第三十幕:瞬間の眼(まなこ)
侍大は無刀。蔵人は地面から刀を拾い上げ、高々と投げる。そして、もう一方の鎖を頭上で高速回転させ始めた
——まるでヘリコプターの翼のように。刀が回転する鎖に触れた瞬間、粉々に砕け散る。
『くそったれ……!この鎖、ヤバすぎるだろ!』
周囲を見渡し、刀を探す侍大。模宏の刀も既に破壊され、南人の刀も使用済み。残るは北土の刀だけだが——蔵人の背後にある。
『ちきしょう……!どうして俺ばっかりこんな目に遭うんだ?神様、俺が嫌いか?』
「諦めろ、小僧。腕は確かだ。認めよう。だが我々の実力は別次元だ。この任務を任された時点で、俺たちが弱くないって証明だ」
侍大は瞬きもせず蔵人を睨み、逆転の策を考える。
『……落ち着け、侍大。大したことねぇ。お前は今までずっと不利な戦いばかりだった。
食うものもなく、10歳にもならねえ頃から野盗や妖怪と戦って生き延びてきたんだ。
力なんてなくても、どうにかしてきただろ』
***回想シーン***
大師堂祈跡が、雷鳴瞬光刃流の基本を侍大に教える。
「侍大殿、雷鳴瞬光刃流は居合術を基にした流派です。その核心は『速さ』にあります」
「いあいじゅつ?それって『遺愛』の術か?」
「違います。居合術とは、刀を抜きながら斬りつける一連の動作を極めた技。速さと精密さが命です。雷鳴瞬光刃流の全てはこの原理に基づいています」
「そのためには、補助的な技が必須です。『瞬間の眼』——これを習得せねばなりません」
「しゅんかんのまなこ……?」
「では、侍大殿。刀を構えてください」
侍大が構えると、祈跡は栗を一つ取り出し、彼に向かって投げつける。侍大は一瞬で栗を真っ二つに斬った。
「素晴らしい瞬発力です。しかし、問いましょう。もし『栗を斬る』のでなく、『地面に落ちる前に皮を剥く』としたらどうしますか?」
「はぁ?それって……無理じゃねえすか、先生?」
祈跡は新たな栗を侍大に手渡し、自分に向かって投げるよう指示する。
「全力で投げて構いません。速ければ速いほど良い」
「わかったよ。先生の言う通りにすりゃいいんだろ?」
侍大が栗を祈跡の顔面めがけて投げる——が、次の瞬間、栗は視界から消えた。
侍大が驚いていると、祈跡は掌を開き、見事に皮を剥かれた栗と、無傷の実を見せた。
「まじでけ——いや、すげえ!どうやったんだ!?」
ここで侍大はほぼ乱暴な口調になりかけるが、すぐに敬語に修正。普段は祈跡に対し比較的丁寧に話すが、兄の士武以外とは砕けた口調を避けている。
「侍大殿、これには速さだけでは足りません。『観察眼』が必要です。
たとえ貴殿が超高速で動けても、体は『見えたもの』にしか反応しない。
今の貴殿の目では、栗の軌跡全体を捉えられない。故にこの技は使えません」
「……ってことは、速さだけじゃダメってことか?」
「その通りです。『瞬間の眼』とは、貴殿の目と心と感覚が体の速さに追いつく技。これが使えれば、時間が遅くなったように世界を見渡せます。そうして初めて、真の『速さ』を制御できるのです」
***現在に戻る***
『……士武、月影の森で土蜘蛛を相手にした時、これを使ったのか。あの数え切れねえ蜘蛛の攻撃を全部斬り払いながら、一匹も俺に触れさせなかった。あいつにできて、俺にできねえわけがねえ』
蔵人が鎖を信じられない速さで放つ。しかし侍大は目を逸らさず、瞬きもせず
――ふと、視界から消えていた鎖が再び「見える」ようになった。鎖が幾重にも円を描き、自分を締め上げようとする動きが、まるで遅い水流のように捉えられる。
『こ、これが……『瞬間の眼』……?全部が遅く見える!親父や祈跡先生は、雷鳴瞬光刃流を使う時、こんな風に見えてたのか……!?』
跳躍を試みるが、自身の体も鈍く感じる。鎖の罠を頭上でかわすが、足首が一本絡みつかれた。
『くそっ……!どうやればいいんだ!?この『瞬間の眼』を使うと、こっちまで遅くなったように動けねえ。力加減も速さも狂う……!』
地面に転がる侍大。蔵人が右手の二本指を立てる。
《――忍法:生きる鎖》
鎖が蛇のようにうねり、侍大の体に巻き付いていく。
『しまった……!殺す気はなく、捕まえるつもりだから致命傷は避けると踏んでいた……だが、そもそも殺すよりも縛って拘束する方が得意な技だったか!』
『……考えろ、侍大!忍者なんて初めてだ。化け物みたいな術ばかりで、何でもありやがる。仮面野郎ですら刀を奪われた……』
一方、凪一との戦いで、模宏は苦戦していた。侍大に援護に行くこともできず――
