サイコパス爆薬令嬢
「クソ!敵国の手に我が城が堕ちちまった!」
誰の目に見ても明らかなことを、オヤマボス・アホンダラ王が3回くらい言った。
オヤマボスはカスである。
王都の防衛線が崩壊するや否や、わが身を囲う貴族や衛兵を引き連れ、
今いる、お山にとんずらこいてきたのだ。
カスさは彼の父であるイノカワズ・アホンダラといい勝負だった。ギリギリでオヤマボスの勝ちかもしれない。
なお、敵国の王の名はバチクソ・ナルシストであった。
ホンマニ・ナルシストの後を継ぐ、新進気鋭の武闘派国王である。
王城はまさに敵国の旗が揚げられている最中だ。
ナルシスト王族には、しきたりがある。それは、その時の王が国旗を描くことである。
────ホンマニ・ナルシストは、絵が下手くそ過ぎてやばい。
銀狼を模しているって本人が主張する国旗の絵は、ラクダなのか鶏なのか猿なのか分からない。
荘厳で伝統的な模様の自国旗が、破壊的にイカれたカモメみたいな国旗に替えられていく────。
その、あまりの屈辱的な光景にオヤマボス一行はここまで真っ先に逃げてきた分際で号泣した。
「王様……今こそ、アレを使うべきですわ」
「あ、お、お前はグリセリン家の令嬢か!?なぜこんなところに」
「お忘れですか?ここには私の研究拠点がありましてよ」
「あー、そういやそうであったか?というかアレって?」
いつのまにオヤマボスの隣に立っていたのは、ニトロ・グリセリン嬢。通称、爆薬令嬢。
深紅の礼装を常に身にまとい、爆薬の研究に魂を囚われた変質者として、研究機関以外からは厄介者扱いの令嬢……。
「よくぞ聞いてくださいました!」
ニトロ嬢は、ぱん、と手を叩いた。すると謎の技術により背後の岩壁が開き始める。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
そこから出てきたのは、大砲と呼ぶにはあまりに大きすぎる、規格外の砲身と高さを誇る兵器であった。
砲身には金文字でこう刻まれている。
『対ナルシスト:超弩級尊厳破壊祝砲』
オヤマボスが、あまりの迫力に半歩下がった。
ニトロ嬢は胸を張った。
「この砲は、王都の広場まで届きます。そして砲弾には、特製の尊厳感応爆薬が詰めてありますの」
「そ、そんげ?なに??」
「尊厳感応爆薬ですわ。強い虚栄心に反応して爆ぜ、摩訶不思議な効果を齎します」
「ええ……わけわかんない……」
「くっくっく、ナルシストは我が国の宿敵。これはナルシストを滅ぼすための最終兵器でしたの……。ただ、大きすぎて、この山から動かせないし……。
と思いきやですよ!しかもいつのまにか王都は陥落し、王様たちがこの山に逃げてくることで、奇跡的なお披露目に至ったのです!!」
オヤマボスは最早アホ面でその砲身を見上げているのみである。
その瞬間、山上から王城を見下ろしていた家臣のひとりが叫んだ。
「バチクソ王が、自ら最後の旗を引き上げておりますぞ!」
「来ましたわね!」
「何が!?」
家臣を押しのけ叫ぶニトロ嬢。家臣はドン引きしながらも主語を問うた。
「虚栄心の極点。撃ちごろ、ということですわ」
家臣は意味不明なことを口走る彼女に怯え、這いながら去った。
ニトロ嬢の目がひかる。
「ですが一点だけ問題がありますの。この砲、起爆用の点火機がイマイチ上手く使えず」
「あ、いえ、理論上は完成していますわ。ただ、あまりに情けなく、未練がましく、湿っぽく、弱弱しい雑魚の感情にだけ反応する仕様で」
見えない誰かにひたすらしゃべり続けるニトロ嬢。
貴族たちは、防衛線が突破された時よりも恐ろしい呪いか何かを見る目で、彼女を見ていた。
「そして、その感情を最も抱えていらっしゃるのはあなたですわ、王様」
「は?」
静まり返ったこの場が、別の意味でも静まり返った。
北風が吹きすさぶ。
ニトロ嬢は、オヤマボスの肩にそっと手を置いた。シンプルにめっちゃ不敬オブ不敬。死罪オブ死罪。
だが、ここに集まるのは小心者の情けない貴族たち。
このあまりにも言動の正気が喪われいるバケモンに、近づく勇気を持つものはいなかった。怖いもん。
「逃げ延びるとき、あなたはずっと泣いていらしたでしょう……?私にはわかりますとも」
「え?あ?ええ?」
