第4話 「森王」
「階段ヲ作るなラ、ココが良いだろウ」
そうリウドに進言したのは8歳になったばかりのクラド。
「理由を聞いても言いか?」
「少し低くナッテイル上に、『森王』が隠れル洞窟から離れてイル。それに内側がエグれているカラ、アレを設置しやすソウダ」
低くなっているということは、階段の数を少なく出来るということだ。階段を掘る労力を節約できる。だが、階段は火山の噴火口然とした大穴の周囲をグルりと周回するように掘らなくてはならない。距離が短かすぎれば、階段が急で危険なばかりか、結局のところ、運搬の効率は下がるだろう。
「しかし、この場所から始めるト、右回りなら洞窟、左回りなら、あの大きな石にぶつかってシまうぞ」
また、リウドはクラドが何を設置しようとしているのか分からない。
階段は掘るものだ。
「アノ大きナ石が目印になる。ココとあの石ヲ真っ直ぐに結んだ角度で階段を掘るノダ」
「この角度では急過ぎて危険だ。重い物を背負ったまま足を踏み外せば怪我するぞ」
リウドは運搬は年長者や戦闘に参加しない者たちに担当させるつもりだったので、効率も重要だが、危険性も重要視した。
「重いモノは背負わナイ。単に我ラがココと穴の底を行き来スルタメだけノ階段ダ」
「?」
リウドは首を捻る。
なるほど、それならば掘る時間を短縮できる。猿一頭が上り下りできれば良いのだから。
だが、それでは狩った後の獲物をどうするのか。そもそも、その為の階段であろう。
「では、狩った後の肉はどうやって運ぶんだ? 槍だって、かなりの量になるぞ。階段の幅が狭いと危険だろう」
「水場ノ丸い、あれヲ使ウ」
「!!」
クラドが頭に描いているのは、井戸で使われている、いわゆる「滑車」であった。
リウドは目からウロコが落ちた思いであった。
物を運ぶ為には背負うか、手で抱えるのが当たり前だと思っていた。だからこそ、背負子を持ってきたのだ。
運ぶ物と自身を分けて考える。
リウドにはその発想がなかった。
クラドはリウドの驚いた表情に満足し、子供らしからぬ笑顔を見せる。
雪山登山を途中リタイアしたことに対する、意趣返しのつもりなのだろう。背負子で運ばれるというのは、クラドの子供心にも屈辱的なことだったのだ。しかも、事前に、リタイアすることが想定されていたのだから尚更であろう
水場の滑車は何度も使っている。
もちろん、滑車の仕組みまでは分からないが、ロープを溝の掘られた木の輪切りに通すことで、少ない力で水を汲めることは知っていた。
だが、なぜ楽なのか、水以外は運べないのか、などといったことは考えたこともなかった。
ちなみに、井戸の滑車に「動滑車」は使われていない。つまり、ベクトルを変換させる為だけの、ただの「定滑車」である。
よって、実際に軽くなるわけではないのだが、水の入った桶を舌から上に持ち上げる力が、上から下に引く力に変換され、軽く感じるのだ。自分の体重を用いた位置エネルギーを使えるからだ。
滑車が無ければ、背筋と腕の筋力だけで持ち上げなくてはならない。下半身を使えば、膝や腰にも負担が掛かるだろう。
「水場の屋根にぶら下がっている『木の輪切り』のようなやつだ。あれがあれば、穴の底に降りなくても、紐を引っ張るだけで穴の底から重いものを運べるはずだ」
元々、リウドが階段を作ろうと思い立った理由は人(猿)と物の運搬の為だ。自分たちが行き来するだけなら、階段の幅も狭くて済むし、多少急でも問題ないだろう。極端な話、階段などなくても、壁を斜面に切り崩して、足場を作るだけで良い。
「全く、お前の知恵には驚かされる。確かに、あの木の輪切りは使える。ただ、その辺りに設置するにしても、地面が不安定で、危険ではないか?」
リウドが指差した場所は、確かに足場が不安定そうだ。やぐらを設置するなら、崩れる可能性もあるだろう。
「……確かに。そうか、何も、内側が抉れている場所を探す必要はないんだ。水場と同じように、真下に穴を掘る。穴の底からは横穴を掘る。その合流する地点から運べば良いのだ」
