魔王城大決戦(中)
開いてしまったドアを見やると、隙間から―――――――――
ズリュリュリュ……ズリュ…ズリュリュ…
禍々しい暗黒の瘴気を纏った獣が出てきた。
「そのドアはな…、押して開けなければならないんだ…」
「俺押し開けようとしてたんだけど!? むしろお前の招いた災厄だからな!? どうにかしろよ!」
「無理だ……そいつにはどんな魔法も物理攻撃も効かない。むしろ攻撃すればその分そいつのパラメータがアップする!」
「うおりゃー!」
「喰らえッ!」
ズドドドドドドッ!
アサクラとゴンドーが獣――――ケルベロス―――に攻撃を開始していた…。
「人の話を聞け――――!?」
「倒す方法はないのか?」
「倒すには、あの瘴気が邪魔だ。あれのせいでどんな攻撃も通らない」
「ようは、あの瘴気を吹き飛ばせばいいんだな?」
「そうだが――――ってそうか、お前には風属性の技があったか! よし、思い切り吹き飛ばしてやれ!」
「了解!」
機械竜を憑依!
「みんなよけろ!」
左手を前につきだし手のひらを敵に向けるようにしながら、
大嵐《竜巻を起こし敵を吹き飛ばす》
を発動。
手のひらから生まれる空気の渦が、ケルベロスの瘴気を吹き飛ばした!
ケルベロス HP39000 MP0 At12000 De0 Sp27000
スキル 瘴気《体から溢れる瘴気が天然のバリアとなり、敵の攻撃を吸収、パラメータを上げる》
遠吠え《敵を一瞬ひるませる》
分裂《パラメータを三分割し、三体に分裂する》
地獄の扉《地獄につながる扉を開けて、地獄の何かをランダムに取り出して敵を焼く》
「よし今だ! かかれ! メーフィ!」
『やーっと出番かー。あんまり出番がないから、忘れてたのかと思っちゃったよー』
「……ごめん…」
『あー!? さては忘れてたな!? ボクのことを忘れてたなー!?』
「本当にごめんなさい……」
『言い訳すらしない!? ボクってそんなに影が薄いのかな!?』
「あの、本当にごめんなさい」
『もう、わかったよー。許すから。で、なに? 力を貸せばいいの?』
「…おう、頼むぞ!」
憑依! 炎竜と機械竜!
火と風を合成、『雷神殺し』!!!
ズバッチィィィイイ!
突き出した両手からほとばしる雷が、ケルベロスごと―――――――――、
―――――迷宮の出口を消し飛ばした。
『あはは、やりすぎだよクロウ! あいかわらずむちゃくちゃだねアハハハハハハ』
とりあえずまあ、ケルベロスをゾンビ化させておいて、
「さて、飛ぶか」
「飛べない人間のほうが多いようだが?」
「えーっと、運ぶ?」
「お前がな」
さすがに、ここで言い逃れはできないだろう。俺の放った雷で迷宮の出口から15メートル程が吹き飛んでいたのだから。
……最大まで手加減したんだけどなー。
「じゃあ、先に行っているからな」
「では、私も先に行くこととしよう」
カミーユも、空中を歩いて行ってしまった。
そういえば、カミーユの職ってなんなんだろう。
そのあとを、サーラも歩いていく。ああ、幻術って便利そうですね!
