第四幕:双子の決闘
――早光家・庭園――
士武と侍大は向き合い、完全に鏡のような姿だった。
裸身に木刀を構える二人――顔、体格、姿勢。もはや区別がつかない。まるで士武が巨大な鏡と対峙しているかのようだ。
侍大が先に動いた。
強烈な打撃を繰り出す。士武は全てを見切り、防ぐことができたが、その衝撃に剣が軋む。
後ろへ跳び、間合いを取る。侍大が再び迫ると、今度は回避に転じた。
風を切る音が士武の鼓膜を震わせる。かすめるように攻撃が通り過ぎていく。
「逃げ回ってんじゃねえ!男らしく戦えよ!祈跡先生は攻め方も教えてくれんだろ?それとも…まだ覚えてねえのか?」
士武は返事を飲み込む。下手な発言で侍大の逆鱗に触れるのが怖かった。
ふと、侍大が攻撃を止めた。
『このクソ野郎…わざと疲れさせやがって。油断した隙を狙ってんのか?
雷光斬は使えねえが、疾歩なら…こいつに一泡吹かせてやる』
侍大の右膝が曲がり、体が前傾する。
『疾歩です!』
士武が構えるより早く、侍大は瞬時に間合いを詰め、水平斬りを放った。
ガシャン!
士武は防御姿勢のおかげで致命傷を免れたが、その衝撃で吹き飛ばされ、地面を転がる。
一方、侍大は勢い余って――
背後にある大木に激突しそうになり、間一髪で回避した。
「危ないだろ!!練習でそんな力を込めるな!」
「『そんな力』だと!?お前は姫様かよ!?俺は手加減してんだよ!弱いくせに根性なしめ!
本物の死闘を経験してれば、こんなん屁でもねえんだよ!まして木刀だぞ?いいからはっきりさせよう。俺が勝ったら、お前は自ら親父様に後継を辞退しろ」
「馬鹿言うな!確かに…私が最適かはわからない。だが諦めるには早すぎる。まだ正式な侍ですらなく、父上も現役だ。焦るな!」
「へえ~?この先俺を追い越せると思ってんの?祈跡先生と学園でずっと鍛えててこのザマだぞ?侍になりたいなら、口じゃなく刀で証明しろよ」
侍大の構えが変わった。
右足を踏み出し、木刀を頭上高く掲げる。両手で柄を握り、背中側に構える異様な姿勢だ。
「本気で後継ぎを張るなら、その覚悟を見せろ!日が沈むまでにへこませてやる!」
疾風の如く斬りかかる。先ほどより速い――士武はもはや回避できず、防ぐのもやっと。
ズン! ドン!
弾かれた斬撃が腕や腹をかすめる。完全に防げない。侍大は間合いを詰め、圧力をかけ続ける。
「ほら!諦めろ!諦めりゃあ、もう止めてやる!さあ!降参だ!」
士武の体は限界に近づいていた。全身に痛みが蓄積し、腕からは力が抜け、木刀を握るのもやっとだった。
ほんの一瞬、激しい痛みに耐えきれず、思わず目を閉じる。
その刹那、ほんの百分の一秒の間に、心の声が響く。
『……負ける。……もし、これが最後の戦いだったら?もし、あと一太刀だけ許されるとしたら……私はどうする?命を懸ける最後の一撃が、いま目の前にあるとしたら――私は……』
パッ!!
視界が白く染まる。雷光かと思った。実際、耳には雷鳴が轟いたように感じた。
侍大が次の一撃を放とうとしたその瞬間――
士武の体が自然に居合の構えへと移行する。
世界の時間が遅くなったかのように。
しかし士武だけが通常の速さで動けた。
閃光。
次の瞬間、士武は侍大の背後に立っていた。
「雷鳴瞬光刃流・第一段: 雷光斬!」
バキッ!
侍大の木刀が水平に断ち切られる。まるで真剣で斬られたように。
瞬き一つで、士武が背後に立っていた。
『まさか……あの雷光斬……!?俺の木刀だけを……!?』
顔から血の気が引く。
『このクソ野郎……ずっと手加減してやがったのか!?俺に勝てるってわかってて、最初から抑えてたってのか!?ふざけんなよ……見下してやがる……!俺を、侮辱してやがる!!』
「てめえ……てめええええ!!!」
侍大は狂ったように士武に飛びかかり、顔面を拳で殴りつける。
「ふざけんじゃねえ!上等だと思ってんのか!?甘ったれのクソボンボンが!!俺より上だってのか!?この雑魚が!!ゴミが!!!」
門番たちが騒ぎを聞きつけ、駆け寄って二人を引き離す。侍大は暴れながら罵声を浴びせ続ける。
士武はぼんやりと立ち上がる。
顔中から血が滴り、腫れ上がった部分はもう痛みさえ感じない。使用人たちが慌てて駆け寄ってきた。
「若様!大丈夫ですか!?小夜!水と布を!薬も早く!」
――
事件から三十分後、使用人たちがひそひそと噂をしている。
「見たか?侍大様、屋敷に来て早々にもう二度も士武様を殺そうとしたらしい」
「勝侍様の後継ぎになるためでしょうよ」
「まさか…陰で士武様を?」
「兄弟殺しの子に早光家を継がせると思います?」
「望巳様も全く気にされてないわ。雷士様のことしか眼中にない」
「つまり…侍大様と士武様が争ってる隙に、雷士様を…」
「このままじゃ早光家はどうなるのやら」
「勝侍様に報告すべきでは?」
「馬鹿言うな!望巳様や祈跡様が黙ってるのに、下々が口出ししたら…」
――士武の部屋前――
風呂から出た士武の顔は膏薬だらけ。癒し手の処置を受けたにも関わらず、鈍い痛みが残っている。
部屋の前で雷士が待っていた。心配そうな表情だ。
「兄さん……大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ」
雷士は折り鶴を差し出し、すぐに走り去った。
部屋に入り、扉を閉める。士武は丸くなって座り込み、声を殺して泣き始めた。
『神様…あなたが侍大を生かしたのは、彼が早光家に必要だから?それとも……』
涙が畳に染み込む。
『桜神社の予言で滅びをもたらすのは……私だったのか?父上が間違えた子を生かしたことを証明するために、侍大を送り込んだのか?』
――侍大の部屋――
布団を握りしめ、歯を食いしばる侍大。
『俺は……ゴミじゃねえ!』
拳が震える。
『見てろよ、親父様……絶対に……絶対に俺を誇れる息子になってやる!誓って……!』