魔女のステキな恋心
魔女というものは基本的に身勝手で我儘で自己中で傲慢で救いようのないやつである。それは歴史が証明している。魔女にだって良いやつはいるさとか抜かすそこのキミ! 踵を返して本屋に走り、ありったけの歴史書を買いなさい。熟読した後もう一度その言葉が吐けるかどうか試してやる。魔女ってのは手前勝手だ。究極の利己を求めるカスだ。じゃなきゃ癇癪で国を焼かぬし、お昼ごはんにするために子供を誘拐しない。人に会いたくないからって住処の森を人間ぶっ殺しゾーンに改造したりもしないだろう。とにかく、魔女は人のことを考えない生命体で、そのくせ力だけは、魔法だけは強力で、手に負えぬ存在だってことをわかってほしいのだ。
そして自分、『饗宴の魔女』ことアイリス・アリス・アリンガムはその例外である。
これほど人格の整った魔女はいないだろうと自画自賛するのが許されるほど清廉潔白で品行方正で公明正大。まさしく人格者。イカした二つ名とお名前引っ提げて日夜人命救助に挑むまっこと正しき魔女である。崇め奉ってちやほやしろ人間ども。
そんな自分は恋をしている。
一人の人間に、男に惚れている。ホの字である。自分でもびっくりしちゃうぐらいのベタ惚れ。その人と相対すると顔が真っ赤になるし、言葉がうまく出てこなくなるし、何をしていてもその人が思い浮かぶ。重症。恥ずかしいね。しかしあの人はかっこいいのだ。まず顔の造形が神。老若男女を一目で堕とす姿をしていて、ついでに声もいい。世が世ならあの声だけで世界征服できてるな。あとは性格も完璧だった。この自分よりも優しくてあったかい生き物がいたことに感謝! 区別をせず、差別をせず、困った人のところに駆け寄って自分にできることをしようとする。彼は村の自警団のリーダーだった。危険なところに自ら飛び込める人。人のために泣けて怒れて喜べて楽しめる人。森の奥地で暮らす、(世間一般のイメージでは)危険極まりない魔女である自分にも分け隔てなく接してくれる彼のことが好きだった。わざわざ会いに来てくれる彼が大好きだった。村のことを思って行動できる人。魔女である自分にも恐れず意見をぶつけてくる人。誰かのために動ける人だった。まさしく太陽。その人が存在するだけで世の中が明るくなる。誠実で、曲がったことが嫌いで……。ああ、いかんいかん。これ以上語ると歯止めが利かなくなる。うん、この話は一旦やめよう。いつまでたっても本題に入らないのはいただけないからね。
好きな人がいる。
その人の傍にいたいと思うのは至極当然で、そしてその人と愛し合いたいと思うのも当然。そのためにはその人にこちらのことを受け入れてもらわなければ、好きになってもらわなければならない。
自分は。
アイリスは、『饗宴の魔女』は。
そのために努力をしている。
……
「……あのさあ」
片思い(今はね!)相手は地面に大の字に寝そべりながら、ひどく空ろな瞳でこちらを見ようともせず言葉を発した。あの人に話しかけてもらった! それだけで自分は有頂天。大気圏突破できそうなほどに舞い上がれる。自分はなあに? と精一杯の可愛らしい声を出した。好いた男に可愛いと思ってもらいたいのは全人類共通である。
「俺になんか恨みでもあんの」
あの人の名前はザカリー。苗字は知らぬ。てか多分ない。まあ貴族でもない限り苗字なんてないものだろう。自分はある。なぜなら自分でつけたから。どう? かっこいいでしょ? それはともかく、ザカリーはその綺麗な金髪を土なんかで汚しながら、ぼろぼろになった、しかし整えられた肉体を地面に放り投げ、光をなくした夜空の星といっしょの色をした瞳を手で覆う。疲れてるみたい。魔女らしく薬でも調合しようかしら……なんて考えたけど、生憎ここには道具がなかった。
それよりも。
恨みがあるかだって?
