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 第14話 「人間の戦い方」

 「速ッ、すぎ、る……」


 身体が二つに分かれたグインは、ただその一言を残し絶命した。


 単純な強さなら――例えば、檻の中でどちらかが死ぬまで――といった戦いなら、ゴドウの方に分があるだろう。

 だが、戦場でなら猿王種最強はやはりその猿をおいて他にはいない。

 闘気の質が桁違いである。

 解放した『猿王の力』は周囲を圧倒する、まさに暴風。


 山岳の王。


 巨猿の王。


 「サすガはリーダーだ」


 「「「「「オォオオッ!!」」」」」


 ドドドドド――

 

 響き渡る猿の咆哮と地面を踏み鳴らす音。


 リウドの足元には、袈裟に両断されたグイン・ポートの死体が転がっていた。


 かつて「穴熊」の二つ名で知られた有名冒険者も、黒猿を相手にすれば、こうなることは自明だったのかも知れない。

 「穴熊」の由来でもある鉄壁の防御も、黒猿の前では紙の装甲に等しい。

 魔術師が認識出来ない速度の敵を相手に勝てる道理がない。


 黒毛の猿王種は猿の最上位種――と一般には言われている。

 そもそもその種族名の由来となった「猿王」とは、黒毛の猿のことである。

 獣人族の伝説では、さらにその上に赤黒い毛の猿王種がいるとされるが、確たる証拠も記録もない。


 グインは死ぬその瞬間まで、リウドの接近に気付かなかっただろう。

 感覚としては、突然の死。

 視界の端に鐘突き堂が崩れ落ちた土砂の山はあっただろうが、グインとしては、むしろ、遠巻きに攻撃の隙を(うかが)っていた白猿の方に気を取られていた。


 ヨキの投槍に貫かれたゲイルに気を取られなかったのは、グインが優秀な魔術師であったからだ。

すなわち、グインがミスを犯したわけではない。


 『猿王の力』(=『強化』+『闘気』)により、爆発的に増加した膂力任せの不可知の攻撃。

 リウドは剣術に関するスキルなど一つも持っていない。

 所々に鉄錆の浮いたただの長剣による一撃が、例えA級冒険者相手でも、致命の一撃足り得るという現実。


 ※現在、猿王種側戦闘員26頭、冒険者側戦闘員10名



 一体、どこで手に入れたのか、リウドは刀身1m30mほどの長剣を手にしていた。

 もちろん、長剣と言ってもそれはあくまでも人間にとって。

 体長2m50cm近くあるリウドにとっては、むしろ小刀の部類だ。

 ただし、元々長い腕に加え、刀身の分だけリーチが伸びたのだ。しかも、それを「猿王の力」で振り回す。

 剣速は推して知るべし。

 少なくとも、人間の反射神経を超えていることは間違いない。

 これだけの膂力と剣速があれば、技術やスキルの有無は大した問題にはならない。


 「(『俺たちを狩る人間』と言ってもこの程度か。この戦い、俺たちの勝ちダ)」


 しかしリウドは同時に、こうも考えた。


 「(こういう人間どもが次々に俺たちを狩りに来るのだとしたら、時間の問題だ。勝っても負ける)


 諦め?


 何を?


