したということになる。


「ほら見れ! シケインが逆になってもそんな変わんないタイムで走れんだコノヤロウめ!!!」


パドックに戻った彼は騒がしい。

そんな彼をはやてが出迎えた。彼女はそれまで3位のタイムをマークしていた。新之助がトップに立ったので現時点で彼女のタイムは4位だ。

しかし別段悔しがるではなく、はやては素直に新之助のアタック結果を祝福する。

さて。

残るはふたり。

はやての双子の姉である秋川 こまち。

そして、新之助のチームメイトでありライバルの海田 啓二。


パァァアアアン……!


すでにウォームアップランを行っているこまちはコース上にいる。マシンは06年式のNSR-Mini。

徐々にペースを上げ、シケイン手前で全開走行に移行する。


<さぁ、ゼッケンナンバー886、フリー走行では最後までコースにいた秋川 こまちが…今タイムアタックスタート!!>


「………………。」


場内のスピーカーから彼女がタイムアタックを開始したことを告げる放送が流れた。

最後にアタックする啓二はすでにバイクに跨った状態でピットロードからこまちのアタックを見守る。

今、啓二が一番怖いのが、実はこまちである。

まだレース経験は浅い。テクニックもそれほどではない。速さで言えばはやてのほうがやや上ですらある。

しかし、こまちは彼が…いや、ほかのライダーの誰もが理解しがたい、信じられない特殊な技術を生まれながらにして持っている。


<出た! これが「こまちレール」だ! またこのレースでもマジック炸裂!! こんなライン見たことない! 誰も真似できない!!>


そう。

こまちは他のレーサーとはライン取りがまるで違うのだ。

誰もが真似をしてみるが、その誰もが実際自分で走ってみて、こまちがやっていることの重大性に気付くのである。

とても真似できるラインではない。タイヤカスもオイルも関係なし。なんというか……めちゃくちゃだ。

そんな彼女だから、実は背後に付かれると脅威である。

通常、前車のラインをトレースしてパッシングポイントで一気に前に出るというのがレースでのパスのセオリー。

一周が1500メートル以下のサーキットでは、前車をパスできるポイントは多くはない。

それだけ上位に上がるチャンスは少ないし、すべてがうまく行っても一周でパスできるライバルの数は限られている。

しかし、こまちはそのラインが根本から違うので彼女の中にパッシングポイントと呼ばれるものが存在しない。

つまり、彼女はラップタイムが相手より上回ってさえいれば、どこでも前車をパスできるのだ。

全周回すべてがクリアラップに近い状態と思えばいい。これは信じられない状態だ。


<シケインをまとめ、最終コーナーを立ち上がってくる!! コレも速いぞ!?>


やや興奮気味に実況が捲くし立てる。

こまちのNSR-Miniがラインを通過する。


<59秒758!!! 染谷には一歩及ばなかった! しかし現段階で2位のポジション!! なんであんなラインでこのタイムが出るんだ! とんでもない不思議ちゃんだ秋川 こまち!!>


おおおお!!!


再び場内がどよめく。先ほどの新之助のときよりも大きい。そして拍手が巻き起こる。

啓二が首をめぐらすと新之助がホッと胸をなでおろしたのが見えた。


「………………。」


なるほど。

こまちがずっとコースに出続けていたのはこう言う事か。最後の最後までセッティングを煮詰めていたのだ。この結果を見れば彼女のその努力が結実したということがわかる。

今の彼女の経験と実力でこのタイムを出してきたというのは、現段階でこれ以上ないほどの結果である事は間違いない。

そして最前列からのスタートが確定した今、彼女の特殊な技術と軽い体重は脅威だ。決勝レースでは神経を使う展開になりそうだ。


ドザーーッ!!


「!?」


そして、第一コーナーで砂煙が舞い上がった。

驚いてそっちに目を凝らすと、なぜかタイムアタックを終えたというのにこまちがサンドトラップに突っ込んでいた。


「んんんん!!???」


わけがわからない。啓二はさすがに目を丸くした。

おおかた止まらずに電光掲示板を見ていたのだろう。それでそのまま1コーナーを直進してサンドトラップに突っ込んだのだ。


「はぁ…。」


やれやれとため息をつき、一度はスタートのために閉めていたヘルメットのシールドを再び開ける。

彼女がコースを出るまではウォームアップランにも出られない。


「こまちちゃんは…面白いなぁ……。」


彼は口元をころばせた。


■ つづく ■

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