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妖怪彼女 〜べっぴん毛玉セミロング〜

作者: hiromaru712

妖怪だろうがシスターだろうが、好きになる時は好きになる。

妖怪彼女 〜べっぴん毛玉セミロング〜




彼女が泣きながら別れたいと言って来た。




「あなたの押しの強さに負けてズルズル今日まで来ちゃった。ごめんね。でも人と妖怪が幸せになれる訳ない」


見る間に彼女は毛むくじゃらの塊に変わった。

そうなってなお、悲しそうに身をゆすりながら。


僕は黙ってその大きな塊を抱き締めた。








バイト中、僕がお客さんに突き飛ばされたのをたまたま来てた彼女に見られた。


ヤンキー風のそいつの後を追うように、笑顔で手を振りながら彼女も店を出て行った。


あ、やばい。


僕は店を飛び出して路地裏で一人と一匹に追いついた。


「ほろさないわよ」

……まず吐き出せ。




君はさ。


妖怪彼女に素朴な疑問。


なんて種類の妖怪なんだ?

「さあ」

彼女は録画したバラエティのCMを飛ばしながら答える。

「名前をつけて分類するのはあなたがた人間の専売特許でしょ」


僕がつけていいの?

彼女は肩を竦める。


「妖怪べっぴん毛玉」


彼女は微妙な顔をした。






「逆にあなたは……」

妖怪彼女が口ごもる。

「……なんでもない」


初めて会った時にすごく元気に挨拶してくれたろ。


彼女は僕を見た。


だけど次に会った時、すごく淋しそうだった。その時からかな。意識しだしだのは。


「人間の癖に」

彼女は小さく文句を言う。

「さとらないでよね」






妖怪彼女の機嫌が悪い。


昨日食べた杏仁豆腐の件かな。

あのー何を怒ってらっしゃるの?

彼女はついっと僕のシャツから何かを摘まんだ。

「なんの毛?」

ああ、帰り道で抱き上げた猫だよ。

「毛が生えてたらなんでもいいの?」

えーと、つまり?

「もういい」


……ヤキモチのポイントそこ?






妖怪彼女に紹介された彼女の友達は挨拶して去っていった。


黒髪眼鏡の大人しそうな娘。


うーん。今の子はさ、つまり……。


彼女はふふっと笑う。

「どっちだと思う?」

全く見当がつかない。

僕が困っていると彼女は軽いため息とともに呟いた。

「あんな顔して魔物っちゃ魔物なのよね」







テレビの幕末の写真に妖怪彼女そっくりの女性。


君のお母さん?

「場所、目黒よね。多分あたし。人間に化けるとどうしてもこの顔になっちゃうのよね……」

僕は何かほっとした。


実際、何歳なんだ?

「ティラノサウルスってさ」

彼女はつまらなそうに言う。

「ぴよぴよ鳴くのよ」







「6850万年、か」


ティラノサウルスの時代をググった僕は思わず口に出して呟いた。

妖怪彼女。姉さん女房にも程がある。


「何が6850万年なんだ?」

友人Kに聞かれた。


6000万年生きたものから見たら、僕たちってなんなんだろうな。

「単細胞生物かな。よくてミジンコだ」






妖怪彼女にミジンコの話をした。


悠久の歳月を生きる君にとって、百年そこそこの寿命の僕なんて、ミジンコみたいなものじゃないの?と。


彼女は溜息を一つついた。

「ミジンコを愛する人なんているわけない、と言いたいの?」

なんか……怒ってる?

「自分は人を愛するミジンコの癖に?」






あのさ。


妖怪彼女の隣で一緒に取り込んだ洗濯物を畳みながら訊いてみる。


もし親御さんに当たるような人が居るなら、一度きちんとご挨拶しておきたいんだけど。


彼女の手が止まる。

無理ならいいんだ。僕らはちょっと特別だもんな。

「来週の土日、空けといて」

……妖怪も土日休みなの?





妖怪彼女と彼女の両親に会いに行く。


新調したシャツ。フルーツの缶詰の詰め合わせ。彼女はあまり喋らない。


あのさ、ご両親は……。

「お腹が空いてないといいけど。あなたは美味しそうだから」

……ってことはやっぱり。


彼女は吹き出すように笑った。

「冗談よ」


……いや、どこまでが?