 いずれ、人間によって、猿王種は一頭残らず狩り尽くされるということ。



 「ここにいる猿は、白も灰も黒も、ことごとく化物だな」


 「はぐれの猿ならどうにかなるんでしょうが……」


 と言いつつ、意思疎通は出来ている。

 次にハミルの鉄槍が圏内に発射されたら、仕掛けるつもりである。


 しかし、それにしてもダリムとダグラスは冷や汗が止まらない。

 クラドは使い心地を試すように、ヒュンヒュンと巨大な戦鎚を振り回している。

 目の前の二人のS級冒険者よりも、余程興味を惹かれているらしい――にも関わらず、二人にはそれが「隙」だと思えない。

 それほどに、スキル『狂戦士』発動中のクラドの姿は凶悪であった。



 いくらA級以上の精鋭を揃えたと言っても、わずか15人程度の隊では無理があったのかも知れない。

 リウドは敵のおよその強さを把握して以降は、少しでも同胞たちの犠牲を減らすことを考えている。


 「お前たちは、ボヘムに加勢しロ!」


 「「「「「オウ!」」」」」


 「ヨキはあそこデ槍を落としている人間ヲ殺せ!」


 「オウ!」


 ヨキはリウドの指す方向を観察する。

 なるほど、その者は白猿からの攻撃を分散させるように、的確に槍を放ち、戦場を支配していた。

 上空からの鉄槍は魔術師単独で発動可能だが、位置エネルギーも加算される為、実質、大規模魔術である。

 大規模魔術とは、局地戦においては、戦場を支配出来るのだ。


 人間の倍以上の数の猿王種を相手にしながら、冒険者側が健闘しているのは――この際、健闘と言っても差し支えはあるまい。個々の戦闘力で劣る冒険者たちがこれだけ善戦しているのだから――「血海」ダリム率いる『血盟戦線』所属の魔術師、「黒槍」ハミル・エルナンデスの手柄が大きい。


 ハミルの魔術師としての腕もさることながら、そもそも飛び道具というのは、それだけで強力なのだ。 特に戦場においては。

 発射地点が上空なら尚更だ。

 何しろ、敵は自分たちの前にいるのに、常に上空からの攻撃を意識しておかなくてはならないのだから。


 極限の集中力が要求される戦場において、いつ飛んでくるかも知れない、必殺の殺傷力を備えた兵器は、相対する側にとっては甚だストレスである。例え、『投槍』ほどの命中精度がなくとも。


 ことほど左様に強力な兵器ではあるが、使用される場面によっては弱点もある。


 「!? 地面ニ刺さっタ黒い槍ガ消エタ?」


 30mほどの高さに浮かんでいる青い魔法陣からハミルの槍は放たれている。

ヨキにそれ(魔法陣)が何かは理解出来なくとも、スキル『投槍』を持つヨキには分かることがあった。


 「あノ槍は強力ダガ、浅い角度デハ放てナイ」


 理由は単純。

 浅い角度で槍を放てば、射程が延びるからだ。


 一般に、射程が延びることは好ましいことだが、場合によっては望ましいことではない。兵站の補充が期待出来ない局地戦では、一度放った槍を回収出来ないからだ。

 手持ちの槍は無限ではない。

 ラモン村に持ち込んだ槍は20本にも満たない。

 それでも、400kgを超える。

 1本20kg以上になる計算だ。

 だからこそ、角度を付けて比較的近い距離に槍を落として(・・・・)いるのだ。

 回収して再利用する為に。


 ハミルの魔法陣には、半径約50m以内の事前登録した槍を自動召喚し、魔法陣に再装填する術式が組まれている。

 この魔法陣の優れた点は、もし、半径50m以内に登録した槍が無い場合は術者にその旨がフィードバックされる仕組みになっていることである。


 「つまり、陣の角度さえ注意していれば、残弾は気にしなくて良いってわけさ、猿ども!」


 ドスンッ!


 かつてラモン村のドワーフ族が住んでいた家屋のレンガ壁に、ハミルの黒い鉄槍が突き刺さる。


 「ソンナ紛い物ノ槍デ、何を得意ニなっテイルノか」


 ガヒッ、ガヒッと笑うヨキ。

 ハミルの槍のメリットが、同時にデメリットでもあることを、ヨキは理解したのだ。

 少なくとも、この状況においては。

 ゆえに、紛い物。


 ズガン!


 「!?」


 凄まじい音と共に、「黒槍」ハミルとヨキの間にあるレンガ壁の一部が崩れた。


 ズガン!

 ズガン!


 ヨキは丸太槍を次々にヨキに向かって放つ。

 丸太槍の貯蔵は十分だ。


 「お前ラ、アノ地面や壁ニ刺さッタ黒い槍ヲ拾ッテ来イ」


 「「オウ!」」


 ヨキが周囲に控える白猿に命令する。

 その間も、ハミルの周囲で防御壁として機能していた家屋や壁が無残に崩れていく。


 ハミルとしても、これ以上猿と自分を隔てる壁が無くなったのでは、たまったものではない。

 かと言って、ヨキを狙うわけにもいかない。

 なぜなら、ハミルとヨキの間の距離は50m以上ある。

 ハミルがヨキとの距離を詰めれば狙うことは可能だが、魔術師が全身凶器の猿王種に対して自ら特攻を仕掛けるなど本末転倒だ。


 「クソッ!」


 ズガン!

 ズガン!


