第0話 「エトゥ・エシラト」
なろうの仕様により、章管理で複数の物語の同時進行は不可能と判断。
やむなく、分割することになりました。
読者様にはご迷惑をお掛けしますが、本作はタイトルを変更、第四部としてシリーズ管理します。
私の事前の勉強不足が招いた不手際ではございますが、今後もよろしくお願いいたします。
【第四部】 魔人 リウカウ
第0話 「エトゥ・エシラト」
一晩経つと、砂浜にはかつて船であった大量の残骸が打ち上げられていた。「大凪原」と言っても、時間さえ掛ければ、海の藻屑を運ぶ程度の流れはあるらしい。それは彼らにとってある種の発見であった。
この大陸に流れ着いた船はわずかに二隻。
命を拾った乗組員は81名。
長い無人大陸生活の始まりであった。
「海賊王子」エトゥ・エシラト。
33歳、人族。
二つ名の通り、エシラト王国の現国王ムガベ・エシラトの血を引く、列記とした王位継承者の一人である。妾腹の子の為、実際に継承権が回ってくることはないにしても。
母ファティマが商業ギルド経由で王宮の下働きとして雇用されたのは、16歳の時。
若く快活であったファティマが、国王ムガベの手付きとなるのに、そう時間は掛からなかったようだ。
妊娠が発覚すると、一応、正式な妾として、生まれてくる子の継承権の手続きだけは行なわれた。ムガベとしては、せめてもの情けのつもりだったのだろうか。側室として王宮に住まわせられなかったゆえに。
だが、それは庶民の生活を知らない王が施した、一種の呪いであった。
なぜなら、情けだろうと何だろうと、ファティマは国王の正式な妾になったのだから。
この先、例え愛する男が現れたとしても、結婚など出来るはずがない。もし、夫となる男が、国王の妾だと知れば、まず、逃げ出すだろう。ただ捨てられた方が彼女の人生にとっては幸せだっただろう。
本来、16~17の娘なら、仮に本意でない子が生まれたとしても、いくらでも新しい男と出会うチャンスはある。そもそも、ファティマは王の手付きとなるほど、美しく、快活な娘だったのだから。
だが、ファティマは、生まれてくる子の、決して有効となることはない書類上だけの王位継承権と引き換えに、一生を棒に振らされたのだ。
一応、わずかばかりの生活費が、毎月、国から支給されていたようだ。
しかし、王宮から遥か離れた小さな港町で、母と子、たった二人の生活は貧しく、惨めなものであった。
その所為というわけでもないのだろうが、エトゥは若い頃から随分とガラの悪い連中とつるみ、仲間を増やしていったらしい。
エトゥの運命が変わったのは、成人を迎えた16の時。
奇しくも母ファティマが王宮に勤めることになった時と同じ歳であった。王宮より、エドラ正教会にて、エトゥに洗礼式を受けさせるよう求める、一種の召喚状が届いたのだ。
身も蓋もない言い方をすれば、洗礼式とは、つまり、『鑑定』のことである。
ようは、『鑑定』を受けるだけの金もないだろうから、それくらいは王宮が手配してやる。とっとと受けさせろ、ということであった。
この頃、既に、母ファティマの心は壊れていた。
ファティマは書状を受け取ると、王宮勤めの頃に着ていたメイド服を引っ張り出し、安物の化粧で念入りにめかしこむと、エトゥを連れて、勇んで教会に乗り込んだ。
ファティマはエトゥが洗礼を受ければ、自身の運命が変わるとでも思ったのだろうか。
しかし、ファティマの希望とは裏腹に、その後、王宮からの使者が来ることも、何かを求める書状が届くこともなかった。
ただ、エトゥにとっては、『鑑定』は、確かに運命が変わる一大事となった。
種族特性なしの天賦のスキル、『古代語』を持って生まれたことが判明したからだ。
『古代語』とは、始祖大陸で使われていたとされる言語で、既に、正しく解する者はほとんどいないが、今でもエルフ族が使う魔術用語として、往時の名残を残している。古代の共通語、といったところか。
