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卓上空想

作者: 一条 灯夜

 二千年代中頃――。

 理数系離れが加速した日本で、ひとり一台、萌え声でナビゲートする関数電卓が開発され、暇な政治家がそれを義務教育に組み込んだ。

 しかし……。


『四にルートをかけるなんて、アナタは小学生ですか? プップ~』

 とか、電卓風情にほざかれると……叩き壊したくなるな。

 イラストそのものは、旧世代のドット絵だし。

 レトロな感じが良い、なんて言ってるのは、オーバーエイティのクソジジイな政治家だけだ。そう、そんなバカな政治家が税金の無駄遣いで支給している萌え関数電卓は、紛失や故意の破損には高い金が掛かると分かっていても、だ。


 つか、今日の四にルートをかけたのだって、数式の流れ的に、仕方なくであって、四の平方根が二だなんて、計算するまでも無く分かることだ。

 しかしながら、高校教師というモノは、過程を重視して、本質的な理解の有無をないがしろにしがちという謎な生き物でもあるのだ。

 たかが、四にルートをかけることとはいえ、飛ばして二と表示しようものなら、丸が三角になり、得点が半減してしまう。

 答えが合っていようとも、だ。

 クソ教師に成果主義の意味を講義してやりたい気分だが、それもこれもどれもめんどくさいので、横においておくこととする。現在問題視されているのは、たかが宿題の計算において、持ち主である俺に楯突いたこのクソ萌え関数電卓への仕置きだ!


 どっかで外国語だかなんだかのキャラが可愛いだのと持て囃されたのは、過去の時代の遺物だ。

 なんでもかんでも萌えキャラにして良いって時代ではないのだ、多分。

 そして、それは、木っ端役人とバカ政治家以外のすべての人間が理解しているものなのだ。信頼の日本ブランドを発信し続ける、二次元での捜索活動を行うものなら、それを居住してきた日本国民なら、須らず!


 うん。

 要約すると、この宿題の答えを俺がプリントに書き入れた瞬間が、この萌え電卓の命の火――電源――が消え去る日だ。

 さあ、バカにされ続けた計算の答えを……。

『ちょ、ちょっと待ちなさいよ!』

 萌え電卓が、相変わらずのツンデレロリっぽいような、そうでもない――実はオーバーサーティ――ような、なんか独特の中毒性のある声を発した。

 が、待てといわれて待つ男は居ない、と、昭和のだんでぃずむとかいうのを体現すべく俺は答えを――ッ!

『アンタ、忘れたって言うの!? あの日を』

 ぶはっ?

 思わず噴出してしまい――そのすぐ後、あれ? 萌え関数電卓とはいえ、こんなに喋る電卓だっけか? と、ちょっと首を傾げてしまった。

 すると、カメラ機能もついていないのに、まるで俺の表情を見透かしたように、関数電卓は喋り始めた。

『そう、アナタって、いっつもそう。新作のゲームを買いに言って、でも、私を持っていかなかったから、消費税計算が出来ずに、僅か十円差でゲームが変えなかったりとか』

 いったい、何時の黒歴史を持ち出すというのか、この電卓は。そりゃ、確かに、関数電卓が国から支給された中学一年の時に、部活も仮病でサボってゲームを買いに行って、だけど、半端な値段表示だったから、六千といくらかまでは暗算出来ずに適当に有り金全部を出して足りなかったこともあったけどさ……ってか、なんで知ってるんだ?

『第二世代マイナンバーは、個人の購買記録も保存されております』

 死ね、クソ役人。

 こんな声だけは、機械で合成したって感じの変なイントネーションだし。

 つか、最新技術でそんなディスとピアを造るぐらいなら、もっと是正すべき部分はたくさんあるだろうに。政治化の領収書に関する問題とかよぉ。


 徐に、中学の技術の時間で使ったショックレスハンマーを、机の一番下の大きな引き出しから引っ張り出す俺。

 きっと、今、この電卓を抹消しなければ後悔する。たとえ、声だけは、なんか、ずっと聞いていたい音域のモノであったとしても。

 本能が、そう告げていた。


 宿題の答えは、埋まっている。

 破損の理由は、オカンが間違えて踏んだとかで良い。確か、そんな理由を告げたクラスメイトが居た気がする。

 怒られはするかもしれないが、この精神的負担を軽減するためには、やはり、手元の電卓を破壊するしかないと思った。

 過去まで把握されたんじゃ、どこでなにを言われるかわかったもんじゃねえ。

 いざ!


 振り上げたハンマー。

 重力の乗った鎚先。

 もう、一センチで全てが終わるという時だった……。


『本当に、いいの? 後悔、しない?』


 なんで、電卓の声で躊躇うかな、俺は。


 溜息を吐き――、少しだけ冷静になった頭で、電源切って、鞄の奥にでも幽閉するれば良いや、もう、と、諦めた時だった。

『違うて~の、まったく、本当にアナタは私が居ないとダメですね』

 なぜ、ぶっ壊しておかなかった、一分前の俺。

 しかし、電卓は電源を切られたくないのか――。

『正方形の面積を定義して、そこから一辺の長さを求め、更にそれが直角三角形の底辺となり、そこから三角関数を利用して相似で図形の面積を求めに掛かった考え方自体は、悪くないけどね。でも、考えてみてよ。最初の――』

 半信半疑で指示に従って、検算してみると、確かに序盤で引っ張ってきた数字の一部に誤りがあった。

 そこで、それを修正してf(x)=を改めて定義していくが……。

『昔っからそうなんだよね。アンタって。単純な計算よりも、難しい文章問題の方が好きな割に、どこか隙があるのって』

 ……あれ?

 喋る萌え関数電卓って、こんな饒舌なんだっけ?


 つか、なんだよ、その幼馴染的発言は。その、ずっと見ていました的な発言はぁ!

 いや、まあ、ストライクなんだけどな。

 美人の幼馴染には、あんまり恵まれていないので。


 不覚にもちょっとキュンと……青春の胸の締め付けっていうか、赤い実っていうか、そんなものが大変なことになっていると……。

『尚、オプションをご購入頂くことで、一日のスケジュールを管理することも可能に鳴りました。最新(有料)アップデート、続々公開予定。嫌いな数学の授業を、可愛い声で華やかに。~文部科学省~』


 あー、なるほどねー。

 増税し過ぎたから、今度は大人じゃなくて子供から鉦を巻き上げようとしているんだ、日本は。

 しかし……。


『買いなさいよね』

 なんて、ツンデレボイスで命令されると――。


 嫌よ嫌よも好きのうち、やっぱ嫌だ!

 せめて、前時代のような喋らない電卓が欲しい。


 そうでなければ、俺はきっと数学を好きにはなれないだろう。

 現実が甘くないことを悟った、二千五十六年五月の夜。

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