 さすがに他の冒険者たちも拠点砲台の危機を察知たようだ。

 ハミルが倒れれば、もはや今回の作戦は失敗だ。

 大規模魔術を展開出来る魔術師がもういない。


 「(これはマズいな……)」


 今回の討伐隊のリーダー「血海」ダリムが内心で呟く。

 「黒槍」ハミルの危機だけではなく、「蛮勇」アヴェルも白猿に囲まれていた。

 助けに行きたいのは山々だが、目の前の白灰混色の猿がそれを許すとは思えない。

 「ダグラスさんはアヴェルのとこに行ってくれ」という言葉が喉元まで出掛かる。

 戦鎚を担いだクラドが凶暴な目でダリムとダグラスを睨んでいた。


 「こいつはスキル『狂戦士』を使いこなしています」


 ダグラス・シーバーが『鑑定』した結果をダリムに伝える。

 さっき取得したばかりのクラドの『狂戦士』が、もうLv2に上がっていた。

 クラドの『狂戦士』はまだ低レベルだが、ダグラスの印象では、囮や撹乱戦法は通用しない可能性が高い。


 「この化け猿を倒すしかねーのか……」


 冒険者側はもう、連携も何も無くなっていた。

 相手は山岳最強の魔物、猿王種。


 「(黒猿まで何と遠いことか。20頭以上は残ってるか。頼む、バックス! 急いでくれッ!)」



 パンッ



 上空で乾いた音が響いた。

 叫び声や咆哮が渦巻く熱狂の中にあって、その音は不思議と生き残っている冒険者たちの耳にも届いた。

 その音は彼らが心から待ち望んでいた音だったからだ。

 絶望的な状況の中、白猿の波状攻撃をギリギリでかわし続けていたアヴェルでさえ、心にある種の希望が生まれた。


 「全員、散開しつつ撤退ッ!!」


 ダリムの代わりにダグラスが叫ぶ。


 「殿(しんがり)は俺が務めるッ!」


 「血海」ローウェン・ダリムが宣言する。

 『血盟戦線』のメンバーも多く失った。

 もはや生きて帰ることは叶わないと悟っていた。


 「「「「「?」」」」」


 クラドの張り詰めた『闘気』が一瞬緩む。

 スキル『狂戦士』もまた。

 クラドだけではない。他の猿たちもまた、気が緩んだ。

 一度緩んでしまった闘気はなかなか元には戻らない。

 冒険者たちの意図するところは分からないまでも、言ってる言葉はクラドだけではなく、他の白猿たちにも理解できた。

 つまり、冒険者たちは負けを認めたのだと。

 撤退とはそういうことだ。


 ゴドウもまた、後ずさる「王格」グスタフを呆然と見ていた。

 ほんの少し前まで、目の前の強者を倒し、敵の手にある禍々しい武器を手に入れるつもりだったにも関わらず。


 「ゴアアアアア!!!」


 気の早い白猿が勝利の雄叫びを上げる。

 一頭、また一頭とその白猿に続く。


 「「「「「ゴアアァアア!!」」」」」


 「(何をやっているんダ?)」


 リウドは意味が分からない。

 どうして、今、白猿たちは勝利の雄叫びを上げているのか。


 勝ってないではないか。


 勝利条件を満たしていない。


 15~16頭いた人間を5頭ほど殺しただけだ。


 やつらは間違いなく数を増やしてまた攻めてくる。


 こんなところで、勝った負けたではないだろう。


 山を下りて、人間を一人残らず殺し尽くすしか、自分たちが生き残る道などないのだ。


 「(どうして、攻撃を止める!? どうして追わない!?)」


 しかし、その言葉は声にはならなかった。

 本当は理解していたのだ。

 そんなことは――人間を一頭残らず殺し尽くすなど、不可能だと。


 今回の戦闘で何頭の仲間を失ったのか。

 こんなことが何度か続けば、群れの猿はあっという間に狩り尽くされてしまうだろう。

 いつまで続ければ良いのか。

 それこそ、猿が一頭残らず人間に狩り尽されるまで?