ちなみに、当時、「始祖大陸」は伝説上の大陸であり、その存在を信じている者でさえ、地殻変動によって、現在は存在しないと考えられていた。
元々地頭も良かったのだろう。エトゥは憑り付かれたように勉学に励み、実力で難関を突破。特待生として王立エシラト大学への入学を許可された。もちろん、エトゥが大学を目指したのは、天から与えられたスキル、『古代語』を使う場を求めてのことである。
心が壊れ、廃人然となった母の傍に居たくない、というのも、本音としてあったのかも知れない。
しかし、エトゥはいざ大学に入学すると、スキル『古代語』を使って、エルフ族や『古代語』に関する研究に没頭するのかと思いきや、さにあらず。一通り、エルフ族の記録を調べた後は、どういうわけか、エトゥの興味は「竜人族」に向かう。
一応、アキバ帝国のユウキ・オカについての専門書を読んだことがきっかけだとされているが、定かではない。
いずれにしても、エトゥが大学で大いに学んだ分野は、「竜人族」と「竜の巣」群島と、航海術に関するものであった。
30歳を越える頃には、一端の雇われ船長として、あちこちの港町界隈では名を馳せるようになっていた。若い頃に知り合った、ガラの悪い連中を乗組員として誘い、また、各地の荒くれ者をまとめ上げ、海賊の真似事までしていた。
それに目をつけたのが、エドラ教皇国の聖騎士団顧問、トマス・ザクレロ。
トマス自身がエトゥを評価していたわけではなかったが、エドラ教を信仰する商人は多く、彼らからの情報でエトゥを知ったのだ。
現在は海賊の真似事をやっているが、確かな操舵の技術と、船長としてのリーダーシップは利用価値ありと。
早速、トマスはエトゥのことを調べ上げ、結果、妾腹の子とは言え、エトゥがエシラト王国の、列記とした王位継承者であることを突き止める。
「海賊王子」という二つ名を流したのは、トマス・ザクレロである。
先に名前を売って、私掠船の船長として雇うためだ。
◇◆◆◆◇
「海賊王子」エトゥが12隻もの大船団を率いて、大バロウ帝国の東海岸にある港町パラドスを出航したのは1494年、2月15日。
レミントラ帝国、大バロウ帝国、ルーフェン王国、アストニア王国、エドラ教皇国の五カ国の後援を受けた、大船団であった。
乗組員の総勢は600名以上。
奴隷や雑務作業員は当然、魔術師や料理人を始め、エドラ正教の宣教師まで乗り込んでいたのだから、どれほどの期待を背負った船団だったのか想像が付くだろう。
彼に課せられた使命は新大陸の発見。
五大国によって、水面下で進められていたアラト分割の一環である。
五大国連合――連合と呼んで差し支えあるまい――の推し進める新世界秩序は、アラトの頂点に五大国連合が君臨する世界であった。
その為の草案、すなわち「トルージャ条約」は既に完成していた。あとは世界に発表するだけだが、目玉が必要である。
五大国はエドラ教皇国を除き、強大な軍事力を誇っているが、だからと言って、世界に戦争を吹っかけるわけにもいかない。まずは新大陸発見を契機に、世界に問おうというのだ。
誰が世界の統治者かを。
そこで白羽の矢が立ったのが、エシラト王国の継承権を持つ航海士にして、スキル『古代語』を持つエトゥ・エシラトであった。
新大陸の発見者は五大国に属さない者でなくてはならない。
もし、例えば、新大陸の発見者がレミントラ帝国の者だったとしたら、後々、連合の結束に禍根を残すことになるだろう。新大陸発見はアラト史における偉業として永遠に残るのだから。「トルージャ条約」の内容にも影響を与える可能性がある。
そうなれば、五大国連合は空中分解、アラト統治の野望は霧散してしまう。
もちろん、それぞれの国に思惑はあり、足並みを揃えるのは並大抵の努力では叶わない。五大国の結束自体は形式上のことだとしても、五大国間に明確な差があってはならないのだ。
ゆえに、発見者は五大国連合以外の国の出身者が望ましい。
