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 第13話 「ガー・ジャック」

 「ガァァああアア!!」


 クラドが歯を剥き出して、「閃光」リーヴァス・ブルームに襲いかかる。

 無意識にスキル『咆哮』も低レベルながら発動していた。


 ただでさえリーチの長い猿王種。

 それが巨大な戦鎚を振り回しているのだから、相対する方はたまったものではない。

 剣でまともに受ければ、下手な剣なら折れてしまうだろう。

 運良く折れなかっとしても、曲がり、鞘に戻すのも困難となるに違いない。それでなくとも、リーヴァスの剣は速度重視の為、(こしら)えが細い。


 リーヴァスは初撃こそ受け流したが、二撃目を肩口に食らってしまう。

 咄嗟に『強化』を施し、ガードも間に合ったが、衝撃と圧力まで殺せるわけではない。致命の一撃でないだけで、クラドの攻撃はしっかり通っている。猿王種が高速で振るう戦鎚を、細い剣と『部分強化』だけで、そうそう防ぎきれるものではない。


 「ぐはぁあッ!」


 凄まじい勢いでリーヴァスが地面を転がる。


 「ガあアぁアア!!!」


 クラドが空に向かって吼える。

 真っ赤な目で雄叫びを上げるクラドはさながら地獄の悪鬼のよう。

 スキル『狂戦士』が発動していた。

 リウドの『鼓舞』を二度も続けて食らったことにより、新たなスキルが発現したらしい。


 「えっおェッ」


 リーヴァスは血と反吐を吐き出す。

 瞬間的に脳と内臓が揺らされたことによる身体反応だ。

 食らった場所は肩口なのに、内臓にまで衝撃波は伝わっていた。更には横転した際に地面に打ち付けられたダメージも大きい。


 リーヴァスは立ち上がりながら、口の周りを拭う。

 寝転がっている余裕などない。


 「くっ、そっ……」


 戦鎚を持ったクラドがトドメを刺しに跳ねながら殴りかかる。

 野生は好機を逃さない。

 恐るべきは猿王種のポテンシャルか。

 ほとんど戦闘経験のないクラドですら、1vs1ならA級冒険者のアタッカーを凌駕する事実。

 リーヴァスの気が遠くなる。

 だが――


 ガキィンッ


 戦場は1vs1で強いか弱いかを決める場ではない。

 寸前で「血海」ダリムの大剣が間に合ったようだ。


 「ボケっとすッ――」


 ここで一言二言会話が入るのが、戦場の暗黙のお約束なのかも知れない。だが、生憎と猿王種のクラドはそんな戦人の機微など持ち合わせてはいない。

 クラドは即座にダリムのガラ空きのどてっ腹に前蹴りをブチ込む。

 

 手に比べれば長いとはいえない脚だが、身長3m近くもあれば、十分にリーチはある。


 「うゴゥッ!」


 ダリムの身体が「く」の字に折れる。

 いくらS級冒険者といえ、猿王種の巨大な足蹴をまともに食らったのだから当然だろう。

 ダリムの『部分強化』は間に合わなかった。

 『部分強化』は魔力効率的には優れるが、『全身強化』と違って、突然のピンポイント攻撃に対応出来ないデメリットがある。


 次の瞬間、ダリムの右後方に位置していた「閃光」リーヴァス、彼の頭部が水を吸い過ぎたスイカのように「爆散」した。

 クラドが超高速で振り抜いた戦鎚はその尖った方がまずリーヴァスの側頭部を直撃し、その後、首から上が四方に飛び散ったのだ。


 魔力を全身に纏う『闘気』と、身体の内側で魔力を循環させる『強化』。猿王種はこの二つを同時に発動することが出来る。


 猿王種はそれを、「猿王の力」と呼ぶ。


 猿たちの感覚としては、「猿王の力」=『強化』のことなのだが、実際は『闘気』と『強化』の合わせ技(ダブル)である。彼らはほとんど無意識に『闘気』を発動している為、勘違いしているが。