「さて。どうやって渡る? ……やっぱり、俺が運ぶのか?」
「お姫様だっこを所望しますの!」
「な、なら私も…」
「えーっと、じゃあアサクラもそれで」
「我もそれで行こうか。なにより、面白そうだ」
四人を運ぶ時に、まず順番でもめた。
☆☆☆
「なんで、こんなところに来ちゃったんだろう、私」
九月といえどまだ暑い町に紅葉が飛び出して数分。
財布も携帯もおいてきてしまったことに今更気付いてところでもう遅い。
「ここに来たって、霧香に会えるわけでもないのに」
自然に、自分のもう一人の妹の名前が声から漏れる。
紅葉には、黒羽と沙羅の他に、もうひとりの妹がいる。
さっきまで血が繋がっていたと思っていた、妹の霧香だ。
霧香は、当時紅葉が6才、黒羽が2才だった時に養子に出された妹だ。
当時の明野家は、父が海外であまりお金にならないよくわからない研究をしていて、母は家で専業主婦をしているという状況で、子供を三人も育てる財力がなかったのだ。
そして、霧香を受け入れてくれた家庭が中津家。そう、ゲームクリエイト中津の社長の家庭だった。
紅葉は何のことだか知らないが、中津社長は母柳希に貸しがあるみたいだった。
「はあ…。私は、今後黒くんたちとどういうふうに接すればいいの……」
まだまだ暑い昼下がり。
中付けの門扉に背中を預け、紅葉は手で顔を覆った。
☆☆☆
「これで最後っと」
ゆーきを降ろして、全員分の運搬を終了。
ふう、疲れた。
というか。
「なあ、ゆーきって飛べたんじゃないか?」
「い!? い、今は水がありませんので!」
「このまえ水出してなかったか?」
「……えーっとえーっとあうぅ」
ゆーきが目を回してしまった。
「おい、しっかりしろー?」
「……ハッ!?」
お、よかった気づいたみたいだ。
「おい、そこのバカップル、何をしている。早く先に進むぞ」
聖夜が言う。
「あー、悪い、待たせたな」
バカが二人だからバカップルだろうか。…もう、それでいいや。面倒くさい。
☆☆☆
「あら? 紅葉ちゃんじゃない?」
茜色に染まる町。
気づいたら眠ってしまっていた紅葉は、買い物帰りの女性に声をかけられて目を覚ました。
「………えーっと。あれ? 寝てた……? …あ、中津さん、こんばんは」
人様の家の扉にもたれて眠っていたのだ。
少しバツが悪く、苦笑いを浮かべる。
「こんばんは。今日はどうしたの?」
「えーっと、そのぅ……」
言っていいものかどうか迷うものの、中津家の母は答えを待っており、適当にごまかして逃げることもかないそうにない。
「……あの、霧香に、会いに来ました」
中津家の母の、柔らかい笑みが崩れた。
☆☆☆
魔王の間につながる扉の前に到着。
ここは最後の安全エリア(モンスターが出現しない場所)だ。
「みんな、準備はいいか?」
ドアに手をかけつつ、みんなに聞いてみた。
「待て、もうちょっと、レベルを上げてから……」
「どうした、聖夜、怖じ気付いたか? 珍しい」
聖夜は頭を降ると、顔を上げた。
「いや、すまない。行こうか」
扉に手をかけると、押し開ける。
すると、闇が染み出してきた。
光が漏れ出すのではない。
逆だ。
光が飲み込まれていったのだ。
ドアを開け放ち、中へ。
別に闇に触れたところでどうってことはないだろう。
俺だって死霊術師だから闇に前のめり状態だし。
「………やっぱりそうか…。待ってろ霧香……!」
「ん? 何か言ったか、聖夜」
「ああ、いや、何も」
この魔王城に入ってから聖夜の様子が変だ。
そもそも、沙羅……サーラに気持ち悪いくらい絡んでこない。
何かを考え込んでいるように見える。
具合でも悪いのか?
