第九幕:恥じらいの滴
「じゃあ...アタシ、ジオの隣に住めるの?」
橘子がいきなり侍大の部屋から現れ、彼の腕にしがみつく。
「努力はするが、期待しすぎるな」
「祈跡先生、せめて...風呂に入って、まともな着物を着せることは?」
浴室では、士武が湯船に浸かりながら先ほどの出来事を反芻していた。
『あの時の感覚は何だったんだ?心臓が高鳴って...まるで激しい運動をした後のようだ。あの娘が...可愛いからってだけで?』
士武はまだ頬を赤らめたまま、湯に沈む。
『まさか...病気だったりしないよな。こんな時に』
突然、扉が開く音と共に誰かが入ってくる気配が。
「雷士か?」
入ってきた人物を見て士武は仰天する。そこにいたのは橘子だった。彼女は完全に裸で士武の前に立っている。士武は真っ赤になり、驚きの声を上げる。
「どうしたの?お湯が熱すぎる?」
橘子は湯船に入り、士武に近づく。士武は慌てて後退り、どうすればいいか分からない様子だ。
「あら、程よく温かいわ。お湯に浸かったの初めてかも。あなた暑がりなの?」
橘子はほとんど密着するほど士武に近寄る。体のどこも隠そうとしない。
士武はつい橘子の全身を見てしまうが、すぐに目をそらす。二人の接近で、士武は目を泳がせ、滝のような汗をかき、真っ赤になっていく。
「ほら、本当に暑がりなんだ。もう真っ赤で汗だくじゃない」
橘子は恋雨がよくするように、顔を士武のすぐ近くまで寄せる。
「でもジオとそっくりなんてすごいわ。匂いが違わなかったら区別つかないかも。全部同じに見える」
橘子は下を向く。
「ここだけ違うみたい。何か...変わってる」
士武は羞恥心の限界に達し、下半身をタオルで隠しながら浴室から全力で逃げ出す。橘子は悪戯っぽく笑い、舌を出す。
「ジオの兄ちゃん、面白いね。ここに住むの楽しいかも、ヒヒヒ」
しばらくして、橘子はオレンジ色の女物の着物を着て浴室を出る。侍大が出口で彼女を見かける。
「まともな服を着ると、意外と似合うじゃねえか」
「そう?あんまり好きじゃない。色だけはいいけど。動きにくいわ。これじゃ走れない」
「で、何で走る必要があるんだ?」
「別に、別に」
橘子は目をそらし、舌を出す。
「あ、そうだ。風呂で兄ちゃんに会ったよ。変なやつ、アタシを見るなり逃げ出したわ」
侍大はまるで冒涜を聞いたかのように驚愕する。
「てめえ、あのバカと一緒に風呂に入ったのかーーーーっ!?」
「いいえ、先に出てっちゃったもん」
「ま...まさか、あいつにお前の...裸を...?」
「当たり前でしょ?着物着て入浴すると思う?」
侍大は怒りに任せて士武の部屋へ走り、戸を勢いよく開ける。
「じぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!このやろーーーっ!!!」
しかし、部屋で目にした光景に侍大は凍りつく。士武の悲鳴だけが部屋に響き渡る。侍大が反応する間もなく、枕が猛烈な勢いで飛んできて頭を直撃し、その衝撃で床に転がされる。同時に戸が勢いよく閉まる。侍大は呆然とした表情で立ち上がる。
「あいつ...俺の兄は...変態だ!最低な野郎だ!」
居間では、雷士が「恥」の字を練習中、足音を聞いて振り向く。
「士武兄さ...きゃあああっ!!」
面(めんぐ)を被った士武を見て驚く雷士。恐る恐る尋ねる。
「兄さん...どうしてそんな...?」
士武は陰鬱で死にたげな声で答える。
「私は...切腹したい」
「ええええええっ!?」
雷士は慌てて士武に抱きつく。
「やめてください兄さん!僕、もっと兄さんに優しくしますから!お願いです、切腹なんてしないでえええっ!!」
侍大の部屋では、彼が橘子の肩を掴みながら怒りに満ちて話している。
「いいか、橘子。二度とあのバカと関わるんじゃねえ!絶対にな!」
「どうしたの、ジオ?」
「あの野郎...弱いくせに運だけで俺を苦しい人生に追いやった上に、変態だ!最低!卑猥なやつだ!お前にとって危険な存在なんだ!近づくな!もし変なことをしてきたら、すぐに俺に言え!ぶった切ってやるから!」
「何を切るの?」
「とにかくここにいろ。勉強の休憩に様子を見に来ただけだ。(来て正解だった)でも戻らないと、祈跡先生が待ってる。俺が許可するまで部屋から出るな、わかったか?お前をここに住まわせる方法を考えるから、我慢しろ。約束だぞ?」
橘子は無造作に床に寝転がる。
「はいはい~。ストレスたまってるわね。この屋敷に来てから変わったよ」
侍大はまだイライラしながら部屋を出る。戸が閉まるやいなや、橘子は悪戯っぽく舌を出して笑う。
「ジオ、小さい時から知ってるくせに。『するな』って言われたら逆にやりたくなるのがアタシだって、よく知ってるでしょ?」
一方、士武は屋敷の空き部屋で面を被ったまま座禅を組んでいる。瞑想を試みるも、ここ30分間の出来事で頭の中は大混乱だ。
『一体私に何が起きている?この奇妙な感覚は何だ?この...卑猥な欲望。妖怪か幽霊の呪いだろうか?理解できない。今までこんなことなかったのに』
橘子の顔が接近した様子、庭で上に乗られたこと、風呂での裸姿――それらのイメージが士武の意思に反して頭に浮かび続ける。
士武は首を振り、そんな考えを振り払おうとするが、心臓は激しく鼓動していた。
『もっと修行せねば...座禅...座禅を組めば、この罪深い欲望も消えるはずだ』
突然、障子が開く音に士武はびくっとする。そこには橘子が立っていた。士武は追い詰められたように縮こまる。
「こんにちは、ジオの兄ちゃん」
橘子は障子を閉め、ゆっくりと士武に近づく。士武は恐怖と羞恥で壁に張り付くように立ち、橘子の接近を避けようとする。橘子は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「なんでアタシを怖がるの?アタシって怖い?」
「いや!そうじゃ...それは...」
士武は橘子を見続けることができず、背を向けてしゃがみ込み、顔を手で覆う。
「ジオが言ってたわ。あなたが変態だって。本当?」
士武は喉を詰まらせたような声を出す。すぐに跪いて頭を下げ、震える声で懇願するように話し始める。
「お...お願いです...侍大が何を言ったか知りませんが...思ってるようなことじゃ...誓います...私も...自分で分からないんです...まるで妖怪か幽霊に憑かれたようで...」
橘子は士武の言葉に興味深げに首を傾げる。
「妖怪?」
しゃがみ込むと、犬のように士武の髪や首筋の匂いを嗅ぎ始める。
「ううん、何か憑いてる感じはしないわ」
士武は橘子の行動にパニックになり、必死で距離を取ろうとする。しかし焦りすぎて、頭を橘子の顎にぶつけてしまう。橘子はよろめいて転倒する。
士武は助け起こそうとするが、緊張で足が絡まり、逆に橘子の上に覆いかぶさってしまう。その瞬間、障子が開き、侍大が立っていた。
「言ったはずだ...言うことを聞かないなら...橘...子...?」
侍大の目の前には、士武が橘子の上に覆いかぶさっている光景が広がっていた。侍大の体を炎のようなオーラが包み込み、目は真っ赤に染まる。
「てめえ...ぶっ殺す!!」