 一般に、『闘気』纏う魔物は多いが、『強化』を発動できる魔物は少ない。猿王種は数少ない例外と言えよう。


 また、この合わせ技は彼ら猿王種の「種族特性スキル」ではない。

 学習の結果、猿王種の間で連綿と継承されている技術なのだ。

 長い猿王種の歴史上で、どの時点でかは不明だが、特別に優秀な個体がいて、その個体の技術が継承されたのだろう。


 この時、前傾姿勢のまま転がるようにクラドの前から飛び退いたダリムの危機察知能力は褒められるべきだろう。

 しかも、ただ飛び退いただけではない。

 クラドが戦鎚を構え直した時には、既に、ダリムも大剣を正眼に構えていた。


 「はぁ、はぁ。(俺の大剣(クレイモア)は、接近戦では盾にもなるんだが……)」


 まるで防げる気がしない。

 ダリムは確認の為、気付かれないように、わずかに身体を捻る。

 ピリリと脇腹に痛みが走る。


 「(2、3本ヒビが入ってるか……)」


 クラドの前蹴りを無理に避けようとした為、肋骨の一部を損傷したらしい。長引けば致命的な事態になりかねない。

 確かに冒険者は金属製の鎧を避ける傾向にある。隊列を組んで戦闘をする軍人とは違うからだ。基本的に動きを阻害する装備は好まれないのだ。

 よって、ダリムも防御力UPの『付与』は付いているが、革製の鎧だ。金属が使われているのは、(びょう)や縁取りといった部分のみ。

 それにしても――


 「(恐るべき威力よ。武器を持った猿王種がこれほどとは……)」


 『血盟戦線』の盟主にして、S級冒険者のダリムをして、震え上がらせるほどのポテンシャルを灰色の猿王種は秘めていた。

 灰色の毛にリーヴァスの血が飛び散り、赤く染まっていた。


 巨大な戦槌を担いだ姿はまさに怪物。


 ダリムの目に、額から流れた冷たいのか熱いのか分からない汗が入る。

 その時――


 「ダリム卿! 避けて!」


 クラドの顔面に直系5cmほどの小さな『炎弾』が直撃。

 『闘気』を纏っている為、与えたダメージは軽い火傷程度である。

 だが、ダリムが体勢を整える時間としてはそれで十分であった。


 「助かった!」


 何とか我を取り戻す「血海」ローウェン・ダリム。


 「ここは共同で行きましょう。特殊個体のようです」


 「うむ」


 二日後には引き上げる予定のダグラス・シーバー。

 彼も「血海」ダリムと同じく、S級冒険者である。

 緒戦からいきなり隊のリーダーがダメージを負うなど、想定外も良いところである。まさか、いきなり混戦になるとはダグラスも思っていなかったのだ。

 ダグラスは、今回の討伐のメインは追撃戦だと考えていた。

 それが緒戦のラモン村奪還戦でまさかの総力戦。

 