まあ、俺が心配しなくても聖夜が自分で判断するだろ、無理なら。一応、俺より年上だし。
さて。
魔王が鎮座ましますこの広間、大きさは野球場くらい、だと思う。
野球場なんてテレビでしか見たことないからわからん。
閑話休題。この広間の中央には、上半身が筋骨隆々、禿頭そして下半身が四本足のドラゴン、大きさはジンベエザメくらいの魔王がいる。
右手には三メートルはゆうに越す薙刀のような武器。
なんというかまあ、これが魔王だ! ていうのを全面的に押し出したらこうなりましたー、みたいな外見をしている。
今まで見た敵の中で一番おぞましい。
そして、一番強そうだ。
「そういえば、先に入ったプレイヤーがいませんの」
「そうだな! 倒されてしまったのではないか? 自分の力量も分からず敵に突っかかるなど、言語道断!」
魔龍煌ケーリストファッシュ HP400000 MP∞ At9800 De8720 Sp1230
スキル 無敵《被ダメージを蓄積していき、自分のHPの半分を超えるまでHPが減少しない》
爆破《空間そのものを圧縮、爆発させる》
破壊神の守護《攻撃時At二倍》
龍煌化《半人半龍の人型である部分を手放し、龍に体をあけ渡す》
狂化《理性を手放しパラメータの限界を超え、一定時間全パラメータ∞》
魔王隷属《自分以外の他の魔王を隷属させて、使役する》
暗黒魔法《純粋な闇属性の魔法の奥、踏み込んではいけないところまで至る禁忌の魔法》
さて、と。
肩をぐるぐる回す。準備運動の代わりだ。
テンションの爆発的高揚を感じる。
普段を基準の0とすると120、MAX(100)を振り切った!
久方ぶりに、あれやっときますか。
「おい魔龍煌! お前、ゾンビにしてやるからそこで待ってろ!」
☆☆☆
「すいません、晩御飯、ご馳走になっちゃって…」
「気にしなくていいのよ、別に。どうせうちの愚息はゲームしてて晩御飯食べに来ないんだから」
アハハ、と気の抜けた愛想笑いを浮かべる紅葉。
紅葉は、あのあと中津母に押し切られ、結局晩御飯をご馳走してもらうことになったのだ。
そして、サーモンのマリネが主食である夕餉を完食し、箸を置く。余談だが、中津家は金持ちなのに家に使用人がいない。
いるのは広大な敷地を掃除する係のハウスキーパーと庭師だけだ。
なぜ料理人を雇わないのか、といえば中津母はこう答える。
曰く「だって、お料理って楽しいでしょう?」
彼女の料理の腕は、ミシェランの三ツ星シェフの腕をも凌ぐ。これは誇張でもなんでもなく事実。息子成也――聖夜――が高級レストランの料理をマズいと切り捨てるのにも理由があるのだ。普通にジャンクフードとかも食べてたけど。
さて、話が盛大に横道にそれてしまったが、現場を中津家ダイニングに戻そう。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「あらあらお上手ね」
「いえ、本当に美味しかったです!」
「そう? ありがとう。………霧香に、会いに来たんだったわよね…?」
「そうです。今はいないんですか?」
「紅葉ちゃん、よく聞いてね――――――
――――――あのね、霧香は、六年前からずっと、昏睡状態で、この家の医務室で専属の医者と世界最新の設備のなか、ずっと眠っているの」
「………………………ウソ……ウソですよね? そんなのうそですよね!? 十四年もずっと会いに来なかったのに急に会いに来た私に霧香を合わせたくないからのウソ――――――「紅葉ちゃん!……よく、聞いて。ね?」
中津母は、紅葉の目を正面から見据え、言う。
「霧香はね、六年前、開発中の『Treasure online』にテストプレイヤーとしてログインしてね、そこのラスボス、魔龍煌ケーリストファッシュ っていう敵に倒されちゃってね、それからバグで意識が現実の世界に帰ってこないのよ」
「……そんな…嘘みたいな話、信じられるわけないじゃないですか……!」
「私も…! 信じたくないのよ! いくら血が繋がってないからって、もう霧香は、私の娘なのよ! 明野霧香はいないわ! 中津霧香しかいないの!」
中津母は、唇をかんだ。それは、涙をこぼすのを耐えようとするかのようでもあった。
「わかったわ。証拠を、霧香に合わせてあげる。ついてきて」
☆☆☆
魔龍煌に、
無敵《被ダメージが自分のHPの半分を超えるまでHPが減少しない》
スキルがあったため、なかなかHPを削れなかったが、今はじわじわとHPを削れている。
サーラの幻術スキルのおかげでこっちの被ダメージはゼロ。
パーティメンバー全員が無傷だ。
そしてゴンドーの放つ射程距離のある斬撃が、魔龍煌のHPをあと半分まで削った!