「なんで儀礼用の銀食器を持って来なかったんだとか喚いていたでしょうとも?」
「いや、いやいや言ってないg」
「さらに余の寝間着、絹でお気に入りのやつもおいてきちゃったみたいな」
「いやそれはちょっと思ったけど、じゃなくて、はなしきいて」
「完璧ですわ。ここまでしょうもない未練に満ちた王は、そうそうおりません」
「はなしきけって」
「なんと素晴らしい!王様にしかできぬ役目です」
「ああああぁぁぁもういやぁぁぁぁこの人いやぁぁぁぁあああああ」
オヤマボスは全力で地に四つん這いになり、泣いた。
ナルシストより先に尊厳破壊を受けたのは彼となったようである。
だがその時、山の上からも見える王城の天守で、バチクソ・ナルシストが高らかに叫んだのだ。
その山を割るともいわれる大声が、此処まで聞こえてきた。
「見よ! これぞ銀狼ッ!!」
大きな旗だったので、山の上からでもよく見えた。
なお、関節のイカれた水牛が角で逆立ちしてるようにしか見えなかった。
オヤマボスの顔色が変わった。
「……銀狼?」
「ええ」
「……あれが?」
「ええ」
「我が城の、天守に?」
「ええ」
オヤマボスは、わなわな震えた。
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、砲の前へ進み出る。
「余は……カスだ」
「はい」
「先祖代々の中でも、かなりカスだ」
「カスですわね」
「だが……だがあれを、あんなクソみたいな旗を、我が城の上ではためかせるくらいなら……っ!」
ニトロ嬢の手から点火機を奪い取る。
オヤマボスは半泣きでそれを砲身の所定位置に押し込んだ。
「猛れ余の劣情!惨状!今役に立たずとして、今後の人生のなんとなろうか!?うおおおおおおおおお」
────次の瞬間、砲身が輝く。そして、城に向かい、爆ぜた。
耳をつんざく轟音。
山が揺れ、木々がしなり、近くにいた貴族が三人ほど巻き込まれるように空の彼方へ飛んで行った。
巨大な砲弾は白煙を引いて王都へ飛び、まっすぐ天守へ突っ込んだ。
バチクソ王の掲げた新国旗、その根元に。太陽のような瞬き、遅れて轟音が響き渡った。
一拍置いて、
旗はまず、ぴくりと震えた。
ついで、絵の部分だけがむくむくと膨らみ始める。
「な、なんだあれは!?」と家臣が叫ぶ。
水牛みたいだった。
だが首はラクダみたいに伸び、腕は猿のように増え、鶏みたいにけたたましく鳴いた。
「これが銀狼です」と言い張ってきた結果の、解釈不一致の集合体。
それが、ナルシストに現実を突きつけんと、無い牙を向く────。
怪物は旗竿から飛び降りると、まず最初に、いちばん近くにいたバチクソ王を追いかけ回した。
「コケ―――モーーーーわんわんわんわんニャー」
鳴き声に個性が溢れすぎていた。
敵兵は大混乱に陥った。
ある者は「神罰だ!」と逃げ、ある者は「王家の秘術だ!」と腰を抜かした。
その隙を、オヤマボス側の残存兵が見逃すはずもない。怪物のそぶりから、オヤマボス側の"奇跡"と判断した勇猛果敢な戦士たちが姿を現し始める。
それに伴い、城下に潜んでいた味方が一斉に蜂起し、敵軍は総崩れとなった。
戦いは、呆気ないほど形勢逆転し、終わった。
夕刻。
王城の天守には、再び元の荘厳な国旗が掲げられていた。
なお、怪物はナルシストの髪の毛をむしって満足し、消滅したらしい。
王座に戻ったオヤマボスは、咳払いをひとつした。
「……余の奮戦、皆の記憶に刻まれたであろう」
その時早足で天守の間に入ってきたニトロ嬢。片膝をついて王座をみあげ、どこか満足げに笑い、告げる。
「今日、あなたは初めて、国を想って泣きましたのね。形はどうあれ」
「……決めつけやっべぇ…………怖い……」
オヤマボスはそそくさと王座から退散した。
「あ、せめて研究費を……!」
「すみません好きに使ってくださいごめんなさい」
不敬罪ということで、前もって確保のため衛兵が待機していたのだろう。
ニトロ嬢に躍りかかろうとするが……。
「私の身体に巻いた爆弾が見えませんの?」
この一言。たくし上げたドレスから見えた爆弾の数々に、動きが止まった。
「おーーーーほっほっほっほ!!!おーーーーーーーーーーーほっほっほお゛ぉえ゛げほげほぁ!!」
はげしくむせながら、爆薬令嬢は研究施設へ去っていった。




