変わらない朝、変貌した朝
「んまー」
「ぇんまー」
誰かに呼ばれてる気がする。
大学ニ回生になって一人暮らしにも慣れてる今更、ホームシックの幻聴なんてと思いながら眼をあけると。
「えんまー」
「てんまー」
雪が心配そうにこちらを見ていた。
ああ、昨日は雪のところに泊りに行ったのか。
でも待てよ。
今日は土曜日のはずだから、特に朝早く起きる必要もない。
雪の方に用事があるのだろうか。
「天馬。起きたか。」
「ああ、おはよう。」
「体は大丈夫か?」
なんだか背中が痛い。
変な寝方をしたのだろうか?
それにしても心配される程変な姿勢で寝て・・・
「ここ、どこだ?」
視界がしっかりしたところで、唐突に頭に浮かんだ疑問を口にしてみる。
「おはよう。」
「うん、おはよう。」
「・・・」
「ここ、どこだ?」
思わずもう一度尋ねてみる。
僕の視界に写っているのは、草原と森である。
決して雪の家がそのような内装をしているわけではない。
「よかった。俺の眼がおかしくなったわけではないんだね。」
何を言っているのかよくわからないが、とりあえず、雪にも同じ景色が見えているらしい。
「なあ雪」
「うん?」
「ここ、どこだ?」
「わからん」
「・・・」
「・・・」
二人して押し黙る。
現状『頭の中が混乱しているなー』と冷静に考えてる自分を顧みると、よほどの混乱に陥っているのだろう。
ふと雪の方を見ると、昨日の服装・昨日の持ち物に変わりはなく。
また、比較的落ち着いている雰囲気を醸し出しているところがこいつのすごいところだろう。
「雪?」
「どうした?」
「なんで落ち着いてるの?」
「困惑はしてるよ?」
「困惑してるのか?」
「うん、困惑してる。」
まったく話が進まない。
とりあえず落ち着くまでゆっくりしよう。
「今」
「うん。」
「草原と森の側にいる。」
「うん。」
「昨日の格好で。」
「うん。」
「なんで?」
「さあ?」
「・・・」
「ちなみにさ」
「何?」
「昨日のことどこまで覚えてる?」
「昨日・・・?」
「煙に捲かれたのは覚えてる?」
「何の話だ?」
「そこからか。」
「わかるように説明してくれ。」
僕よりも雪の方が現状に詳しいらしい。
記憶の擦り合わせは大事だ。
なんでもいいから、手がかりが欲しい。
「昨日の帰り道、白い煙に捲かれて意識を飛ばして、気がついたら朝だった。」
「・・・」
「ここまでは大丈夫?」
そうだ。
帰り道の途中、葉巻の話しをしている中でちょうど似ている紫の煙が眼の前に・・・
「白い煙?」
「うん。白い煙だったよ。」
「紫ではなく?」
「昨日も言ってたね。でもあれは白い煙だったよ。」
どうも僕と雪の話では、色に違いがあるらしい。
どちらかの眼に異常があると聞いたことは無いし、お互い裸眼でも十分な視力はある。
この際、些細な色の違いなど放っておいて、今からのことに眼を向けるべきだ。
「まあでも、持ち物がそのままってのは助かったね。」
「持ち物・・・?」
「昨日はバイト上がりでさ、大将に貰った包丁もカバンの中だったから。あの包丁無くしたら顔向けできないからね。」
「カバン・・・。携帯!!」
すぐさまポケットから携帯を取り出し、マップを開く。
しかし、あいにく僕の携帯は圏外を表示していた。
「っ。雪、雪の携帯は・・」
「こちらも圏外だよ。今の日本でこんな広く拓けた場所で圏外なんて。どこか外国にでもきたのかな?」
呆然とする僕と比べ、やはり雪は落ち着いているようだ。
何がそんなに余裕をもたせているのだろう?
「雪。なんでそんな落ち着いていられるんだ?」
「ん。いや、目覚めて直ぐは俺も慌てたよ?携帯も繋がらない、周りを見渡しても見知らぬ土地。何より人の気配がしない。」
「・・・」
「でも、慌てたところでどうにかなるもんでもないし、何より天馬が側にいてたからね。一人と二人なのは大きく違ってくるさ。」
「・・そうか。」
「とりあえず人のいるところを探して、外から様子を見て、問題無さそうなら接触してみよう。」
相変わらずこいつは優秀だな。
一人でなく良かったって、それはこちらのセリフだ。
雪と一緒なら、なんだって乗り越えれそうだな。