(1:クラド案)滑車用のやぐらを作成し、設置する。縦穴と横穴を掘る。さらに、猿一頭が通れるルート(階段)を作る。
(2:リウド案)獲物を持ち運べる、ある程度幅があり、安全な階段を作る。
さて、実際のところ、獲物を運ぶという目的の為には、どちらが効率的だろうか。
正直、クラドの案(1)は複雑で、単純な(2)に比べ、効率的とは言えない。むしろ、労力的にはマイナスだ。たかだか50m少しの高さなら、(2)で十分だろう。
そもそも、「滑車」とそれを支える「やぐら」を上手く作成できるかどうかすら怪しい。
だが、リウドはそうは考えなかった。
労力に見合うか否かは別にして、素晴らしいアイデアだと思ったからだ。
ここまで複雑な作業は、おそらく、猿王種史上初の試みとなるだろう。
リウドはそこに、大きな意味があるような気がしたのだ。
リウド案である(2)と違って、クラド案なら器用な数頭の猿だけで作業するには時間が掛かりすぎる。短期間で一気に仕上げる為には、多くの猿の献身が必要だ。
図らずも、(1)のクラド案は分業によるチーム分けと、チーム内の猿同士の協力が必要になるのだ。
リウドはそこまで考えることが出来た。
一方、クラドはそこまで考えてはいない。
発案する者と、運用する者は違うということだろう。
「お前の案で行くぞ」
地球の南米ギアナ高地に存在する陥没穴は底まで300m以上もあり、特殊な生態系さえ形成しているという。
そこまでのレベルになると、ロープ以外で下りるのは不可能だが、現在、リウドたちが作戦を練っている穴は50mほど。地盤の安定した場所なら、横穴の距離は長くなってしまうが、縦穴自体は30mほどで足りるだろう。
「長よ、木の輪切りを設置する場所は『森王』が隠れている洞窟では駄目か? 洞窟の真上から下に穴を掘るのだ。横穴を掘る手間が省ける」
リウドはそれは悪い案ではないと思ったが、イメージしたところ、何となく、洞窟の天井が崩れて危険な予感がした為、却下した。
既に、リウドの頭の中では更なる効率化よりは、複雑な作業を分業によって達成することの方に重きが置かれていた。
それはきっと、猿王種の未来にとって、良いことのような気がしたのだ。
猿たちの生活は「ディーマンモス」を狩ろうが狩れまいが、今後も続く。
その場合、今回限りで効率的な案を採用するよりも、多少複雑なクラド案の方がリウドは価値があると見た。
「リウド、ドウモ様子が変ダ」
「森王」の様子を見に行っていたゴドウとカノウの二頭がリウドの元に戻ってきた。
「イクラ探しテモ、『森王』が一頭シカ見当たラナイ。他の『森王』はドコニ行ったノカ」
カノウは雌だが、まだどの猿とも番にはなっていない。
身体つきがリウドやゴドウたち雄とは違い、若干丸みを帯びている。尻にまだ毛が残っているので、雌としてはまだ未成熟だ。成熟した雌は尻の毛が抜け、胸も大きく膨らんでくる。
「そりゃ、洞窟の中に隠れているんだろう」
「カノウの言う通リダ。本当に一頭しか見当たらナイ。隠れテイル気配も感じラレナイ」
リウドが軽く応えるも、ゴドウの目は真剣だ。
「前に見た時は六頭もいたんだ。五頭も隠れていれば、気配くらいは感じるだろ」
リウドは少し考えた後、出来るだけ近付き確認すること決めた。
穴の上からでは洞窟の中の様子までは窺い知ることは出来ないが、それでも得られる情報はあるはずだ。
「ちょっと見てくる。クラドはここにいろ」
一頭の『森王』が長い鼻を使って、雪を掻き分け、草や苔の類を掘り返している。
しかし、その様子がどこかおかしい。
「確かに、あの一頭以外は見当たらないな。それに、あの一頭も、何かに怯えているように見える……」
「ダロ?」
だが、リウドはそんなことよりも、もっと重要なことに気が付いていた。
洞窟の入り口付近に散乱する膨大な量の骨。
その骨は、到底、『森王』のものとは思えなかった。