「そんなものないよ!」
「じゃあなんでこんなことになってるかは理解してんの」
強めに否定したけど、返ってきたのはまた質問。むう、つまらない。アイリスはしゃがんで、瞳を隠す手をどけて無理やりザカリーと目を合わせる。やっぱりきれいだった。お星さまを捕まえて閉じ込めたような色。アイリスはこの瞳が一等好きだった。だから見る。願わくば自分のものにしたい。くりぬいて薬液につけて抱いて寝たい。しかしそれをするときっとザカリーは嫌がると思うので我慢した。アイリスは人を思いやることができる魔女である。
「……とりあえず、現状を説明してくれ」
「現状って?」
「今さっきてめえがやったこと」
「魔女とのつながりを疑われて火刑になりそうなとこを私が助けた」
そう、ザカリーはアイリスが渡した手製の魔道具のせいで、愚かな民衆にぼこぼこにされていたのである。ひどいなあ。アイリスはただザカリーの生活の助けになりたくて便利なものをあげただけなのに! 嫉妬、よくない。『饗宴の魔女』お手製の魔道具を欲しがるのはわかるけど、それでザカリーを攻撃するのってどうなのよ? アイリスは憤慨する。ザカリーは逆恨みされて、魔女の仲間だなんだと言われて燃やされそうになっていた。それを颯爽と助けたのがアイリス。これには彼も惚れるしかあるめえと、アイリスは妄想を膨らませる。
「簡潔な説明どーも。……もっと追加すべき情報があんじゃねえの」
「ん? ああ……先にあなたの家族が燃やされたやつ? どうでもよくない?」
「はっ!」
笑われた。えー……そんなにおかしかったかなあ。ギャグを言ったつもりじゃないんだけど。口をとがらせて抗議したけど、そんなのはザカリーにとってどうでもよかったみたいだった。息を殺すように笑って、背中を丸めて腹を抱えて声を漏らして、それから急にすんとなった。テンションの上がり下がりが激しい。まあさっきまでほぼ火あぶりみたいな状況だったし、しょうがないね。
「どうでもいいって思ってんの」
「うん、私にとって、あなた以外はどうでもいい」
「だから俺に人を簡単に殺せるような魔道具を押し付けたと」
「うん、私にとって、あなた以外に正しい人はいない」
だからザカリーが正しくないと思った人をすぐさま殺せるように道具を与えた。そしてそれは役に立ったはずだ。現に、こうしてアイリスがザカリーを火刑一歩手前で助けられたのは魔道具につけてあった盗み見装置のおかげである。もっと感謝してほしいね。
「そのせいであらぬ罪を被せられ、俺の家族が殺されたとしても、どうでもいいのかよ」
「うん」
「……」
「だから私は助けたんじゃない。あなた以上に完璧な人はいない。正しい人はいない。おかしいこと言ってるかな? 私」
「全部おかしいぜ、てめえ」
きょと、とアイリスは首を傾げる。どこがそんなにおかしいんだろう。アイリスは周囲をぐるりと見回す。焼け死んだザカリーの家族と、アイリス直々に処刑してやった村人の死体が転がっている。ザカリーを燃やそうとした炎はまだ燻っていて、どこかの家に燃え移ろうとしていた。黒い煙が充満している。
何がおかしいんだろう?
