鶏編 ~せめて白鳥に~
…なんだか随分と久しぶりな気がします…。
「それじゃあ、皆、よろしくね~」
私の目の前に悠然と広がる、美しい湖。
その中央でのんびりと告げた、白い法衣を着た優しそうなお爺さん。
そして、それを真剣に見つめている、多くの動物達。
その目には、殺気も漂っているように見えます。
龍や河童なんかの、ファンシーな生き物もいますわね。
あらあらまあまあ。
私の今現在の位置は一体何処なのでしょうか。
「それじゃあ皆、三日後にね~」
そう言うと、お爺さんは消えてしまいました。
貴殿、手品師でござったのですか。
ここは何処でしょうか。わかりません。
私は誰でしょうか。私です。
何故此処に居るのでしょうか。わかりません。
何故こんなに沢山の動物が居るのでしょうか。知ったこっちゃありません。
あのお爺さんは誰でしょうか。私のお爺様ではありません。
一応現状の確認は終了しました。
それでは、どうしてこうなったのかという原因を考えてみましょう。
えっと、私はさっきまで何処に居ましたでしょうか。
確か、ダンスの先生と一緒に、私達の豪邸で、レッスンをしていたのではなかったでしょうか。
いきなりレッスンを取りやめ、動物園を見学するという話は聞いておりませんし、それに龍や人魚がいる動物園は、私の記憶の限りは存在しておりません。
そもそも、人間の現実世界にはそんなものは存在していないと存じております。
そんなものが存在するのは、せいぜい物語の中だけです。
ええと、最後に何があったのでしたっけ?
・・・そうでした。私は生れついてからの病弱な体質でしたね。
満足に運動もできず、常に周りから取り残されておりました。
その日も、確かレッスン中に立ちくらみがして、そのままーーー。
つまり、今の話をまとめるとこうでしょうか。
私はダンスの稽古中に倒れて死んでしまい、人間世界では無い場所に転生してしまった、と。
ここは明らかに地球ではありませんし、そう考えた方が筋が通ります。
「とうとう、この時がやってきたな」
色々考えて一人合点していた私の頭上で、龍が低いしわがれた声で言いました。いえ、おっしゃられました。
あんなものに攻撃されたらひとたまりもありません。今すぐ百キロメートル先に逃げたいですわ。
ですが、他の動物達はまったく動きません。正直に言うと、殺気がもっと高まった気がします。
何故こんなに殺気立っているのかはわかりません。怖いので知りたくも無いですし。
それよりも、今の私は一体誰なのでしょう?
側にいる烏がやけに大きく見えるので、おそらく人間型の生き物では無い、ということはわかるのですが。
もしかして、グロテスクな生き物に生まれ変わっていたりしませんわよね。超巨大ミミズとか、タランチュラとか。本当に止めて下さいね?私、虫なんかのそうゆう系の生き物は苦手なのです。
湖に移れば確認できるのかもしれませんが、周りが少しも動かないので、動けば悪目立ちします。目立ったら殺されかねません、よって現状維持です。
「とうとう、干支を決める時がやってきたのだ」
大きな口を動かして、堂々と龍・・・否、龍様がそう言いました。
それにしても、お身体が大きいですわね。今の私の数百・・・いや、数千倍はありますわ。尻尾の方は霞んで見えません。
それにしても、干支?干支って、あれですわよね。
ね、うし、とら、う、たつ、み・・・と続いていくあれですわよね?
世間知らずの代名詞という異名を持つ私でも知っているのですから、相当有名な物なのでしょう。
しかし、『決める』?十二支も長く使われていますから、決める時も色々あったのでしょうけれど、こうゆうストーリーでしたっけ?
私も話をチラリと聞いたことがありますが、子供達が親に読んでもらう絵本のような、もっとほのぼのしたようなほんわか系の話だったイメージがあります。こんな殺気が漂うサバイバルチックなお話ではなかったと存じあげているのですが。私の記憶違いでしょうか。だったら良いのですが。いや、よくありませんね。
「ここにはありとあらゆる動物達が集まり、ありとあらゆる妨害工作が許されている」
ええ、やっぱり違います。
こんなのはあの干支を決める話ではありません。
私は断じて認めませんわ!