五大国連合が長い時間を掛けて練り上げた新世界秩序は「永遠の秩序」でなくてはならないのだ。内部崩壊の遠因になり兼ねない可能性は最初から排除しておこうというのが五大国の総意であった。
経済力や軍事力、人口などの差はあっても構わない。国力が、時代、時代によって変化するのは当然のことだ。しかし、国の「格」に差があってはならない。五大国は同格でこそ、連合として機能するのだ。
「海賊王子」エトゥは後援国の思惑に気付いていた。
もし、自身が新大陸を発見すれば、祖国であるエシラト王国が五大国連合に飲み込まれてしまうことも。新大陸発見、即、祖国の危機というわけではないだろう。だが、長い目で見て、王国は没落していくのだと。
当時、私掠船の船長として航海を続けるエトゥであったが、元々、王立エシラト大学を優秀な成績で卒業したインテリでもある。直接、五大国連合の思惑を知る機会がなくとも、世界の流れ、各国の動き、細かい事実の積み重ねにより、おおよその枠組みは理解していたのだ。そして、その理解は概ね正解であった。
生物に寿命があるように、国にも寿命がある。
幼年期があり、少年期、青年期、壮年期、老年期――そして死。
生物と同じである。
進化の可能性を試す期間は終わったのだ。
少なくとも、五大国はそう考えている。
新大陸発見の後、発表されるであろう五大国連合のアラト分割案、すなわち『トルージャ条約』は、中規模以下の国家にとって、老年期の宣告のようなものとなるだろう。
もう、これ以上の成長はあり得ないと。
五大国連合が目指す新世界秩序とは、そういうものだ。
即、滅亡するわけではない。
だが、長い時間の中で、衰亡の道を辿るのだ。
100年掛かるかも知れないし、1000年掛かるかも知れない。
しかし、確実に五大国連合の目指す方向へと、世界は進む。
それはエシラト王国も例外ではない。
エトゥはそれでも良いと思っていた。
祖国が没落しても構わないと。
むしろ――
「母をボロ雑巾のように打ち捨てた祖国など……」
エトゥはカトラス半島沿いにカトラス火山島、クレイ火山島と、バロウ亜大陸から中央大陸へ、そして北大陸東岸に向けて北上するルートで12隻の船団を率いて航海を続けていた。
予定では途中、タイミングを見て、東へ進路を取ることになっている。
東へ進路を取れば、もし、新大陸が存在しない場合、エトゥの予想では、魔大陸に行き当たる予定である。北上ルートを辿った理由は、南下ルートだと、新大陸が存在しない場合、「竜の巣」に当たる可能性が高いからだ。
どちらにしても、生き残る可能性は極めて低いが、「竜の巣」に比べれば、魔大陸の方が、まだしもマシだという、消極的な理由からであった。後援である五大国連合がそう結論したのだから、船長であるエトゥは従うしかない。
「竜の巣」群島海域は、600年以上前、コーカ暦831年に、アキバ帝国のユウキ・オカが命を落としたとされる海域だ。
当時、世界最強の魔術師と呼ばれていたアキバ帝国の初代皇帝が夢破れた地である。
さすがのエトゥも、そのルートを辿る蛮勇はなかった――
――というのは、表向きのポーズ。
エトゥは後援である五大国連合を相手に、極秘裏に、ある計画を進めていた。
世界の運命を変えるような――
天下国家を左右するような――
そんな大それた計画ではない。
極めて個人的な――
だが、小さくない野心。
エトゥには夢があった。
エトゥがエシラト大学で研究していたテーマは、「竜人族」について。
始祖大陸以前、アラトにおいて、巨人族と双璧を為し、君臨したとされる古代種族である。数千年前に絶滅したとされ、古いエルフ族の記録にわずかに残るのみである。
だが、エトゥは天賦のスキル『古代語』を持って生まれた。スキル『古代語』があれば、エルフ族の古い記録も読めるのだ。例え、それがエルフ族の種族特性スキル『大樹の記憶』だったとしても。