妖怪彼女のご両親に会いに彼女の実家へ。


埼玉郊外の一戸建て。


「いらっしゃい」

人の良さそうな老夫婦。

お互いに自己紹介を済ませ僕はフルーツの缶詰めの詰め合わせを贈呈する。

「肉と魚ならどちらがお好き?」

とご母堂。


えーと……魚で。

「ならお寿司ね」

良かった。


僕も食べる側だ。





妖怪彼女のご両親と食事。


回らないお寿司屋さん。

彼女と母君はお手洗いへ。

父君に訊かれる。


「娘の、正体を?」

黙って頷く。

「親が言うのもなんだが、別れてもいいんだよ。娘のせいで君の人生が無茶苦茶に……命すら落とすかも知れない」


お父さん。


それはどんな女の子も同じです。






妖怪彼女は普段は可愛い女の子。

だがその正体は大きなふっさふさの毛の生えた塊だ。


ん?待てよ。


ねぇ君が元の姿になってる時さ。

「うん」

人間の姿で着てた服はどうなってるの?

「あなたはパジャマを着て寝る」

うん。

「夢の中のあなたはパジャマを着てる?」


ああ。成る程……?





妖怪彼女にズバリ訊く。


「僕を食物として美味しそうだと思う?」

彼女はふるふると首を振る。

「もう思わないわ」

もう?

「人間の姿になってからは人間を食物として見たことはない。私は長く生きていて、昔は今と全く違うモノだった」


……。


「違う意味で欲しいと思うことはあるけど」






妖怪彼女の過去が知りたい。


人間を……食べたことはある?


彼女は溜息をついた。

「生きた人間を殺して食べたことはないわ」

そして小さく付け加える。

「死体なら、何回か」


……セーフ!


と答える僕。

彼女は少し呆れた様子。

「あなた……変な人間ね」


あのね。君も相当変な妖怪だよ。





バイトに疲れ部屋に帰ると妖怪彼女が寝ていた。


毛むくじゃらの大きな塊の姿で寝息を立てている。

……なんか人をダメにするソファーっぽいな。

テーブルには飲みかけのマテ茶。

健康食品のCM番組。


僕はシャワーを浴びて着替えるとダメな妖怪にダメになりたい人間として体を預けた。







目を覚ますと床に枕で寝ていた。


あれ?確か毛玉状態の妖怪彼女に寄っ掛かって……。


「おはよ」

と洗濯物を畳んでくれながら人間モードの彼女。

「次からね」

ん?

「起こしてくれる?あなたの前ではなるべく人でいたいの」

分かった。


……僕が寝た時は人型だったよ?って言おう。




バイトの夜勤から帰るとまた妖怪彼女が大きな毛玉となって居間で寝ていた。


ごめんな。

生活時間がずれてて。


シャワーを浴びて着替えるとまた妖怪彼女に寄っ掛かって寝ようとした。


「こ〜ら〜」

ドスの聞いた彼女の声。

「起こせってゆったでしょ〜」


……うわ。今までで一番妖怪っぽい。






テレビが流行りの妖怪アニメを映し始めた。


主人公がコミカルな妖怪達と友達になる、という話。


こうやって妖怪と人間がみんな友達になれるといいね。


「ならないわ」

と妖怪彼女。

「フィクションの中で何度も世界は滅んだけれど」

彼女は少し寂しげに。

「実際はどう?」



人間と妖怪も友達になれるさ。


無言の妖怪彼女。僕は続けた。


いつか必ず、世界が滅びるのと同じように。

君はきっとその未来を見ることが出来る。

その時僕は滅んでるだろうけど。


「あなたに見せてあげる」

彼女は僕の隣に座る。

「まずは恋人になった妖怪がどんなかをね」



妖怪彼女と重ねる唇。


僕はむふ、と笑ってしまった。


「妖怪とキスしてる自分を笑ったの?」

不満げな彼女。


違うよ。さっきのパスタのバジリコの味がして。


彼女は身体を起こすと立ち上がった。

「歯、磨いてくる」

別にいいのに。


好きだよ。


ヒトの君も。妖怪の君も。バジリコも。





妖怪彼女に何かされたのだろうか?


彼女と僕の肌が吸い付くようにぴたり合わさるのはその妖力?


……やめよう。


そうだったとしても構わない。

彼女の体温。彼女の鼓動。

僕が感じるものが僕の真実だ。


「ねぇ」

乱れた息で彼女が言う。

「私に、何か魔法を掛けた?」


そりゃこっちの台詞だ。




妖怪彼女と寄り添ってゴロゴロ。


僕らに、子供はできる?


彼女はすこしぼーっとした様子。

「ん、多分」

その子は人間?それとも妖怪?

「ある程度育たないとわからないけど」

彼女は僕を見る。

「あなたに似るといいな」

僕は君に似て欲しい。


……ちっちゃい毛玉を抱っこしたいし。






妖怪妻を娶る。


長男がクッションサイズの毛玉に変じて「おはぎのまね!おはぎのまね!」とはしゃぐ隣で、どうやら僕に似たらしい妹が「あたしもおはぎになりたい〜」と泣きじゃくる。


よし。じゃあパパとおはぎになれるクッションを買いに行こう……



って夢を視た。


無駄にリアルで困る。





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