龍にありとあらゆる妨害工作、と言われたら殺傷しか思いつきません。そのことを周りの動物達も知っていたのでしょう。だからこんなに殺意が漂っているのですわ。
こ、ここは一刻も早く逃げなければなりません。
昆虫陣は羽音を立てて威嚇の姿勢に入っておりますし、私のいる鳥陣もしきりに鳴き声をあげております。
ハムスターや鼠、蛙なんかの小動物陣も唸っております。この辺は可愛らしくて良いですわね。
ですが、ライオン、象、虎などの先頭能力が高そうな大型動物陣は・・・みたくありませんわ。ちょっとそこの狼。怖いので雄叫びなどあげないで下さいませ。
「ルールはこれ以外決められていない。 殺傷も駄目と言われていない。 ここまで言えばわかるな」
はい勿論。殺しもオッケーということなのでしょう!?
これは駄目ですわ。龍様が圧倒的に有利な立場にいらっしゃいますわ。私なんかけちょんけちょんにやられてしまいますわ。
そして、何故他の動物達は、覚悟を決めて頷いていらっしゃいますの。頭がどうかしているのでしょうか。あんなのーーー失礼、龍様と戦ったって微塵も勝ち目はございませんわ。明らかに逃げるのが得策です。
ここは一刻も早くこの場から逃げたいのですが、周りが動いてくれません。悪目立ちしてアッサリと殺されるのは勘弁なので、ここは一旦様子を見るしかありません。
「元旦まであと三日ある。 その時までに邪魔者は消しておけば良い」
ええ、是非とも止めていただきたいですわ。
私、せっかく悪運強く生き残ったのに、こんな所でサックリアッサリ殺されるなんて嫌ですわ。
なんとしてでも生き延びてみせます。あと三日ですわよね?
と、いうことは、今日は地球でいう十二月二十九日か二十八日、ということなのでしょうか。
こんなことわかっても全く意味がありませんでしたね。
「炎の息吹!」
ドッガァーン!!
さっきまで昆虫達がいた場所にあった木々が、一瞬で炎にえぐられました。寒々しくゴツい土が露出し、その場所だけ何処かの火山のようになりました。そこにいた昆虫さん達も一緒に吹き飛びました。
・・・冗談ですわよね?
龍様、そんな不思議な技もお使えになられるのでしたのね。
私、最早気絶しそうです。色々な意味で。
その龍様の攻撃を合図にして、他の動物達も一斉に動き始めました。私の周りに居た鳥達も、一斉に羽を広げて飛び立って行きます。
私も真似しようとしました。鳥陣に居たのだから、私も鳥なんだろう、飛べるんだろうと。
羽の動かし方はサッパリわかりませんが、取り合えず羽を広げようとしました。ここまでは良いです、無事に動かし、羽を広げられたようです。あとは飛び立てば逃げられます!
既に周りの鳥達は九割以上飛び立っていて、残っているのは、私の入れて数匹です。かなり目立ってきているので、標的にされないように私も早く行きましょう!
しかし、私の羽は、バサッという音を出しただけで、そのあとは全く動きません。何度も羽を動かしますが、飛べる気配がありません。
もう私以外と鳥は全員何処かに失踪し、湖の周りに居るのは殆どが強そうな大型動物だけとなりました。
そろそろ標的にされかねません。しかし、飛び立てません。
「コ、コケ?」
その時、自分の口から出てきた鳴き声。耳を疑いました。
この声から、自分が何の動物なのかすぐにピンときてしまいました。背筋が凍りました。
念の為に、もう一度確かめてみます。
「コケコッコー・・・」
決まりです。私は飛べません。
私は鶏だったのです。
ここは、とにかく徒歩で逃げるしかありません!
熊が私に気が付き、狼が私に狙いを定めたと思われた時、私は叢に突っ込んでいきました。大分遅れてのスタートダッシュです。
自分が飛べない鳥だったというのは大きな誤算でした。
綺麗な水鳥も居ましたというなに、どうして私が鶏だったのでしょうか。せめて、白鳥にしてほしかったですわ。
しかも、もう疲れてきました。まだ数メートルしか進んでおりませんが。
こんなミリ単位の細い足でこんな寸胴を支えているのですから、当然といえば当然なのかもしれませんが。
他の鳥達は、もうとっくのとんまに遥か彼方の大空を飛んで私を見下しているのでしょうが。
この鶏に体では、悪いことしか無いような気がするのですが。
と、ともかく進みましょうか!
まだ数メートルしか進んでいませんし、このままでは何かに巻き込まれかねません。
せめて500メートルは進みたいですわね。
ああもう、飛べないのは痛いですわね。
十二支で鶏は10番目にゴールしていますが、一体どうやってゴールしたのでしょう。
神様は、私に一体どうゆう気持ちでこんな寸胴でへんちくりんな体を引っ提げて初詣しろというのでしょうか。全く酷にも程があるってものでよ!
・・・そうです!魔法というものは使えないのでしょうか?
龍様が何か凄そうなものを使っておりましたわよね。あれと似たようなものは使えないのでしょうか!?