サイズが全く違うのだ。
つまり、この穴には「森王」以外にも、多くの獣や魔物がいる――あるいは、過去にいたことを示していた。
リウドが最初に『森王』を見た時に浮かんだ疑問。
『あの四本足は、何を食べて生きているんダ?』
その疑問は未だ解決していない。
角度的に、穴の奥までは見通せない。
にも関わらず、リウドは睨むように、穴を観察する。
当初、洞窟は『森王』の寝倉程度に考えていた。
それが自然だからだ。
だが、そもそも、彼らの食べ物は? という疑問が湧き、訳がわからなくなった。
今回に限っては、正直なところリウドは何一つ、確信を持って行動できていないのだ。
靴だ、槍だ、階段だ、などと様々策を練ってはいるが、実は暗闇の中、手探りで進んでいるに不安が常に付きまとっている。
ドワーフ族の知恵の結晶の数々に触れ、軽い躁状態になっているのかも知れない。
今回、リウドにとって――否、猿王種にとって初の試みが多すぎた。
「これはもう、下りて、この目で確認するしかないな」
リウドがそう呟いた瞬間、リウド、ゴドウ、カノウの三頭は、未だかつて感じたこともない強烈な魔物の気配を感じ取った。
「GURRRRUUU……、GUAaaaaowN!!」
瞬時に膨れ上がる魔力。
唸り声の後の、強烈な咆哮。
洞窟内で増幅された魔物の咆哮は、リウドの身に突き刺さるかのような、物理的な圧力さえ伴った、圧倒的な雄叫びであった。
驚いた「森王」が、洞窟とは逆方向へ、その巨体を揺らし逃げ出す。
もちろん、「森王」がいる場所は穴の底である。
逃げると言っても、洞窟の入り口から遠ざかることしか出来ない。身体の構造的に、50m以上の壁を登るのは不可能だ。
リウドの背中の毛が逆立つ。
ゴドウがゴクリと唾を飲み込む。
カノウの尻尾は縮んで太ももの内側にまで丸まっていた。
猿たちは視線を洞窟の入り口から離せない。
「GURRRUUuuu……」
そして、『森王』の数倍はあろうかという、巨大な魔物が洞窟から地面を揺らし、ゆっくりと姿を現した。
周囲の雪と、魔物の全身を覆うゴツゴツとした表皮が、陽の光を受けて乱反射する。堂々たる巨体の主は長く太い尻尾を振り、洞窟の中に溜まった骨を外へと掻き出した。
リウドはそれが一目で「森王」の牙や骨、毛皮だと分かった。
「森王」は隠れていたのではない。
食べられたのだ。
穴の周囲を見渡す魔物は、体長20m以上は優にある、大顎系地竜の成体であった。
それは洞窟の入り口から一番離れた場所で怯える「森王」などよりも、遥かに「王」であった。
◇◆◆◆◇
「急拵えの隊にしては、悪くない動きじゃないか、将軍」
兵士たちの熱心な訓練風景を満足そうに見つめるのは軍務大臣のセルティア・キシュウ。40代だというのは周知のことであったが、正確な年齢を知る者は少ない。
つまり、独身である。
女性が軍務大臣を務めるのは世界的にも珍しい。男尊女卑というよりも、性差による適材適所の結果だろう。
女性が軍事のトップということで、平和的な国家をアピール出来るのは確かだが、だからと言って、周辺国が攻めてこない保証はどこにもない。
「軍人たちには特別手当てを、傭兵たちには日当を弾みましたからね。私の要求を盛り込んでいただき、ありがとうございました。さすがに猿王種の毛皮の買取りまで通るとは思いませんでしたよ。かなり無理を押したんじゃないですか?」
ガニエ・レパード。55歳。精悍な顔つきは現場のトップに相応しいものである。腰に差した自慢の一刀は、レパード家代々に伝わる業物。柄尻に緑の宝石がはめ込んであり、ガニエ・レパードは別名、「緑石将軍」などと呼ばれることもあった。
ちなみに、軍務大臣セルティア・キシュウは階級的には「元帥」となり、一応、「将軍」であるガニエよりも上である。
今回の編成にあたり、ガニエ・レパードは当初、3000名を要求した。猿王種50頭を打倒するには、それだけの兵が必要だと計算したのだ。