残り二十万だ。
俺も負けじと右手から炎(火を強化)、左手から空気(風を強化)を放ち、魔龍煌に攻撃!
もちろん、メーフィの力を借りてナイロック湖の主、炎龍ブリューナク、渓谷の守護竜、幻影龍は全て防具展開状態、全属性強化済みだ。
さらに、土と水を合わせて、樹!
魔龍煌の足元から生える樹が、魔龍煌の足を喰い、止める。
さらに!
「万物を受け止め優しく見守る母なる大地!
時に優しく、時に厳しく子を導く母よ!
そこに、悪い子がいる!
叱って導け、諭してあやせ!
『母よ、行く道を示せ』!」
呪文の詠唱を完了!
樹属性の呪文はこんなんばっかだそうだ。
それはさて置き。
魔龍煌を貫いていた樹が、成長を始める。
幹が長く、太くなり、そして樹に実が花が咲きりんごによく似た実がなった。
その樹になる果実が赤くなっていくのと反比例して、魔龍煌のHPが減少していく。
そして、あたりに立ち込める甘い香り。
これを吸い込むと、HPが回復する。
ドレイン系の魔法だ。
もちろん、樹の宿主には回復効果は働かない。
魔龍煌のHPが十五万を切った。
『GYAaaaaAAAAaaaaaaAAAAaaaaaaAAAAA!!』
魔龍煌の空気をつんざくかのような叫びに、少し俺たちのHPが減った。
『人間どもめぇ……黙って踵を返せば見逃したものを…。しかし、今更逃げたところでもう遅い…。我は、この余興に飽いた。面白くなくなった』
魔龍煌の攻撃が急に俺たちに当たるようになった!?
「お兄ちゃん! サーラの幻術がきかなくなっちゃったんだよ?」
「一体なんなんですの! こいつッ! さっきから攻撃が当たるように…!」
「ふむ、何かしらのスキルを発動したのだろうな」
「えーっとつまりアサクラたちピンチ?」
「そういうことだッ!」
『主らに、我の真の姿を見せてやろうか。貴様らの冥土に土産だ。しかとその目に焼き付けよ!』
魔龍煌の上半身が溶けて崩れ落ち、下半身―――龍の部分と合体していき、一匹の龍になった。
真っ黒に煌く黒いウロコに覆われた腕は丸太のように太く、その爪はやすやすと俺たちみたいな人間をなぎ払ってしまうだろう。
ちょうど、俺のゾンビ全部を合成して龍を作った時と同じような作り。
しかし、大きさが違う。
俺が作った龍なんかより、軽く十倍はある。
『この姿になるのも久しぶりなものよ! ああ、久しぶりだとも! 喜べ雑魚ども! 我の真の姿の一つである龍の姿を貴様らのような雑魚に拝ますというのだからな!』
いうなり、魔龍煌は咆哮を放った!
キュ……ボッ!