『かつて世界を巨人族と二分した』
『身長3m以上、全身が固い皮膚で覆われた、無敵の戦闘民族』
『固有スキル「ブレス」を吐き、戦場を蹂躙する存在』
これが「竜人族」についての、わずかに残る記録の全てである。
エトゥは「竜人族」の痕跡は「竜の巣」に残っていると考えている。さらに言うなら、アキバ帝国のユウキ・オカも、それを知っていたのではないかと。「流人」であったがゆえに、何らかの特殊スキルを持っていたのではないかと。
「(何とか、上手いこと、南下ルートに乗ることは出来ないかな……)」
というのが、エトゥの希望。
エトゥは北上ルートではなく、南下ルートを望んでいた。
魔人が群れなす魔大陸だろうと、何千という40m級の古竜が統べる「竜の巣」群島だろうと、新大陸に辿り付けなければ、どの道、命は無いと思っている。
ならば、「竜人族」が今も存在する可能性がある、「竜の巣」群島へぶつかる南下ルートの方が、何倍も魅力的に思えたのだ。
「(このチャンスを逃したら、次は無い。俺個人の力で、強力なアタッカーを大勢雇うなんて金、用意出来るわけがない)」
ただし、エトゥの率いる大船団は、エトゥの希望だけで存在するのではない。五大国連合との綿密な打ち合わせの上で、エトゥは航海が出来ているのだ。
五大国連合が要求してきたルートは、北上ルートのみ。エトゥが希望した南下ルートは頑として認められなかった。
1475年、一夜にして滅亡したシンバ皇国。
シンバ皇国の古い記録には、中央大陸の東海域に広がる「大凪原」についての記載があった。東にルートを変更すれば、「大凪原」にぶつかる。伝説の通りならば、海流も無い無風の海域である。
エトゥは南側ルートを取るために、「大凪原」を利用しようと、事前に計画していた。五大国連合に反対された南側ルートであったが、エトゥは諦めてはいなかったのだ。
「大凪原」を走破する為に、魔術師と奴隷を多く乗せることは、五大国連合も認める当初の予定通りであったが、秘密裏に剣士や槍士を始めとする、アタッカーも多く乗せていた。
「竜の巣」に辿り着いた時に、少しでも生存確率を上げる為だ。
エトゥの乗る船に限っては、宣教師はおろか、船上で働く清掃員さえ一人もいない。五大国が用意した船など、この一度の航海で乗り潰す予定なのだから必要ないというわけだ。
それよりも、奴隷、魔術師、食糧を少しでも多く積みたかった。
全ては「竜人族」発見の為に。
「南だ! 南にルートを取れッ!」
海竜の襲撃を受けたエトゥが叫ぶ。
12隻あった船団も、既に9隻に減っていた。海竜の攻撃を受け、沈没したのだ。
無風海域についてはシンバ皇国の伝説通りであったが、海竜の大群はエトゥの想定外であった。
「(一体、何匹いるんだ!?)」
「竜の巣」に辿り着いた時の為に乗せておいた、剣士や槍士が早くも役に立つことになった。S級こそいないが、A級とB級冒険者で固めたエトゥ自慢のアタッカー陣は想定外の海竜の襲撃にも良く耐えた。
一方、他の船は次々に沈められている。
気の毒だとは思ったが、エトゥにそれ以上の感情はない。
エトゥは船団の他の船を犠牲にしながら、海竜の襲撃をかわし続けていた。
もちろん、エトゥの正確な操舵が一番の殊勲だが、常識的に考えれば、全ては他の船の犠牲の上にあった。
また一隻、また一隻と船団の数は減ってゆく。
船足が止まってしまった船は、海竜の餌食となるのみであった。
奴隷と魔術師が力尽きた船から沈没していった。
風もない、海流もない海域では、一度止まった巨大な船を動かすことは、ほとんど不可能だ。
船足が鈍り、疲れが見え始めた奴隷と魔術師を確認すると、エトゥは隠して積み込んでいた大量の魔石を魔道具にセットする。また、奴隷と魔術師たちへはポーションを浴びるほど飲ませた。
「船はもうすぐ無風海域を抜ける! もう少しだ、頑張れ!」