 他の白猿たちは、リウドほどには種としての危機を感じていない。

 猿王種に近親交配のタブーがないことも一因だろうか。


 しかし、リウド以外の猿たちが「与えられた勝利」の誘惑に抗いきれなかったのは、そういうことではない。

 リウド以外の猿たちにとっては、十分に勝利条件を満たしていたからだ。

 一体、何の為に人間を狩るのか。

 食べる為だ。

 食べきれない量の人間など、狩る意味がない。


 猿と人間の違い。

 食べる為に狩る猿と、狩る為に狩る人間の違い。


 リウドが少なからずショックを受けたのは、あのクラドでさえ、『猿王の力』を解いていたことだ。

 リウドをして天才と認めるクラドでさえ、猿としての本能を抑えきれなかったのだ。

 「与えられた勝利」に手を伸ばしたのは、猿としての本能。

 人間でないことの証明。

 猿王種は、間違いなく魔物であった。


 いずれにしても、食糧(人間の死体)が豊富にある現状、命の危険が伴う戦闘を続ける気力が湧かない、というのが白猿たちの本音であった。

 だから易きに流れた。

 敵が退いてくれるのなら、願ったり叶ったり。



 それがリウドには痛いほど分かったのだ。



 分かってしまった。



 自分たちはもう、実質、絶滅しているということを。



 自分たちには未来が無いということを。



 自分たちには相応しくない。



 人間たちに成り代わり、永劫生き残ることなど。



 白猿たちが勝利のトロフィーを掲げるように、5頭の人間の死体を一箇所に集めている。

 勝利の雄叫びを上げながら。

 ガヒッ、ガヒッと何とも騒々しい。

 これからその肉をじっくりと味わうのだろう。

 いつものように、勝利の後の肉は格別のはずだ。特に今回のような、強者との戦いの後なら尚更。


 冒険者たちがゆっくりと猿たちの様子を注視ながら撤退していく。

 冒険者たちを追う猿は一頭もいない。


 その様子を、どこか現実離れした光景でも見るように、リウドはただ眺めていた。


 他ならぬリウド自身、闘気が散ってしまっている。

 勝利に浮かれる白猿たちに追撃を命令することなど、出来ようはずがなかった。


 白猿たちがチラチラとリウドを見ている。

 白猿たちは期待しているのだ。

 王の勝ち鬨を。


 「我らの勝利だァアアぁあアアッ!!」


 リウドが天を刺すように、長剣を突き上げる。

 リィーンと澄んだ音がリウドの中で響く。

 レベルが上がったらしい。

 リウドはこれから先失うものの大きさに押し潰されそうであった。

 悟ってしまったから。

 これから自分は、一つ残らず、全てを失うのだと。

 


 たった一度、パン、という音響弾の乾いた音が戦場に響いただけ。

 たったそれだけのことで、ラモン村の戦闘は終了してしまった。

 その音が何の「合図」だったのかも知らないまま。


 彼らは「戦略的撤退」という言葉も、「転進」という言葉も、弱者が強者に勝つ為のあらゆる戦術も、何一つ知らなかった。

 そして、これから先も知ることはないだろう。


 否――、ただ一頭、リウドを除いては。



 ◇◆◆◆◇



 「やはり、追ってきませんね」


 「追われたら勝ち目は無かった。さすがに死ぬ覚悟を決めたんだがな。それに、さっきは助かった。ダグラスさんが『炎弾』で割って入らなきゃ、死んでたよ」


 ダグラスの言葉にダリムが感謝で応える。

 ダリムは殿を務めて死ぬつもりであった。

 だが、結果的には猶予を与えられた。


 「しかし、やつらが群れに合流したら、それはそれで厄介ですよ」


 「蛮勇」アヴェルもダリムと同じく命を拾った口だ。

 最後は6頭の白猿に囲まれていた。あと数秒、音響弾が遅れていたら、アヴェルの命も無かっただろう。


 「逆だ。群れがやつらに合流するんだ」


 「だから、その前に群れを叩くというわけですよ」


 「それにしても、バックスの上げた音響弾のタイミングと来たら、ほとんど神懸かりだったな」



 撤退と見せかけ、冒険者たちは一旦斜面を下った後、迂回して音響弾が上がった方向に向かう。

 興奮しているのか、疲労は溜まっているのに足取りは軽い。


 真の冒険者とは、敵が強いからと、退いたりはしない。

 それが正当な手続きを経た依頼なら、命を賭けることも厭わない。そういう性質の者たちだからこそ、A級以上という強さを手に入れられたのだ。

 