絶対的な黒い光線が伸びる。その斜線上にいた俺はそれを飛び込んで回避。
防御すらも不可能であることは光線が当たり消滅した魔王城の壁を見ればわかる。
吹き飛んだのでも壊れたのでもなく、消滅したのだ。それこそ一片の塵も残さず。
『今から始まるのは勝負などという生易しいものではない。ましてや狩りなどというぬるいものでもない。蹂躙だよ! 神が虫けらどもを駆逐するのだ!』
黒い光線が幾重にも放たれる。
「口以外からも光線を放てるのかよ…!」
『そうみたいだねー。どうする? まだやったことがないアレがあるんだけど、やっとく?』
「いや、いい」
やったことがない、アレ。
要するに、武器展開のことだ。
俺は物理攻撃力なんて無いに等しいみたいなもんだし、なってメリットはない。
「このまま倒す!」
☆☆☆
「あのね、魔龍煌ケーリストファッシュ っていう敵の使う、八岐大蛇っていう技があるのよ。でね? その技を喰らって死んでしまうと復活不可能になってしまうバグがあるの。なぜかこれだけはどれだけやってもなおらないから、製品版では八岐大蛇は発動しないようになってるんだけどね」
中津家の長い廊下を家主とともに歩きながら紅葉は説明を聞く。
「でも、普通ならログアウトはできるはずじゃない? それが、原因不明のバグによってキリカの意識だけがどこかに消えちゃって。それで、ね? 霧香が目を覚まさないの。うちとしても毎日毎日研究に研究を重ねて霧香の精神を現実世界に戻す方法を模索してるんだけど……」
「どうして、病院ではなくうちで研究してるんですか…?」
純粋に、気になったから聞いてみた。それだけだった。
「あのね、紅葉ちゃん。うちはね、ゲームの開発、発売をする会社なの。もしこんな事故があったことが表沙汰になってしまったら…ッ! うちは―――「あなたはッ! 霧香と仕事だったら霧香より! 我が娘より! 仕事の方を取るって言うんですか!」
ふたりの足が自然、止まる。
「しょうがないじゃない! うちだってね、できることなら、もっと万全の設備で霧化を看たいの! でもね! なにをするにもお金は必要なの! 稼がないと霧香を治療することも、現状を維持することもできないの!」
「………………………」
「私だって! できることなら霧香を、助けたかったのよ!」
泣き崩れこそしなかったが、中津母の目には涙が浮かんでいた。
それを見た紅葉は――――。
「ごめんなさい! 辛いのは私だけじゃないのは分かってました! あなたのせいでもないことも分かってます! ごめんなさい!」
紅葉は、頭を下げて、謝罪した。
「いえ、こちらこそ、取り乱してしまって……」
その後、二人はまた、中津家の家にある医務室に向かって歩を進める。
………、家に医務室があるって、どんだけ金持ちだよ! と、黒羽が聴いたらシャウトしたことは間違いない。
☆☆☆
魔龍煌の放つ黒い光条を避けつつ、じわじわと攻撃を与え続けてやっと。
アサクラの投げた爆弾で魔龍煌のHPが十万を切った。
魔龍煌にダメージがとおりHPが減少するのにかかる時間は、龍煌化する前にかかった時間と、してからかかった時間は軽く1:3くらいになる。
しかし、あとちょっとで魔龍煌を倒せ――――――
『ククク…クハッ! ハーッハッハッハッハハッハハッハッハ!』
魔龍煌は大きく口を開け、笑う、嗤う。
『ああ、すまない。手を抜きすぎて貴様ら雑魚どもにもしかしたら勝てるんじゃないかという希望を与えてしまったことは詫びよう。だから、ここからは本当に本気を出そうとしよう。いままでに死んでおかなかったことを悔やめ。それが貴様らの罪だ!』
魔龍煌は最後に全方向に黒い光線を放ち、魔王の間であるこのフロアの壁と天井をすべて消し飛ばした。
『我は光の対局に位置するもの――
しかし光がなかったわけではない――
対局といえど光は届くものである――
されど我は堕ちよう―――
光すら届かぬ闇の更に下、暗黒よりも下、奈落よりも地獄よりも冥界よりも!―――
光を求めて闇にまで来たが、再び我は堕ちようではないか!』
呪文を唱えるごとに、ドラゴンの体を覆う黒の密度が増していく。
もはや黒ではなく、何もないという表現が正しいような気もする。