「てめえは俺以外の村人を殺す理由が欲しかっただけだろ」
「……」
「俺を孤立させて、俺を助ければ惚れてもらえるとでも思ったか」
そうだけど? とアイリスは返事をした。またザカリーが息を吸いながら笑った。やっぱりザカリーはすごいや。全部お見通しなんだもの! 頬を赤く染めて照れながらアイリスは肯定する。これぞ吊り橋効果。最短距離で好きな人に惚れてもらえる完璧な作戦だ。
「てめえに優しくしてたのは、村を襲われないようにするためだぜ」
「そうなの? でも私は優しくされて嬉しかったよ」
「……くそっ! 無理やりにでも討伐しとくんだった! こういう輩は優しくすると付け上がる……」
彼は起き上がる。ふらふらな足で立ち上がる。それを支えるようにアイリスは隣に立った。しっしと手で追い払われ、足早にどこかに歩いていこうとする。それならばとアイリスも歩を歩めた。身長差の関係でどうしても半歩遅れてしまうが、それでも必死についていった。
「ついてくんな」
「なんで? ぼろぼろじゃん。一人じゃ大変でしょ?」
「誰が魔女の手なんて借りるかよ」
「……借りないの?」
「ああ。死んでも」
「じゃああなたの家族を辱めてあげようか」
アイリスは『饗宴の魔女』である。もっと詳しく言えば、魔法で人の肉を解体してその場でディナーに仕立て上げる魔法を扱える魔女であった。空間が歪む。どこからともなく高貴な長テーブルが登場し、そこに皿が並べられていく。アイリスは上座に悠々座った。銀色のフォークとナイフが規則正しく置かれて、給仕役の骸骨がこうべを垂れる。これがホントのしゃれこうべ。なんつって。
「あなたのお父さんは筋肉質だったからちゃんと煮込まなきゃだけど、お母さんと妹さんは柔らかそうだったよね。あなたに懐いてたわんちゃんは可食部が少ないからメインディッシュにはならなさそう。あなたの許嫁とかいう女狐は、肉質だけはいいからあなたにあげる」
いつまで経っても席に座らないザカリーを見る。打って変わって迷子の子供みたいな目をしていた。アイリスが殺したくなる人種の、怯えた目をしていた。こちらが正しいことは知っているはずなのに、それでも恐れてくる愚かな人間の目。でもザカリーの目はきれいだから、そんな目で見られても不快じゃない。
「座らないの?」
「……やめろ」
「なんで? あなたは私の手は必要ないんでしょう?」
「それと、これに、何の関係がある」
「関係あるよ」
にこりとアイリスは笑ってあげた。緊張はいけないことだ。あなたをもてなすための饗宴なのだから、もっと気楽に、肩の力を抜いて、ウェルカムドリンクでも味わってくれればいいのに。ふわりと家族の死体が宙に浮かぶ。どこからともなく飛来した包丁が、色のなくなった首に突き立てられる。
「どうせなら知り合いの魔女も呼んであげようかな。他の人も含めたらすごい数だもん。食べきれないよ。うーん……『腐乱』とか『惨劇』とかなら来てくれるかな? 招待状でも用意しようかな。どう思う?」
「……」
「やめてほしい?」
なら私を頼ってよ、とアイリスは言った。数秒して、かろうじてと言った感じにザカリーが頷いたのでやめてやる。全てが夢であったかのようにテーブルも皿もフォークもナイフも骸骨も包丁も消えた。これこそが魔法。自分の魔法。ザカリーの隣に立って笑いかける。
「……クソ野郎」
「そうかな?」
ザカリーと手を握りながらアイリスは笑った。ザカリーは本当に嫌そうな顔をしていたけど、好きな人が自分と手を握ってくれているという事実が、アイリスには一等重要なことだったので気にならなかった。
「……ちなみに」
「ちなみに?」
「俺がここで舌噛み切って死んだらどうする」
「あなたとあなたの家族を他の魔女と一緒に食べるけど」
「やっぱクソ野郎だな」
虚しく笑って自分を引っ張るようにザカリーが歩き出す。てめえの家は森の奥だったよなと確認してきたので、自分は嬉しくなって何度も頭を振りながら肯定した。その固くて優しい手のひらが好き。これから彼と一緒に暮らせるなんて、夢みたい!
「俺はてめえに惚れたわけじゃない」
「そうなんだ」
「てめえを縛り付けとくためにてめえのとこに行くんだ。他のやつを思っててめえの生贄になるんだ。一生てめえのことなんて好きにならねえ。なってやんねえ」
「ふうん」
まだまだ時間はいっぱいある。ザカリーが心変わりするぐらいの時間がいっぱいある。自分はその中で最大限の努力をするだけ。自由意志を奪ってでも、彼の視線を独り占めできたらアイリスの勝ちだ。
ぎゅうと握られる手のひらには、きっと怨念や殺意が込められていたのだろうけど、アイリスには気にならなかった。




