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 第11話 「猿たちの王」

 リウドは恐怖していた。

 まだ見ぬ自分たちを狩る人間の存在に。

 何と、その人間たちは自分たちを付け狙い、あろうことか準備しているのだ。


 「(狙われるということが、これほど心を圧し潰すとは)」


 リウドは自分たちが強いことを知っている。

 だが、同時に無敵でないことも知っている。リウドが子猿の頃に聞いた話だと、猿王種と言えども、過去、人間に狩られたことがあるという。狩られたのははぐれ(・・・)の白猿だったらしいが、人間の群れに囲まれれば狩られる側の存在となる。到底、無敵などとは言えない。

 

 あの人間の言葉が何度も何度もフラッシュバックする。

 『お前たちを狩る人間』という言葉。

 それは群れではない可能性。

 すなわち、1vs1で猿王種を上回る戦闘力の人間の存在。それはもはや確定事項のように思われた。

 ならばこちらも準備しなくてはならない。


 「(もし、人間が攻めてくるなら、やつらの狩場はここになる)」


 ラモン村。

 

 人間から奪った、今は猿王種たちの拠点。

 標高は1500m以上ある。

 それでも人間はやって来るだろう。

 自分たちを狩る為に。


 拠点の移動を考えるべきか。

 

 「クラド、お前は次に戦う人間をどう思う?」


 「……長は気付イテイタか? 人間の中にモ強いヤツと弱いヤツがいタ。強イ人間の武器で怪我シタ者モイル」


 クラドの言う通り、怪我をした者は多い。

 もちろん、重症者はいないが、白い毛皮に赤い血は目立つものだ。両軍入り乱れての戦闘なのだから、刀傷の一つや二つ当たり前である。それでも、自分たちに刀傷をつけられる人間がいたことを、それなりの脅威としてクラドは受け止めていた。


 「お前の言う通りだ。人間の中には強い者も弱い者もいる。お前はアレを見てどう思う?」


 うず高く積まれた人間の死体。

 誇らしい勝利の塔。


 少し考えた上で、クラドが答えた。


 「一体何個の群れが集マッタのか。コレホドの死者が出たラ、次はナイ。だカラ逆にこうも言エル」


 「逆に?」


 「もし次に来ル人間がイタラ、その人間ハ間違イナクこいツラより強イ」


 ご明察。

 クラドの意見はリウドの出した結論と全く同じであった。

 この被害を承知して尚、猿王種を狩ろうとする人間がいたとしたら、それは馬鹿でも狂人でもない。

 狩れる力があるから狩りに来るのだ。


 共通の結論に達しながら、リウドはクラドの聡明さが恨めしい。


 「イッソ、群れヲ解散して、俺一人で逃ゲタイくらいダ……」


 勝利に浮かれる群れの猿たちとは違い、全く別のことを考えているクラド。賢いがゆえに、人間の底力も感じたのだろう。



 「逃げるとして――」



 逃げることは問題ではない。

 雪山でスノータイガーの(つが)いに出会ったら、猿王種は逃げる。勝てない相手に歯向かう理由がない。

 勝てない相手なら逃げれば良いのだ。

 逃げないことが誇りなどという、奇妙な性質は猿王種にはない。



 「――それで俺たちはどこまで逃げれば良いんだ?」



 どこに逃げるのか。

 いつまで逃げるのか。

 

 クラドはリウドに答えをくれるだろうか。


 「ワカラなイ。山が途切レルところマデ……?」


 言いながら、クラドは苦笑した。

 山が途切れることと、人間が追いかけてこないことは、何の関係もなかったからだ。

 山の先の世界など、考えたこともない。


 「結局、人間のいないところまで逃げるしかないのカ」


 「不可能ダナ」


 数が違う。

 人間は数が多い。

 うず高く積み上げられた人間の死体を見ながら、人間の圧倒的な数を実感する。ラモン村攻略と、今回の戦闘で1200名近くの人間を殺している。

 リウドに「1200」という数字の概念は無かったが、それが凄まじく巨大な数だということは理解していた。

 今やリウドたち猿王種にとって、人間とは無限に湧く食糧である。

 それ以上でも以下でもない。


 だが、人間の中に猿王種よりも強い固体の存在が浮かび上がった。

 他の猿たちはまだ理解していないが、リウドとクラドはその可能性を正しく理解していた。

 そして、正しく恐怖していた。

 無敵でないなら代償を払わなくてはならないと。

 

