過ちは繰り返す、輪のごとく
木の階段を軋ませ、黒衣の人物が湿った地階に足を踏み入れる。黒い頭巾を目深にかぶり、表情はおろか性別さえ伺いしれない。僅かばかり覗き見える鼻と頬は、秋の氷雨に濡れて蒼白。薄く形よい唇だけが、紅を塗ったように血の色を透かしていた。外套は何の装飾もない粗末なもので、その下に着込んだ服も黒一色であるのが見て取れるだけである。
窓のない牢獄の空気はカビ臭く、黒々とした石壁は獄吏の手にした松明の灯りに照らされ、より暗い、無数の影を産み出していた。
獄吏は鉄の輪に鍵をじゃらじゃらいわせながら鉄格子の前で足を止めると、連れを振り返った。
「こちらでございます。今は大人しくしとりますが、もし暴れたら呼んで下さいまし。聞こえる所におりますので」
重たい錆びた扉を両手で引っ張り、開いたところで脇に避ける。
訪問者は軽く頷き、抑えた声でこう言った。
「落し戸を閉めて、呼ぶまで2人にしてくれるか」
教養のある話し振り、皺がれのない若者の声だ。さればこの者は男であったかと、獄吏の老人は独りごちる。
「畏まりました。ごゆるりと」
男の背後で扉は閉ざされ、錠が元通りおろされる。
松明を壁に残し、老人は上階に戻っていった。ややあって落とし戸の閉まる音が響き、黒い訪問者は地階に残された。
黒衣の若者は薄暗い牢屋を見回した。天井近く申し訳程度に空けられた明かり取り窓には無慈悲な格子がはめられ、そこから雨が吹き込み、床に水溜りを作っている。火の気のない地下牢は骨身にしみて寒く、錆びた鉄と、尿と、すえた臭いがこもっていた。
陰になった視界の隅で、うごめく物があった。背けられていた頭がこちらを向き、生気のない眼が侵入者を見つめる。若者はゆっくりと頭巾を下ろした。
囚人の眼が驚きに見開かれた。かすれた声で弱々しく呼びかける。
「来てくれたのか」
頭巾の下から現れたのは、年の頃二十歳ばかりの修道士の顔だった。高い頬骨をもち、鼻筋の通った端正な顔立ち。短い黒髪は松明の灯りに背後から縁取られ、あたかも絵の中の聖人のごとく光を放っているように見えた。血の気のない石像のような顔の中で、黒々とした両の眼だけが、生きた者らしく意志を持って囚人を凝視している。
「来てくれるとは思わなかった。まさか…」
「誰も面会に来ないのですか」
言葉を遮って僧は口を開いた。部屋の中には小便を入れる壷と、備え付けられた木製の寝台、床に置かれた木の食器以外は何もない。
毛布もなく汚れた藁の上に横たわった囚人は、両手に頑丈な手枷をはめられ、鎖で壁に繋がれていた。