 正面から倒せないなら、背後から討つだけだ。

 それが冒険者の意気地である。

 雄が駄目なら、雌を狩る。

 雌が駄目なら、子を狩る。

 あらゆる手段を使って、敵の未来を殺す。

 それが人間の戦い方だ。

 食べる為の狩りではなく、狩る為の狩り。


 撤退する際、一頭すら自分たちを追ってこなかった。

 猿たちも戦いを終わらせたかったからだ。


 「ところがどっこい、終わらねぇんだな。猿たちの餌になっちまったリーヴァスやガトリンには悪いがな」


 ダリムの気持ちは皆分かっている。

 4人いた『血盟戦線』の仲間で生き残ったのは「黒槍」ハミルのみ。

 ダリムとしては、本来なら涙の一つも流したいところだったが、今はそれどころではない。

 一刻も早く、「剣狼」バックスに合流しなくてはならない。



 クラン『レガンテの守護者』率いる「剣狼」バックス。

 「レガンテ」とは、獣人族の伝説に残る、竜人族最後の王の名前である。

 竜人族はかつて巨人族と共に、アラトを二分した戦闘民族だ。

 竜人族は時に獣人族を使役したとされる。


 獣人族にはエルフ族の『大樹の記憶』のような、正式な記録は存在しない。代々、伝説のようなものが口伝で伝わっているのみだ。「レガンテ」という王が本当にいたかどうかさえ定かではない。

 ただ、「レガンテ」という名称だけは獣人族に好まれ、今尚、様々な場面で使われる。


 バックスはラモン村で猿たちとの戦が始まってすぐ、「流星剣」ジライハンと「牙剣」ブラガ両名を連れて、こっそり戦場を抜け出していた。



 『もし、小さい猿や雌猿が戦闘に加わっていなかったら、群れを捜索してくれ。どこか安全な場所に(かくま)っているはずだ』


 『発見したら速やかに音響弾を打ち上げて欲しい。ほれ、音響弾の『スクロール』を渡しておく』



 バックスたちが戦場を抜けたのは、猿王種の残りの群れを探す為。

 獣人族狼種のバックスは鼻が利く。

 下手な魔術師が索敵系の魔術を使うよりも、対象に気付かれにくい。索敵系の魔術やスキルだと、猿たちが『闘気』を纏っていた場合、気付かれてしまうからだ。


 バックスの合図した場所を、ダグラス・シーバーがスキル『解析』を使って追う。

 音響弾の上がった場所、地形、ラモン村から猿たちが移動した経路などなど、様々な情報や予測がスキル『解析』によって分析に掛けられる。

 1時間くらいだろうか。ダグラスたちがバックス発見に要した時間は。

 遠回りしたことを考えれば、ほとんど一直線であった。


 「ルートを隠す気も、我らの捜索を掻い潜る気もないみたいです」


 「まだ、そういう思考やアイデアはないのだろう。いくら上位種にステータスアップしたところで、所詮は哀しい猿知恵よ」


 「見えましたね」


 50mほど先に、一同に向け手信号で合図を送るバックスを発見。

 手信号は、「気付かれないよう、ここまで来い」であった。


 猿の子がぽっかりと空いた大穴に向かって石を投げていた。


 「ドワーフ族の地図からすると、あの穴が『森王』のいる穴のようです」


 「確か、大顎系の竜種がいるんだったな」


 そこは「森王」ベリオクススが住まう大穴であった。

 大穴の口から少し下ったところに横穴がある。


 「凄い量の残骸だな……」


 斜面には鎧や衣服、ブーツなどなど、およそ猿たちには不要と思われる、食べられるもの以外の全てが散乱していた。

 何しろ、800名以上を殺しているのだ。

 食糧として。

 当然、食べられないゴミも大量出る。


 ゆえに、ここが猿たち拠点である。


 「近々ベリオクススを討つつもりだったんだろう。ほら、あそこに積んである『丸太槍』がその証拠だ」


 ここまで人間の死体を持ってきた理由はただ一つ。

 森王の穴を、ラモン村に続く二つ目の拠点にするつもりなのだ。


 「四本足なんだから、壁は登れんだろう。放っておけば良いものを」


 「大顎系なんぞ、大して旨くないだろうに」


 軽口を叩きながらも、彼らに油断は皆無。

 この後すぐに第二ラウンド開始なのだから。

 第二ラウンドは猿たちの未来を殺す戦いだ。


 しかも、急がなくてはならない。

 数百人分の人間の死体がここにあるのだ。

 猿たちが森王の穴を二つ目の拠点にする予定だとするなら、ラモン村にいる猿たちも、いずれここに戻ってくる。


 猿たちは「森王の穴」を本拠にして、ラモン村を前線基地にするつもりなのだ。

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