 「……長よ、俺は今、アノ食糧を見テイテ驚くベキ事実に気が付イタゾ」

 

 「勝利の塔」を指すクラドの腕が震えている。

 強い人間の存在よりも、さらに深刻な問題。

 リウドの心臓が鷲掴みにされたように早鐘を鳴らす。

  

 「俺タチ猿王は、人間ニハ勝てナイかもシレナイ……」


 クラドの声が遠くなる。

 リウドの足が自分の足ではないように、ガクガクと震える。

 それは本当の恐怖。

 どこまで逃げても決して逃れられない。

 運命に対する恐怖。


 「俺タチ猿王は数が少ナイ」


 猿王種始まって以来の60頭以上の群れ。

 そもそも、どうしてそんな巨大な群れが生まれたのか。

 どうして群れの猿たちは自分たちよりも若いリウドを頼っているのか。


 簡単な話だ。

 

 彼らだけでは食えないからだ。


 どうして彼らだけでは食えないのか。


 弱いから。


 猿王種は弱い。


 戦闘力の話ではない。

 種として弱い。

 数が少ないとは、そういうことなのだ。

 猿王種の雌が一生に産む子の数は多くて5頭、平均わずか3~4頭。

 魔物の中でも格段に少ない数だ。全ての猿が番いを作ったとして、成体まで辿りつけるのが平均2頭以下なら、種としては自然減となる。

 つまり、周囲を隔絶されたエリア内で60数頭という数は、猿王種の繁殖力を考慮した場合、既に「絶滅」と同義である。

 

 「雌や子猿を狙ワレタラ、大変なコトニなるゾ」


 猿王種は冬眠をしない。

 冬眠をしない為に、食糧がガタ落ちする冬場に子孫を仕込むことができない。冬の間、自分たちの食糧を確保するだけで精一杯だからだ。


 しかも、猿王種は山岳地帯において食物連鎖の頂点の存在である。

 捕食者のいない環境では、数を増やす必要がなかったのだろう。そういう意味で、猿王種は食糧が少ない環境に適応した魔物と言える。実際、猿王種の繁殖期は春先のごく短い期間に限られる。食糧の少ない高地では、年がら年中発情しているわけにはいかないのだ。


 また、約50年という魔物にしては長い寿命も問題だ。一生の内で雌が繁殖可能な時期はほぼ15~25歳に限られる。

つまり、15歳までの15年と、25歳から50歳までの25年、合わせて約40年もの間、「繁殖」という意味においては、無駄な食糧を消費するのみなのだ。


 猿王種の巨体を維持する為だけに、膨大な食料が費やされることになる。それも元々食糧の少ない山岳地帯で。

 

 これでは数が増えるわけがないし、食糧だっていくらあっても足りない。

 雌や子猿の価値が桁違いに高いのだ。


 その厳しい現実に、「勝利の塔」を見ていたクラドは気付いてしまった。

 もし、猿王種と人間、別の立場だったら、人間ほどの犠牲を出すことは出来ないと。


 「(人間と戦う前から負けているということか……)」


 内心、リウドは同意するしかなかった。

 

 安全な場所に雌と子猿を逃がすとして、安全で食糧が豊かな場所など、どこにある?