だが、実際に議会で認められたのは傭兵込みで1500名。
これ以上、兵の数を要求しても無駄だと悟るや、すぐさま兵の士気を上げることに奔走した。それが特別手当、あるいは特別日当である。また、50頭以上の猿王種ともなれば、毛皮と魔核だけでも相当な金額になる。これも王国に買い上げるよう要求した。
「これか。確かに、この価格なら、どこからも文句は出まい。この金額以上で売り捌かなくてはならないコニック財務大臣を除けばな」
キシュウは書類を取り出し、並んだ数字を確認する。
猿王種の白い毛皮は貴族たちにも好まれる外套になる。
彼らはそれを猿王種の毛皮だとは知らないか、知っていても、猿王種がどのような魔物かまでは知らない。猿王種は高山性魔物であるし、数も多くない。生産国以外の、特に高い山脈のない国の者なら知らなくても当然だろう。
猿王種討伐の為の戦費はかなりの額になる為、王国が買い上げた素材は、コニック財務大臣のコネを使って、世界各国の商業ギルドに少しでも高く卸す予定である。
「はははは。しかし、いくら金が掛かろうと、失敗は許されません。魔物相手に負けると、国が滅びます。完全勝利以外、我らに残された道などありませんよ」
ガニエ将軍は大きな口を開けて笑った後、視線を兵たちの訓練に移す。
需要は常にあり、素材は高額で取引される為、冒険者にとっては討伐対象として悪くはないのだが、いかんせん、猿王種は強い。
しかも、はぐれが少ない。
つまり、討伐する場合、群れを相手にすることになる。
通常は数頭の家族単位の群れだが、その数頭が手強い。本気で討伐するのなら、相当な火力を用意しなくてはならないだろう。
もっとも、50頭以上の猿王種の群れともなれば、カレイニア王国のような小国にとっては、国家級戦力であたるしかない。もし、その国家級戦力で挑み、負けたら――
「その通りだ。魔物相手に我が国の一軍を失えば、一気に周辺国に攻め込まれよう。二軍三軍では止められぬ。そうなれば、国は滅びる」
事、ここに至っては、といった状況だ。
カレイニア王国は現在追い詰められているのだ。
何しろ、一頭でも手強い猿王種が、50頭以上の群れを形成している。
しかも、他国との戦争と違って、得るものは少ない。
一軍を投入しても、得られるのは猿王種の魔核と毛皮程度。
魔核や毛皮は臨時ボーナスにはなるが、とてもじゃないが、疲弊した国の財政を補填することは出来ない。兵が命を落とした場合に発生する年金もコニック財務大臣にとっては頭の痛いところだろう。
魔物相手の戦とはそういうものだ。
ただただ国が疲弊する。
被害を最小限にした、完全勝利以外に道はないのだ。
「時に、ガニエ将軍、貴殿が持ってきたこの四つの作戦だが、一番自信のあるものはどれだ?」
「Bの『森王の谷ルート』でしょうな。ラモン村よりも高い位置を取れます。もちろん、下から迫上がるのが町への被害が無く、安全ではありますが、それには兵が足りません。山伝いに逃げられれば、長期化する恐れもあります」
短期決戦での完全勝利。
ガニエ将軍はそれ以外に王国の未来はないと見ている。
もちろん、軍務大臣であるセルティア・キシュウも同様である。
「ふむ。1500では確かに心許ないな。もし、突破されれば、猿どもが町になだれ込み、一巻の終わりだろう」
「そこで、上からと、下からで挟み撃ちにします。ラモン村周辺は切り立った斜面が多い為、横への移動が制限されます。火と風属性が得意な魔術師を下から、水と土属性は上から。山岳戦闘の基本ですが、猿相手なら基本が見事にハマるでしょう」
「今回借り受けた魔術師たちは、火属性が多いようだ。下をメインに、上を遊撃的に配置するのがセオリーか」
「はい。よって、雪崩が起きた時の対策も重要になります」
雪崩対策は兵の運用的には縦の陣形になる。横の陣形だと突発的な雪崩が発生した場合、対応が難しいからだ。