かろうじて色の中で一番黒が近いからこそ黒と表現したが、もはや黒ですらない。
あれをなんと表現したらいいのか俺にはわからない。
『我は堕ちる! 再び闇以外何もない空間に戻ろうとも! 『狂化』!』
そしてその黒が収束し、縮んでいく。
『皆さん、ごきげんよう。私こそがケーリストファッシュ』
そして光は人型大にまで縮んだ。
『ああ、お見知りおきを、と言いたいところなのですが、今から死にゆく貴方達に関係のないことですね。残念だ』
不自然なほどに整った美貌を笑顔、いや、笑顔のように見える形に歪ませ、そいつは言った。
下手にドラゴン型をしている奴より、怖い。
不自然なほど美しい白髪に光を反射しない美しく澄んだ真っ黒な瞳、そしてその身を包むのは真っ白のタキシード、ネクタイは何ものよりも黒く手袋も黒いモノクロ。
白と黒だけで統一されたそいつは、なまじ見た目が美しすぎるがために見るものに恐怖を与える。
フランス人形とか日本人形とかあるだろ。あれを怖いと思うのと同じ感じだ。
『さて? では、私と踊りましょうか。一夜だけの舞踏会です』
ゴンドーとカミーユを、魔龍煌のもつステッキがほぼ同時のタイミングで貫いた。
「は、速い!」
「む…? 見えなかった…ぞ?」
二人とももう虫の息だ。
残りHPは三桁くらいしか残っていないだろう。
☆☆☆
「さあ、ここが医務室よ。紅葉ちゃん、ここの扉を開けば霧香に“会える”わ」
中津家ダイニングから歩くこと三十分ほど。
医務室までたどり着いた。
そして紅葉は医務室の扉に手をかけると――――
――――ゆっくりと、押し開けるようにして、開いた。
☆☆☆
顔を笑顔の形に歪ませて、俺たちを弄ぶかのように俺たちの残りHPが三桁まで減るまで攻撃をし、HPを回復した途端にまた攻撃が当たる。
その様はまるで蹂躙。俺たちの攻撃はなかなか当たらない。
魔龍煌の高速移動に最初こそ戸惑っていたが、俺たちは少しずつ慣れ、攻撃を三発放てば一発当たるくらいまでには至った。
それでもキツイ事には変わりない。
HPハイポーションはもうあと三つしかないし、MPハイポーションは底を尽きた。
対する魔龍煌の残りHPは一万弱。
このままのペースで行くとギリギリで倒せるかもしれない。
そして、俺には一応切り札がある。
何のためにゾンビを温存していたのかって話だ。
「使役系能力『顕現』発動!」
総勢1000を超える全ゾンビを顕現させる。
それを全部合成、合体させて一つに!
さっきまでの魔龍煌のようなモンスターを顕現させる。
それをさらに弄って、人形に。
ゾンビ千体分のパラメータを持つ俺の分身を作る!
こんな回りくどいことをしなくても幻影龍の固有スキルで分身を作ることも可能だが、魔龍煌には幻術が効かない。
作った俺の身代わり囮にして、呪文を詠唱開始。
魔龍煌を前にして無防備は晒せない。
「邪神教書失われしページ三章より!
神は光と遂になるものとして闇を作った。しかし、闇は闇として光を憎んだ―――
我らも日の下を歩きたい、我らも虐げられず生きたい――
しかし彼らは虐げられ嫌悪され続けた―――
彼らは何も悪いことをしていない、ただ闇の属性を持って生まれてしまっただけなのに!――
彼らは平和に生きることを求めた。せめて静かに生きたかった!――
しかし光を語る者共の手により何もしない闇は弾圧された!―――
そして我は闇の代行者!――
闇の力をすべて我に託せ!――
闇に平穏を与えることを約束しよう!―――――――
『失名魔法』!」
呪文の詠唱が終わると同時にゾンビで作った分身も倒された。
魔龍煌の残りHPは8000。
そして俺の体を包む鎧が溶け、そしてひとつに合成される。
真っ黒い鎧に。
メーフィの翼の王冠もちゃんと黒く染まっている。
『そりゃーボクは空気を読むオンナノコだからね』
「本当に空気を読む気があるのなら黙ってろよ!」
身に纏う闇―――瘴気ではなく、闇―――を両手に纏う。
今なら魔龍煌の動きがかろうじて見える。
右足を大きく踏み出し、床を蹴り走り幅跳びの要領で地面を舐めるように飛ぶ!
そのあいだに右手を引き絞る。
魔龍煌に肉薄して―――
『な! まさか、私のスピードについてこようなどという愚かな人間がいようとは…』
右手を振り下ろす!
ガッ……ツッ!