 そんな場所があれば、最初から住んでいる。

 わざわざ気の合わない猿や、頭の悪い年上の猿たちと一緒にいるのはどうしてか。

 猿王種にとって都合の良い場所なんて、どこにもないからだ。

 だから人間の村を襲って、今、ここにいるのだろう。


 リウドとクラドはやはり共通の認識に至っていた。


 すなわち――


 「俺たちには、俺たちよりも強い人間と戦って生き残るしか道がない」


 「残念ナコトダがナ」


 しかも、犠牲は出せない。

 犠牲を出したら、人間に勝とうが負けようが、どちらにしても種族としての負けになる。

 あっという間に絶滅してしまうだろう。

 60数頭とはそういう数字。


 「(山を下りるしかないか……?)」


 山を下りたとして、自分たちの数を減らさずに、永久に人間を襲い、人間を食べ続けるということが可能なのか。

 そもそも山を下りれば、食糧となる人間が大勢いるという保証もない。

 逆に、猿よりも強い人間がひしめいているかもしれない。


 いずれにしても、自分たちを狙っている人間がいる以上、早急に生活する為の拠点と、人間と戦う為の拠点が必要であった。

 具体的には、食糧=人間の死体の保存に適した場所と、戦闘の為の拠点。

 大事なものを守る為の場所と、戦う場所を別々にする。

 リウドはそれがかなり良いアイデアのような気がした。

 ラモン村はこのまま雄たちが残り、戦闘の為の拠点にするのだ。


 「クラド、年寄りの猿たちに、食糧の保存に適した場所を聞いて来い。雌や子猿、それと食糧|(人間の死体)をそこに移す」


 「俺は子猿に入ルカ?」


 「お前も一応は子猿のうちだが、副リーダーだ。諦めろ」


 「「ガヒッ、ガヒッ、ガヒッ」」


 わずか数日の間にクラドの笑い声が、少し大人びてきていた。

 頭のてっぺんから背中に掛けて、灰色の毛が混じってきていることと無関係ではないだろう。

 

 

 ◇◆◆◆◇



 「幸先が良いな」


 樹氷の間に白と灰が混じった猿王種を最初に発見したのは「剣狼」バックス。

 獣人族はA級ともなれば、斥候でなくても、それなりの探索が出来る。バックスは戦闘力特化型の剣士であったが、種族特性もあり、ターゲットの追跡は得意だ。目も鼻も利く。


 「規模は?」


 聞いたのは今回の討伐隊のリーダー、「血海」ローウェン・ダリム率いるクラン『血盟戦線』所属の魔術師、「黒槍」ハミル・エルナンデス。

 ハミルはバックスほど目が利かないが、それでも『強化』した視力で、バックスの視線の先に猿王種を一頭発見するくらいは出来る。

 直線距離にして300m以上あった。


 「他にはいないな。一頭だけだ。はぐれか斥候かはわからん。狩るか?」


 バックスとしては一頭でも狩っておきたいのが本音だが、ハミルの意見を確認する。

 ハミルはダリム直属の魔術師だ。バックスの意見よりはハミルの意見の方が、ダリムの意に沿う可能性が高い。


 「斥候だろ。やめておこう。初手はリーダーの予定通り、今晩、リーヴァスとアリージュの二人に任せよう。あいつ、丸太の先を削った槍を持ってるな」


 暗くなってから、「閃光」リーヴァス・ブルームと「碧石」アリージュ・ボッツが急襲する手筈になっている。ダリム曰く、「戦には勝負の綾がある」とのこと。ただ敵と激突すれば良いというわけではないらしい。