 どうしてこんなことになったのか。


 ダグラスはふと何か思い付きそうになったが、辺りの喧騒で思考が散ってしまった。


 ちなみに、ダグラスがクラドを特殊個体と判断したのは、灰色の毛だけが理由ではない。

 クラドの一連の戦闘の中に、「戦術」らしきものを見たからだ。

 接近後、すぐに発動した『鑑定(生物)』に出たスキル『狂戦士』も厄介だ。『狂戦士』がアクティブ化すると、防御力や攻撃力が軒並みアップする。


 通常、『狂戦士』が発動すると、興奮のあまり、自我を失うケースが多いが、目の前の灰色の猿王種は、『狂戦士』発動後もなお、「戦術」を駆使している。

 ダグラスはS級二人で迎え撃つべきだと判断したのだ。


 ※現在、猿王種側戦闘員29頭、冒険者側戦闘員13名



 冒険者側からすると、マズい状況である。

 クラド一人にダグラスとダリムが釘付けになってしまったからだ。

 数は猿王種側の方が優る。

 元々数で劣る冒険者たちが、予想外の猿の強さに押される形であった。


 「(なるほどねぇ……)」


 「王格」グスタフ・トリィストは稀代の名工、ロック・バロウズ作の名槍「ガー・ジャック」を振るいながら、ある思いに耽っていた。


 ロック・バロウズはドワーフ族が誇る、アラト史上最高の鍛冶職人である。

 彼は、短剣、片手剣、剣、槍、鎚、盾、兜、鎧などなど、あらゆる武具を死ぬ間際まで作り続けた偉人であった。ただ、唯一、弓だけは作らなかったと言うが、理由は不明。

 彼の作品群の中でも、バロウズが残した「バロウズシリーズ」は特に有名で、16連作からなる。

 その全てが国宝クラス。

 ちなみに、グスタフの持つ愛槍「ガー・ジャック」も「バロウズシリーズ」の一つである。

 金銭の多寡でどうにかなる種類の武器ではない。


 「(元々、黒いのを倒さなきゃ金にはならん仕事だが、早いとこ、黒を倒さにゃ命がもたんな)」


 グスタフは目の端でクラドvsダリムの戦いを見ていた。

 ピンチのダリムにダグラスの加勢が入って、一先ずは安心といったところだが、灰猿は他にもいる。

 黒猿の存在が灰猿の地力を、灰猿の存在が白猿の地力を底上げしている。

 黒猿を放置すれば、灰猿すら討ち漏らす可能性が出てくる。


 「(とは言え、こいつはまた、どうにも……)」


 グスタフは左右の白猿を払いながら、目の前に仁王立ちの猿を見据える。

 払ったと言っても、致命傷を与えたわけではない。

 白猿ですら、渾身の一撃でなければ、傷を負わすことすら難しい。

 その白猿の背後には、猿の王たる黒猿と同格――否、それこそ「王格」と呼ぶべき堂々たる風格の灰猿がいた。


 猿王種にあっても珍しい、見た目からしての変異体。

 灰猿にも関わらず、体格は白猿以上であった。


 「ゴドウダ」


 ゴドウに『スキル』や『ステータス』といった知識はない。

 だが、目の前の人間が強者だということは、その佇まいから十分に察せられた。

 しかも、グスタフの持つ槍の何たる禍々しさか。

 カレイニア王国一軍の中にも槍使いはいたが、今思えば、あんなものは物の数ではなかった。


 「(雪に枝ヲ刺スよウに、俺ノ身体モ貫キソウだ)」


 ゴドウは一目でそれ(ガー・ジャック)が価値のあるものだと理解した。

 欲しければ殺して奪うまで。

 至ってシンプルな話だ。


 ※現在、猿王種側戦闘員28頭、冒険者側戦闘員13名



 「さっき、ダリムさんが一発食らってたようだが、大丈夫なんでしょうね!?」


 「知るか! ダグラス卿があっちの灰に行ったようだ。助っ人のつもりらしい。それより、うちの魔術師はどうした!? ボッツさんはどこだ!?」


 ダリム率いる『血盟戦線』の斥候、「番人」ゲイルと、魔術師「穴熊」グイン。

 当初、前線を少しずつ猿側に寄せていく作戦を立てていたが、猿側――というより、リーダーの黒猿が高台に位置した為、作戦を変更。

 ゲイル、グイン、アリージュ・ボッツの三人は白猿を相手にしながらも、ダリムたちアタッカーとは別行動を取っていた。

 黒猿を同じ土俵に上げる為に。

 

 そもそも今回の討伐は黒猿を討てなければ負けである。

 黒猿に逃げられては話にならないのだ。

 敵味方入り乱れての混戦は冒険者側の望むところではなかったが、混戦に持ち込まなければ、ターゲットに逃げられてしまうのだから仕方がない。


 ラモン村の高台になっている場所に建つ粗末な鐘突き堂。

 その頭上およそ10m、黒猿からすると若干後方に3つの青い魔法陣が浮かび上がっていた。

 さらには黒猿の足元にも。

 屋根がある為、黒猿には気付かれにくいだろう。


 「準備が整ったらしい」


 小さく呟いたのはグイン。


 「!?」


 ドゴォオオオッッ


 リウドが異変に気付いた次の瞬間、音響弾が上がり、同時にリウドの足元が音を立てて崩れた。


 同じ『血盟戦線』のメンバーだから出来る合体技。

 すなわち、「碧石」アリージュ・ボッツが組んだ魔法陣を、ボッツから離れた地上にいる「穴熊」グインが発動させる。


 「「「「「リーダーッ!!」」」」」


 アリージュ・ボッツは土系魔術で、高台内部の土砂を少しずつ切り崩していたのだ。そして、一気に魔法陣を起動させ、鐘突き堂ごと破壊する。


 実を言うと、リウドは足元の異変に気が付いていた。

 リウドが纏った『闘気』が反応していたからだ。

 気が付いてはいたが、大規模魔術を知らないリウドは、それが何なのか分からなかったのである。


 崩れた土砂の中に埋もれてしまったリウド。

 頭上に浮かぶ3つの召喚魔法陣。

 敵の正確な位置は地上のグインが操作する。


 3つの魔法陣から3本の鉄槍が、崩れた土砂目掛けて同時に射出された。

 位置エネルギーも伴った、結構な威力の代物である。


 2射目、さらに3本の鉄槍が土砂に突き刺さる。


 3射目、さらに3本。

 

 合計9本の鉄槍が土煙の中、「フォークタートル」の背中のように突き刺さっていた。


 「!?」


 ダメ押しの4射目を射出しようとしたグインに動揺が走る。

 ボッツの組んだ魔法陣がスゥーっと消失したからだ。

 魔法陣が消失してしまっては合体技も何もない。


 「……ば、かな」


 ボッツの組んだ鉄槍射出用の召喚魔法陣が消失した理由に思い至ったからだ。

 それは当然の帰結。

 突然、魔法陣が消失した理由は一つしかない。


 ボッツからの魔力供給が途絶えたからだ。


 すなわち、「碧石」アリージュ・ボッツが魔力を供給出来ない状況か、あるいは「死んだ」ということ。


 万が一土砂の中から黒猿が飛び出した場合、手負いの黒猿にトドメを刺すのは「番人」ゲイルの役目である。

 魔術師ではないゲイルはグインほど即座に、魔法陣が消えたこととボッツの死が結びつかない。

 だから、「番人」ゲイルは黒猿がいつ飛び出してくるかと、崩れた土砂の山に集中していた。


 戦場では集中を欠けば死が即座に訪れるし、かと言って、一つのことに集中しすぎても、やはり別方向から死が訪れる。

 「番人」ゲイル・バスケスの場合は後者か。


 ヨキの放った超速の槍がゲイルの腹部を貫通した。


 ※現在、猿王種側戦闘員27頭、冒険者側戦闘員11名

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