右手は魔龍煌の顔面に突き刺さり、魔龍煌は床に勢いよくぶつかる。
HPゲージを確認すると500は減っている。
右手を振り下ろした勢いをそのまま、右手を床につき、そこを支点に体を回し魔龍煌にかかと落とし!
綺麗に決まったかかと落としで、魔龍煌の残りHPは6500。
さらなる追撃を加えようとするも、魔龍煌は立ち上がるとバックステップ、俺の左の突きをかわした。
そしてバックステップをして避けたところへ―――
「アクセルスピード!」
二倍速の聖夜の槍がとらえた。
「どうやら、魔龍煌のスピードに完全についてこれるのはお前と自分だけのようだな」
「ほかのみんなはどうした?」
魔龍煌の左手から伸びる黒い蛇を避けながら聖夜に聞いた。
「向こうでサーラちゃんが回復中……ッだ!」
肉薄する魔龍煌のステッキを槍で弾きながら聖夜が答える。
はじかれたステッキを構え直し、そのまま俺に向けてきた魔龍煌のステッキすれすれをかわし、闇を全部集中させた右手でカウンターを放つ!
魔龍煌は地面に突き刺さった!
「…痛ゥ」
しかし、魔龍煌のステッキも俺の首を掠めていった。
立ち上がりかけた魔龍煌の聖夜が光を纏った槍を放つ!
残りHPは3200!
倒せるか!?
『相争っていた闇と光は私に反旗を翻し、世界の勢力図は光対闇ではなく光と闇対私に書き換えられる―――
しかし私とて一人ではないのだ―――
忠実なるしもべがいる!――
八岐大蛇!』
右手から八つ頭がある蛇が高速で伸びてくる。
「………ッ!」
それは何故か動きの止まった聖夜に直撃し、HPが満タンであったはずの聖夜のHPをすべて削った。
「くそ…! 霧香…! 霧香アァァァッァァァァアア!」
聖夜は、ゲームオーバーになりポリゴンとなって消滅する前に霧香、と女の名前を呼んだ。
どこの幼女なのだろうか。
まあ、冗談のような本気の心配はさて置き。
『やっと雑魚が一人死にましたか……。いい加減、鬱陶しいんで、まずはあなたから死んでもらいますよ!』
魔龍煌が、また八岐大蛇を右手から伸ばしてくる。
それを闇を収束させた右手で殴るが弾き返された。
八岐大蛇の大威力はわかっているので、右手に飛び込んで緊急回避。
横に転がるようにしながら立ち上がり、属性強化+闇を纏わせた黒く煌く炎龍の咆哮を放つ!
俺の放った咆哮は、八岐大蛇ごと魔龍煌の右腕を吹き飛ばした。
残りHPは1200!
しかし魔力が尽きた。
俺の残りHPも魔龍煌と同じくらいだ。1500くらいしか残っていない。
でも俺は賭けに出るさ。
魔力ブースト《一分間魔力∞。しかし、一バトルに一度しか使えない》
を発動。
魔力ブーストを発動する条件が一つある。HPを1000消費するのだ。
これで残りHPは500も無い。
一発攻撃を喰らえば死ぬ。
しかし一発攻撃を当てれば魔龍煌も死ぬ。
『つまり、次に攻撃が当たれば決着がつくわけですね?』
「そういう、ことだ!」
右手で殴りつけるがかわされてしまう。
そして背後からステッキでの刺突!
ステッキは背後から俺の右耳の真横を通る。
そのステッキをつかみ、背負投げの要領で―――
しかしステッキの重みがなくなった。
魔龍煌が手を離したのだ。
でもそうなることなど俺でもわかる。
背負投げの勢いを殺さず両手を床につき闇を纏った両踵を跳ね上げる!
硬いものを蹴る感触があり、魔龍煌が吹っ飛んでいくのが視界の端に映る。
魔龍煌のHPゲージは0になっている。
勝ったのだ、魔龍煌に。
一万文字を超える超大作といえば聞こえはいいのです。
(下)もすぐに投稿します。




