紅い夕陽の中で
行きつけのお店
飲み慣れた珈琲
そんな日常は
思っていた以上に
貴重なものでした
世間では五月病が流行り出しているようだが、大学の生活に必死に慣れようとしている僕には、あまり関係がなかったらしい。
4月
初めての一人暮らしに、初めての自炊。
見知らぬ人々や、見知らぬ教室。
そんな環境は、家族旅行以外で県外に出たことのない僕に、期待を吹き飛ばすほどの不安を抱かせていた。
何故こんなことになったのか。
分かりきっている。
特に考えたりもせず、自分の進路を決めてしまったからだ。
もとより、興味のあること以外にはあまり関心がない人間だと思っていたが、さすがにこれは反省するべきだろう。
地元の大学でよかったじゃないか。
今更考えても、後の祭りに変わりはない。
現実は無常だ。
「天馬ー」
柳天馬
僕の名前だ。
語呂がいいのが救いな、ひょろっとした体型の僕には似つかわしくない名前だ。
この場所で僕の名前を知っている人間なんて一人しかいない。
今の惨状を引き起こした原因だ。
「なんだい、雪?」
二階堂雪
僕の幼馴染。
残念ながら女の子ではなく、れっきとした男だ。
それも所謂リア充と呼ばれる好青年。
高身長で運動能力抜群、高成績。
言わずもがなイケメンである。
そんなハイスペックであるのに、周りから疎まれたりしないのが、奴のイケメンっぷりを現してるだろう。
「ガイダンス終わってどうせ暇だろ?一緒に街散策しようぜ。」
「いいけど、日用品や食料品を買い揃える店ならもう知ってるだろ?」
「それだけじゃもったいないだろ?せっかく新しい街に来たんだ、もっと色々見て回ろうぜ。」
いつもこんな感じに、僕は流されていく。
進路決めの時もそうだ。
授業を真面目に受けていたおかげで、学力に関しては雪となんら遜色ない僕は、雪の進路希望を参考にさせてもらおうとしたのだが。
『進路?○×大学にしようと思ってるけど、一人は寂しいから天馬も一緒に目指さない?』
『いや、別に構わないけど、雪はどうせすぐに友達できるんじゃね?それも男女問わずで。』
『それはそれ、これはこれだよ。それに、特に行きたい学部があるわけでもないだろ?よし、決定。』
まあ僕に非が無い訳では無いが、いささか僕の扱いが上手すぎる気もする。
何より、幼馴染というだけで特に社交的でもなく、オシャレや世情に疎いオタクに分類されるタイプの僕にそこまで関わらなくてもいいと思うんだが。
こっちとしても雪に対しては構えずに気軽に接せれるから楽ではあるが。
「お、オシャレな店発見。」
「珈琲?のお店かな?」
「うん素敵カフェだな。」
「なんだそれ?」
「なんとなくだよ(笑)天馬珈琲好きだろ?」
「そうだな。」
「じゃあ行こうか。」
時刻は夕暮れ
紅く照らされた珈琲屋さんは
どこか不思議な表情をしていた
これが、僕と雪の新しい生活への一歩だったのだろう。