 「ってことは、目当ての群れの猿ということか」


 「多分、資料にあった槍だ。やつら、ドワーフの道具を使いこなしてやがるな……」


 「あのサイズの槍が遠距離から降ってきたら、隊列は維持できん。カレイニアの国軍が負けたのも道理だな。あんたの言う通り、開戦前に偵察に来て良かった」


 ギルド機構、正確には事務方職員のイーガー・エスコバルが事前に現地入りし、聞き取り調査した資料が全員に手渡されている。

 資料によれば、ラモン村を拠点にしている以上、猿たちには簡単な道具作成能力があると。国軍との緒戦で使用された丸太を削った槍の図説もあった。

 メンバーの第一印象は、「さもありなん」であった。

 ブラックピテクスがいる以上、その程度の知的レベルはあるだろうと。


 予想される知的レベルとしてはゴブリン以上、オーガ以下。

 オーガキングが作る群れには、ゴブリンやコボルトなどの複数の魔物だけではなく、オーガジェネラルなど階級がある。中にはメイジ(魔術師)すら擁する群れも。

 猿王種の群れはそこまでの多様性はないと。


 その資料にはこうもあった。


 『戦術レベルはゴブリン以下』と。


 単純に個の戦闘力に任せた群れ。

 強き種であるがゆえに。


 「しかし、ラモン村の家屋の柱を槍に流用されたら、槍だけでも相当な数になるぞ」


 「その上、国軍から奪った武器か。厄介だな……」


 ズボンッ


 「「!!」」


 丸太サイズの槍が突き立ったのは二人から2mほどの地点。

 魔術師である「黒槍」ハミルは、斥候らしき猿王種が放った槍が、すぐにスキル『投槍』だと看破する。精度も悪くない。高低差があるとは言え、彼我の距離は300m強。

 ハミルの『解析』によれば、この距離でこの精度ならスキル『投槍』のレベルは5。

 しかし、その破壊力は槍のサイズを考えれば、レベルだけでは判断が難しい。


 「風下だというのに、大した視力だ。一旦、退()こうぜ」


 「正式な討伐開始は明日の朝だしな。焦ることはないか」



 ◇◆◆◆◇



 「2頭ノ人間ガ嗅ぎマワッテいるヨウダ」


 リウドの前に出ての発言はヨキ。

 群れの中では、最も『投槍』のスキルレベルが高い。


 「もう来たのか……」


 「リーダー、マタ人間と戦ウノカ? 食糧はマダ山ホドアルゾ?」


 ゴドウは食糧移送の際の作戦リーダーを務めたばかりだ。

 高地での700頭以上の人間の死体の運搬は過酷を極めたが、見事運びきっている。

 現在、ラモン村には人間50頭分程度の食糧しかないが、当分、食糧の心配はない。


 「食糧の問題じゃない。人間と戦うしか、俺たち猿に残された道はないのだ」


 「残サレタ道?」



 「そうだ。俺たちの食糧が足りてようが足りまいが、そんなことは関係なく人間は俺たちを狙ってくる。戦わなければ――」



 リウドは「――俺たちは滅ぶ」と続けようとして、やめた。

 言っても言わなくても、結果は同じだと思ったからだ。

 山以外での生き方など知らない。

 逃げ場などないのなら、戦に負ければ滅ぶという事実は変わらない。

 


 翌朝、まだ暗い時間帯。

 ラモン村では端に位置する家屋を寝倉としていた3頭の白猿が殺されていた。

 集合の合図に遅れた猿の様子を見に行かせたところ、その発見に至ったのだ。

 死体はかなり時間が経っていた。

 既に冷たくなっており、3頭の白猿が夜のうちに殺されたのは間違いなかった。


 猿たちに動揺が走る。

 なぜ、誰も気付かなかったのかと。

 抵抗した形跡すらない。


 「(狙われるとはこういうことか……)」


 そう心の中で呟いたリウドは少し震えていた。

 一頭一頭削られて、やがて種として絶滅を迎える。

 そんな最悪の想像が頭を()ぎったからだ。


 他の猿たちはリウドが恐怖していることに全く気付かない。

 実際のところ、リウド以外の猿たちは恐怖半分、武者震い半分といったところだ。


 リウドは気付くだろうか。

 常に恐怖と共にあることこそ、王の責務だということに。


 山岳最強の猿王種が、知らない間に3頭も殺されていた。

 敵は得体の知れない技を使う人間。

 それでもリウドが恐怖するわけがないと、白猿たちは確信していた。なぜなら、リウドの身体に残っていた僅かな灰色の毛が全て抜け落ち、完全な黒猿と化していたからだ。

 

 黒い猿王種こそ、正真正銘、猿たちの王。

 

 眷属の未来。

 

 そう魂に刻まれている。


 「――これから出会う人間は全て殺す」


 低い声であった。

 特に激しい声音ではない。

 だが、猿たちの心を動かさずにはいられない。

 リウドのスキル、『従属』と『鼓舞』が無意識に発動していた。

 その場にいた全ての猿たちの毛が一瞬で総毛立つ。

 中には溢れ出した『闘気』を隠せない者もいる。


 

 「――そして、その首を我の前に捧げよ」


 

 「「「「「フォオオオオオ!!」」」」」



 王の宣言。

 一斉に叫び声が上がる。

 既に食糧の移動は完了し、雌と子猿も別の拠点に逃がしてある。

 ラモン村に残っている猿は37頭。

 その猿たちが興奮し、足をドンドンと踏み鳴らす。


 敵を一方的に蹂躙する戦ではない。


 奪い奪われる、本当の戦(・・・・)が始まった。

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