訓練は猿王種相手の対策だけではなく、素早い陣形移動といった、雪崩対策も含まれている。
「猿相手だと、作戦が漏れる心配もないから、その点では安心だな。兵たちにも作戦を徹底周知させることが出来る。他国相手の戦争だと、こうは行かない」
「確かに。彼らの動きが良いのも、自分たちがやるべきことを理解しているからでしょうな。それに、今回の作戦において、我が軍の損耗率が5%以下だった場合、追加の任務も伝えてあります」
「竜退治か。実は、私もそれが楽しみだったりするのだよ」
「はははは。『森王』討伐もついでに果たせれば、内外へのアピールにもなります」
ドワーフ族たちが「森王」と呼ぶ魔物は、四本足のはぐれの大顎系地竜のことである。
通称「森王の谷」とは、山の頂上にぽっかりと空いた底まで50m以上ある穴のこと。穴にはさらに横穴、つまり洞窟が口を開けており、そこにいつ頃からか地竜が住み着いている。
竜種の分類は単純だ。基本的にその形態による。
まず、以下で分類する。
(1)二本足
(2)四本足
次に、
(a)大顎系(頭部の大きなタイプ≒肉食系)
(b)首長系(頭部の小さいタイプ≒草食系)
最後に、飛べるか否かで分類する。
つまり、今回の「森王」の場合、「四本足の大顎系非飛行型」となる。
「ラモン村出身の者に聞いたところ、20年以上住み着いているらしいな。50m以上ある穴の底で、一体、何を食べて生きているのやら」
四本足で飛べないので、当然、穴の底から脱出することは出来ない。地竜のサイズは20m級。50mくらいの穴なら脱出できそうなものだが、山頂の穴はほぼ垂直に近い。脱出は不可能だ。
となれば、キシュウ軍務大臣の疑問ももっともだろう。
「20m級の大顎系地竜ですからね。本当に、何を食べているのやら。ラモン村は出稼ぎのドワーフ族が主で、子供はあまりいませんでしたが、それでも、少ない子たちを、悪い子は谷に落とすぞ、と言って躾けていたそうですよ」
「ははは。翼のある飛竜じゃなし、放っておいても、別段、危険がないから、ドワーフ族も今まで放置していたんだろうな。大顎系なら、討伐報酬なしでは誰も狩ろうとは思わんよ」
討伐隊が組まれたことも、ギルドや領主、国に討伐の依頼が出たことも無かった。近付かなければ済む話だからだ。その金を誰が出すのか、という話になるし、厄介ごとに巻き込まれたくないという本音もあったはずだ。
「確かに。素材は相当な金になりますが、危険が多すぎます。竜を討つには、自分たちも谷底に下りなくてはなりませんから。それなりの人数を揃えると、金も掛かります」
出稼ぎのドワーフ族の村では、そんな大金は出せない。また、領主に願い出たところで、差し当たって危険がないのなら、無視されるのがオチだろう。
「無傷なら魔石を除いても、1000万近くにはなるだろうが、無傷で竜を討伐出来るわけがない。魔石は1000万以上で、国が買い上げるだろうが、結局のところ、魔石以外の素材は全部で500万くらいか」
1000万セラは日本円で約1億円。
「魔核以外で500万は厳しいでしょう。合計の売却額が1500万セラなら、討伐に名乗りを挙げるクランがあっても不思議じゃないですが、私の予想では、1100万セラ行けば良い方かと」
「そんなに安いのか!?」
「まず、大顎系は肉があまり上質ではありません。その安い肉も20年以上穴の底にいるということは、相当目減りしているはずです。何しろ、時折穴に落ちてくる間抜けな獣や魔物しか、食べるものがないんですから」
「大きな顎を開けて、間抜けが落ちてくるのを待っているうちに、ガリガリに痩せてしまったわけか。そいつは傑作だな」
ひとしきり笑った後、二人の間に沈黙が訪れる。
兵たちが隊長格の指示に合わせて、様々に陣形を変える様子を見ながら、キシュウとガニエは表情を引き締めるのだった。
猿王種との決戦はカレイニア王国にとって、間違いなく厳しいものとなるだろう。
出陣は四日後である。