こんなちんちくりんな体なのです、多少はハンデが貰えないと理不尽極まりないですわ。
それを使って空を飛べれば完璧です。
なんか、こう・・・羽を広げて、「フライング!」とか格好良く言ったら飛べたりしませんかね?
失敗したら恥ずかしいですが、此処はやってみるしかありません。
何と言いましょう?「フライング」は無難過ぎますかね?「バタフライ」とか、「フリーゲン」とか、「ヴォレ」とか・・・。まあ良いです、片っ端から唱えて生きましょう!
「フライング!」
な、なんですって!?さっきまで「コケコー」とか間抜けに言っていらしたのに、いきなり人語を喋れるようになっています!奇跡ですか!?
そういえば、さっき龍様も人語を話していましたし、何処かのお爺さんも普通に日本語らしかったです。それに、龍様以外の動物方も、言葉の意味を理解しているようでした。
なんでしょうか。此処は、天才になり過ぎた動物たちの動物園か何かなのでしょうか。
それはそれとして、話を戻して結論を言いますと、駄目でした。まったく浮く気配もございません。
呪文を間違えたのかもしれませんね。違う言葉でもう一度。
「バタフライ!」
・・・。
「フリーゲン!」
・・・。
「ヴォレ!」
・・・。
全滅しました。
ま、まさか本当に私って魔法も使えないただの鳥だったのですか?
こ、こんな事はあってはなりません。な、何か他に無いのですか!?
「飛べ!」
日本語路線で行きましょう!
しかし反応は無いですわね。
「飛翔!」
・・・。
えっと、他にありそうなものは・・・!?
仕方ないですわ、一番簡単ですが、一か八か!
「飛翔!」
ふわぁっ。
う、浮いたーーー!!ですわ!
こんな単純なので良いんですね!?
もう無理なのかと思いましたよ!
下を見れば、どんどん地面が遠ざかり、木も飛び越えてしまいました。
この上から見た景色、たまりませんわね。
おや、むこうの湖付近ではまだ龍様がおらしたのですね。なにやら今度は雪の息を吐いております。もう、あのお方が一番で良いのではないかと思いますわね。
龍様を撃破して一番でゴールインできる者など、一匹も居ないーーー。
ドッカッァーーン!
突然、湖付近が、爆発しました。
紅い火花を散らし、木々を巻き上げ、龍様を跳ね飛ばしーーー何事ですの!?
突風で龍様が湖に落とされました。凄い水飛沫があがります。
呆然と後ろをみたまま空中で静止していると、今度は濛々と煙が上がりはじめました。よくみると木々が燃えているようです。
龍様の技『ファイヤーブレス』?とかいうもののせいかもしれませんが、まさか・・・。
龍様が無様ーーー失礼、神々しく湖に落下したということは、絶対に落とした犯人がいるはずなのです。その正体は不明ですが、私が敵わない相手なのは明らかです。魔法は呪文がよくわかりませんし、体術系では絶対に敵いません。モタモタしている間に焼き鳥にされてしまいますわ。
一番恐ろしいのは、龍様を落とした犯人が、あの炎も生み出した、ということなのですが・・・。
私は、再び前進しながら考えます。
龍様に勝てる動物とは一体、何なのでしょうか?
象、ライオン、虎なんかの強そうな大型動物も龍様と比べたら豆くらいでしょうし、河童、ペガサス、人魚なんかのファンタジックな動物?も龍様に勝てるとはあまり考えられません。
ですが、せいぜい強そうなのってこの辺ですわよね?
昆虫類は一掃されたはずですし、魚もいたようですが、あまり残って戦っているイメージはありません。
リス、猫、犬なんかの小動物もそうゆうイメージはありませーーー。
ピーッ、ピーッ、ピーッ!
私の頭上から、携帯の着信音みたいな機械音が鳴り出しました。
え!?何事ですか!?
私、何か悪いことしましたでしょうか!?
『MPが残り一割を切りました』
・・・は?マジックポイント?
なんでしょうかそれは。おいしいのでしょうか。
名前からするとあまり美味しそうには思えませんが。
残り一割を切った、ということは、さっきまではまだ沢山残っていた、ということですわよね。
そのなんちゃらポイントというのは、何をすれば消費され、何をすれば回復するものなのでしょうか。
ええと、私は何かしましたでしょうか。転生しました、逃げました、走りました、飛びました。
そして、マジックというのは魔法のことですわよね。
『MPがゼロになりました』
・・・結論。空を飛ぶのにはマジックポイントを使う!
どんどん降下していく中、私はそうゆう結論を導き出しました。