『くそっ……あの忍者、使ってくる術が一番厄介だ。最初は何かの錯覚かと思ったが、違った。何度も奴の鎖同士を絡ませて、動きを封じて接近しようとしたが……』
『鎖の環がまるで意思を持っているかのように、勝手に外れてまた繋がり、決して絡まらないようになっている。そして、目の前で鎖を二重に増やした時もあった……』
『それに、さっき俺にされたことと、士武に使われた術を見れば分かる。奴らの得意戦法は相手を武装解除することだ。油断してこの刀まで奪われたら、もう終わりだ……』
『それに加えて、幽歩は元々あいつらの【黙歩】から派生したもの……忍者相手では、ほとんど通用しない』
刀を鞘に収め、目を閉じる。
『……もう選択肢はほとんど残っていない。刀を奪われても、士武を捕らえられてもまずい……最悪の場合、【あれ】を使うしかない』
凪一が鋼鉄球を投げつける。模宏が突進する――が、球が体を貫く瞬間、その姿は蜃気楼のように消えた。
《――拾術映型刃流:幽幻の蜃気楼!》
無数の模宏が四方に現れる。凪一は即座に鎖を振り乱し、全方向に放って幻影を捕らえようとする。当たった模宏がひとりずつ消えていく。
「その遊び、俺もできるぞ」
《――忍法:引力吸引!》
突如、鋼鉄球が高速で動き始め、幻影の中の一つ模宏の姿だけを追尾し始めた。
『マジかよ……こいつ、こんな術まで持ってやがるのか!』
模宏は鋼鉄球を使って鎖を破壊させたり、絡ませたりして抜け出そうとする。
しかし、球が通るたびに切れた輪はすぐに鎖から弾き出され、無傷の輪が自動的に繋ぎ直される。絡まった鎖もすぐにほどけ、すぐさま元通りに戻る。
模宏がナギイチの本体に近づこうとしたその時、周囲の鎖が広がりすぎて、もはや一歩たりとも動けなくなった。彼は完全に包囲され、鋼鉄球に追い詰められていた。
『……この野郎……!』
模宏は右腕を突き出し、鋼鉄球を片手で受け止めた。衝撃の風圧が周囲を巻き、彼の袖が破れ飛ぶ。右腕の筋肉が隆起し、血管が破裂寸前まで膨れ上がる。
左手で刀を抜き、そのまま鋼鉄球へ渾身の一突きを放つ。
《――拾術映型刃流・第十段:鬼の角!》
鋼鉄球は粉々に砕け散った。凪一はその光景に目を見開く。
『……人間の力じゃない。鋼鉄球を片手で止めた上に破壊だと……!?祈跡でさえ、ここまでは……』
模宏は刀を鞘に戻し、腰に差す。そして素手で自身を絡めとっていた鎖を掴み、引きちぎろうとする。その瞳が赤く染まり始めた。
『まさか……! 鎖を素手で断ち切るつもりか!? 馬鹿な……! 我が一族の鎖は、侍の刀よりも硬い特製の合金だ。だが……相手は早光の家臣……油断はできん!』
凪一は即座にチャクラムを抜き、模宏の首を狙って投げつけた。
だが、それより一瞬早く、模宏は雄叫びとともに鎖を引きちぎる。
「うおおおおおおああああああああああッ!!!」
「バ……バカな……ッ!!」
模宏は、千切れた鎖の破片を握りしめたまま、チャクラムに打ちつけて弾き飛ばそうとする。
だが――
《――忍法:二重鎖!》
チャクラムが吹き飛ばされるが、そこからもう一つ、新たなチャクラムが現れ、模宏の首筋へ向かって飛び続ける。
『またかよ……! まるで、前の鎖の終点から幻がそのまま続いているようだ。だが、こいつの場合、それがいつでも【本物】になる……!』
模宏はすかさず刀を抜き、第二のチャクラムを斬る。しかし、それが斬られた瞬間、また新たな一枚が現れ、軌道を保ったまま飛び続ける。そして、それは――もう、模宏の首元にあった。
『てめえ……ッ!』
チャクラムはまるで幻のように、模宏の首を通過する――だが、首に巻きついた瞬間、それは実体化する。凪一は引き絞って首を斬る構えに入る。
だが模宏は、腰から鞘を抜き、それを首に巻きついたチャクラムの間に差し込んだ。
両足で地を強く踏みしめ、体が一歩も引かぬよう、筋肉を限界まで膨張させる。
『……士武様。ここからは……頼みます』
模宏は刀を抜き、凪一に向けて投げつける。凪一は身を翻して回避――だが、その瞬間、模宏は右手で鎖を掴み、全力で跳びかかる。
《――疾歩!!》
『こいつ、真正面から来やがった……! 馬鹿め。ならば、その勢いごと首を飛ばしてやる……!鎖か鞘を握っている腕さえ外せば、奴はもう首を守れない!』
凪一は背中から鎖鎌を引き抜き、模宏の鞘を握る腕めがけて投げつける。
刃は模宏の右腕に命中するが、切断には至らず、むしろ筋肉に喰い込んで止まった。
次の瞬間――
模宏は凪一の頭部に、真上からの全力蹴りを叩き込んだ。