海図も無いのに、もうすぐも何もないものだが、船長の叱咤はどうにか折れそうな船員達の心を繋ぎ止めたようだ。
剣士や槍士たちは船上から必死で海竜へ攻撃を加えている。
相手は30mを超す海竜だ。
船上から剣や槍を振るったところで、それ自体に大した効果はない。だが、 時々、血を流した海竜が他の海竜に襲われる為、船への注意を逸らす効果はあった。
海竜としても、木製の船に齧りつくよりは、共食いとは言え、血と肉の味のする同胞の方がお気に召したらしい。
海竜を屠るよりは、むしろ、傷を付けて共食いさせる方向に作戦を変えたことで、エトゥたちは徐々に効果を上げていった。
舵は南側ルートへ乗るべく、南東へ向けている。
海竜の大群を抜け、何時間流されたのだろうか。
辺りは大分薄暗くなってきた。
現在、船を動かしているのは、魔石をセットした魔導具のみ。その頼みの綱の魔石も、数時間で使い切る計算だ。
もはや、乗組員たちはボロボロで、魔術師はほぼ全員が魔力枯渇で気絶しているし、奴隷たちは奴隷たちで、体力を使い果たし、死んだように眠りこけていた。
「船長! もうすぐ『大凪原』を抜けそうです!」
マストの上に陣取った男が叫ぶ。
海面の微妙な色の変化で、状態が分かるのだろう。
マストの上から確認できるということは、15km~20km圏。
エトゥが周囲を見渡すと、12隻の大船団であった一行も、エトゥの船の後ろにピタリと付いてきている一隻のみ。
残り10隻は全て沈んだのだ。
船はザクリと船底の砂を削り、浅瀬に座礁した。
エトゥはスキル『暗視』を展開する。
そして、海に飛び込むと、陸に向かって泳ぎだした。
遠浅だった為、すぐに足が付いた。
膝下くらいの海をバシャバシャと真っ直ぐ歩き続ける。
エトゥの後に続くのは、生き残った乗組員たち。
砂浜に辿り着くと、エトゥは大の字で寝転んだ。
無数の星が煌く夜空に、一際輝く星が一つ。
その星の周りには、これもエルフ族の文献通り、五連の星が極星に仕えるように並んでいる。
「……くそッ!(……あれがエルフ族の『大樹の記憶』に記されていた、『始祖極星』か……)」
間違いなく、それは「始祖極星」であった。
すなわち――
「ここは……、『竜の巣』ではない……」
思わず声が漏れた。
薄々は気付いていた。
エトゥが予想していた「竜の巣」までの距離とかけ離れていたからだ。
そこは「竜の巣」群島の一つではなく、全ての種族の始まりの地とされる、始祖大陸であった。
ただし、巨人族と竜人族を除く。
エトゥは星の輝きから自身を隠すように、両手で顔を覆った。
エトゥの目から止めどもなく涙が流れた。
時々、嗚咽が混じる。
次々に浜に辿り着いた乗組員たちは、船長エトゥが、命が助かったことを神に感謝し、涙を流しているのだと思った。
エトゥは、「始祖極星」が、今この瞬間、この世で自分ただ一人を照らしているのではないかと錯覚した。
「始祖極星」はそれほど、強く輝いていた。
それは決して、「海賊王子」エトゥを称える為ではない。
祖国を捨て、母を捨て、何も知らない多くの乗組員たちの命を捧げ、全てを賭けて「竜の巣」を目指すも、失敗した道化師を照らす、皮肉に満ちたスポットライトであった。
エトゥが祖国エシラト王国に帰還したのは、これより18年後の1512年。
それは同時に、始祖大陸からマレ大陸・飛竜岬までの帰還ルートの発見を意味した。帰還ルートが発見されたということは、特別な海流や障害などがない限り、往路も発見されたと同義である。
「海賊王子」改め、「航海王子」。
エシラト王国の継承権を持って生まれた妾腹の子、エトゥ・エシラトは、「始祖大陸」の発見によって、死して後も永遠に歴史に名を残す存在となった。
だが、それが彼の本当の希望だったのかどうかは、誰も知らない。
何故、彼が「竜人族」を求めたのかも、また。
いずれにしても、「始祖大陸」の発見が、世界を新たな枠組みへと作り変える契機になったことは間違いない。